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六章 アイオン落日編
ディベロッパーT
これは独房じゃろ。
セーナとティグが院内で話し合って決めた生活空間の間取り案を見た巴の第一声がこれだった。
図面を渡されたエルドワの建築マニアも苦笑する。
確かにこれは人が生活する空間ではない。
そんな出来だ。
院長以下職員一同、子ども達の多少の意見を交えた結果だったが、思えば建築知識がある訳でもない素人集団の意見を寄せ集めただけなのだから、これは巴の不見識だった。
「こりゃ、思ったよりホネかのう」
「のようで。コモエ様なり巴様なりが幻術などを用いて疑似的な体感を交えながら詰めるのがよろしいかと」
「……それは、恐らくこの世界の誰も経験した事のない至れり尽くせりの間取り説明会じゃな」
「されどこのウェイツ孤児院改築は若様直々の案件、それに一応ライムも関係しとりますのでクズノハ商会建築部門としては一切手抜きはしたくありません」
「わかっとる。若が儂に命じた仕事でもあるからの。まあちっこいのは雑魚寝で良かろう。それなりの年のは男女を分け……四人部屋か?」
「……妥当です。広さは、ふむ、何とか四畳半までは取れそうですな」
「待て待て、四畳半? お前たちまさか四階建てとか考えとらんじゃろうな?」
間取りから部屋の広さを計算したエルダードワーフ。
目算の結果を聞いて巴は一瞬だけ逡巡、建物の構造について聞き返した。
「我々が手掛けるのですから、商会店舗と双璧を為す建築見本となる一件にしませんと」
「言うても孤児院じゃぞ? 悪目立ちせんか? 現状の二階建てで何とか進められんか」
「独房が独房? に変わるだけじゃないかと」
「ううむ」
「では妥協して三階建てにするとして、この職員の自室とか要りますか? いっそ別に寮でも用意して……」
「ダメじゃ。子どもが二百人以上おる。いくら近くとも別の場所から通わせるのは無しじゃ」
応接用を兼ねた院長室は用意するとして、そこで寝泊まりも可能にした所で院長一人で全ての子どもをケアするなど不可能に近い。
宿直室を用意するよりも現状通り、職員も一緒に住まわせておいたほうが無難と巴は考えていた。
「……ああ、そうでした。不届き者も多数いますな、ツィーゲですと」
「そういう事じゃ。外観を含め色々な意味で実用的な施設でなければならん」
水回りや訓練用の施設を一階部分に集めてみたり。
比較的、上の方の陽当たりは良かったから菜園の真似事、植物への理解が深められるようなスペースを用意してみたり。
商会店舗であれば魔道具を湯水の様に使ってセオリーも何も無視して来訪者を圧倒する作りをするところだが、今回は勝手が違う。
「しかし、これまでにない孤児院にするというお話でした」
「中身はな」
「であれば見た目もそれなりに新しさを示すものにすべきです。ここはクズノハ商会が関わっているのだと、どんな馬鹿にもわかる様子であれば一つの防壁代わりにもなりましょう」
「……そんなに建てたいのか? 四階建て」
「やってみたいですなあ!」
はぁ、と。
巴は深いため息をつく。
職人というのはこういう所が扱い難く。
そして頼もしい。
ついでに面白い。
「わかったわかった。一応若に許可を取るが……その路線でいってみるかの」
「しゃ!! ありがとうございます!! では早速次に」
「ん?」
「各階に便所を設置して排水はこうでこう」
「……却下。そんなもの一階にまとめておけ。二階以上に水回りなど少ないに越した事はなかろ」
「では一階にはかねてより試行しておりました微細な泡が体中の汚れを落としていく自動洗浄大浴」
「ホテルか! 亜空でもテスト段階のものを場末の孤児院に新築してどうする!?」
「えー、駄目ですか? ギリギリいけませんかな? 折角の若様案件、色々頑張りたいのですよ我々だって」
「大浴場すら贅沢品じゃぞ。水浴びできる設備だけあればよい」
「……わかりました。入浴関係は常時冷水と温水が出続ける打たせ湯のみ、と」
「……マテ。ちょいとお茶目が過ぎるぞ建築マニア。棟梁のお前がそれでどうする」
「若様ならお風呂には拘ります!」
「相応しい設備というものを考えんか!」
セーナとティグのみならず。
まさか身内の建築担当までおかしな熱に浮かされているとは完全に巴にとって誤算である。
しかも聞かされている内に何となく、なにそれ良くない、などと巴でさえ思ってしまいそうになる提案があるのが恐ろしいところだった。
まあ、こんな提案を修正しながらの図面作成である。
