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六章 アイオン落日編
衝撃のレンブラント
蜘蛛の巣には色んな種類がある。
……訂正。
澪の網には色んな種類がある。
アルケーは皆それぞれに糸を扱うし、方法も様々。
ある程度知識を共有しつつも、糸の使い方には個性も出やすい。
ホクトなんかは撚糸を極めようと日々鍛えている。
編み物を習いだした時は何事かと思ったけど、あれで彼なりに道を進んでるんだろうな。
ミナトは繭を研究室に大量に吊るしてる。
ジグモの巣に似てて既視感があったのを覚えてる。
まー他にも鎧みたいに使ったり武器に付与して使ったりなんだけど。
澪は殆ど全部やろうと思えばやれる。
今は多分誰もが蜘蛛の巣と聞いて想像する、中央からの放射状の糸と外に向かうにつれて大きくなる円状の糸で構成される円網を展開中。
……じっくり一日ほどかけて、夜になっても片付けず。
黄昏街一帯に澪の円網が誰にも気づかれる事なく構築されていた。
巴に四階建て孤児院の建築と土地買収、二つの許可を求められた時には黄昏街で起こっている事件や飛び交う情報は全て澪が把握できるようになっていた訳だ。
「で、どんな具合?」
「毒でしたらここはかなり豊富に調達できそうです。中々あの手の食材は出回らなくて面倒が多かったのですが」
毒、食材。
澪は同じ物として扱ってるけど、基本的にはそれ別だからね。
フグとか例外もあるけど、基本的にはね。
毒キノコも毒の感想を言いながら美味しいで結ぶ澪の感性は中々に独特だ。
僕も故あって大体の毒は食べた所で無効化されてしまう訳で。
食べれない事はないんだけど毒の味、ってのはまだちょっとよくわからない次元だ。
ただ、毒が豊富というのは僕にとっても結構嬉しい情報だ。
新しい毒を亜空に持ち込めば、そこからまた様々な効果がある薬も出来てくるだろうから。
「へえ、良いね。ミナト辺りが喜びそう。どうなるかわからないから早めに種類だけは確保しておこうか。ルートを持ってる人も一緒にね」
「ええ。良い収穫でした」
「反神教の方は? 具体的に動いてウチの誤情報拡散してるようなのはいた?」
ここの勢力の大半が傾いてるらしいからそこら中にいるか。
中心的なとこから把握して一網打尽に済ませられれば一番楽だけど、どうかな。
「それが……」
澪が口ごもる。
珍しいな。
「関係者しかいないとか?」
既に囲まれている、的な。
「いえ。リオウ本人が布教しておりますね」
「……」
あの腐れ外道。
巴から幼児誘拐の件を聞いた時も終わってると思ったけど、反神教なんてノーサンキューな感じで話してた癖に既にお前も落ちてんのか。
どころか布教側に回ってんのかよ。
「つまり、僕らは始めからハメられてた?」
「……わかりません。その、反神教とクズノハ商会の噂を流している連中の中にアイオン王国側の密偵も混じってるんです」
……?
アイオン王国?
僕らの誤情報が広まって多くの人が信じた場合、クズノハ商会は蜃気楼都市の味方で、その主の反神教の同志。
その反神教は革命軍を助けている。
つまりクズノハ商会は革命軍サイド、って認識が蔓延する事になる。
その活動に、王国の密偵が絡む?
何故?
