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六章 アイオン落日編
償いは十分かつ速やかに(前)
「へ……あ、わ、若様!?」
ん。
突如僕にしか向けられない呼称で呼ばれてそちらを向く。
そこには煽情的なドレスに身を包んだ数人の女性。
おや。
「ハツハルか。今はロッツガルドの方に来てたんだね」
「はい! 若様は講師のお仕事ですか?」
グループから一人の女の子が僕の方に軽やかに寄ってきた。
亜空からこっちに来てるゴルゴンの一人だった。
この街で彼女たちは娼館と商会両方で働いている。
「そんなとこ。エステルさんに迷惑はかけてない?」
ハツハルに限らずゴルゴンはヒューマンの街でも上手に立ち回る。
これまで能力面で引き籠らざるを得なかった反動か、外に出る許可を得て街に出ている彼女たちは概ね社交的で好奇心が強く、こちらでの生活も楽しんでるみたいだ。
上手く馴染んでくれて僕も嬉しい。
亜空の方でも動物の世話は手慣れてきた感じだ。
「ばっちりです!」
「流石ハツハル。安心したよ」
「若様は、遊ばれたりしないんですか?」
「ここで? その予定は無いな。僕のフリーパスは専ら君らを出稼ぎに出す用だね」
「残念ー! その内、巴様たちに許可もらって是非是非お相手下さいませ!」
「さらっと無茶な事を言わない。楽しんでいるようで何よりだけども」
「えへへ」
ゴルゴンの族長姉妹の妹の方。
僕が外に出る時の名としてハツハルと名付けをした彼女は明るい娘だ。
ただ天真爛漫というのとも少し違って、言葉にも表情にも仕草にも。
どこかきちんと色気を備えている。
種族柄なのか、それとも彼女特有なのかはわからない。
エステルさん曰く、ゴルゴンはロッツガルドでは大変な人気らしい。
もちろんヒューマンの女の子として。
今のところ誰にも種族を見抜かれた事はないようで、時に亜人や魔物の悪口を平然と言い放つ客を相手に内心苦笑する事もあるんだとか。
彼らの間ではハツハルはじめ、紫髪の女性たちを遠方から出稼ぎに来ている美女集団だと思ってるらしい。
そんな不自然な美女集団いてたまるか、と思った。
のんきに観光がてら村に行ってみたいなどとほざくヒューマン様もいるようで。
荒野の奥だけど、是非観光してみればいい。
「……そうだ。ハツハル、セイレンという女性を知っているか?」
「セイレン」
「そうだ、ヒューマンの、学園に勤務する女性なんだが」
「セイレン=ガルメナですか」
「何故にフルネーム。知っているのかハツハル」
「若様が告白なさった女性だとか」
「そこは完全に誤解だが、まあ間違いではないね」
巴と澪には大分ジト目で見られて、意地の悪い問答もあったりしてね。
後始末に向かう最中ですよと。
「ええ、直接の面識はありませんが。もしかして、私にお手伝いできるお仕事、ですか?」
スゥと。
ハツハルの目が細まり、凄みが滲み出てくる。
お手伝い。
消したり、始末したり。
そういうお手伝いを想定してるな、この娘。
完全なるお門違いである。
「残念なが……ああ、そうだな」
「若様?」
少し考える。
名前を知っているなら、ツィーゲの噂みたいに草の根活動として動いてもらうのも良いか。
「そのセイレンだけど、どうもロッツガルドで良くない立場にいるみたいでね」
「ですね。若様をフったんですから。そこら中で後ろ指さされてますよ」
さも当然の様に頷くハツハル。
当然だと思われてちゃ困るんだよね。
よし手伝ってもらおう。
「それで困ってる。告白も誤解だし、その女性も傷つけるつもりはないんだ。仕事や休憩時間、ロッツガルドにいる間で構わないから皆と協力してセイレンという女性と僕の間柄は健全な知人、友人程度だと話を広めておいてほしい」
「お助けになるんですか?」
「もちろん」
意外そうな顔で見ないで欲しい。
そりゃ知らなかったら放置でも構わなかったよ。
でも知っちゃったからにはさ。
少し動くだけの事なんだし。
