月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

そして独立へ①

 ウェイツ孤児院はいつも通りの夜明けを迎えていた。
 白んできた空に反応するように子ども達が庭に出てくる。
 早朝の習慣である体操の時間だからだ。
 子供たち皆に教育に耐えうる最低限の体力をつけさせるため改築後に開始されていた。

「なあせんそーは今日から始まるんだっけ」

「そうよ、アイオン王国をぶっつぶすのよ」

「ぜんいんライムさんがなますにするんだぜ」

「へーしになればこないだクズノハしょーかいがもってきたみたいなおいしいの、またたべられるかな」

「しょーかいに入ってしょーにんになったほうがうまいもん食べれるって!」

 ほのぼのと、一部してない無邪気な子供の声がそこかしこで響く。
 何の因果かレンブラント商会ともクズノハ商会とも、最近では大手のブロンズマン商会まで何かと顔を出すようになったウェイツ孤児院。
 彼らに聞かせるつもりはなくとも大人たちの会話は少しずつ零れ落ち、どこまで意味がわかっているのかはともかくこうして雑談に幅を持たせていた。
 まあ子どもは元気だ。
 新しい生活にもとんでもない早さで順応していく。
 勉強も訓練も、孤児という境遇がプラスに働いているのか全力を出しているのが傍目にもわかる。
 当然向き不向きはあるし、子どもは子ども。
 飽きっぽくもあるし集中力にも波がある。
 講師として派遣されている方も中々に苦戦を強いられているのも間違いではない。
 だが現状一番の問題はそこではなかった。
 やや疲労を感じさせる表情で子供らに交じっている職員チーム、彼らの方だ。
 なまじ大人であるが故に知識や技術の吸収速度が総じて遅い。
 激変した毎日に対応するだけで精一杯、スキルアップに集中する余裕などないというのが彼らの大半の本音だった。
 この生活が始まってセーナ、ティグといったやる気がある若手の職員ですら数日でこのままだとぶっ壊れるという結論に至り、クズノハ商会の窓口である巴に泣きついた。
 彼らはいわば小学校教諭の様に全ての科目をある程度知っていてこなせて質問にも応えられるようになる事を求められている。
 その為の訓練は実務と並行して進めるという多少の鬼畜ブラック仕様はあるが字面だけの待遇としては孤児院勤めのソレとは思えない程に破格だ。
 その求められているラインせめて中学校や高校の様に、だが専門性は高めないまま単一の科目だけに絞らせて欲しいというのがセーナたちの懇願だった訳だが……巴はそれを笑って一蹴した。
 追加で彼らが持参した追加の希望備品リストと金額については流し読みでサインをした上で。
 生ぬるい、やれ。
 終始笑顔で肯定と否定を同時にしてのけた巴は言外にそう命じていた。
 そんな経緯があっての、職員たちのお疲れ顔。
 まだ誰一人逃げ出していないのはここを辞したとて上回る条件の求人にありつける幸運などある訳が無いという思いと、明らかに子どもたちの表情が一つ変わったこの環境を何とか維持してやりたいという気持ち故。
 突き詰めると気合と根性だった。

「ねえセーナおねえちゃん!」

「……なぁに?」

 惰性で体操しながらもう少しだけで良いから寝ていたかったと夢想するセーナが子どもの呼びかけに反応する。
 目の下のクマは隠せなくなってきているが笑顔は忘れない。

「あそこに誰かいるよ?」

「っ!!」

 誰かいる。
 言葉の内容にセーナは目を見開く。
 ウェイツ孤児院に今の所直接の危害が加えられるような事件は起きていない。
 しかしこんな、幸運を手にしてしまったからには警戒は怠るべきではない。
 改築後、多くの商会からの様々な申し出も増えた。
 同時に院長のキマロから職員全員に、足元をすくわれないよう日々緊張感を持ってここを良くしていきましょう、と忠告も受けている。
 彼は昔ハンザ商会の身内として大小様々な商会の諍いを見てきた経験からウェイツ孤児院が出る杭として見られないよう再出発の時から気をつけていた。
 セーナもまた誠実に働いている職員の一人。
 子どもに害を為す輩だとすればすぐに動かなければ。

「え」

 孤児の一人が指さした方向を見たセーナは思わず間の抜けた声を出してしまった。
 無理もない。
 ここは建物の三階に相当する高さで指さした方向は街の外壁の遥か向こうだったのだから。

「……人、なの?」

 地平線に肩から上が出ている。
 後ろ姿だ。
 明らかに、巨大だった。
 巨人を見た事はないが、ライムから聞かされた話では地平線の向こうから見える巨人なんていない。
 
