月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

使徒の雷

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 何かが起きた。
 それだけはわかる。
 巴にとって、つまりは僕にとっても不都合な何か。
 一跳びで外壁に上がり、次で空に足場を作りつつ上昇。
 クラウチングスタートみたいな要領で手足を足場に付けつつ巴とエマの位置と状態を正確に把握する。
 二人とも負傷、どちらも大きく移動している様子は無し。
 傍にもう一人いるのが敵……一人?
 あの二人にたった一人で怪我をさせる?
 そこまで逸っていた気持ちが心の一部で急速に冷めていくのがわかった。
 好きな感覚じゃない、でも相手への警戒を意識すると自然と出てくるし癪な事に使のも事実だ。
 ふと。
 ただ焦って突っ走った時の……あの亜空での爆発と犠牲が頭をよぎる。
 ち……。
 わかってる、繰り返さない。
 ふぅー……。
 気配と魔力を念入りに隠す。
 次を作って足場を蹴って、三人の気配がある場所までの距離を半分だけ詰める。
 
「エマは怪我というより重傷だな、すぐ帰さないと。巴もまあ珍しく面白いように被弾してるみたいだ。けど今のあいつなら回復能力も高い……」

 移動している間に界を通じて入ってくる情報を受けて自然と口を突いて出る言葉。
 そうだ、あの時とは踏んだ場数も違う。
 空を埋め尽くす勢いで広がる気味悪い赤い稲妻を見る。
 敵は、きっと女神の使徒だ。
 既にレンブラントさんから対処を頼まれてる相手。
 元々この戦いのどこかでまみえる予定だった。
 ソレが相手なら相性や遭遇した状況次第で巴やエマが不覚を取っても納得できる。
 
「……ね。あのクソ虫の使徒、切り札が得意とするのが雷。赤色の意味は後回しだとしても、いよいよあいつの正体が知れたってとこか。で、ここから僕が仕掛けるべき初手は……」

 思えば最初の頃はアレの正体を色々と考えたりもした。
 大陸全体の形の雰囲気が日本に似ていたからアメノウズメやベンザイテン、サイオウボなんて東洋系も含めて地方の伝承や本に記録された逸話、神話なんかも収集して首をひねった。
 大黒天様やスサノオ様、アテナ様が見えられてからは西洋、それもギリシャに絞って最近は二神を最終候補にしてた。
 いくら軍神だからってアテナ様が来たの、やっぱ不自然に感じたんだよな。
 だからアフロディーテかアルテミスか。
 どちらかがあのクソ虫じゃないかと思ってたんだ。
 僕が知ってる逸話が少ないから絞り切れなかったけど、ようやく確信に近い自信が生まれた。
 
「まあ、あの使徒らしいのはでっかい鎌持ってるけど。ハデスの使徒か、さもなきゃ農民かと。ったく紛らわしい。クソ虫め、負けられない理由をまた増やしてくれる」

 あいつに弓で負けるなんて……想像しただけで堪えられない。
 そう思いながら愛用の弓アズサを取り出して、使徒の頭……じゃなく鎌持つ手に狙いを定める。
 面と向かってからアレをやるのは相手によっては厳しい。
 巴が時間を稼いでくれている間に僕が打つべき最上の初手は勝利の確定。
 かつて響先輩で練習させてもらった新たな段階の必中を成す為の集中を行う。
 戦場には場違いな程静かで長い、一見無防備な弓道の構えだ。
 邪魔が入らない空でそれなりの高度を確保しておけばデメリットはかなり減らせる。
 ゆっくりと使徒と自分の間を結び、理を取り込む。
 風やその乾き具合、林立する樹々はもちろん属性や精霊なんて要素もきちんと取り込んで……消していく。
 僕と的、いや使徒以外の要素を全て無にしていく作業。
 目を閉じて、既に眼では何も見ていない。
 これは弓道とは違う術理で放つ必中。
 他全てを消して必中という結果を予め確定させるというか。
 過程が消えるというか。
 
