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七章 蜃気楼都市小閑編
真面目な顔
しおりを挟む「で・き・たーーーーー!!」
昼食時。
店のショーケースにおける不適切な展示内容(予定)について若干の修正をお願いした僕は、そのまま亜空で皆と食卓を囲んでいた。
鉄道と合体変形機構を取りやめ、ただの街並みジオラマとミニチュアゴーレムバトルにする事にエルドワさん達は中々悔しがっていたけれど、そちらは亜空でなら良いよと妥協案を示した事で無事解決。
いただきますを済ませ、ドライカレーのオムライスという澪の新作にスプーンを入れようとしたその時だった。
「ん?」
ダイニングに光を取り入れてくれる窓がかげり、聞き慣れた声が聞き慣れないテンションで聞こえた。
窓を見ると人影。
まさか割って入ってくるつもりかと腰が浮きかける。
だけど声の主はほんの数メートルながら器用な転移魔術を成功させ、見事に着地してみせた。
「ついに! やりましたよー若ー!!」
「お前、エリス……そこ食卓の上だぞ……?」
唖然とした空気の中、降り立ったエリスが相当なハイテンションで叫ぶ。
いや、飯時なんだよ今。
そんでここには料理が並んでいる訳でさ。
そりゃエリスはどの料理にも危害を及ぼしていない。
でもこの場合そういう問題ではないのであって。
少し遅れて正規ルートからアクアが息を切らせて同じくダイニングに乱入。
一緒にいながらエリスの暴走を止められなかったとは、最近のアクアにしては珍しいな。
「……エリス、一体どこに足を乗せていると!!」
ああ、やっぱり。
澪の制裁がエリスに降り注ぐ、かと思ったら直前で止まった。
あれ?
良く見ればエリスが澪の制裁直撃コースに鉢植えを突き出している。
澪の手がその手前で止まっていた。
というかこいつ。
鉢植え持って壁駆け上がって窓を転移ですり抜けて食卓ダイブしてきてたのか。
全く行動が読めんな、相変わらず。
「あいや待たれい! 火急の用件にて無礼はお許しです! 若! 我々森鬼、遂に到達致しましござるー!」
……最早何語を話しているか全く意味不明な領域に足を突っ込んでるな。
ただ顔は紅潮して相当に興奮しているのだけはわかる。
爛々とした目で差し出された鉢植えには白い花が咲いていた。
葉は無くすらっと伸びた茎と大きめの白い花だけが何本か……って、これは。
「白いひがん、いや紅蓮華? 遂にって事は……品種改良、あれずっと続けてたんだ……!」
「当然至極!! 紅蓮華の品種改良について若から聞かれた時からもう幾年! ようやく一株だけだけどこの通り!! あ、あと私らの呼び方に合わせてくれてありがと若」
おお、確かにこれは凄い。
紅蓮華は彼岸花に似た花で、とても貴重な薬草の一種。
名の知れた各種ポーションの材料にもなる、ヒューマンの間ではアンブローシアという名前で知られていた代物だった筈。
僕にとってもツィーゲに来た頃に関わった思い出深い花だ。
亜空でもきちんと根をおろしてくれて、以前と変わらず森鬼が面倒をみてくれている。
でまあ、当然こっちには彼岸花もあって紅蓮華に似て非なる花ながらこちらも生活に役立てていた。
田畑の畔に植えてみたり、道の境界に植えてみたり。
毒性はあるものの多少の知識があれば生活に利用できる彼岸花はオークやリザードにも受け入れられていた。
……僕にとっては当初は彼岸のイメージもあって身近にありながら距離を感じてしまう花でもあったけどね。
昔は土葬だったし、墓の近くに動物避けで植えたりもされたんだっけ?
