月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

未踏のステージへ①

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 レンブラント商会は街中の一等地にある。
 昨今の急激な発展においても大規模な店舗増築などはしてこなかった為、数年前に比べて新たな建物が増えた事もあってやや目立たなくなってきた、ともいえる。
 それでもまだ長年のネームバリューもあいまってレンブラント商会といえば誰もがその場所がわかる、ある種のランドマークとして十分に機能していたが。

「いよいよ御大も改築に乗り出すのかと思いきや、道路?」

「道っつうか、広すぎだろこりゃ。多分あれだ、周りに雑魚どもの店が乱立して目障りだったから前の方だけでも掃除してみたとか」

「はっ倒すぞ馬鹿野郎! レンブラントさんがそんな非道な真似するかよ」

「何か最近街のあちこちでこんな感じに道を広げてるらしいが……パトリック様んとこもか。じゃあ街の意向って事なんかな」

「んでも道だぜ? カプル商会ならともかくレンブラント商会の前を広げてどうすんだ?」

 その日のレンブラント商会前はいつも以上に人が集まっていた。
 最近のツィーゲでは夜の限られた時間やほんの一日二日で高速で工事を進める方法が取られる事が多く、少しの間寄らなかった区画が未知の光景に変わっているなんて事も珍しくなかった。
 街に帰ってきた者が迷う街から毎日歩いている所しかわからない街ツィーゲと化しつつあった。
 一部で魔都などと呼ばれたりし始めている一因でもある。
 まだ陽が昇り始めた頃だというのにもう野次馬が大量に集まる、そんな近代の都市じみてきたツィーゲだけに無理からぬ事かもしれない。
 
「おら! どいたどいた!! まだ俺らの時間だぜ、お陽さんもあんなとこじゃねえか!!」

 ブロンズマン商会から駆り出された職人集団、いくつ目のなのかは触れずにおくべき下請けの商会から雇われた日雇い労働者、資材運搬係の魔術師たちが野次馬を押しのけて広げられた道の真ん中に集まる。
 今稼ぎたいならここ、と言われる職場の筆頭であるツィーゲ魔建築班だ。
 彼らを遠巻きに囲む人混みが色めく。
 魔術と建築の融合である魔建築は素人目にも見応えがある無料の見世物でもあるからだった。
 見物人の視線をきにした風もなく職人たちは統率の取れた動きでテキパキと工程を進めていき、見慣れない建物を一つ、瞬く間に道の中ほどに作り上げた。
 真が見れば路面バスの駅か田舎の休憩所付きバス停、とでも答えたであろう変わった小屋。
 しかしながら全く類似した建物に心当たりがないツィーゲっ子たちは様々な憶測を交わしてはあーでもないこーでもないとちょっとした井戸端会議の様を呈していた。

「っし、とりあえずこんなもんだろ。次、クズノハ商会前だ! ラストだぞお前ら、ぶっ倒れんのは金貨もらってからだ!!」

「言っとくが昼間にあそこのドワーフどもが手直しするようなブザマ見せたら親方がぶちきれっからな、絶対に気ぃ抜くなよ!?」

 魔建築班はそういうとクズノハ通り目指して駆けだし、消えていった。
 この日の昼、まだ都市中央部のみのテスト段階ではあるが。
 ツィーゲにかつてない規模を想定した高速路線馬車が走り出した。
 元々独自色が強い辺境都市ではあったが、この街が明確に世界唯一、未踏の大都市に向けて出発した日でもあった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ここはこうして……生鮮は受け取り口を三つ増やせばどうかしら」

「……いえ、そうしますとこちらの貨物担当とかち合います。馬もゴーレムも荷台もパンク寸前の運行になって」

「遊びが無くなる、わね。んー……」

「あの、代表」

「なあに?」

「いくら何でもこれだけ細かな時間管理を流通に持ち込むのは無茶だと思います。馬車の専用道が出来たとしてもアクシデントやイレギュラーは生じます。確かにツィーゲには高い技術があり高精度の時計も増えてきました。ですが顧客に分単位の約束をすると言う事は我々は秒単位の意識を持たなくてはならないという事。それもここまで緻密に運行表を組んでなど……自殺行為です」