「わかりました。若様の御命令なら。そうだ、前にお願いした学生さんの講義へのゲスト参加、若様がこちらにいる間になりそうですか? 識様は出来れば若様がいる時にしたいと仰ってましたけど」
「そうだな。特殊な戦いをメインにする相手がどれだけ怖いものか、そろそろ知る時期か……。誰に来てもらうかはまだ決めてないけど、近々一人来てもらうと思う。出来るだけ早く連絡するよ」
「私が行きまーす! クロちゃんと一緒に!」
「ハツハルとクロ? ……相手は学生だからな、あまり虐め過ぎないように」
サーベルキャットとゴルゴン。
ハツハルが何をしたいのか一瞬でわかった。
少し前の幻術体験でも大分リタイアしたからなあ、大丈夫かね。
最近はダエナの熱血指導でもリタイアしかけてるのがいるとか何とか。
二期生全滅とか、あまり笑えない。
「はーい! では若様、お気をつけて!」
「ありがとう、ハツハルもね」
意外な出会いだったな。
しかし、大したもんだ。
石化能力の制御、もう殆ど習得してるな。
一応懐に眼鏡は持ってた。
でもあれはもう、お守りみたいな役割になってるとみた。
他の子はどうなってるかも、一度確認しておこう。
で、だ。
僕は道を急ぐ。
こんな後始末、早く終わらせるに越した事はない。
「意外だ」
「イズモ」
「先生も、男なんですねえ」
「丁度いいとこにいた。ちょっと顔貸してくれ」
通りから一本入ったところの店にイズモを連れ込む。
「あーいう娘がタイプなんですか」
「な訳ない。ハツハルは魅力的な女の子だとは思うが、客と娼婦の関係じゃあない」
「……ホントですか?」
「あの子はクズノハ商会の従業員でもある。つまり上司と部下、だな」
「商会の。そうでしたか。確かに、あの人はセイレンとはタイプも違いますもんね」
おい。
なんでお前までセイレンって名前を知ってて、さらりと出てくる。
もしかして彼女、僕が思ってるよりずっと有名人なのか?
後始末、今日で手配は終わるよね?
こんなの何日もかけたくないよ、ホント。
「セイレン……そうか、お前も彼女を知ってるのか」
「学園関係者なら全員知ってますよ、多分。先生のタイプはセイレン=ガルメナって」
「……」
うそーん……。
誰も僕には一言も言ってくれなかった。
なのに周囲では共通認識の如く彼女の事をフルネームで知っていたと。
悪夢のようだ。
「詠唱の基礎分野を専門にして学園に残ってる、帝国貴族の道楽娘。ま、娘と呼ぶにはちょっと年いってますけどね。未婚で、家督とも無縁。研究だけが生きがいみたいな余禄も面白みもない女ですよ」
イズモよ。
ドがつくロリコンのお前に年がいってると言われてもな。
いろはちゃんだぞ。
にしてもセイレンさんの情報を語るイズモにもどこか彼女への悪意が見て取れる。
クズノハ商会や僕の印象が良くなったところでこっちに不都合はないと思ってたけど、少し浅はかだった。
結果としてこまごまと面倒な事や意図しない事は起こるもんなんだなと思い知らされる。
「まだ十分妙齢だと思うぞ。ま、お前の許嫁に比べれば確かに大分年上なのは認める」
「……先生」
「なんだ?」
「俺はロリコンではないですよ」
心を読まれた。
「……それは、いくら何でも通らんだろう?」
お相手だっていろはちゃんを紹介されてそう思わない奴がどれだけいてくれると思ってるんだ、お前。
「好きになった相手が、たまたま! 若かっただけですから」
「……」
だけどなあ。
二人並んだ姿を思い出しても兄妹だと思う人が絶対多数だ。
それも、そこそこ年の離れた、ね。
「あと!」
「ん?」
「内々にですが、結納と式も済ませました! いろはは俺の嫁です!」
「……え、顔合わせて一週間もしない内に? マジで?」
「運命の女に会えたなら、一日も早く一緒になりたいじゃないですか」
「でもお前。イクサベとオサカベ? どちらもそこそこの家柄だったんだろう? この短期間に出来るもんなのか?」
普通の家同士でも非現実的なスピード婚だ。
「俺はローレルで中宮の地位にある彩律様にお仕えしていました。その御縁であの方が手を尽くして下さって」