こういっては何だが、はじめから常識的なモノが仕上がる訳がない。
そして夜が明けた。
「あの、巴さん」
「……なんじゃ」
セーナが真顔で巴を見つめる。
エルドワに付き合わされた所為で夕食の時間がズレ、寝所に向かう事ができたのが深夜近かった巴は非常に不機嫌だった。
しかも巴からの指示を土台にしてエルドワの職人たちは当たり前の様に徹夜して図面を修正しまくった。
朝食後すぐに呼び出され見た図面はまたも異次元の出来に突入しており、巴は何とか常識を織り込みながら妥協できるものに再修正したのだ。
常人であれば一睡もしていない事も加わって更にクマも出来て体も怠くて最悪な気分だが、巴は一週間でも二週間でもその気なら睡眠は必要ない。
そこだけは彼女にとっても救いだったかもしれない。
「設計図が四枚になってるんですけど」
「お前らの案だと独房が並ぶ収容所になる」
「う」
「じゃからこちらの都合で四階建てにした。故に四枚の図面がある」
「よ、四階建てって!? 本当に建つんですか、そんなもの!?」
四階建てなどという建物は聞いた事もないセーナ。
というか、ツィーゲで日々激動する街を見ている殆どが彼女と同じだ。
「建てる。問題無い」
「……あの、巴さん」
「なんじゃ、ティグ」
「庭が無くなってるように見えるんですけど」
「あるじゃろ、三階に」
「三階!?」
敷地面積と治安を(エルドワが)考えた結果。
庭が一階にあるのは無意味という事になった。
大地の恵みとか精霊の干渉とか地面を連続させる意味はファンタジーなこの世界にも一応ある。
しかし図面には土を盛り込む時に「色々」混ぜておけば遜色ない、と職人ズの考察が添えられている。
セオリーは無視するなと言うとろうに。
巴は頭痛が蘇ってくるのを感じた。
しかしこの程度はもう看過する事にする。
クズノハ商会の建築技術をツィーゲに知らしめる為、という大義名分もある。
幸いな事に。
真は建築日には黄昏街だ。
それまでに色々と考えておこうと巴は気を取り直した。
「そうすると先ほど作ってもらった荷物置き場は当日どうするんです?」
ティグの疑問ももっともだった。
ドワーフがここを訪れて真っ先に作ったちょっとした小屋は子どもたちの注目の的になっている。
まっさらな小さな家が庭の片隅にいきなり出来た訳で、彼らのテンションがマックスになるのは至極当然だった。
「当日荷物持ちが来る。先のドワーフでもそうじゃが、あまり亜人を嫌ったり怖がったりせんのはありがたい。良い育て方をしておるな」
「他はどうだか知りませんけど、この街に住んでる亜人は冒険者も多いですし、孤児や孤児院関係者からすれば馬鹿にして良い相手じゃないんで。その辺りは流石に教えますよ。ライムも亜人だからってどうのこうの言うのは雑魚のする事だって、いっつも言ってますしね」
「なるほど、ライムの下地があったか。確かに、納得じゃ」
地味ながらライムに薫陶を受けた孤児や職員はそこに抵抗がない。
これは真にとってかなりの好印象になるだろう、と巴はライムのファインプレーを内心で褒める。
「巴さん!!」
セーナが図面をめくりながら大声を出した。
「順番に聞く故もう少し大人しゅうせんか。なんじゃ」
巴はセーナとティグの興奮が徐々に高まっていくのを感じながら一応釘を刺して先を促す。
「昇降機、って何ですか?」
「エレベーターと言ってな。クズノハ商会で実験的に使っておる箱状の入れ物を上下させて各階の移動に使う」
「どうやって動いてるんですか、そんなもの」
「魔力じゃ」
「魔力、と言われてもウチに魔術師さんなんていないんですが」
「じゃろうな。つまり、使いたければ魔術を覚えよという事になる」
「……そんな無茶な」
「実際には工事日やら後の手入れをする日にウチが便利に使うのが主目的じゃよ。じゃが別に使えるのならお主らで使っても良い。当面は無い物として考えておけ」
「あと三階のお庭、なんですけど」
「うむ」
「菜園もありますよね。これ、お水はどこから?」
「一階に決まっとる。運べ。良い体力作りになるわ」
「あー、なるほど。いえ、意外と普通の答えで凄く納得できました。わかりました、大丈夫です」
「なんじゃそれは」
「いえ、クズノハ商会の建築ってこんな凄いのかって思ってたから、てっきり庭の地面から水が噴き出てくるとか言われるかと」
「何だそれ、噴水付きの庭とか三階に出来るわけないって! セーナ、ひねくれすぎ!」
「……」
巴は二人のやり取りに沈黙する。
(あったがな、朝の図面には。噴水も、菜園の水やり用のスプリンクラーも。削除に決まっとるじゃろうが、そんなもの!)