「……」

「将来的に目指すべき目標という意味では代表のご意見は凄まじき先見の明であると感服するばかりです。しかし今それを取り入れるのは不可能かと」

「……」

 カプル商会会議室。
 ツィーゲでも五本の指に入る流通のドンであるこの商会では今、大改革に取り組んでいる最中だった。
 単なる乗り合い馬車ではない、街の要所を的確に結び人と物の移動をよりシステマチックに作り変える。
 馬の代わりをこなせる高出力高耐久のゴーレムや、街に蜘蛛の巣を張り巡らせるような路線構築法、更には街と街をも高速で結ぶ黄金街道とは全く異なるコンセプトの馬車専用道という発想。
 老齢の代表がここまで革命的なアイデアを出してみせ、カプル商会は揺れに揺れた。
 代表であるカプリ=トラッドは誰よりも精力的にいつも通り商会の先頭に立ち、唐突に駅よ! と声を張り上げた日の事だ。
 その日から幹部級に休みなどというものはない。
 家族との時間、趣味に生きる人生。
 そんなものはツィーゲの商会に勤める、しかも大商会の幹部には無い。
 カプル商会の場合は、すべき仕事さえこなしているのなら休みには比較的寛容ではあるが。
 求められる実力のラインがそもそも高い。
 文字通り死力を尽くしてオーダーに挑んでいるというのが実情で、老若男女未婚既婚問わず商会が家となっているのが現実だった。

「マム、どうか再考を」

 カプル商会では内部会議の時や身内だけの場では代表をマムと呼ぶ。
 肝っ玉母ちゃんではないけれど、女性ならではの気遣いや包容力で従業員と接している彼女だからこその愛称だ。
 だが時に男顔負けのがむしゃらさを見せ商会を従業員ごと引っ張っていく、まさしく大商会を築き上げただけのバイタリティを彼女は有していた。

「……そう、ね。いきなり全てを網羅するのはこんな程度の範囲内だけでも無理かしらね」

 こんな程度。
 確かにツィーゲの一部だけの範囲は街全体、外部とも流通ルートを持つカプル商会からすれば決して広くはない。
 だがこれまでとは求められる精度とカバーする拠点の数、駅という新要素が違う。

「悔しいですが」

 忠誠心に溢れ、カプル商会を全力で支えてきた幹部の言葉に猪突猛進そのものだったカプリの態度に変化が生まれる。

「けれど」

「!」

「駅と時刻表の要素はどうしても取り入れたいの。これは今すぐにでも初めて色々な情報とノウハウを集めていきたいから」

「マム」

「……なら、昼夜を分けましょう」

「昼と夜を? 一体どういう」

「人は昼中心、物資の運搬は朝と夜を中心に組み分けましょう。全体の量も少し減らせば……どうかしら」

「!! ああ、それでしたら回るルート次第では何とかなる、かもしれません。以前遊びの無さが気になる所ではありますが求人と設備投資も同時進行しておりますので……」

「ええ、ならこれでいきましょう。でも時刻表を決めて定期的に運行するとなるとこちらの計算は私たちだけでは正直難しいわね」

 時刻表と担当する馬車の番号、それを複数ルートに渡って管理する為のメモを手にカプリが呟く。
 頭が痛い、と言わんばかりだ。
 ダウンした他の会議メンバーに横目にまだ頑張っている若く有望な幹部も苦笑して頷く。
 書き込まれては修正されて黒くぐしゃぐしゃになったメモの数は数えるのがバカらしくなるほどの量が散乱していた。

「……はい。新しいやり方過ぎてとても片手間で出来るような作業ではありません。専門職を育てる必要があります」

「あまり数字の専門家、学者さんというのは好かないのよねえ」

「会計担当とも異なる適性が求められるように思います。果たしてどんな学者に助言を求めるべきか……」

 悩まし気な話題が続く。

「新たな適性、能力となれば定番はやっぱり」

「孤児院の子ども、でしょうね。しかし見るべき適性そのものがわからないとなると、これは」

「難題よねえ」

「駅などという発想をなさるマムでさえ、ですか?」

「!!」

 軽い冗談を口にしたつもりの幹部だったが、カプリはその言葉で目を見開いた。

「マム?」

 会話においてあまり見えない地雷があるタイプでもない代表の珍しい態度に幹部がやや戸惑う。

「それね」

「?」

「駅という発想の切っ掛け、そこにヒントがあるかも」

「っ、そんなものがお有りだったんですか!?」

「うーん……よし、今日押しかけちゃいましょ」

「何かさらっと無茶な事を言いましたね、マム!? 駄目ですよ、よそにご迷惑をおかけするような真似は!?」

「大丈夫よ、元凶なんだから。じゃごめんだけど少し任せるわね、行ってくるわ!」

「ちょ!? 少しでも休んでからお出かけを、二日はお休みになってませんよね!?」

「? ちゃんと馬車で行くもの、倒れたりしません!」

「そういう問題ではありません!」

 商会内で誰よりも活力に満ち溢れているのは代表。
 カプル商会ならではの光景だった。
 
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