月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

不等価交換?

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「でだ」

 ……。
 
「景品屋台荒らしに内々の選考会に入れ知恵で参加。今をときめくクズノハ商会の代表が直々におやりになる事かねえ?」

「は、ははは」

 おっかしいなあ。
 途中まではばっちり上手くいってたと思うんだけどなあ。
 ルシリー商会は見事にコンペ、選考会を勝ち抜いて新しく出来る郊外の駅の一つに店を構える権利を得た。
 あの四番目の無味無臭の米がキモだったんだよ。
 あれを混ぜ込んで炊く事でスイートコーン米と栗米がちょっとしたおこわの様な味わいに変わって、おにぎりとしては非常に味わいやすくなった。
 うん……流石に亜空の米をローレル産と偽ってエッセンとオロシャに卸す訳にもいかず、どうしようかと随分悩んだ。
 亜空産の作物は相変わらずこっちに持ち込むとロクな事にならないまま。
 加工して料理やお菓子にしてしまえばよっぽど大丈夫なんだけど。まさかルシリー商会が必要とする分ご飯を炊くってのも現実的じゃない。
 混ぜ込みおこわの奇跡については僕が休憩がてらルシリー商会近くの矢当てやら玉当て、それにくじ引きなんかの景品屋台と呼ばれるお祭りの出店みたいな店を楽しんでいる時にエッセンが試してみて見事会心の一撃を決めた。
 慎重派のオロシャと行動派のエッセン、良いコンビの商会だと思う。
 んでまあ越後のちりめん問屋の御隠居さんよろしく謎の米マニアであるラマさんとして彼らを見守り。
 味、話題性、価格ともに好評価を得た二人だけのルシリー商会は夢の扉を開いて。
 さて、では退散しましょうかという時になって景品屋台の主たちが何故か僕を追いかけてお祝いムードの試作会会場に乗り込んできたと。
 このイカサマ野郎がと囲まれて因縁を付けられにわかに目立った所でバトマさんに見つかってしまったという現状の説明でした。

「……笑って明後日の方向見てりゃ終わる、なんて事はないぞ?」

 別室に連行され仁王の如く立ったままこちらを睨みつけてくるバトマさん。
 ご意見番とか助っ人という程度であれ助力していた事は事実であり、ルシリー商会の二人も一緒に連れて来られてしまった。
 しくじったなあ、申し訳ない。
 面倒に巻き込まない為に正体を偽ったというのに結局巻き込んでしまった。
 せめて彼らには迷惑をかけないように乗り切らねば。
 とはいえ、バトマ商会や協力商会にとってもそこまでマイナスになるような事はしていない。
 景品荒らしは濡れ衣だし、ルシリー商会が波に乗っても僕もバトマさんも困らない、筈。

「や、未来ある二人が店の前で頭を悩ませていたものでつい」

「つい?」

「米を街に広めるチャンスかなーと」

「で?」

「お互い損はしないしちょっとだけ協力するのも悪くないかなーって」

「なあライドウよ。あのオニギリの元祖はお前んとこで、もっと言やお前の女に店まで出させてやらせてるほどの儲けのネタだよな?」

「元は冒険者向けの保存食ですし、ルシリー商会から広がっていったらバリエーションも増えてマーケット全体のパイが大きくなるならと」

「慈悲の化身か、お前は!」

 バトマさんが声を荒げる。
 しかし僕の方に非は無い、よってここでビビる必要もな、無い。
 無い、と思う。

「黙ってやったのは申し訳なかったと思ってます。が、正直バトマ商会さんとしても損は無い結果だと思うんですが」

「ああ、まあな。お前が自分んとこの利益を切り売りしてくれただけ、だな」

「あ、それは――」

「数字の大小はこの際置いといてだ」

「……そう言われてしまうと、はいとしか言えません」

 バトマさんが僕の返答に大きく溜息を吐き出した。

「最近、娘のアーシェスも世話になってるようだな」

「彼女が冒険者ギルドにいた頃から世間話をする程度の知人ではありましたから」

 もっとも、彼女がバトマさんの娘さんだという事は最近まで知らなかった。
 アーシェスって娘さんはあれでなかなかしぶとい性格をしている。
 泣き言はいいながらも諦めないタイプだ。
 仮にバトマ商会がどうこうなったとしても彼女が家族を支えていくんじゃないだろうか。
 それ以前にこの親父さんが再起するか。
 このツィーゲで派閥を築くほどのやり手商人なのは間違いないんだから。
 ……そう考えると凄い親子だな。

