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六章 アイオン落日編
騙し騙され化かし合い
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「奴らの初手は既に読めている」
軍議の場で明かされた事実がどよめきを生んだ。
長い行軍もようやく終わりに近づいていた。
だが戦いが目前に迫ったこの時、俺たちの士気は大きく揺さぶられていた。
ツィーゲはまだ見えないが、先に情報としてだけ伝えられていた巨大な壁が視認できたからだ。
見えるようになってからのその威容は否応なく敵の力を示してくる。
あるはずのない、なのに確かに存在する壁。
金か人か物かその全てか。
ごく短期間にあれだけの物を作り上げたツィーゲの力は確かに示されている。
仮にあれが全て見せかけだけの偽物であったとしても規模が規模だけに看過できるものではない。
「最新の情報は掴めていない、と聞いておりますが一体?」
「うむ。奴らも情報漏洩には今更ながら気に掛けるようになったようだ。それは、間違いない。しかし相手の出方というものは何も諜報部隊からしか得られないものではない」
実戦などした事もない青年が得意げに質問に応える。
王家の……傍流の誰ぞだろう。
まあ雲上の身分にある方なのは間違いないし、どうせ今後付き合いが生まれるでもない相手だ。
軍の、ほんの一中隊をまとめる俺などには関係が無いのは確かだ。
アイオン軍は志願と徴兵どちらの手段でも兵士を集めているが、身分によって出世の限界は暗黙の内に決められている組織だ。
志願兵の中でも指定の学問所かロッツガルド学園を経て軍に入り、尚且つ王家の血をある程度の濃さで持つ貴族の家の者でなければ頂点には届かない。
例外はもちろんあるが、それこそ伝説に残るような活躍をしても壁が一つか二つ崩れる程度の事だろう。
名前だけは貴族の次男や三男がそれなりの個人の武勇を頼りに努力したところで精々が中隊長止まり。
食うには困らないが……というやつだ。
これじゃあそこらの傭兵と大して変わらんってな。
「しかしあのような壁を築いて防御を固める相手に素晴らしい」
「だからあの壁などは関係ないのだ。しばし前の事になるが、わが軍の魔術師部隊の幾つかに奴らから接触があった」
『おお……』
「実に愚かしい事にな。ツィーゲの商人どもは我が軍の儀式魔術を恐れ、また封じようと試みた」
「なんと、つまり裏切りを」
「そうだ。だが所詮は商人だな。数字しか見ていない。戦場において儀式魔術の位置づけがどういうものか、奴らはわかっておらんらしい」
「確かに対策なく使われるような事になれば大打撃ではありますが、だからこそどこの軍も儀式魔術への対策については万全を期します。大軍であれば幾つもの部隊を編成し敵の儀式魔術を封じる為だけに集中させる。こと儀式魔術に関しては種類も少なく対策も比較的容易ですからな」
「その通りだ。更に言えば、だ。活躍の機会こそ地味だが彼らの戦場における価値は非常に高い。ゆえに我らアイオン軍においても儀式魔術部隊は特に忠義に厚い愛国者らで編成され、そしてその待遇も破格だ」
「あいつらを裏切らせようとするなど……くっ、失礼、まともな国の軍師であれば絶対に考えぬ事でしたので笑いが……」
「なに、子どもが考える戦術であれば十分に考え得る。威力だけを見れば儀式魔術の発動が可能ならそれが一番なのは事実なのだからな、ははは」
そんな会話が会議の場で朗らかに、時に相手への嘲笑を混ぜて交わされていた。
確かに儀式魔術に目をつけるのは素人の目線だ。
お偉方が仰るように、使えればともかく実際の戦場では儀式魔術などまず目にする事はない。
発動の気配を感知したた段階で即座にカウンターの詠唱が組まれるからだ。
昔から研究が進められてはいるが、現在確認されている儀式魔術は攻撃用の物で七つ、そして呼応するカウンター、打ち消したり跳ね返したりする用のも七つ。