澪の困惑もわかる。
こう言っては何だけど、知れば知るほどに泥沼に深く沈むような、嫌な感じだ。
「王国の密偵、か。確かに辻褄が合わないね。そんな事しても得なんて何もないと思うけど」
「すぐに済むと思っておりましたのに、ごめんなさい若様。もう少しだけ時間がかかりそうです」
「澪がいなきゃ不快な思いをしながらここを歩き回らなくちゃいけないんだから、感謝してるよ」
調査してますよって建前の為に軽く歩いただけで火炎放射器が欲しくなるくらいだから。
リオウが誘拐を好む性癖を持っていると知った後は更にドンである。
カンタの方も拷問フリークだったしな。
もうやだ黄昏街。
「王国のをいくつか攫っておきますか」
「……だね。話聞こう」
リオウとは違うぞー。
僕らのは話を聞くだけ……ではないけど、違うと思うぞー。
人身売買は、当たり前だけどお金になる。
だけどあいつはお金なんて度外視で奴隷としてヒューマンや亜人、特に子どもを好んでそう扱う事で彼らが見せる表情に昂るド変態。
僕らは情報収集。
うむ、違う。
「ところで、この部屋だけど」
リオウから提供された場違いなスイートルーム。
寝起きしてるように偽装してるけど、当然実際はほぼ使ってない。
何が仕込んであるかわからない怪しさ大爆発な部屋だ。
ピンクだし、ベッド丸いし。
シャワーだけでお風呂はついてないし。
そんなだから、何か仕掛けてあったかという意味で澪に聞いてみる。
「無臭のガスが充満してます。理性を麻痺させて気分を高揚させる肉体的にも精神的にも依存性の強いものが」
「おっと」
いきなり部屋全体か。
「試しに頼んでみた食事もあまりまともなものはありませんでした。ただちに問題はないでしょうが、数日も続ければ身体能力に悪影響が」
「欠片も信じられないとはこの事か」
信頼できるシェフに作らせているから第三者に何かを盛られる心配は無い、か。
当事者のお前が盛ってる分には嘘じゃないってか。
「盗聴も巧妙に」
「フルコースかぁ」
「どれも、そこらの冒険者でも気付けない狡猾さで仕掛けられています。ただのヒューマンでは一溜まりもないかと」
クスリ、と。
澪が嗤う。
僕らなら問題ないって事ですね。
「全部対処済み、って事か。頼りにしてるよ澪大明神様」
「する必要が無い所や、偽装で敢えて見せている部分もありますけれど。それに外を回った時もですが、黄昏街全体から一挙一動を監視されているといった塩梅です。少なくとも意図的に呼び込まれた、という点は間違いありません」
……。
参ったな。
リオウはレンブラントさんと交渉した知人だ。
レンブラントさんと彼の商会を敵に回してでもリオウがしたい事ってのは、何だ?
巴やライムが時間稼ぎをしてくれている内にさっさと片付けちゃいたかったのに、一筋縄ではいかないか。
ひとまず、レンブラントさんに話をしておかないと。
どこまで配慮が必要か、どこから遠慮しなくて良いか。
今回は紹介でリオウに会ってるからこっちだけで判断する訳にもいかない。
「……一度、レンブラントさんと話さないとまずいな。王国と革命軍、両方が関わってるとなると先が読めない」
「お戻りになる頃にはここを丸裸にしておきますわ。いってらっしゃいませ」
澪の言ってる事は大袈裟じゃない。
網を張り終えた澪の情報収集能力は部屋にいながらにして極めて強力。
この部屋の仕掛けへの対処どころか、多分どこを誰が歩いているかも、どんな話をしているのかも全部筒抜けだ。
至る所に防犯カメラと赤外線センサーと集音マイクがあって澪に情報を運んでいるようなものなんだから。
リオウの動きにしても、まさかあっちも自分の庭で相手に一方的に覗かれ放題盗聴され放題とは思ってもいないだろう。
それもこれも澪が大泥棒シリーズを丹念に鑑賞した成果とも言えるかもしれない。
「うん、少し頼むね」
「はい」
レンブラント商会傍に転移。
言伝だけ頼んで、夜にでも会えれば嬉しいかな。
アポなしで行って、留守でない事の方が珍しい人だからなあ。
レンブラントさんもモリスさんも。
奥様は比較的連絡がつく事が多いから伝言をお願いする事も多い。
それも店員さんにお願いして済む事が殆どだから結構気楽に来ちゃったりもしてる。
いかんよね。
出来るだけ事前に約束を取り付けてからにしなきゃ。
「すみませー」
「ライドウ様ではございませんか!」
「ん? っと、モリスさん。どうされたんですか、お急ぎみたいですけど」
珍しく正面口からモリスさんが慌てた様子で飛び出してきた。
入ろうとしていた僕と鉢合わせだ。
「ちょうど良いタイミングです。旦那様が是非お会いしたいと! 少しばかりのお時間はあるとお見受けしました。どうぞ、奥へ! こちらです! さあ!」
「はい……お邪魔します?」
何事か、あったんだろうか。
伝言だけ頼めれば、と思っていた所に思わぬ幸運と言いたいところだけど……これは、幸運ではない気がする。
まだ黄昏街の方が片付いてないのに、一体?