「彩律さんが」
「はい。おかげ様で俺といろはは形式的にはもう夫婦です。ただ、対外的なお披露目はもう少し後になりますし、ジン達にも知らせてどこかで祝いの席をと思ってますがこれもまだしばらくはお預けなんですよね」
「そ、そうか。ともあれ、おめでとう。幸せにな」
「ありがとうございます。先生のおかげと俺もいろはも感謝しています」
部下の結婚の為に力を貸す、か。
彩律さん、中々漢気ある上司なんだな。
僕もそうありたいもんだ。
「俺といろは、ね。御馳走様。話しぶりの割には、やってる事は随分と献身的なのにな」
「?」
「あの時、処刑を代行したろ」
「!!」
「密かに、静かに、鋭く。器用なもんだと巴と二人、感心して見ていた」
「……父にすら見破られたんですから、見てらしたならきっととは思ってました」
「上手いもんだった。お前が学園で新たに武器にした詠唱、すっかりものにしてるようだな」
機動詠唱だったか。
確か一度発動させて一旦役割を終えて尚残る詠唱の欠片を再利用する方法。
詠唱の短縮と、戦いが長期化するほどに大量の魔術を低燃費で連発できるようになる。
元々は自らも動き回りながら詠唱を維持するための力として開発を始めたのに、実際には長期戦の方により広く深い可能性を持っていた。
イズモの意図としては短期決着が少なからずあったようだから皮肉なものだ。
有用に違いないのは、救いだな。
「はい。カンナオイでもすっかり自分の力として扱えました。あの戦いは、俺を色々な意味で変えてくれた」
「……識に感謝しておけよ。僕としては見学も同行もさせるつもりは無かったんだから」
「いえ。先生がいなければ成長しても死んでました。ライドウ先生は俺たちの命の恩人です」
……。
たち、がイズモといろはちゃんを指してる事が何となくわかった。
お熱い事で。
まあいい。
学内でのセイレンさんの立場について、イズモにまとめてお願い……。
おお。
今日は何か良い出会い、閃きがある日だ。
良い事を思いついてしまった。
「なあ、イズモ」
「何でしょう」
「お前、機動詠唱はもう完全にものにした、と言ったな」
「はい!」
「なら、切り札ではなくただの手札の一つな訳だ」
「……? ええ」
「命の恩人などと言わせた手前、こういうのは卑怯だとも思うが」
「……」
「機動詠唱について場合によってはある女性に詳しく解説して欲しい、と言ったら頼めるか?」
セイレンさんは研究者で、詠唱の基礎分野を専門としている。
とイズモから聞いた。
ラヴィドールのマスターも魔術の何かを専門にしていると言っていたから間違いない情報だろう。
ならイズモの機動詠唱は彼女の研究に何かしらの役に立つかもしれない。
学園で扱うにしても識や澪、亜空の研究ほどぶっ飛んでいない方が丁度良い。
「先生、セイレンに未練でもあるんですか?」
「ない! そもそも……いや、何でもない。私の所為で彼女が苦しい立場にあると聞いた。だから少し、その埋め合わせをな」
「何て、奇特な。でも……あれは俺にとっても大事な技術ですし、いきなり研究、公開されちゃうのは少し引っかかるものもあります。それに俺は先生ほど聖人じゃないですから、正直恩師に酷い真似をしたセイレンはどっちかというと嫌いです」
「すべて不幸な誤解なんだ。お前にとって自力で組み上げてきた技術だけに思い入れもあるだろう。十分わかるが、人助けと思って、頼む」
テーブルで向かい合いながら、イズモに頭を下げる。
「……参ったな、先生に頭を下げられると断れません。いいですよ、先生の頼みではね。それに新しい切り札、イメージはもうありますから」
「済まない、助かる。でもお前の頭にある魂を削る切り札は無しだ。別のにしろ」
「!?」
イズモは僕が駆け付ける前、命を犠牲にする類の魔術に手を付けようとしていた。
一発でもイズモにとっては大技である魔術を、強引に複数発動させる。
自分の限界を明らかに超える所業だ。
当然、代償がある。