凡庸な魔術師でも十人も集めれば扱う事が出来て人が増えれば増える程に威力が増す、話だけ聞けば夢の様な魔術だが弱点や制約も多い。
例えば元になった攻撃用の七つの詠唱時間はほぼ変わらないが、カウンタ―はどれも攻撃用の三分の一以下の詠唱時間で発動準備が整う。
詠唱を始めれば攻撃だろうがカウンターだろうが周囲に魔力が駄々洩れになって感知は容易。
そして総じて詠唱時間がクソ長く、並行詠唱の類が出来ない。
まともに使おうとすれば軍同士の大規模戦闘くらいしか使い道がなく、だが対策は容易。
いってしまえば当たればでかいロマンの塊、それが儀式魔術だ。
兵力差を考えれば戦闘経験などアイオン以上にないツィーゲの考えとしては妥当だが、ね。
「しかし……儀式魔術狙いとなるとむしろ撃たせてやれば良かったのでは? あんな壁まで用意……ん?」
「ああ、そのつもりだ。魔術師たちには裏切りを受け入れたフリをしてもらった。つまり、ツィーゲはあの壁の向こうで初手で儀式魔術を詠唱する。我々が儀式魔術への防御を失っていると思い込んでな」
『は』
儀式魔術を打つまでの時間稼ぎに使えるのなら、あの壁を作る為のとんでもない労力にも見合う。
だがそれは無駄に終わるのだ、と我らが大将は仰った。
近しい周囲から徐々に笑いの輪が広がる。
相手の策を知りつつ泳がせて、そして逆転して勝利する。
諜報戦を得意とするアイオンの必勝パターンだ。
魔族との戦いの様に戦地が遠ければどうしても組織できる軍の規模や情報の速度にもズレが生まれる。
しかしツィーゲは辺境とはいえ国内だ。
十分に密偵も忍ばせているのだろうし、内情は丸裸なのだろう。
こうして温存に温存を重ねて膨れ上がった大軍勢も動かせる。
常勝であり必勝。
それがアイオンの戦いだ。
先の将軍モーガン様も、そして今ここにいる彼も変わらないようだ。
もし……。
あの方の御子息ディオ様がご存命であれば、彼はその危うさに気付いていた。
アイオン軍は確かに巨大だが、ディオ様同様俺もその在り方には危機感を持っていた。
事前に相手を丸裸にし、基本に忠実に数で圧倒するやり方。
後半はいつもあまりにシンプルで、もし幾つか前提が崩されたのならばその時どうなってしまうのか不安が残る。
まあ俺は少数派だと自覚もある。
それに。
「一応駄目押しとして明日にでもツィーゲを好きに動かしているレンブラント商会の代表に祝福を競う舌戦でも持ち掛けてみようと打診はしてある。相手が当たらぬとはいえ大砲を準備しているのだ、開戦までに距離を詰めておけるに越した事はない」
名前も知らんがこの新任だか臨時だかの将軍殿も中々考えている。
舌戦を持ちかけると言う事は相手と接近して口上をぶつけ合うという事。
それなりに度胸と自信が無ければ出来ない。
祝福をこちらにもらうのは確実な有利、いや今回の場合なら勝利確実、といったところ。
あの壁に揺さぶられたこちらの士気も、一連の話し合いで見事に高まり固まった。
好きでも嫌いでも無いが、そつがない。
有利な戦場で味方にいる分には助かるタイプの人だろうな。
「失礼いたします!!」
「っ、おお。諸君、噂をすれば使者が戻ったようだ。よい、ここで聞こう。奴の答えは?」
パトリック=レンブラント。
敵兵とはいえ使者を殺すような男ではないか。
「は! ご報告致します! パトリック=レンブラントからは書状を預かっておりますが口頭での返答と伝言もございます」
……。
戻ったばかりの彼は息を整えながら書状を将軍に、そして再び口を開く。
「商人が、背伸びをして小癪な真似をする。続けよ」
「親愛なるフレア将軍、舌戦のお誘い感謝する。だが当方に参加する意思は無い。神の祝福に縋るなら好きにして欲しい。ツィーゲは運命を神には委ねない」
「……なに?」
将軍と、軍議に参加していた取り巻き、それに俺のようなその他大勢の中からも数人がその言葉に反応する。
祝福はくれてやる?
この兵力差でか?
優れた商人ってのは正直かなり厄介な相手だと俺は思っていたんだが見当違い、か?