二人のとんでもが実は朝の時点では実現していたという驚愕の事実は巴の胸の内にそっとしまわれた。
「ああ、それとな」
『?』
「すまんがこれこの通り、相当の様変わりする事になったため……予定が少し狂った」
「と言いますと?」
セーナが今後の段取りへの影響を尋ねる。
「……そうじゃな。エルドワの言うのがやはり一番手っ取り早いか」
「え?」
「二人とも、ちと寝てもらうぞ」
少しだけ思索に目を閉じた巴がうむと一つ頷く。
そして唐突に二人にそんな事を告げると、直後セーナとティグがテーブルに突っ伏した。
いつの間にか彼らの周囲を濃い霧が漂っている。
「説明に儂が出向かねばならんから儂が楽を出来る訳ではないが。それでも幾分かは手間が省ける」
そう言って巴も柱に身を預けたまま、目を閉じた。
次に目を開けたセーナとティグが見た事もない建物の一室にいた。
「え? ええ!?」
「な、なんだ!?」
「騒ぐな。ちと説明が面倒になったから方法をよりわかりやすいのに変えただけじゃ。ここが二階部分の、それなりの年齢になった子らの部屋になる」
「ええ!?」
「幻術で完成後のイメージを見せておるんじゃ。ま、多少は変わるかもしれんがほぼそのままだと思ってよい」
「すげえ、世の中こんな事になってんのか……」
ティグが呆然とした様子で確かに感じる壁の手触りにしばらく言葉を失う。
大丈夫、世間はきっと君と同じ感覚が多数派だよ。
と教えてくれる人は残念ながらここにはいなかった。
「小さな小童どもは別の部屋でまとめて雑魚寝、広間としてや多目的に活用してもらう。で、ここなんじゃが」
「……」
「四人で一部屋を使ってもらう。寝台はこのような感じで」
巴がそういうと部屋の両端にいわゆる二段ベッドが出現。
「わっ」
「うおっ」
「まあ間仕切り代わりに使って二人部屋を疑似的に二つ、こんな風に作るのもアリかと思っておる。お主らの好きにすればよい」
巴の言葉でベッドの配置が自在に変わる。
セーナもティグも感動しっぱなし、驚きっぱなしである。
「で、この寝台な。比較的簡単に組めるようにしておくから、お主らの方で組み上げてもらいたいんじゃ」
「えええ!? こんな立派なベッド作れません!」
「作るんじゃないわ。組むだけで良いと言うておる」
「……つまり、素人でもできる状態にしておいてくれるんですか?」
「うむ。これから確認するが、寝台用の布地の数や状態も把握しておかんと、当日いざ足りんという事にもなる。職人が張り切り過ぎた所為でこんな建物が出来てしまう予定じゃからな、仕事もまあ増える増える。笑えるわ」
「ティグ、どう? 出来そう?」
「……うーん、どうかな。巴さん、試作品みたいな試しのを先に頂いて練習は出来ますか?」
「もう持って来とる。そう聞いてくるなら問題はなさそうじゃな。これに限らずある程度そっちに仕事を振らんとかなわんのでな。よしなに頼む」
「何か、とんでもない事の渦中にいる気がしてきました」
「今頃か。まあ寝台は何日かかかっても組めば良い。最悪寝るだけなら皆で大部屋で雑魚寝すれば間に合うじゃろ」
「あの、巴さん、折角ですから水場と庭、菜園の雰囲気も見ておきたいんですが」
部屋とベッドのサイズを確認してブツブツ言っていたセーナが顔を上げて巴にねだる。
「わかっとる。始めから主要なとこは全部見せておく予定でこんな大がかりな事をしてやったんじゃからな」
庭と菜園を見た二人は目を見開き大はしゃぎし。
水場がシャワーを浴びる入浴目的の場所だと知った二人は呆然としながら歓喜した。
こんな広い洗い場なんて何に使うのかと思っていただけにかなり衝撃を受けたようだった。
水の取り入れ、採光の具合、排水の経路と先の水路について。
セーナとティグは巴の説明を頭に叩き込んでいく。
(やはり、幻とはいえこうしてイメージを出してみるとはっきりするか。周辺の土地の買収、急がねばならん。相場の倍では済まぬかもなあ……)
突然隣に四階建ての建物が出来れば周囲から様々な苦情が出るのは日を見るより明らか。
とりあえず陽当たりは最悪になる。
一々理解を求めてなどいられないと判断した巴は金に物を言わせる事にした。
全部買っちゃえ、である。
孤児院があるような立地、区画レベルでツィーゲ全体の平均よりは随分安い。
が、決して安くもない。
広範囲だというのも手伝ってそれなり出費になる。
(まあ火事予防に公園整備、水路の清浄化、商会関連の施設も移築するか? やれやれ、同時にツィーゲの落ち目区画を区画整理する羽目になるとは。とんだでべろっぱーデビューじゃな)
面倒ばかりが頭に浮かぶ。
それでもこれは真直々の案件。
間尺に合わぬ、とは全く思っていない巴であった。
感想 3,666
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