その力はいつか必要になる時が来るかもしれないが、一度きりだ。
今究めていく事じゃない。
「使えるようになったところで、学園で使用感を確かめる事もないような技術は今は置いておけ」
「バレてましたか」
「当然だ。使えるようになる所までは構わんが。折角嫁を持ったんだ。お前も守る存在を念頭に置いた動き方を考えてみる時期かもしれんな」
「……ですね。少し前までの俺には無かった視点です」
「だが、お前に協力してもらうだけなどというつもりは毛頭ない。これをやろうと思っていた。機動詠唱のお代と思って受け取ってくれ」
「映像、ですか。見ても?」
ロッツガルドは映像を刻印した鉱石の類は他に比べて相当出回っている。
イズモも僕が出した物を見て一目で何かがわかったようだ。
ツィーゲならともかく、他の街でこれが何か、すぐにわかってもらえた事はないんだよね。
「ああ。戦闘面で役に立つものじゃないが、お前なら楽しめるだろう」
「へえ、何だろう。では――ッ!」
「……」
「えっ!? うお、うおおお? 何それ、知らないんだけど! この段階から配管可能なの!? 資材分配パネぇ!」
流石エルダードワーフの仕事だ。
イズモは見事に虜になった。
同志の目には光るものがあるらしい。
半分以上意味不明の僕よりは、イズモが見た方が凄みもわかるってもんだろう。
ただ、少し五月蠅いのが玉に瑕だな。
ここ、お店だからね?
途中、ほあっほあっ、とか意味不明な叫び声を交えながら映像鑑賞は無事に終わった。
周囲の注目が痛い。
「先生、これ他には無いんでしょうか!? シリーズ的に!」
「今のところ、これだけだな」
「ここはツィーゲですよね?」
「だな。見ての通り孤児院だ」
「こじ……要塞ではなく?」
「最初にウェイツ孤児院改築模様って字幕が出ただろう。まあ実はまだラストの工程があったんだが、それは映像にはしてなくてな」
「竣工したのがツィーゲにある……見たい」
「時間が出来たら行けばいい。新婚旅行とかか?」
「決めた、新婚旅行はツィーゲにする」
……いろはちゃんはそれで良いんだろうか。
突っ込もうか迷ったけど、適当にとはいえ僕が言い出してもいる。
黙っておくが吉かな。
新婚旅行で漢の浪漫的に行き先を決めても良い事はあんまなさそうな気はする。
ただ、ダエナ夫婦みたいな例もある。
生まれたばかりらしい子どもが不憫な、あの夫婦。
せめてじいじとばあばが良き人であって欲しい。
「先生、もし2巻が出たら是非。俺、また切り札売るんで!」
2巻て。
切り札て。
……何故そうなる。
お前の大事な戦法、ちょっとバラシてよ。
なんて無茶を言った割にイズモはウキウキの笑顔で鉱石を抱いて帰っていった。
後はザラさんと事務さん、それに本人だな。
ザラさんには鑑定の件も含めて情報があれば聞いておきたい。
急ご。
陽がある内に全部済ませたい。
ん。
突如僕にしか向けられない呼称で呼ばれてそちらを向く。
そこには煽情的なドレスに身を包んだ数人の女性。
おや。
「ハツハルか。今はロッツガルドの方に来てたんだね」
「はい! 若様は講師のお仕事ですか?」
グループから一人の女の子が僕の方に軽やかに寄ってきた。
亜空からこっちに来てるゴルゴンの一人だった。
この街で彼女たちは娼館と商会両方で働いている。
「そんなとこ。エステルさんに迷惑はかけてない?」
ハツハルに限らずゴルゴンはヒューマンの街でも上手に立ち回る。
これまで能力面で引き籠らざるを得なかった反動か、外に出る許可を得て街に出ている彼女たちは概ね社交的で好奇心が強く、こちらでの生活も楽しんでるみたいだ。
上手く馴染んでくれて僕も嬉しい。
亜空の方でも動物の世話は手慣れてきた感じだ。
「ばっちりです!」
「流石ハツハル。安心したよ」
「若様は、遊ばれたりしないんですか?」
「ここで? その予定は無いな。僕のフリーパスは専ら君らを出稼ぎに出す用だね」
「残念ー! その内、巴様たちに許可もらって是非是非お相手下さいませ!」
「さらっと無茶な事を言わない。楽しんでいるようで何よりだけども」