僕はモリスさんに促されるまま、レンブラントさんの執務室に案内されるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ミ・ス・ラー!!
……
黄昏街の件、特にリオウの扱いについての相談。問題なく。
ツィーゲは今また大きな変革の時を迎えている。
だから、現状の黄昏街の様な暗部についても解体や再構築などの措置はいずれ必要になる。
面倒なら後の事も引き受けても構わないし、クズノハ商会が引き継いでも構わないから好きにして良いと。
アイオン、革命軍の密偵の件。問題なく。
現状どちらとの交渉についても密偵の存在は暗黙の裡にある。
わかった事があれば知らせて欲しいが密偵の存在についてはそのものを関知しない事にする。
ウェイツ孤児院について。問題なく。
四階建てとかどんな代物になるか見当もつかないが、面白そうだから竣工日には見物に来てくれるとの事。
僕は当日行く気無かったんだけど、レンブラントさんが来るなら行かなきゃだな。
忙しいだろうに、もう手を引いた孤児院についてもウチ絡みだからと来てくれる。
商人としての僕にとっては親みたいなお人だよ、ホント。
周辺の土地買収についてもレンブラント商会としても商人ギルドとしても問題なし。
というか既にモリスさんも聞きつけていて、僕らの方に意図を確認しようと思っていた模様。
……。
で、だ。
レンブラントさんから切り出されたお話というのが、思わず心が叫んでしまったあいつの話題だ。
あくまで僕にしてみれば、だけど。
このクソ忙しい時にどうでもいいと言わざると得ない。
新たな問題を抱える事になったレンブラント商会での一幕、その終わりを思い出す。
「はははは、精力的に動いているようで感心しているよライドウ君」
「ありがとうございます。僕らもツィーゲで商売してる訳ですから他人事じゃありませんし」
「うんうん、嬉しい事を言ってくれるね。……で、だ」
「……はい」
「以前、話したと思うが。うん、ウチのユーノがね、気になってる男がいると」
気になってる? だっけ?
付き合ってる、だったような……。
あれ?
僕はそんなどうでもいい事を思い出そうとしていた。
「ああ、ミスラだったかと」
「っ! うん、そのミスラとかいう神殿に就職志望のごろつき」
「旦那様」
「っ、ふぅ……娘たちとパーティを組んでいる彼について向こうの情報を、ライドウ君は何か持っていないのかな、と思ってね」
「情報、ですか。とはいえあちらのまだ本格始動というには至っていない中での講義ですので。僕は今はこちらに比重を置いておりますので助手を務めてくれてくれている識に任せていて」
「その識さんから何か、その後の進展、いや講義や娘らの様子を聞いていないかな」
レンブラントさん、娘の事となると本当に心配性だよな。
あの二人カンナオイでも頑張ってたし、商会の令嬢としては既に十分な力を身につけていると僕は思ってる。
当の本人たちがそこで満足してないから講義も続行してる感じだ。
識からは特に問題になるような報告は上がってない。
こちらが落ち着いたら向こうにも顔を出しておかないとな……ロッツガルドは通常体制に戻るまでもう秒読みだ。
「いえ、特には。講義の内容については、正直、これほどの商会の令嬢であればもう。私の講義など卒業しても構わないと思っているほど、優秀ですが」
「本当に、識さんから何も聞かされていないのかね? 本っ当に?」
「……はい。特に変わった事は」
ダンッ!
