月が導く異世界道中

あずみ 圭

文字の大きさ
414 / 551
六章 アイオン落日編

朝と馴染みと

しおりを挟む
「まったくよぉ、お前が旦那に会わせろなんていうからこんな事になっちまったじゃねえか」

「……」

「見ろよ、ここ。誰がこれ見て孤児院だって思うんだよ」

「……」

「そんでお前らもここがウェイツ孤児院でございって言えんのかよ」

「……」

「周りも綺麗に変わっちまった。はぁーーーー……」

 長い長いため息。
 ライム=ラテのものだ。
 ウェイツ孤児院屋上。
 空はまだ白んではいないが、じきの事だろう。
 辛うじて夜の闇が生き残っている、そんな時間帯だった。

「……なによ、孤児院が綺麗になると嫌なわけ?」

 孤児院職員にしてライムの幼馴染であるセーナが口を尖らせる。

「こんだけ旦那方を、クズノハ商会を派手に動かしちまったら、お前らこれから地獄見んぞ?」

「ちょっとした改築、じゃないのはわかってるけど……後からお金請求する系?」

「そんな月並みな事、あの人がするかよ」

「じゃ、地獄ってなによ」

「巴の姐さんから色々言われてんだろ? きっついぞ、あの女性ひとの要求は」

「ヨセバ、だっけ? 何か子どもに手に職つけさせるとか、勉強させるとか」

「そだよ。今まで通り子どもの世話だけしてりゃいいなんてレベルじゃなくなるからな」

「……? 講師は外からクズノハ商会が連れてくるんでしょ? あんたも含めて」

「めでてえなあ……お前。勉強も訓練も、講師だけで面倒みられる訳ねえだろ? お前らもこれから無茶苦茶勉強する事になんだよ。まだ実感ねえかもしれねえけど、セーナ」

「なによ」

 勉強が出来るなど、望外の条件じゃないか。
 セーナの顔はそう語っていた。

「ウェイツ孤児院は皆まとめてクソ高ぇ崖から落ちたんだよ」

 クズノハ商会という断崖。
 ライム=ラテはヒューマンとしてはかなり初期にこれを経験した人物である。
 一桁ナンバーの猛者だ、しみじみ度合いが違う。
 同じ一桁台にはツィーゲでトップを張る冒険者トアらも含まれるが、ライムなどは竜の血を受け入れてヒューマンを辞めてなお落ち続けているのだ。
 登攀とうはんと落下の違いは実に明白だ。

「バカ言わないでよ。むしろ孤児院全体としてはどん底から上がり調子でしょ、あんたんとこから援助を受け出してからずっと」

「あのな、セーナ」

「?」

「上がる登るってのは、自分で辞められんだよ。下る落ちる、特に落ちるなんてのは基本的に本人にはどうしようもねえんだ」

 そう、違いは自分の意思で止まれるかどうか。
 落下の終わりは激突しかない。
 ウェイツ孤児院にはソフトランディングかハードランディングかは努力次第で選べても、後戻りするという選択肢は存在しないのだ。

「……」

「もう、行くとこまで行くしかねえ。お前、三か月もすれば魔術の一つも覚えてるかもな」

「やめてよ、そういうわけわかんない事言うの。確かに、あの巴って人は厳しいとこあるけどさ。ライドウって人はやっぱ優しい人じゃない?」

 セーナは大樹を見る。
 孤児院の屋上に突如生えた樹を。
 きっと朝になればこのサプライズに子ども達はまた大騒ぎするのだろう。
 彼女はライドウの行動に納得していない、優しいというよりは甘い、と言いたげな不満を露わにした表情を隠そうともしない。

「……優しいとこもあんのは確かだ、俺も保証する。だが……お前が想像してるよりはずっと、おっかねえお人だよ」

 ライムもまた、セーナが見つめる樹に目をやり、近づく。
 幹を軽く蹴るが、大樹はびくともしない。
 ちなみにセーナはもう何度も、殴ったり、蹴ったりしている。

「リオウを殺さないなんて、どこが怖いのよ」

「殺してやらねえから、あの人はおっかないんだ」

「?」

「コレな、樹にされても意識はあるんだぜ?」

「!?」

「お前に殴られてる事も、蹴られてる事もリオウは認識してるってこった」

「意識があるまま樹にされるのは、不気味かも」

「ふっ」

「! なんで笑うの、あんたは!」

「ズレてっからだ。リオウは元々エルフだ。長寿で俺らとは時間の感覚が違う」

「……うん」

 散々脅された文言。
 親になったら、祖母になったら。
 エルフとヒューマンの時間についての感覚は確かに全く異なる。

「だから動けねえのは多少不便でも、ただ樹になるだけならリオウは大して苦痛じゃねえ」

「……そうなんだ」

「ああ、聞いたとこじゃあな。エルフの秘儀の中には自らを樹木にして森の一員になる事で生涯を終える、なんてのもあるらしいぜ」

 その秘儀のオリジナルにして最も高等な場所に位置するのが樹刑だ。
 術者ではなく他者を自在に樹木に変じる。
 森鬼の誇る秘奥義で、これを扱える者は一様に尊敬を集める。

「……じゃ、こいつはあんま堪えてないんじゃないの?」

「ところがそうじゃない。場所が問題なんだな」

「場所って、ここ? 正直私、リオウとずっと一緒にいなきゃならないとか最悪の気分だけど?」

 これが自分への仕打ちだというならライドウは恐ろしい男だと、セーナは心から思う。

「リオウはヒューマンも亜人も関係なく、売り買いされる人の顔を見んのが大好きなクズ野郎だ。絶望や挫折は基本、時に赦しや希望もスパイスにして奴隷って立場にいる玩具を全力で楽しんでやがった」