皆の戸惑いや疑問ももっともだと思う。
「特に開戦時刻に触れられていなかったので明朝日の出をこちらは開戦とみなす。戦の作法はまだまだ勉強中なので大軍を相手にするハンデとして不作法はお許し願いたい。では案内は出来ないが良い黄泉路を。以上です。先方がどうしても、と乞うものですから聞かされた原文のママお伝え致しました。失礼をお許しください!」
「……よみじ、とは何だ?」
「ローレルの古語で死に至る道の事だそうです」
「……つまり奴は、祝福をこちらにくれてやる上に勝つと言っているのか?」
「……」
使者が殺気に反応して黙り込む。
そりゃそうだ。
折角敵地から帰還したのに自陣で殺されたんじゃ堪らん。
しかし、容量の悪い使者だな。
別に相手から何をどう頼まれようと、まずはうちの大将に原文の通りに伝えて良いか確認してからにすれば殺される危険は減ったろうに。
しかし黄泉路とはまた古臭い、それも地方の言葉をまあ。
……。
いや、待てよ……。
もしかして……。
「……明朝日の出、だな?」
「は?」
やや小さな将軍の言葉。
家名はフレアだったらしい。
今俺の頭の中は別件で一杯でどうでもいいが。
「レンブラントは明朝日の出を開戦とみなすと言ったんだな」
「はい! 間違いございません!」
「皆聞いての通りだ。儀式魔術と外壁でこちらの虚をつこうとする商人どもは、祝福もいらんらしい! お望み通り明日、あの壁を抜いて不敬なる反乱を終わらせる! 良いな!!」
怒号。
軍議の場はまたも高揚に包まれた。
誰もがバカにされた気分になったからかもしれない。
まさか、八つ目の儀式魔術でも持っているならここまで虚仮にするのもわからんではない。
いや……無いか。
例え八つ目が見つかっているとしても属性、効果によって詠唱にはある程度の法則性がある。
完全なカウンターは出来なくとも、即席である程度の防御策は打ててしまうを思う。
決定打にはならない。
それよりも、俺には気になる事があった。
役割を終えた使者が疲れを隠さず場を後にするのを見て、俺もまたそっとツィーゲへの敵意に燃え上がる天幕を抜け出した。
「ちょっと、よろしいか」
「? 貴殿は?」
「無数にある中隊の一つを任されているしがない中隊長、マクソン=リニーだ」
「それはどうもご丁寧に。で、用件は? 悪いがようやく重荷が降りたとこでね、少し休みたいんだが」
「そんときゃ二班の係に俺の名前出してくれ。呼び止めた詫びに一本つけるよ」
くいと酒杯をあおる仕草を見せる。
「……気前が良い。そういうのは好きだぜ」
「一個だけ聞きてえんだ。あんたの名前は聞かねえし顔も今日で忘れるって約束で」
「随分と改まるな。何だよ」
「将軍相手に凄い度胸だって感心したついでに気になってよ。なあ、あんたどうして先にそのまま聞いた通り言って良いか、確認とらなかったんだい?」
ただの偶然なら腹も決まる。
そうじゃねえなら……。
「……凄えだろ、昔から度胸には自信があるんだ……じゃ済まねえ顔つきしてんな」
「頼むよ、兄弟」
「一応リニーなんて木っ端貴族よりは身分もあんだがな。まあ、小人の背比べだな」
「……」
「あのレンブラントって商人に土下座されたんだよ。大金握らされてな。とはいっても? アイオンじゃまずお目にかかれねえ豪華なお屋敷で、足音なんて全く聞こえねえだろうふかっふかの絨毯の上で、だけどな。正直これまでのどの国、どの街、どの種族との折衝や使者でもあんな扱いをしてもらった事は無いという位に歓待もしてもらったし俺にもちっとばかりの慈悲が生まれたかもしれん」
「……へえ。そこまでして将軍に自分の言葉を聞かせたかったのか」
「商人の意地、だそうだ。奴らの考える事はよくわからんよ」
「ありがとう、俺も気が晴れた」
「そうか? じゃ御馳走になるぜ、マクソン」
「ああ楽しんでくれ」
聞きたい事は無事に聞き出せた。
使者を見送ると俺は人目を避けて隊に戻る。
百二十程の小さな中隊だが、皆付き合いも長い。