「……そうか。レンブラント商会から娘に仕事を手伝ってほしいと提案された時は人質かと疑いもしたが、どうやら思いすごしのようだった」

「アイドルという職業自体が今後どうなるかは流石に私などには予想出来ませんが、お嬢さんに適性があると思ったからこそレンブラントさんも声を掛けたんだと思います」

「娘を褒められると、つい父親として受け止めてしまうのは私の悪癖だが……素直に礼を言わせてもらおう。ありがとう」

「いえ」

「それで、お前のコレはどういう事なんだ? もがき苦しむ私への……憐れみか?」

 もがき苦しんでいる、と口にしたバトマさんにルシリー商会の二人が目を見開く。
 仲間や部下にそんな姿は見せていないって事か。
 いや僕もこの人が苦しんでるとかは特に把握してなかった。
 群商会って形態の悪い面が出始めているかもしれないって識から報告されてはいたものの、今すぐに危機という程の状況ではなさそうな感じだったから。

「失礼ですけど、たかだか末端の商会一つ手助けしたくらいでバトマ商会に何か影響が出るとは思ってません。景品屋台については濡れ衣ですけど、同じ理由でその程度でバトマ商会への攻撃になるとは……」

 当然ながら憐れみの気持ちも全くない。

「……まあ全体の規模で見れば、な」

「私の動機としましてはあくまで米の未来を開拓する気持ちが一番です。景品の方は、つい的当て系のが楽しかったので熱中しただけで、こちらについては少しやり過ぎたかもしれません」

「スキル無しでとんでも成績を連発させ根こそぎ景品を持ち帰った、だったか」

「ちゃんとスキル使用不可と書いてありましたから、私も普通に腕だけで勝負した結果なんですよねえ」

「痕跡も証拠も残さない完璧なイカサマをされた、と訴えが出てるが……これは」

 バトマさんが訴状を何枚もめくり苦笑まじりに僕を見る。

「すみません、はっきりと申しますが言いがかりです」

「だな。しっかし、楊弓も弾弓も投げ弓もか。投擲の天才なのか、お前」

「まあ狙い撃つのは意外と得意な方で」

 弓矢が一番だけど。

「つくづく不思議な男だな。事情については、ふぅ、まあ納得するさ。あの澪がお前の女だって事もはっきりした事だしな。まったく否定しねえし」

「ありがとうございま……ふぁっ!?」

「さて、そうなるとウチとしてはルシリーのポンコツども。後は貴様らの処遇だな?」

「あーそれはですね! 私がクズノハ商会のライドウだとは名乗らずに接触しただけで、二人は何も悪くないんですよ! むしろここにいる段階で被害者で……」

 流石にルシリー商会への流れ弾や処罰は可哀そうすぎる。
 何とか守ってあげないと。

「な訳あるか」

「え?」

「おい、でかい方のポンコツ、オロシャだったか」

「は、はい!」

「お前、こいつがラマさんとかいう都合の良い米マニアだと本気で思ってたのか? ん?」

 バトマさん?

「……」

「一回でも機会を与えるだけ寛大なつもりなんだがな? この顔とあの名前に、心当たりは?」

「……ありました。一目でクズノハ商会のライドウだと、わかりました……っす」

「片割れ! エッセン、てめえは?」

「会った瞬間気付きました。ですが今回外部の手助けを受けるなって規定も無かったじゃないですか」

 なんという。
 何という恥ずかしい茶番か。
 ばっちり顔割れしてたんかい!
 しかも二人とも!