「!?」
レンブラントさんが突然目の前の机を両手で叩いた。
「ユーノがミジンコ、じゃなくてミスラなんて馬の骨を好きになったらしいというのは、シフからそれとなく聞いたんだ!」
「え、ええ。以前伺いました」
ミジンコ!?
「そう、君にも色々と情報を提供してもらった。その節は本当にお世話になった!」
「いえ」
「だが!!」
「……」
「好きになっちゃったかも、ってどういう事だねライドウ君!?」
「へ?」
「どういう事なんだね!! おかしいじゃあないか!! ザラのド阿呆は手紙を迅速に送ってこんし! おかしいんんだよ、これはぁぁ!!」
……。
レンブラントさん、ご乱心。
モリスさーん。
見ると、苦笑して主人に落ち着くよう促す行動に移ろうとしているモリスさん、はそこにはおらず。
無理やり浮かべた笑顔で顔を固めながら、全身がビキビキ音を鳴らしそうな具合で滾っておられた。
なんぞ?
これ、なんぞ!?
「ライドウ君!」
「ええっ!?」
レンブラントさんが執務机に足を掛け、飛んだ。
僕の目の前に着地する。
い、意外と身軽。
「お願いがあるんだ」
「あ、なん、でしょう、か?」
「出来るだけ早急に、向こうの様子が知りたいんだ。リサが、行くなと言うんだよ。私は今ツィーゲを動くなと。気合で二泊三日くらいで戻るからって言っても許してはくれなかったんだ。モリスを密かにやろうと思ったんだが、これも先手を打たれてね。行っちゃ駄目って言うんだ」
当たり前では。
今貴方がこの街を不在にしたら一体状況がどう動くか。
考えるまでもない。
僕でも駄目ですって言う。
というかここから転移をぶっ通すとしてロッツガルドまで二泊三日って。
ちょっと週末ブラジル行ってくる、くらい無茶では。
奥様、全面正解。
モリスさん、何を滾ってるのかと思ったらロッツガルドに行きたかったのか……?
いや行ったとして、ミスラをどうするおつもりなのか。
大体、ユーノがミスラに好意を寄せている、なんて前にもう酷い目に遭って聞いたんですが。
「それは、当然かと。ツィーゲから今レンブラントさんが消えたらかなりまずいと思います。ユーノがミスラに好意を寄せている、というのは前にも聞いたかと思うんですが改めて告白でもしたんですか?」
何か二人に進展があったんだろうか。
流石に子どもができちゃったの、は無いと思うし。
手を繋いだとかキスをしたとかでも仕事に支障は出そうだけど、僕を呼ぶ程の事ともお願いされるような事も今一つわからかった。
流石に別れさせろと言われたら、かなり困るとこだな。
「ちがーう!!」
「な、なにが」
「好きになっちゃったかも、って言ったんだよぉぉ!!」
「……」
それはもうさっき聞きました!
素面なのに話題がループ!
「シフが!」
…………。
……。
え?
「え?」
「シフまで! あの野郎を好きになっちゃったかもとか言い出したんだよぅライドウ君!!」
漢泣きしているレンブラントさん。
え、シフ?
ユーノだけじゃなく?
姉妹揃って、あのレンブラント姉妹が?
ミスラを取り合ってるって事?
頭に無数にクエスチョンマークが浮かぶ。
理解できん。
識は何も言ってなかったけどなあ。
……ああ、そうか。
別に講義と生徒の恋愛は関係ないか。
レンブラント姉妹が誰と恋愛関係になろうが、確かに講義に影響はない。
省略、したかもな。
「それは、初耳でした」
「それじゃあ困るよライドウ君! 君に任せていると思って私は安心していたんだい!?」
「も、申し訳なく」
言動も怪しくなってきた。
だい、って何だ。
「すぐに詳細が知りたいんだ。黄昏だか夜明けだかはさっさと擂り潰して良いから、二人の様子を、どうか、どうかひとつ! お願いだ!!」
無茶苦茶言ってますー。
でもこうなったレンブラントさんはしばらく元に戻ってくれないだろう。
そして首を縦に振らないと帰してもらえないだろう。
僕の選択肢は一つしか残ってなかった。
ミ・ス・ラーー!