「……」

「そのリオウが、これからはずっとここで見続けなくちゃならんのは、ガキどもの顔だ」

「……あ」

「お前ら次第だが、下手をするとリオウは不幸から立ち直って幸せを掴もうって希望全開のガキどもの、あいつからすりゃ吐き気がするような光景を延々と見続ける羽目になる」

「あの、クソエルフが……」

「ああ、しかもリオウの力は根を通じて孤児院の守護に使われ続ける。こいつの了解なんぞ全く取る必要も意見を聞く必要もなく、リオウは自動的にウェイツ孤児院を守り続けるんだ」

「は、はは……なにそれ、最高」

「あいつに酷ぇ目に遭わされたお前みてぇのも大勢いるだろうさ。けどよ、これからお前がガキどもに親身になればなるほど。あいつは至上の苦痛を味わう、枯れるまでな。お前らは幸せ、リオウは不幸。甘いかねぇ……俺はリオウの処置を即座に決めた旦那が……おっかねえがな」

 復讐と贖罪を同時に。
 刑期は未定。 

「私たちが一生懸命頑張るほど、リオウは、苦しみ続ける」

「ああ。もう一人の拷問狂は広い公園に植えられる。広くていざという時の避難にも使えるとこだ。また機会があれば見とくと良い。ありゃただのヒューマンだからコレほどでかくはねえだろうな」

 拷問で人の限界と苦悶を楽しんでいた男は、これから憩いの公園で幸せな住民を見守る。
 ヒューマンである彼はリオウに加えて時間という罰も存分に味わう事になる。
 或いは。
 カンタならば途中でこの最悪の拷問の一つを受ける事に喜びも感じ始めるかもしれない。

「ライム」

「あん?」

「ライドウ様、全然怖くないじゃん。凄い人じゃない!」

「……ま、それはそれで合って……いや、いいや。そだな」

 様になってんじゃねえか。
 他にも色々と思うところあるライムだったが、今、この平和な闇の中で口にする事もないかと思いなおす。

「あー久々に夜明けなんて見た。綺麗よねえ」

「徹夜したってだけだ。見飽きたよ俺は」

「明日、ううん、今日から。私物凄く頑張るよ、夢と復讐が同時に叶う職場なんて滅多にないもん!」

「俺としちゃあ、ここがこれだけ立派になってクズノハ商会の影響が強まっちまうと、夢が遠のくんだが……」

「え、なに!?」

 ほんの小さなライムのぼやきはセーナの耳には届かなかった。
 ここがあまり有名になってクズノハ商会と結び付けられてしまうと、亜空に移住させようというライムの目的とは微妙に方向性が変わってしまいかねない。
 ライムはライドウにも自分の孤児院への想いをもっと早く知っておいてもらうべきだったと、僅かに後悔もしていた。
 だが別に全てがダメになったと決まったものでもない。
 孤児院の職員や子どもらはこれで確実にクズノハ商会への興味を深めるだろう。
 そうなればここの半数でも、まとまった数の子どもらを亜空に引っ越しさせる事は可能だと彼は考えていた。
 幸いというか、セーナや院長らは内心では子供を増やしたがっている。
 これだけ立派な建物になれば遠からずまた、その思いも湧き起こってくるに違いない。
 今は恩を売ったという事だけで良い。
 ライムは気を取り直した。

「なんでもねえよ。セーナ、この貸しはでけえからな? 忘れんなよ?」

「……うん。私が力になれる事なら何でも言って。大した事は出来ないけど、全力で協力してあげる」

言質げんち取ったからな」

「取られました。このセーナ、こんだけの事が叶って何もしないような恩知らずじゃありません!」

「だな、安心した。んじゃ早速一つ有難い忠告をしてやろう」

「?」

「人脈を広げとけ。ご同業が良い。ひたすら仲良くなっとけ」

「どうして?」

「あっという間に人不足になるからだ。言っとくが、姐さんの許可なく勝手に人なんぞ増やせねえからな?」

「あっ!」

「いざって時の為に信用できる奴を作っとけってこった」

 ライムなりに上司としての巴を分析している。
 彼女は突然誰かの紹介で連れて行ったような人物は信用しないし、そのまま雇う事も滅多にない。
 仕事によっては無い事もない、そんな程度だ。
 反面、普段からライムが親しく付き合っていて人となりがそれなりにわかっているような相手だとかなり寛容に、また気前良い付き合いをもったりする。
 もちろん、この条件でも切られる場合もある。
 だが傾向は重要だ。
 巴の部下としての先輩であるライムは後輩のセーナに確実にプラスになるアドバイスをしたわけだ。

「た、確かに。巴さんの面接に受かりそうな子の心当たりなんて……殆どない」

「仕事量は俺が適当に見積もっても三倍以上にはなる。気合だけで当面は何とかなるが、気合だけじゃ当面しか持たねえ。周りのにもちゃんと言っときな」

「……ありがと、ライム」

「なに、いずれ恩は返してもらうって。気にすんな」

 亜空に来てもらうって形でな。
 恩返しの内容は胸中でだけ漏らし。
 幼馴染二人は色気のある雰囲気など一度もないまま、朝を迎えたのだった。
しおりを挟む
感想 3,644

あなたにおすすめの小説

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。