「……よし」

 目を開ける。
 事が済んだのが理解わかる。
 エマの動きは大分鈍い。
 巴はまだ見た目以上には元気だ。
 会を保ったまま、矢は僕の手から離れた瞬間に消えた。
 
 ここまでやっても、まだたまにこうならない事もあるんだよな。
 会が浅いのか、そもそも弓道の理屈で考える事じゃないのか。
 謎だ。
 じゃ行くか。
 再び弓を構えつつ、僕は自分を霧で包んだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 アイオン軍を荒野の魔物が蹂躙している。
 それは別に良かった。
 じゃが問題はその中に亜空の熊が紛れ込んでいた事。
 あれは流石に儂とエマも焦った。
 しかも大型で凶暴なツキノワグリズリー、気が立っておるのか人も魔物もお構いなしで目につく全てを薙ぎ倒し食い千切り吹き飛ばす。
 蜃気楼都市に来た冒険者が偶然にもあれを捕獲しておったんじゃろうが……迷わず儂とエマは場に急行し熊を鎮圧。でかい図体を亜空に放り込んで元の場所、今日の撮影ポイントに帰ろうとした。
 空に轟音が響き渡り、一瞬上を見上げてしまった。
 赤い稲妻が空を埋め、儂らを強烈な衝撃が襲った。
 何とか撮影ポイントには戻れたものの、不意打ちされたのは事実。
 忌々しい。
 エマを見ると多少のダメージは負ったようじゃが問題は無い様子。
 ちと良くない状況と見て移動を考えたその時じゃった。

「そのスキル、転移? でも見つけた。アルパインをどこに隠したの?」

 女。
 アルパイン、という事はトアと因縁ある者か。
 しかし儂は知らん。
 かー、とうとう若のアレが伝染うつったかのう。

「知らんなあ」

「そう」

 上空からと側方から、儂とエマ両方を同時に稲妻が貫いた。
 
「っ」

「うぅっ!」

 はやい!
 そして、強い!
 何かしらの準備を既に終えているのか、特殊な装備の恩恵か。
 
「巴様、この攻撃、障壁が役に立ちません。私がしばし場をもたせますので、どうぞ対策の為一度お戻りを、っ!!」

「エマ!」

 赤い稲妻が竜巻の様にエマを包み絞り上げるかのように引き裂いていった。
 ……ちと、不愉快じゃな。
 幻術や特殊な複数属性がどうのではなく、雷を属性魔術として扱っているという訳か。
 あれは光そのもの、速度として見て追えるものではない。
 威力は状況で違うが、今の儂ならまあ耐えられなくもない。
 
「あら、頑張ったわね豚。二秒ぐらいは持たせたじゃない」

 ころころと笑う女。
 エマは意識を失ったか。
 死んではおらんが大分きついのをもらったの。
 まったく、確かに恐るべき魔術と感心はしてやるが、慢心は良くないのう。

「うん?」

「実に見応えがある芸じゃが、済まんな急ぐ」

 霧で辺りを覆い、儂とエマの幻影を気配を付与した上で十ほど生み出した。
 ひとまず、エマを帰してやらんとまずい。
 障壁が通用せんとなると一方的に攻撃を浴び続ける可能性もある。
 そうなれば戦いなど成立せん。

「アルパインはどこ?」

 にしてもこの女。
 妙に目が据わっとるというか、若干ゾーンに入った時の澪に雰囲気が近い。
 トアども、こやつにどんな屈辱を味あわせたんじゃ?
 一応儂もアレらの師の一人、弟子の不始末となれば多少思うところはあるが。