軽口を叩き合いながら簡易テントへ戻り、そして荷物に手を突っ込む。
そこには無駄に上質な紙を使用した手紙が一通。
「レンブラント商会、ね」
返答は当日で良いと書かれている。
内容は……。
軍議の場で明かされた事実がどよめきを生んだ。
長い行軍もようやく終わりに近づいていた。
だが戦いが目前に迫ったこの時、俺たちの士気は大きく揺さぶられていた。
ツィーゲはまだ見えないが、先に情報としてだけ伝えられていた巨大な壁が視認できたからだ。
見えるようになってからのその威容は否応なく敵の力を示してくる。
あるはずのない、なのに確かに存在する壁。
金か人か物かその全てか。
ごく短期間にあれだけの物を作り上げたツィーゲの力は確かに示されている。
仮にあれが全て見せかけだけの偽物であったとしても規模が規模だけに看過できるものではない。
「最新の情報は掴めていない、と聞いておりますが一体?」
「うむ。奴らも情報漏洩には今更ながら気に掛けるようになったようだ。それは、間違いない。しかし相手の出方というものは何も諜報部隊からしか得られないものではない」
実戦などした事もない青年が得意げに質問に応える。
王家の……傍流の誰ぞだろう。
まあ雲上の身分にある方なのは間違いないし、どうせ今後付き合いが生まれるでもない相手だ。
軍の、ほんの一中隊をまとめる俺などには関係が無いのは確かだ。
アイオン軍は志願と徴兵どちらの手段でも兵士を集めているが、身分によって出世の限界は暗黙の内に決められている組織だ。
志願兵の中でも指定の学問所かロッツガルド学園を経て軍に入り、尚且つ王家の血をある程度の濃さで持つ貴族の家の者でなければ頂点には届かない。
例外はもちろんあるが、それこそ伝説に残るような活躍をしても壁が一つか二つ崩れる程度の事だろう。
名前だけは貴族の次男や三男がそれなりの個人の武勇を頼りに努力したところで精々が中隊長止まり。
食うには困らないが……というやつだ。
これじゃあそこらの傭兵と大して変わらんってな。
「しかしあのような壁を築いて防御を固める相手に素晴らしい」
「だからあの壁などは関係ないのだ。しばし前の事になるが、わが軍の魔術師部隊の幾つかに奴らから接触があった」
『おお……』
「実に愚かしい事にな。ツィーゲの商人どもは我が軍の儀式魔術を恐れ、また封じようと試みた」
「なんと、つまり裏切りを」
「そうだ。だが所詮は商人だな。数字しか見ていない。戦場において儀式魔術の位置づけがどういうものか、奴らはわかっておらんらしい」
「確かに対策なく使われるような事になれば大打撃ではありますが、だからこそどこの軍も儀式魔術への対策については万全を期します。大軍であれば幾つもの部隊を編成し敵の儀式魔術を封じる為だけに集中させる。こと儀式魔術に関しては種類も少なく対策も比較的容易ですからな」
「その通りだ。更に言えば、だ。活躍の機会こそ地味だが彼らの戦場における価値は非常に高い。ゆえに我らアイオン軍においても儀式魔術部隊は特に忠義に厚い愛国者らで編成され、そしてその待遇も破格だ」
「あいつらを裏切らせようとするなど……くっ、失礼、まともな国の軍師であれば絶対に考えぬ事でしたので笑いが……」
「なに、子どもが考える戦術であれば十分に考え得る。威力だけを見れば儀式魔術の発動が可能ならそれが一番なのは事実なのだからな、ははは」
そんな会話が会議の場で朗らかに、時に相手への嘲笑を混ぜて交わされていた。
確かに儀式魔術に目をつけるのは素人の目線だ。
お偉方が仰るように、使えればともかく実際の戦場では儀式魔術などまず目にする事はない。
発動の気配を感知したた段階で即座にカウンターの詠唱が組まれるからだ。
昔から研究が進められてはいるが、現在確認されている儀式魔術は攻撃用の物で七つ、そして呼応するカウンター、打ち消したり跳ね返したりする用のも七つ。