「えへへ」
ゴルゴンの族長姉妹の妹の方。
僕が外に出る時の名としてハツハルと名付けをした彼女は明るい娘だ。
ただ天真爛漫というのとも少し違って、言葉にも表情にも仕草にも。
どこかきちんと色気を備えている。
種族柄なのか、それとも彼女特有なのかはわからない。
エステルさん曰く、ゴルゴンはロッツガルドでは大変な人気らしい。
もちろんヒューマンの女の子として。
今のところ誰にも種族を見抜かれた事はないようで、時に亜人や魔物の悪口を平然と言い放つ客を相手に内心苦笑する事もあるんだとか。
彼らの間ではハツハルはじめ、紫髪の女性たちを遠方から出稼ぎに来ている美女集団だと思ってるらしい。
そんな不自然な美女集団いてたまるか、と思った。
のんきに観光がてら村に行ってみたいなどとほざくヒューマン様もいるようで。
荒野の奥だけど、是非観光してみればいい。
「……そうだ。ハツハル、セイレンという女性を知っているか?」
「セイレン」
「そうだ、ヒューマンの、学園に勤務する女性なんだが」
「セイレン=ガルメナですか」
「何故にフルネーム。知っているのかハツハル」
「若様が告白なさった女性だとか」
「そこは完全に誤解だが、まあ間違いではないね」
巴と澪には大分ジト目で見られて、意地の悪い問答もあったりしてね。
後始末に向かう最中ですよと。
「ええ、直接の面識はありませんが。もしかして、私にお手伝いできるお仕事、ですか?」
スゥと。
ハツハルの目が細まり、凄みが滲み出てくる。
お手伝い。
消したり、始末したり。
そういうお手伝いを想定してるな、この娘。
完全なるお門違いである。
「残念なが……ああ、そうだな」
「若様?」
少し考える。
名前を知っているなら、ツィーゲの噂みたいに草の根活動として動いてもらうのも良いか。
「そのセイレンだけど、どうもロッツガルドで良くない立場にいるみたいでね」
「ですね。若様をフったんですから。そこら中で後ろ指さされてますよ」
さも当然の様に頷くハツハル。
当然だと思われてちゃ困るんだよね。
よし手伝ってもらおう。
「それで困ってる。告白も誤解だし、その女性も傷つけるつもりはないんだ。仕事や休憩時間、ロッツガルドにいる間で構わないから皆と協力してセイレンという女性と僕の間柄は健全な知人、友人程度だと話を広めておいてほしい」
「お助けになるんですか?」
「もちろん」
意外そうな顔で見ないで欲しい。
そりゃ知らなかったら放置でも構わなかったよ。
でも知っちゃったからにはさ。
少し動くだけの事なんだし。
「わかりました。若様の御命令なら。そうだ、前にお願いした学生さんの講義へのゲスト参加、若様がこちらにいる間になりそうですか? 識様は出来れば若様がいる時にしたいと仰ってましたけど」
「そうだな。特殊な戦いをメインにする相手がどれだけ怖いものか、そろそろ知る時期か……。誰に来てもらうかはまだ決めてないけど、近々一人来てもらうと思う。出来るだけ早く連絡するよ」
「私が行きまーす! クロちゃんと一緒に!」
「ハツハルとクロ? ……相手は学生だからな、あまり虐め過ぎないように」
サーベルキャットとゴルゴン。
ハツハルが何をしたいのか一瞬でわかった。
少し前の幻術体験でも大分リタイアしたからなあ、大丈夫かね。
最近はダエナの熱血指導でもリタイアしかけてるのがいるとか何とか。
二期生全滅とか、あまり笑えない。
「はーい! では若様、お気をつけて!」
「ありがとう、ハツハルもね」
意外な出会いだったな。
しかし、大したもんだ。
石化能力の制御、もう殆ど習得してるな。
一応懐に眼鏡は持ってた。
でもあれはもう、お守りみたいな役割になってるとみた。
他の子はどうなってるかも、一度確認しておこう。
で、だ。
僕は道を急ぐ。
こんな後始末、早く終わらせるに越した事はない。
「意外だ」
「イズモ」
「先生も、男なんですねえ」
「丁度いいとこにいた。ちょっと顔貸してくれ」
通りから一本入ったところの店にイズモを連れ込む。