……訂正。
澪の網には色んな種類がある。
アルケーは皆それぞれに糸を扱うし、方法も様々。
ある程度知識を共有しつつも、糸の使い方には個性も出やすい。
ホクトなんかは撚糸を極めようと日々鍛えている。
編み物を習いだした時は何事かと思ったけど、あれで彼なりに道を進んでるんだろうな。
ミナトは繭を研究室に大量に吊るしてる。
ジグモの巣に似てて既視感があったのを覚えてる。
まー他にも鎧みたいに使ったり武器に付与して使ったりなんだけど。
澪は殆ど全部やろうと思えばやれる。
今は多分誰もが蜘蛛の巣と聞いて想像する、中央からの放射状の糸と外に向かうにつれて大きくなる円状の糸で構成される円網を展開中。
……じっくり一日ほどかけて、夜になっても片付けず。
黄昏街一帯に澪の円網が誰にも気づかれる事なく構築されていた。
巴に四階建て孤児院の建築と土地買収、二つの許可を求められた時には黄昏街で起こっている事件や飛び交う情報は全て澪が把握できるようになっていた訳だ。
「で、どんな具合?」
「毒でしたらここはかなり豊富に調達できそうです。中々あの手の食材は出回らなくて面倒が多かったのですが」
毒、食材。
澪は同じ物として扱ってるけど、基本的にはそれ別だからね。
フグとか例外もあるけど、基本的にはね。
毒キノコも毒の感想を言いながら美味しいで結ぶ澪の感性は中々に独特だ。
僕も故あって大体の毒は食べた所で無効化されてしまう訳で。
食べれない事はないんだけど毒の味、ってのはまだちょっとよくわからない次元だ。
ただ、毒が豊富というのは僕にとっても結構嬉しい情報だ。
新しい毒を亜空に持ち込めば、そこからまた様々な効果がある薬も出来てくるだろうから。
「へえ、良いね。ミナト辺りが喜びそう。どうなるかわからないから早めに種類だけは確保しておこうか。ルートを持ってる人も一緒にね」
「ええ。良い収穫でした」
「反神教の方は? 具体的に動いてウチの誤情報拡散してるようなのはいた?」
ここの勢力の大半が傾いてるらしいからそこら中にいるか。
中心的なとこから把握して一網打尽に済ませられれば一番楽だけど、どうかな。
「それが……」
澪が口ごもる。
珍しいな。
「関係者しかいないとか?」
既に囲まれている、的な。
「いえ。リオウ本人が布教しておりますね」
「……」
あの腐れ外道。
巴から幼児誘拐の件を聞いた時も終わってると思ったけど、反神教なんてノーサンキューな感じで話してた癖に既にお前も落ちてんのか。
どころか布教側に回ってんのかよ。
「つまり、僕らは始めからハメられてた?」
「……わかりません。その、反神教とクズノハ商会の噂を流している連中の中にアイオン王国側の密偵も混じってるんです」
……?
アイオン王国?
僕らの誤情報が広まって多くの人が信じた場合、クズノハ商会は蜃気楼都市の味方で、その主の反神教の同志。
その反神教は革命軍を助けている。
つまりクズノハ商会は革命軍サイド、って認識が蔓延する事になる。
その活動に、王国の密偵が絡む?
何故?