「なになに? あーーーー!? だれかいる! ねえ、あそこ! 誰かがいるよ!」

「でけーーーー!」

「なんか光った!!」

「すげーーーー!」

 子どもらはもう彼方に見える巨人に夢中だ。
 
「戦争、絡みよね。絶対」

「だろーな。ライム、あそこにいるんだろうが……死ぬなよ、マジで」

「今日からは流石に勉強も訓練も休みで待機になるかと思ってたのに、通常授業だもの。あの巨人が今日を休養日にしてくれたら教えて」

「聞いた話だとアイオン軍は五十万とか百万の大軍みたいだけど、大丈夫かな」

 テンションアゲアゲの孤児たちと、サゲサゲな職員たち。
 ツィーゲは驚くほどに平穏だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「……ナニコレ」

 日の出。
 いよいよ戦争が始まる。
 僕はクズノハ商会の店舗で戦場の生中継を見ていた。
 アイオン軍は女神に祝福を乞い、対するツィーゲ側も祝福を乞う舌戦になってそこから……と思っていたら祝福は一方的にアイオン軍に与えられた。
 女神の使徒が向こうにいるからか!?
 と一瞬思ったけど良く観察したらツィーゲはそもそも祝福を得ようとしていなかった。
 アイオン軍に祝福が降り注ぐのは当然だった。
 一体どういう戦いになるのか読めず、状況を机で凝視していたらちょうど外壁辺りにレンブラントさんが現れた。
 ただ……超巨大なバストアップ映像で。
 幻術だ。
 それはわかるけど、意図はわからない。
 既に舌戦は無く祝福の行方も決まった。
 もう後は刃をぶつけ合う生の戦争、じゃないの?

「っ」

 レンブラントさんの幻影が腕を大きく振るった。
 実に迫力がある。
 幻だからそれで風を起こしたり敵兵を薙ぎ払ったりは出来ないにしても。
 ?
 ああ、何か変だと思ったら下から幻影に様々な色でライトアップ? いやあれはSEとかいうのか?
 何かコンサートでやるような演出も加えているみたいだ。
 まだ完全に明るいわけじゃないから光や音の効果もそれなりにあるんだろう。
 ……本当にコンサートとかライブみたいな雰囲気だな。

「演説ね」

 攻めてきたければどうぞご自由に。
 既に戦いは始まっている。
 そんな切り出しからレンブラントさんは今更な内容に始まり、ツィーゲ独立の正当性を語り始めた。
 アイオン軍の動きはやや鈍いみたいだ。
 そもそも近づけ過ぎな気もするんだよな。
 途中の街の備蓄やら黄金街道の破損、外壁傍に送った兵数に見合わない程の資材などの物資。
 うーん。
 というかレンブラントさんが話している間にちゃっかりツィーゲも始めてるな。
 儀式魔術か。
 ……撃たせてもらえるかどうかは別にして相手の担当魔術師に他の仕事をさせない意味では効果あるのか。
 いや、それは大軍の思考じゃないか?
 だってツィーゲは兵数で劣るんだからいくら個々の戦力で平均すれば強いとは言っても……同じ数の敵を妨害したり動きを止めるのは悪手だと思う。

「何か凄いな。光るし音はなるし……音? いやこれって音楽に近い? これ、戦争だよね? ……あ!」

 ツィーゲが火の儀式魔術を発動させた。
 煌々と白く光る巨大な火球がアイオン軍に向けて放たれ、まあ順当に消された。
 だよねえ。
 けど僕が驚いたのは次だ。
 儀式魔術のやり取りで稼がれた時間(だと思うんだけど)で速攻で突っ込んできた向こうの第一陣がいよいよ壁に迫った頃。
 再びツィーゲが儀式魔術の詠唱を始めた。
 しかも、今度は八発。
 基本的に儀式魔術の詠唱は距離を開けないと干渉しあって不発、或いは暴発する。
 それも大抵今みたいにカウンターで消されたり跳ね返されたりするから。相手が対策しているようなら初撃の詠唱も途中で取りやめて次の作戦に移るのが普通だ。
 ツィーゲはそれでも撃った。
 そして次もまた詠唱し始めた。
 横に広く伸びた壁の特性を利用して十分に距離を開けた上で魔術師たちをそれぞれの場所に配置したのか。
 そして……まとめて詠唱を始めた。
 同時に複数発動させて少しでも相手に大砲を届かせる作戦って事か。
 でも、カウンターは自陣近くで用意できるし既に全部相手は捕捉してるはず。
 だとすればやっぱり無駄な手、時間的には結構致命的なんじゃ……っ!?