「あーいう娘がタイプなんですか」
「な訳ない。ハツハルは魅力的な女の子だとは思うが、客と娼婦の関係じゃあない」
「……ホントですか?」
「あの子はクズノハ商会の従業員でもある。つまり上司と部下、だな」
「商会の。そうでしたか。確かに、あの人はセイレンとはタイプも違いますもんね」
おい。
なんでお前までセイレンって名前を知ってて、さらりと出てくる。
もしかして彼女、僕が思ってるよりずっと有名人なのか?
後始末、今日で手配は終わるよね?
こんなの何日もかけたくないよ、ホント。
「セイレン……そうか、お前も彼女を知ってるのか」
「学園関係者なら全員知ってますよ、多分。先生のタイプはセイレン=ガルメナって」
「……」
うそーん……。
誰も僕には一言も言ってくれなかった。
なのに周囲では共通認識の如く彼女の事をフルネームで知っていたと。
悪夢のようだ。
「詠唱の基礎分野を専門にして学園に残ってる、帝国貴族の道楽娘。ま、娘と呼ぶにはちょっと年いってますけどね。未婚で、家督とも無縁。研究だけが生きがいみたいな余禄も面白みもない女ですよ」
イズモよ。
ドがつくロリコンのお前に年がいってると言われてもな。
いろはちゃんだぞ。
にしてもセイレンさんの情報を語るイズモにもどこか彼女への悪意が見て取れる。
クズノハ商会や僕の印象が良くなったところでこっちに不都合はないと思ってたけど、少し浅はかだった。
結果としてこまごまと面倒な事や意図しない事は起こるもんなんだなと思い知らされる。
「まだ十分妙齢だと思うぞ。ま、お前の許嫁に比べれば確かに大分年上なのは認める」
「……先生」
「なんだ?」
「俺はロリコンではないですよ」
心を読まれた。
「……それは、いくら何でも通らんだろう?」
お相手だっていろはちゃんを紹介されてそう思わない奴がどれだけいてくれると思ってるんだ、お前。
「好きになった相手が、たまたま! 若かっただけですから」
「……」
だけどなあ。
二人並んだ姿を思い出しても兄妹だと思う人が絶対多数だ。
それも、そこそこ年の離れた、ね。
「あと!」
「ん?」
「内々にですが、結納と式も済ませました! いろはは俺の嫁です!」
「……え、顔合わせて一週間もしない内に? マジで?」
「運命の女に会えたなら、一日も早く一緒になりたいじゃないですか」
「でもお前。イクサベとオサカベ? どちらもそこそこの家柄だったんだろう? この短期間に出来るもんなのか?」
普通の家同士でも非現実的なスピード婚だ。
「俺はローレルで中宮の地位にある彩律様にお仕えしていました。その御縁であの方が手を尽くして下さって」
「彩律さんが」
「はい。おかげ様で俺といろはは形式的にはもう夫婦です。ただ、対外的なお披露目はもう少し後になりますし、ジン達にも知らせてどこかで祝いの席をと思ってますがこれもまだしばらくはお預けなんですよね」
「そ、そうか。ともあれ、おめでとう。幸せにな」
「ありがとうございます。先生のおかげと俺もいろはも感謝しています」
部下の結婚の為に力を貸す、か。
彩律さん、中々漢気ある上司なんだな。
僕もそうありたいもんだ。
「俺といろは、ね。御馳走様。話しぶりの割には、やってる事は随分と献身的なのにな」
「?」
「あの時、処刑を代行したろ」
「!!」
「密かに、静かに、鋭く。器用なもんだと巴と二人、感心して見ていた」
「……父にすら見破られたんですから、見てらしたならきっととは思ってました」
「上手いもんだった。お前が学園で新たに武器にした詠唱、すっかりものにしてるようだな」
機動詠唱だったか。
確か一度発動させて一旦役割を終えて尚残る詠唱の欠片を再利用する方法。
詠唱の短縮と、戦いが長期化するほどに大量の魔術を低燃費で連発できるようになる。
元々は自らも動き回りながら詠唱を維持するための力として開発を始めたのに、実際には長期戦の方により広く深い可能性を持っていた。
イズモの意図としては短期決着が少なからずあったようだから皮肉なものだ。