澪の困惑もわかる。
こう言っては何だけど、知れば知るほどに泥沼に深く沈むような、嫌な感じだ。
「王国の密偵、か。確かに辻褄が合わないね。そんな事しても得なんて何もないと思うけど」
「すぐに済むと思っておりましたのに、ごめんなさい若様。もう少しだけ時間がかかりそうです」
「澪がいなきゃ不快な思いをしながらここを歩き回らなくちゃいけないんだから、感謝してるよ」
調査してますよって建前の為に軽く歩いただけで火炎放射器が欲しくなるくらいだから。
リオウが誘拐を好む性癖を持っていると知った後は更にドンである。
カンタの方も拷問フリークだったしな。
もうやだ黄昏街。
「王国のをいくつか攫っておきますか」
「……だね。話聞こう」
リオウとは違うぞー。
僕らのは話を聞くだけ……ではないけど、違うと思うぞー。
人身売買は、当たり前だけどお金になる。
だけどあいつはお金なんて度外視で奴隷としてヒューマンや亜人、特に子どもを好んでそう扱う事で彼らが見せる表情に昂るド変態。
僕らは情報収集。
うむ、違う。
「ところで、この部屋だけど」
リオウから提供された場違いなスイートルーム。
寝起きしてるように偽装してるけど、当然実際はほぼ使ってない。
何が仕込んであるかわからない怪しさ大爆発な部屋だ。
ピンクだし、ベッド丸いし。
シャワーだけでお風呂はついてないし。
そんなだから、何か仕掛けてあったかという意味で澪に聞いてみる。
「無臭のガスが充満してます。理性を麻痺させて気分を高揚させる肉体的にも精神的にも依存性の強いものが」
「おっと」
いきなり部屋全体か。
「試しに頼んでみた食事もあまりまともなものはありませんでした。ただちに問題はないでしょうが、数日も続ければ身体能力に悪影響が」
「欠片も信じられないとはこの事か」
信頼できるシェフに作らせているから第三者に何かを盛られる心配は無い、か。
当事者のお前が盛ってる分には嘘じゃないってか。
「盗聴も巧妙に」
「フルコースかぁ」
「どれも、そこらの冒険者でも気付けない狡猾さで仕掛けられています。ただのヒューマンでは一溜まりもないかと」
クスリ、と。
澪が嗤う。
僕らなら問題ないって事ですね。
「全部対処済み、って事か。頼りにしてるよ澪大明神様」
「する必要が無い所や、偽装で敢えて見せている部分もありますけれど。それに外を回った時もですが、黄昏街全体から一挙一動を監視されているといった塩梅です。少なくとも意図的に呼び込まれた、という点は間違いありません」
……。
参ったな。
リオウはレンブラントさんと交渉した知人だ。
レンブラントさんと彼の商会を敵に回してでもリオウがしたい事ってのは、何だ?
巴やライムが時間稼ぎをしてくれている内にさっさと片付けちゃいたかったのに、一筋縄ではいかないか。
ひとまず、レンブラントさんに話をしておかないと。
どこまで配慮が必要か、どこから遠慮しなくて良いか。
今回は紹介でリオウに会ってるからこっちだけで判断する訳にもいかない。
「……一度、レンブラントさんと話さないとまずいな。王国と革命軍、両方が関わってるとなると先が読めない」
「お戻りになる頃にはここを丸裸にしておきますわ。いってらっしゃいませ」
澪の言ってる事は大袈裟じゃない。
網を張り終えた澪の情報収集能力は部屋にいながらにして極めて強力。
この部屋の仕掛けへの対処どころか、多分どこを誰が歩いているかも、どんな話をしているのかも全部筒抜けだ。
至る所に防犯カメラと赤外線センサーと集音マイクがあって澪に情報を運んでいるようなものなんだから。
リオウの動きにしても、まさかあっちも自分の庭で相手に一方的に覗かれ放題盗聴され放題とは思ってもいないだろう。
それもこれも澪が大泥棒シリーズを丹念に鑑賞した成果とも言えるかもしれない。
「うん、少し頼むね」
「はい」
レンブラント商会傍に転移。
言伝だけ頼んで、夜にでも会えれば嬉しいかな。
アポなしで行って、留守でない事の方が珍しい人だからなあ。
レンブラントさんもモリスさんも。
奥様は比較的連絡がつく事が多いから伝言をお願いする事も多い。
それも店員さんにお願いして済む事が殆どだから結構気楽に来ちゃったりもしてる。
いかんよね。
出来るだけ事前に約束を取り付けてからにしなきゃ。
「すみませー」
「ライドウ様ではございませんか!」
「ん? っと、モリスさん。どうされたんですか、お急ぎみたいですけど」
珍しく正面口からモリスさんが慌てた様子で飛び出してきた。
入ろうとしていた僕と鉢合わせだ。
「ちょうど良いタイミングです。旦那様が是非お会いしたいと! 少しばかりのお時間はあるとお見受けしました。どうぞ、奥へ! こちらです! さあ!」
「はい……お邪魔します?」
何事か、あったんだろうか。
伝言だけ頼めれば、と思っていた所に思わぬ幸運と言いたいところだけど……これは、幸運ではない気がする。
まだ黄昏街の方が片付いてないのに、一体?