こっちではそういう使い方は今のところしていない。
ただ亜空では一般的な赤だけじゃなく、園芸や九州在住でしかあまり見ないような白いの、それからフリルっぽい花弁のオレンジの、それから赤のと対照的な青いのまで結構色々咲き乱れている。
試しに記憶を思い起こしながら植えてみたら紅白の彼岸花が綺麗に並んで咲いた。
似ているから、というのもあったけれど森鬼に色々な種類の彼岸花を見せて紅蓮華には別種は無いのか、と聞いたみた事が確かにあった。
ほぼほぼ世間話のつもりで振った話題に過ぎなかったんだけど、森鬼の皆さんがこれにがっつり食いついた。
絶対に品種改良して作り上げてみせると宣言されたんだったか。
ただそれからぱったり音信不通の話題だったから、今の今まで忘れてた。
そっか、成功したのか。
うん、確かに紅蓮華の見事で派手な花の咲き様だ。
けれど彼岸花同様、白であるというだけで何というかイメージが変わる。
咲き誇り方は派手なのに、清楚さを感じるというか。
「良くやったね、エリス。アクアも。それから森鬼の皆もだな」
心の底から祝福の言葉を送る。
大したもんだ。
かつて不可能だと言われた青いバラも今はあるっていうし、そういう地道だけど挑戦し続ける努力が亜空でも行われていたってのが素直に嬉しい。
ただ、そろそろテーブルから降りた方が良いと思う。
「っしゃ!! っしゃあ!!」
腕を天に突きあげて歓喜乱舞のエリスには僕の心の声はあまり届いていないようだ。
さっきから視線にのっけて伝えてあげてるつもりなんだけどなあ。
「……あら」
手を出すのを一旦止めている澪が鼻を小さくひくつかせてみせた。
ただそれだけの動作なのに澪が怒っているのが今ではよくわかる。
「申し訳ありません、皆様! やっと辿り着いた成功にエリスも少しタガが外れておりまして……!」
アクアが僕らに平謝りしているが、彼女の全身からも喜びのオーラが漏れ出ているのがわかった。
こりゃ森鬼の皆さんは今夜はパーティーだな。
「確かに、興味深い香りがしますわね。その球根、一口味見してみようかしら?」
紅蓮華の球根は毒でもあり薬でもある。
しかし澪にとってはそのままでも単なる食材に過ぎない。
別の意味で口が物を言うというやつだろうか。
案の定エリスは鉢植えを背に隠して本人は僕の後ろに避難しおった。
「まあ、一応テーブルからは降りたから。エリス、嬉しいのはわかるけど状況はちゃんと弁えないと駄目だろ」
「わ、若にてぃーぴーおーを指摘された!?」
「時々ナチュラルにディスってくるよね!?」
「でも庇ってくれた。若の君主レベルは1.2にレベルアップ!」
「……それじゃあレベルアップじゃなくてバージョンだ」
「エリス……本当に食べますよ?」
「ごめんなさい!」
昼食なんだかコントなんだか。
新喜劇かと。
賑やかな食事は嫌いじゃないけどね。
「どんな薬草になってるのかはこれから調べるんだろうけど……名前は? もう決めてるの?」
アクアも横に来ていつもの二人の構図になったところで聞いてみる。
ま、聞かれたら僕が界で調査するのもありかもしれないが、こうして森鬼が試行錯誤して辿り着いた成果だから彼らも自分できちんと調べたいだろう。
白い紅蓮華。
名前をもう決めているのなら聞いておこう、そう思った。
「ふふん! そう聞かれるのを待っていました! 流石は若!」
「……エリスは前々から考えていた名前があったようでして、仲間内で議論するよりも先に若に聞かせて認めてもらいさえすれば既成事実を作れると、こうして」
「あ、浅い悪知恵だな」
計算高いようで抜けている。
トボけているようで、仕事はきっちりこなす。
不思議な二面性を持つ森鬼だと思う、このエリス。
「とんでもな名前でしたら容赦なく却下してくださって結構ですので」
アクアはエリスが言い出す名前に不安があるのか、ぶった切っても良いと先に言ってくれた。
「この生まれたばかりの白き紅蓮華に相応しい名は!」
『……』
一同エリスの次の言葉を待ってやっている。
バナナレンゲとか言い出さないだろうな。
「リコリス!!」
『……』
……。
え?
何というか、まともな。
確か彼岸花の別称だよな、リコリス。
エリスには話した事があったっけな。
あったんだろうな、そんな偶然ある訳がないし。
物凄く自信満々だし。
ただこの沈黙の理由は、皆多分僕と同じ理由なんだろうなと思う。
「バナンゲじゃありませんでしたか」
澪。
「バナナロシアなどと言い出すとばかり」
あ、識まで。
大人しく場を見守っていた割に辛辣な。
「良かった……アクアエリスホワイトとか絶対言うと思ってた……」
アクア……。
魔法少女的コスプレとダンスからこっち、エリスの良い事思いついたにトラウマを抱えてる模様。
「どう? これは若から彼岸花の事を聞いて教えてもらって紅蓮華の可能性を示してもらったからこそ辿り着けた結果。だから彼岸花の読み替えだって若から教わったリコリスの名こそ、この子に相応しいと直感したわけさ!」
なる、やっぱり僕が教えてたのか。
その内曼殊沙華の方も別の新種に使いそうなのが少し気になるところ。
「わ、若様。エリスが何か、まともっぽい事を言ってます……!」
「うん、良くない事の前兆じゃなければ良いんだけどね」
「わ、若様。あの新種、ぼんやり光ってませんか?」
「ああ、いい加減突っ込み疲れたから光ってるくらい良いんじゃないかな」
ここ亜空だよ?
光る植物くらいさほど珍しくもない。
「……承認という形であれ、この草、たなぼたで若様から名をもらいましたわね」
「というか、名をもらうまでの期間が巴殿や澪殿を超えていたような」
「よし、食べましょう」
「アクア、全速力で撤退だ!!」
澪と識のやり取りから再びの危機を感じたエリスが鉢植えを頭の上に乗せ、今度は正規ルートで屋敷から逃走していった。
ペコペコ頭を下げながらそれでもエリスと同レベルの速度で、しかもバック走のような状態で逃走していくアクア。何気にアクアもたくましくなってるね。
「……さ、澪。新作を味見させてもらうね」
「私は少しばかりトッピングを……」
「まず一口食べてから、が礼儀ですよ識?」
「でしたね! いや失念しておりました!」
クズノハ商会と亜空の、それなりに平穏な昼休みが過ぎていった。
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