有用に違いないのは、救いだな。
「はい。カンナオイでもすっかり自分の力として扱えました。あの戦いは、俺を色々な意味で変えてくれた」
「……識に感謝しておけよ。僕としては見学も同行もさせるつもりは無かったんだから」
「いえ。先生がいなければ成長しても死んでました。ライドウ先生は俺たちの命の恩人です」
……。
たち、がイズモといろはちゃんを指してる事が何となくわかった。
お熱い事で。
まあいい。
学内でのセイレンさんの立場について、イズモにまとめてお願い……。
おお。
今日は何か良い出会い、閃きがある日だ。
良い事を思いついてしまった。
「なあ、イズモ」
「何でしょう」
「お前、機動詠唱はもう完全にものにした、と言ったな」
「はい!」
「なら、切り札ではなくただの手札の一つな訳だ」
「……? ええ」
「命の恩人などと言わせた手前、こういうのは卑怯だとも思うが」
「……」
「機動詠唱について場合によってはある女性に詳しく解説して欲しい、と言ったら頼めるか?」
セイレンさんは研究者で、詠唱の基礎分野を専門としている。
とイズモから聞いた。
ラヴィドールのマスターも魔術の何かを専門にしていると言っていたから間違いない情報だろう。
ならイズモの機動詠唱は彼女の研究に何かしらの役に立つかもしれない。
学園で扱うにしても識や澪、亜空の研究ほどぶっ飛んでいない方が丁度良い。
「先生、セイレンに未練でもあるんですか?」
「ない! そもそも……いや、何でもない。私の所為で彼女が苦しい立場にあると聞いた。だから少し、その埋め合わせをな」
「何て、奇特な。でも……あれは俺にとっても大事な技術ですし、いきなり研究、公開されちゃうのは少し引っかかるものもあります。それに俺は先生ほど聖人じゃないですから、正直恩師に酷い真似をしたセイレンはどっちかというと嫌いです」
「すべて不幸な誤解なんだ。お前にとって自力で組み上げてきた技術だけに思い入れもあるだろう。十分わかるが、人助けと思って、頼む」
テーブルで向かい合いながら、イズモに頭を下げる。
「……参ったな、先生に頭を下げられると断れません。いいですよ、先生の頼みではね。それに新しい切り札、イメージはもうありますから」
「済まない、助かる。でもお前の頭にある魂を削る切り札は無しだ。別のにしろ」
「!?」
イズモは僕が駆け付ける前、命を犠牲にする類の魔術に手を付けようとしていた。
一発でもイズモにとっては大技である魔術を、強引に複数発動させる。
自分の限界を明らかに超える所業だ。
当然、代償がある。
その力はいつか必要になる時が来るかもしれないが、一度きりだ。
今究めていく事じゃない。
「使えるようになったところで、学園で使用感を確かめる事もないような技術は今は置いておけ」
「バレてましたか」
「当然だ。使えるようになる所までは構わんが。折角嫁を持ったんだ。お前も守る存在を念頭に置いた動き方を考えてみる時期かもしれんな」
「……ですね。少し前までの俺には無かった視点です」
「だが、お前に協力してもらうだけなどというつもりは毛頭ない。これをやろうと思っていた。機動詠唱のお代と思って受け取ってくれ」
「映像、ですか。見ても?」
ロッツガルドは映像を刻印した鉱石の類は他に比べて相当出回っている。
イズモも僕が出した物を見て一目で何かがわかったようだ。
ツィーゲならともかく、他の街でこれが何か、すぐにわかってもらえた事はないんだよね。
「ああ。戦闘面で役に立つものじゃないが、お前なら楽しめるだろう」
「へえ、何だろう。では――ッ!」
「……」
「えっ!? うお、うおおお? 何それ、知らないんだけど! この段階から配管可能なの!? 資材分配パネぇ!」
流石エルダードワーフの仕事だ。
イズモは見事に虜になった。
同志の目には光るものがあるらしい。
半分以上意味不明の僕よりは、イズモが見た方が凄みもわかるってもんだろう。
ただ、少し五月蠅いのが玉に瑕だな。
ここ、お店だからね?