僕はモリスさんに促されるまま、レンブラントさんの執務室に案内されるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ミ・ス・ラー!!
……
黄昏街の件、特にリオウの扱いについての相談。問題なく。
ツィーゲは今また大きな変革の時を迎えている。
だから、現状の黄昏街の様な暗部についても解体や再構築などの措置はいずれ必要になる。
面倒なら後の事も引き受けても構わないし、クズノハ商会が引き継いでも構わないから好きにして良いと。
アイオン、革命軍の密偵の件。問題なく。
現状どちらとの交渉についても密偵の存在は暗黙の裡にある。
わかった事があれば知らせて欲しいが密偵の存在についてはそのものを関知しない事にする。
ウェイツ孤児院について。問題なく。
四階建てとかどんな代物になるか見当もつかないが、面白そうだから竣工日には見物に来てくれるとの事。
僕は当日行く気無かったんだけど、レンブラントさんが来るなら行かなきゃだな。
忙しいだろうに、もう手を引いた孤児院についてもウチ絡みだからと来てくれる。
商人としての僕にとっては親みたいなお人だよ、ホント。
周辺の土地買収についてもレンブラント商会としても商人ギルドとしても問題なし。
というか既にモリスさんも聞きつけていて、僕らの方に意図を確認しようと思っていた模様。
……。
で、だ。
レンブラントさんから切り出されたお話というのが、思わず心が叫んでしまったあいつの話題だ。
あくまで僕にしてみれば、だけど。
このクソ忙しい時にどうでもいいと言わざると得ない。
新たな問題を抱える事になったレンブラント商会での一幕、その終わりを思い出す。
「はははは、精力的に動いているようで感心しているよライドウ君」
「ありがとうございます。僕らもツィーゲで商売してる訳ですから他人事じゃありませんし」
「うんうん、嬉しい事を言ってくれるね。……で、だ」
「……はい」
「以前、話したと思うが。うん、ウチのユーノがね、気になってる男がいると」
気になってる? だっけ?
付き合ってる、だったような……。
あれ?
僕はそんなどうでもいい事を思い出そうとしていた。
「ああ、ミスラだったかと」
「っ! うん、そのミスラとかいう神殿に就職志望のごろつき」
「旦那様」
「っ、ふぅ……娘たちとパーティを組んでいる彼について向こうの情報を、ライドウ君は何か持っていないのかな、と思ってね」
「情報、ですか。とはいえあちらのまだ本格始動というには至っていない中での講義ですので。僕は今はこちらに比重を置いておりますので助手を務めてくれてくれている識に任せていて」
「その識さんから何か、その後の進展、いや講義や娘らの様子を聞いていないかな」
レンブラントさん、娘の事となると本当に心配性だよな。
あの二人カンナオイでも頑張ってたし、商会の令嬢としては既に十分な力を身につけていると僕は思ってる。
当の本人たちがそこで満足してないから講義も続行してる感じだ。
識からは特に問題になるような報告は上がってない。
こちらが落ち着いたら向こうにも顔を出しておかないとな……ロッツガルドは通常体制に戻るまでもう秒読みだ。
「いえ、特には。講義の内容については、正直、これほどの商会の令嬢であればもう。私の講義など卒業しても構わないと思っているほど、優秀ですが」
「本当に、識さんから何も聞かされていないのかね? 本っ当に?」
「……はい。特に変わった事は」
ダンッ!
「!?」
レンブラントさんが突然目の前の机を両手で叩いた。
「ユーノがミジンコ、じゃなくてミスラなんて馬の骨を好きになったらしいというのは、シフからそれとなく聞いたんだ!」
「え、ええ。以前伺いました」
ミジンコ!?