凡庸な魔術師でも十人も集めれば扱う事が出来て人が増えれば増える程に威力が増す、話だけ聞けば夢の様な魔術だが弱点や制約も多い。
例えば元になった攻撃用の七つの詠唱時間はほぼ変わらないが、カウンタ―はどれも攻撃用の三分の一以下の詠唱時間で発動準備が整う。
詠唱を始めれば攻撃だろうがカウンターだろうが周囲に魔力が駄々洩れになって感知は容易。
そして総じて詠唱時間がクソ長く、並行詠唱の類が出来ない。
まともに使おうとすれば軍同士の大規模戦闘くらいしか使い道がなく、だが対策は容易。
いってしまえば当たればでかいロマンの塊、それが儀式魔術だ。
兵力差を考えれば戦闘経験などアイオン以上にないツィーゲの考えとしては妥当だが、ね。
「しかし……儀式魔術狙いとなるとむしろ撃たせてやれば良かったのでは? あんな壁まで用意……ん?」
「ああ、そのつもりだ。魔術師たちには裏切りを受け入れたフリをしてもらった。つまり、ツィーゲはあの壁の向こうで初手で儀式魔術を詠唱する。我々が儀式魔術への防御を失っていると思い込んでな」
『は』
儀式魔術を打つまでの時間稼ぎに使えるのなら、あの壁を作る為のとんでもない労力にも見合う。
だがそれは無駄に終わるのだ、と我らが大将は仰った。
近しい周囲から徐々に笑いの輪が広がる。
相手の策を知りつつ泳がせて、そして逆転して勝利する。
諜報戦を得意とするアイオンの必勝パターンだ。
魔族との戦いの様に戦地が遠ければどうしても組織できる軍の規模や情報の速度にもズレが生まれる。
しかしツィーゲは辺境とはいえ国内だ。
十分に密偵も忍ばせているのだろうし、内情は丸裸なのだろう。
こうして温存に温存を重ねて膨れ上がった大軍勢も動かせる。
常勝であり必勝。
それがアイオンの戦いだ。
先の将軍モーガン様も、そして今ここにいる彼も変わらないようだ。
もし……。
あの方の御子息ディオ様がご存命であれば、彼はその危うさに気付いていた。
アイオン軍は確かに巨大だが、ディオ様同様俺もその在り方には危機感を持っていた。
事前に相手を丸裸にし、基本に忠実に数で圧倒するやり方。
後半はいつもあまりにシンプルで、もし幾つか前提が崩されたのならばその時どうなってしまうのか不安が残る。
まあ俺は少数派だと自覚もある。
それに。
「一応駄目押しとして明日にでもツィーゲを好きに動かしているレンブラント商会の代表に祝福を競う舌戦でも持ち掛けてみようと打診はしてある。相手が当たらぬとはいえ大砲を準備しているのだ、開戦までに距離を詰めておけるに越した事はない」
名前も知らんがこの新任だか臨時だかの将軍殿も中々考えている。
舌戦を持ちかけると言う事は相手と接近して口上をぶつけ合うという事。
それなりに度胸と自信が無ければ出来ない。
祝福をこちらにもらうのは確実な有利、いや今回の場合なら勝利確実、といったところ。
あの壁に揺さぶられたこちらの士気も、一連の話し合いで見事に高まり固まった。
好きでも嫌いでも無いが、そつがない。
有利な戦場で味方にいる分には助かるタイプの人だろうな。
「失礼いたします!!」
「っ、おお。諸君、噂をすれば使者が戻ったようだ。よい、ここで聞こう。奴の答えは?」
パトリック=レンブラント。
敵兵とはいえ使者を殺すような男ではないか。
「は! ご報告致します! パトリック=レンブラントからは書状を預かっておりますが口頭での返答と伝言もございます」
……。
戻ったばかりの彼は息を整えながら書状を将軍に、そして再び口を開く。
「商人が、背伸びをして小癪な真似をする。続けよ」
「親愛なるフレア将軍、舌戦のお誘い感謝する。だが当方に参加する意思は無い。神の祝福に縋るなら好きにして欲しい。ツィーゲは運命を神には委ねない」
「……なに?」
将軍と、軍議に参加していた取り巻き、それに俺のようなその他大勢の中からも数人がその言葉に反応する。
祝福はくれてやる?
この兵力差でか?
優れた商人ってのは正直かなり厄介な相手だと俺は思っていたんだが見当違い、か?