途中、ほあっほあっ、とか意味不明な叫び声を交えながら映像鑑賞は無事に終わった。
周囲の注目が痛い。
「先生、これ他には無いんでしょうか!? シリーズ的に!」
「今のところ、これだけだな」
「ここはツィーゲですよね?」
「だな。見ての通り孤児院だ」
「こじ……要塞ではなく?」
「最初にウェイツ孤児院改築模様って字幕が出ただろう。まあ実はまだラストの工程があったんだが、それは映像にはしてなくてな」
「竣工したのがツィーゲにある……見たい」
「時間が出来たら行けばいい。新婚旅行とかか?」
「決めた、新婚旅行はツィーゲにする」
……いろはちゃんはそれで良いんだろうか。
突っ込もうか迷ったけど、適当にとはいえ僕が言い出してもいる。
黙っておくが吉かな。
新婚旅行で漢の浪漫的に行き先を決めても良い事はあんまなさそうな気はする。
ただ、ダエナ夫婦みたいな例もある。
生まれたばかりらしい子どもが不憫な、あの夫婦。
せめてじいじとばあばが良き人であって欲しい。
「先生、もし2巻が出たら是非。俺、また切り札売るんで!」
2巻て。
切り札て。
……何故そうなる。
お前の大事な戦法、ちょっとバラシてよ。
なんて無茶を言った割にイズモはウキウキの笑顔で鉱石を抱いて帰っていった。
後はザラさんと事務さん、それに本人だな。
ザラさんには鑑定の件も含めて情報があれば聞いておきたい。
急ご。
陽がある内に全部済ませたい。
感想 3,679
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そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月が導く異世界道中extra
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
【完結&後日談追加】冤罪で追放された俺、手のひら返しの嵐!!
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
『嘘の病気で同情を買うな』と私を死に追いやった婚約者、私の墓標の前で額を叩きつけ、血の涙を流して号泣する大破滅!
婚姻届を出す前日、久世景人はようやく、十年遅れの婚約指輪を私の指にはめた。
銀色の輪が薬指に滑り込んだ瞬間、私は照明の下で光るダイヤをぼんやり見つめた。長く続いた待ち時間が、やっと終わったような気がした。けれど次の瞬間、彼は私の手を見下ろし、まるで似合わない品物を評するように静かな声で言った。
「正直、澪の手ってあまりきれいじゃないよな」
私は言葉を失った。
景人はそのまま私の指先を取ると、さっきはめたばかりの指輪を抜き取った。十年待ち続けた指輪は、彼の手のひらの上で冷たく光っていた。
「この指輪、瑠奈の手にあったほうが似合うと思う」
私は手を引き戻し、信じられない思いで彼を見た。
「どういう意味? 瑠奈と結婚するつもりなの?」
景人は目を伏せ、指輪の縁を指先でなぞった。まるで、たいしたことではない問いを少し考えているだけのようだった。
「そこまでじゃない。ただ、会えない時間が長くなると、どうしても瑠奈のことを考えるんだ」
その瞬間、私は自分がどうやってあのタワーマンションを出たのかさえ覚えていない。