「そう、君にも色々と情報を提供してもらった。その節は本当にお世話になった!」
「いえ」
「だが!!」
「……」
「好きになっちゃったかも、ってどういう事だねライドウ君!?」
「へ?」
「どういう事なんだね!! おかしいじゃあないか!! ザラのド阿呆は手紙を迅速に送ってこんし! おかしいんんだよ、これはぁぁ!!」
……。
レンブラントさん、ご乱心。
モリスさーん。
見ると、苦笑して主人に落ち着くよう促す行動に移ろうとしているモリスさん、はそこにはおらず。
無理やり浮かべた笑顔で顔を固めながら、全身がビキビキ音を鳴らしそうな具合で滾っておられた。
なんぞ?
これ、なんぞ!?
「ライドウ君!」
「ええっ!?」
レンブラントさんが執務机に足を掛け、飛んだ。
僕の目の前に着地する。
い、意外と身軽。
「お願いがあるんだ」
「あ、なん、でしょう、か?」
「出来るだけ早急に、向こうの様子が知りたいんだ。リサが、行くなと言うんだよ。私は今ツィーゲを動くなと。気合で二泊三日くらいで戻るからって言っても許してはくれなかったんだ。モリスを密かにやろうと思ったんだが、これも先手を打たれてね。行っちゃ駄目って言うんだ」
当たり前では。
今貴方がこの街を不在にしたら一体状況がどう動くか。
考えるまでもない。
僕でも駄目ですって言う。
というかここから転移をぶっ通すとしてロッツガルドまで二泊三日って。
ちょっと週末ブラジル行ってくる、くらい無茶では。
奥様、全面正解。
モリスさん、何を滾ってるのかと思ったらロッツガルドに行きたかったのか……?
いや行ったとして、ミスラをどうするおつもりなのか。
大体、ユーノがミスラに好意を寄せている、なんて前にもう酷い目に遭って聞いたんですが。
「それは、当然かと。ツィーゲから今レンブラントさんが消えたらかなりまずいと思います。ユーノがミスラに好意を寄せている、というのは前にも聞いたかと思うんですが改めて告白でもしたんですか?」
何か二人に進展があったんだろうか。
流石に子どもができちゃったの、は無いと思うし。
手を繋いだとかキスをしたとかでも仕事に支障は出そうだけど、僕を呼ぶ程の事ともお願いされるような事も今一つわからかった。
流石に別れさせろと言われたら、かなり困るとこだな。
「ちがーう!!」
「な、なにが」
「好きになっちゃったかも、って言ったんだよぉぉ!!」
「……」
それはもうさっき聞きました!
素面なのに話題がループ!
「シフが!」
…………。
……。
え?
「え?」
「シフまで! あの野郎を好きになっちゃったかもとか言い出したんだよぅライドウ君!!」
漢泣きしているレンブラントさん。
え、シフ?
ユーノだけじゃなく?
姉妹揃って、あのレンブラント姉妹が?
ミスラを取り合ってるって事?
頭に無数にクエスチョンマークが浮かぶ。
理解できん。
識は何も言ってなかったけどなあ。
……ああ、そうか。
別に講義と生徒の恋愛は関係ないか。
レンブラント姉妹が誰と恋愛関係になろうが、確かに講義に影響はない。
省略、したかもな。
「それは、初耳でした」
「それじゃあ困るよライドウ君! 君に任せていると思って私は安心していたんだい!?」
「も、申し訳なく」
言動も怪しくなってきた。
だい、って何だ。
「すぐに詳細が知りたいんだ。黄昏だか夜明けだかはさっさと擂り潰して良いから、二人の様子を、どうか、どうかひとつ! お願いだ!!」
無茶苦茶言ってますー。
でもこうなったレンブラントさんはしばらく元に戻ってくれないだろう。
そして首を縦に振らないと帰してもらえないだろう。
僕の選択肢は一つしか残ってなかった。
ミ・ス・ラーー!
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