皆の戸惑いや疑問ももっともだと思う。
「特に開戦時刻に触れられていなかったので明朝日の出をこちらは開戦とみなす。戦の作法はまだまだ勉強中なので大軍を相手にするハンデとして不作法はお許し願いたい。では案内は出来ないが良い黄泉路を。以上です。先方がどうしても、と乞うものですから聞かされた原文のママお伝え致しました。失礼をお許しください!」
「……よみじ、とは何だ?」
「ローレルの古語で死に至る道の事だそうです」
「……つまり奴は、祝福をこちらにくれてやる上に勝つと言っているのか?」
「……」
使者が殺気に反応して黙り込む。
そりゃそうだ。
折角敵地から帰還したのに自陣で殺されたんじゃ堪らん。
しかし、容量の悪い使者だな。
別に相手から何をどう頼まれようと、まずはうちの大将に原文の通りに伝えて良いか確認してからにすれば殺される危険は減ったろうに。
しかし黄泉路とはまた古臭い、それも地方の言葉をまあ。
……。
いや、待てよ……。
もしかして……。
「……明朝日の出、だな?」
「は?」
やや小さな将軍の言葉。
家名はフレアだったらしい。
今俺の頭の中は別件で一杯でどうでもいいが。
「レンブラントは明朝日の出を開戦とみなすと言ったんだな」
「はい! 間違いございません!」
「皆聞いての通りだ。儀式魔術と外壁でこちらの虚をつこうとする商人どもは、祝福もいらんらしい! お望み通り明日、あの壁を抜いて不敬なる反乱を終わらせる! 良いな!!」
怒号。
軍議の場はまたも高揚に包まれた。
誰もがバカにされた気分になったからかもしれない。
まさか、八つ目の儀式魔術でも持っているならここまで虚仮にするのもわからんではない。
いや……無いか。
例え八つ目が見つかっているとしても属性、効果によって詠唱にはある程度の法則性がある。
完全なカウンターは出来なくとも、即席である程度の防御策は打ててしまうを思う。
決定打にはならない。
それよりも、俺には気になる事があった。
役割を終えた使者が疲れを隠さず場を後にするのを見て、俺もまたそっとツィーゲへの敵意に燃え上がる天幕を抜け出した。
「ちょっと、よろしいか」
「? 貴殿は?」
「無数にある中隊の一つを任されているしがない中隊長、マクソン=リニーだ」
「それはどうもご丁寧に。で、用件は? 悪いがようやく重荷が降りたとこでね、少し休みたいんだが」
「そんときゃ二班の係に俺の名前出してくれ。呼び止めた詫びに一本つけるよ」
くいと酒杯をあおる仕草を見せる。
「……気前が良い。そういうのは好きだぜ」
「一個だけ聞きてえんだ。あんたの名前は聞かねえし顔も今日で忘れるって約束で」
「随分と改まるな。何だよ」
「将軍相手に凄い度胸だって感心したついでに気になってよ。なあ、あんたどうして先にそのまま聞いた通り言って良いか、確認とらなかったんだい?」
ただの偶然なら腹も決まる。
そうじゃねえなら……。
「……凄えだろ、昔から度胸には自信があるんだ……じゃ済まねえ顔つきしてんな」
「頼むよ、兄弟」
「一応リニーなんて木っ端貴族よりは身分もあんだがな。まあ、小人の背比べだな」
「……」
「あのレンブラントって商人に土下座されたんだよ。大金握らされてな。とはいっても? アイオンじゃまずお目にかかれねえ豪華なお屋敷で、足音なんて全く聞こえねえだろうふかっふかの絨毯の上で、だけどな。正直これまでのどの国、どの街、どの種族との折衝や使者でもあんな扱いをしてもらった事は無いという位に歓待もしてもらったし俺にもちっとばかりの慈悲が生まれたかもしれん」
「……へえ。そこまでして将軍に自分の言葉を聞かせたかったのか」
「商人の意地、だそうだ。奴らの考える事はよくわからんよ」
「ありがとう、俺も気が晴れた」
「そうか? じゃ御馳走になるぜ、マクソン」
「ああ楽しんでくれ」
聞きたい事は無事に聞き出せた。
使者を見送ると俺は人目を避けて隊に戻る。
百二十程の小さな中隊だが、皆付き合いも長い。
軽口を叩き合いながら簡易テントへ戻り、そして荷物に手を突っ込む。
そこには無駄に上質な紙を使用した手紙が一通。
「レンブラント商会、ね」
返答は当日で良いと書かれている。
内容は……。
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魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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