「知らんと言うたが?」

「こんな特殊なスキル、そうそうあるとは思えない。絶対に話を聞かせてもらうわ」

「ふむ、それだけこの魔術を知られたくないと?」

「場違いな雑魚豚は死んでも貴女が残っていれば十分」

「焦りは成功を遠ざけるぞ、雷の女」

 エマよ、すぐに亜空に帰すでな。
 お前がどうにかなれば若が悲しまれる。
 視界ゼロの状況の中、霧の門を準備してエマを担ぐ。

「咲け、曼殊沙華」

「なん、じゃとっ!!」

 初めて魔術の名らしきものを女が唱えた。
 彼岸花とはまた、和じゃの。
 などと思っておったら霧を全て払いおった。
 門も消すか。
 それどころか儂らの幻影も本体もお構いなしに赤い雷が続々と貫いていく。
 これは、まずい!
 ヤツの元から円を広げるように赤雷の彼岸花が咲き誇り、その度に雷撃が正確に貫いてくる。
 一撃で霧を払い、一撃で幻影を消し、一撃で障壁など無かったように儂らを貫く。
 性質たちが悪いとはこの事じゃ。
 
「……」

 連続の雷撃が止む頃には、話す気力は残っておらんかった。
 途中からエマと自分の回復に集中しておった。
 どういう理屈か、少なくとも儂らが使う属性の障壁は全部紙切れ、そして回避が出来ん。
 まるで、魔術版の若じゃな。
 どうなっとるんじゃ。
 念話は阻害されとるから少し時間はかかろうが、これは報告が要るか。
 カタナを杖代わりにして俯きながら、沈黙を保ったまま若に念話をし状況を何とか伝える。
 エマは……死んではおらんが下手をすれば識が必要になるかもしれん。
 さて、後は……時間稼ぎというとこじゃな。
 察するに、こ奴は魔術に絶対の強みを持っておる。
 スキルをより警戒しとるからな。
 そのスキルも、ある程度無視して強引に攻めてくる術のバリエーションもある。
 なるほどのう。
 こんなのが居ればある程度追い詰められとっても逆転は可能じゃな。
 軍師も兼ねておるなら頭も回るかもしれん。
 が、今この場にいると言うなら良くも悪くもこれがアイオンの限界なんじゃろうな。
 助っ人が作戦を作り、全線にも出なくてはいけない。
 既に大国としても落陽の時期と言えよう。
 助っ人、女神の使徒。
 雷属性がこういう代物だったのは少々誤算じゃったな。
 妨害やからめ手は儂にとっては得意な戦術。
 出来れば剣術で戦いたいとこじゃが、若や澪、識、環を相手にそれだけで戦えるかと問われれば無理であって。
 両手を縛られるようなもんじゃ。
 つい便利にも使うしの。
 あー、心底若に連絡しといて良かったわ。
 まかり間違って澪なんぞに頼っておったらどれだけ後からマウントを取られる事か。
 どう考えても澪ならなーんも気にせずバクバク食うじゃろ。
 多分苦戦もせん。
 相性とはいえひっじょーに納得がいかん。

「死んでないのはわかってるわ、私に不意打ちは通用しない」

「それで仕掛けてきた本人が胸張って言うのは何となく間抜けじゃの」

 別に死んだふりなぞしとらんわ。
 魔術版の若とは例えたが、貴様なんぞ劣化版の劣化版の劣化版じゃ。
 あれだけ攻撃して儂の回復が余裕で追いついておる時点で優劣は明らかよ。

「神の雷は秘されるべきもの。見た者には死んでもらう必要がある。そも、神の雷に身を撃たれる者は死すべき者であり世界にも女神様にも不要と断じられた存在。一片の信仰でも残っているのなら自ずからこうべを垂れ裁きを受けるべきだというのに、実に嘆かわしい」

「空に派手にビカビカしとるが、アイオンの国民も皆殺しかの。皆の頭にアレを落として回るか」

「アレを見ただけなら問題ないの。アイオンが女神への信仰を篤くするのなら奇跡として語り継ぐ事も許すわ。けれどアレと私を雷属性の魔術で結び付けられる者には死んでもらう」

「……ところで儂はツィーゲとロッツガルドに店を持つ商会の一員で巴と言うが。やはりお前にもアルパインにも覚えは無い。随分とまた、女神の使徒とは理不尽な存在じゃな?」