「八つ目の儀式魔術。レンブラントさん、そんな物を用意してたのか」

 火水風土光闇無、それぞれの属性で一つ存在する儀式魔術。
 丁度レンブラントさんの幻影が出ている辺り、アイオンの主戦力だろう連中の正面で詠唱されているのが新しい儀式魔術みたいだ。
 ……ふぅん、火属性。新しい属性じゃなく二つ目の儀式魔術が開発か発見されたって事かね。
 現場とリアルに感覚が共有できている訳じゃなく、少し遅れてツィーゲの展開した儀式魔術の詠唱や情報が僕の方にも届く。
 翼人や巴、エマたちがステルスを前提に何とかこの中継を可能にしてくれている。
 今後の実験にもなるから、と皆乗り気だった。
 ただ、少し遅れるかもしれないとは予想されていたけど……それを踏まえても遅いな。
 何か戦場に細工がされてるかも。

「と思ってたら外壁のあちら側に念話の阻害か。僕らのにも多少ラグを発生させる程度に強力な仕様……へぇ」

 送られてきたメッセージは巴から。
 符丁や合図でやり取りする分には全く問題ないが会話で連絡を取り合うとなるとラグが出る程度の強力なジャミングらしい。
 念話を封じて相手の連絡速度を落とす狙いか。
 肉声が届く範囲なんて知れてるから相手が何の対策してなければ有効かも。
 ただあれだけの大軍だから、声を大きくする、より遠くに届けるなんて魔術は当然使い手は珍しくもない。
 その上念話を封じるなんて手は既に最近使われてしまってる。
 ロッツガルドでね。
 レンブラントさん、あそこにいたからこの策に目をつけたのか。
 確かに変異体事件は魔族の勢力はあまり人員など割く事なく、ただただヒューマンがロッツガルドが右往左往して大混乱、大きな悲劇に結びついたもんな。
 大丈夫か?
 だってあそこには四大国のお偉方もいた。
 結構痛い目を見たんだし当たり前に用心しているに違いない。
 八つ目の儀式魔術にしても、火属性で攻撃だと読まれてしまっているのは確実で、そうなれば完全なカウンターは無理でも相当な威力減衰は避けられない。
 
「もう壁に取りつかれる。まずい展開に見えるけど」

 執務用の部屋で一人映像と話してる僕。
 幸い来客予定は無いから見られても亜空の誰かで済む、って事で気にしてない。
 アイオン軍は本来の調子に戻ってきたのか、レンブラントさんの幻影を気にせず結構な速度で突撃を開始してる。
 ……。
 ああ。
 特に先行していた突撃部隊が遂に壁に到達してしまった。
 ツィーゲは外壁の向こうに守備隊を置いてない。
 何を考えているのか。
 あれじゃあ外壁に好きに取りついて下さいって言っているようなもんだ。
 外壁から弓兵や魔術師の部隊が接近を阻もうと矢と魔術で弾幕を張ってはいる。
 けれど多勢に無勢でまったく突撃を止められていないのが現状だ。
 壁への攻撃が始まる。
 そうなれば壁に密着している彼らへの攻撃は逆に難しくなってしまう。

「ええ!?」

 突撃部隊が……。
 壁を、すり抜けた。
 攻撃準備も何もなく、ただ駆け抜けた。
 壁を、駆け抜けた?
 え?
 ええ?
 意味がわかりませんよ!?

「もう一度言う。ツィーゲは運命を神に委ねない。これは我々の選んだ道であり、自ら歩む覚悟は既にある」

 レンブラントさんが演説を締めくくる気なのか語気を一層強め、右腕を前に突き出した。
 儀式魔術の発動がそこに重なる。
 ライトアップやら音の演出も。
 現場にいたらかなりこう……熱くなってくるかもしれないな、これ。
 士気を上げるつもりでやってるのもあるかも。
 あ、あの右腕から八つ目をかますつもりか。
 とことん芝居がかってる……。
 いやいや、あの壁どうなってんの!?
 そっちだよ!

「さあ同志たちよ、共に征こう! これは道阻む愚者への鉄槌にして、新たに産まれる国への言祝ことほぎである!」

 レンブラントさんの言葉に併せて、幻影の右手から巨大な紅蓮の炎が竜巻となって前方に放たれる。
 時を同じくして他の七つも、確かに見ようによっては祝っているように、炎の竜巻と概ね同じアイオン軍目指して
一斉に発動した。
 存在が確認され専門家なら誰もが知っている七つの儀式魔術全てと、新しい火属性の儀式魔術。
 壮観だ。
 でも……儀式魔術それは軍相手にはどうやっても有効打には。
 レンブラントさん……。

「なんで!?」

 うっそおお!?
 僕の描いていた結果が実現することはなかった。
 それどころか、全ての儀式魔術はアイオン軍に綺麗にクリーンヒット。
 名に違わぬ強力な威力を十全に発揮して……もう、何がどうなっているのか。
 予想が悉く外れていく戦場を目の当たりにして、僕はただ映像を食い入るように見つめる事しか出来なかった。
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