「珍妙なオークを連れて人の皮を被った竜が無垢なる民である訳はない。人ならぬ身でも女神は信仰を許しますがヒューマンと同格ではありません。そんな基本も理解できぬ……世界に無駄に居座るだけの上位竜風情が偉そうに」

「……」

 儂を初見で竜と、それも上位竜と看破するのも大した眼力じゃが。
 凄まじい物言いをしおるな。
 思わず言葉を失う。
 女神とアレの寵愛を得るヒューマンが至上の民であると確信しておる。
 神殿は時に利益の為に信仰を語るが、こやつは別格じゃ。
 本心から女神を深く信仰しておる。
 故に、世界に元からおる上位竜が気に入らんという訳か。
 お互い様じゃの。
 儂も女神や精霊は気に食わんわ。

「ルトと、あの妙な騎士。それにアルパイン。連絡がしばらくなかったのでどうかと思い少しこちらにも目を向けてみれば今度はお前に、ツィーゲ! 随分と好き勝手に暴れてくれているじゃありませんか」

「ルト……そうか。既にルトとも交戦済みか。あの変態め、たまにはまともに仕事をして女神の使徒程度はさくっと退場させておけばよいものを。使えん、まったく使えんのう」

「程度、とは言ってくれますね。今の完全武装した私ならあの不敬で不潔な上位竜でさえ敵ではありませんよ」

 八つ当たりの赤雷がまたも周囲を荒れ狂い、儂らを貫き嬲る。

「不覚を取った儂が言うのも何じゃが、お前さん中々に残念な輩じゃの」

「……アルテ=バレット。己を屠る者の名くらいは覚えておきなさい」

「アルテか。覚えておこう」

 杖代わりの刀を腰に戻し、地面に胡坐をかく。
 回復が追い付くとはいえ、痛いもんは痛い。
 いい加減しんどい。
 
「? 随分と殊勝な真似を」

「間に合って。そりゃ時に悲劇の英雄の特性じゃよ」

 アルテか。
 ここに駆け付けねばもうしばらくは生きておれたであろうに。

「? 先ほどから、恐怖で狂いでも」

「不意打ち、決まったの?」

 若の矢がアルテの派手な鎌を持つ腕を刺さった。
 飛んできて刺さったのではなく、突如刺さった。
 そしてまるで彼方から強力に放たれたかのようにアルテの肘辺りから下を体から千切って地面に縫い付ける。
 無論、手にしていた鎌も。

「っ、え」

 わかるわかる。
 儂も最初された時は意味がわからんかった。
 本気で死の恐怖というものを垣間見た。

「……」

 一瞬だけ霧が吹きあがり、そこに若が参られた。
 既に弓を構えておる。
 横から放たれた矢にアルテはまだ反応できていない。
 腕を持っていかれた衝撃がまだ呑み込めておらんのじゃろ。
 確かに優秀で強い魔力と魔術にも恵まれておるが、どうにも実戦の経験が浅い。
 お。
 てっきり頭を抜くかと思った矢はほんの少しだけずれ、アルテの装備していた豪奢なティアラを掠め破壊した。

「女神の使徒、だな」

「若」

「遅くなってごめん巴。二人ともすぐ亜空に戻って、休んでて」

「? しかし」

「大丈夫、この人には何を見られても聞かれても問題ない」

「……御意」

 既にそういうおつもりか。
 ならば、儂も頷かざるを得ん。
 出来ればお傍で見ていたくもあるが、こうも強くはっきりと言われるとな……惚れた弱みかの。

「落とし前は付けさせるから。僕の大事な人に随分な真似をしてくれたんだから」

「……雷にはお気を付けを。お帰りをお待ちしております」

 若には珍しく強い口調。
 多くを言うな、任せればいいと。
 言外に釘を刺されている気がした。
 またこういう時に憎いことを仰るようになった。
 やれやれ、これではあまり澪の事をからかえん。
 儂も大概、じゃな。熱い熱い。
 若のおかげか、エマを担いだ儂は今度こそ何事もなく亜空に帰還できた。

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