「んな事は聞いてねえ。俺とライドウの関係を知ってて、てめえらはライドウの助力に縋った。そうだな?」

『……はい』

「良い度胸してる、とは思わなかったか?」

「お、思いはしまし」

「俺ら、崖っぷちって自覚あったんで! 覚悟決めてやりました!」

「エツ兄!?」

「……ほう?」

「幸い澪さんの方にもオニギリを自分のスペシャルだって考えてる節は無かったんで! ここが勝負時だと腹括ってやりました! 旦那さんには申し訳ねえけど、後悔はしてません!」

 エッセン……。
 お前、オニギリにそこまで賭けてくれてたのか。
 よし、上手く切り抜けられたらもっと色々な米がツィーゲに入ってくるように僕も方々に働きかけてみるから。

「……ねえ」

「?」

 バトマさんが眉間に皺を寄せて小さく何か呟いた。

「ままならねえもんだ」

 もう一度。
 今度は僕にもきちんと聞こえた。
 僕もたびたび思う、聞き慣れた言葉だった。

「こういう気概ある若いのや熱いのを残して、どうしようもねえクズは見切りをつける。そういうつもりの選考会制度だったってのにな」

「旦那さん?」

「エッセンの方はどっちかっていうとクズ側かとも思ってたが、ああ嫌になるな、自分の目が曇っていたと思い知らされる瞬間は」

 そしてぽつぽつと。
 バトマさんは選考会を一発限りではなく定期的に開く制度として考えている事を教えてくれた。
 単体では大手に食われるだけの零細商会を囲って派閥に取り入れ守る群商会というシステムを構築。
 だが振り返ればソレは安心して研鑽する場から怠惰のぬるま湯に変わりつつあり、奮起する者から堕落し寄生する者もちらほらと現れだしていた。
 もちろん、そんな悪影響はごく一部の事だし現状でも短所よりも長所の方が大きいままなのは事実。
 だからバトマさんも気付かぬふりをしていたのだけど、いざバトマ商会として総力を挙げて勝負に出ようと言う時に彼らが重い足枷となっている現実に直面した。
 性質タチの悪いのになると、最近国となったツィーゲで広告塔として活躍しだしたバトマさんの娘アーシェスにすり寄って利権にあやかろうとするやからもいるのだとか。

「だから真顔で娘に天使とか喚くバカは例外なくクズジャンルで良かろうと、切り捨てる方向でいた。だがよくよく確かめてみれば熱烈なファンではあるものの商売への利用や悪用、娘に害するようなクズでは無かった」

「天、アーシェスお嬢さんは大勢に夢と希望を与えてる素晴らしい女性です!」

「ああ。複雑な気分だが悪意が無い事も伝わるとも」

 お、何とか丸く収まりそうな気配。

「旦那さん……ありがとうございます!」

「が、当時のバトマとクズノハの関係を承知の上で選考会に奴らの知識に頼り、奴らの影響下にある職人を下請けに使うなど到底放置もできん」

『!』

 だ、駄目ルートかい!
 というか僕らの影響下にある職人って何の事さ!

「クズノハ商会の職人に仕事なんて頼んでません!っす」

 まったくだよ!
 濡れ衣パート2だよ!

「……エッセン」

「はい」

「お前、キャロって木工職人に容器作成を依頼したな?」

 き、キャロ。
 マジか。
 確かに彼女ならクズノハ商会とも縁が深い。

「? はい、偶然外のマーケットで良いの並べてる職人を見かけたんで」

「そいつはクズノハ商会と非常に仲良くしてる職人だ。一見フリーだがな」

「な、そんな! 世間狭い!」

 いや、まったく。
 キャロみたいな腕の良い木工職人って結構いるんだなツィーゲ、なんて普通に感心してたわ。
 バトマさんの物言いもまた嫌らしい。
 一見フリーって、別にクズノハ商会は彼女を囲ったり専属にしたりはしていない。
 現にキャロは今も定期的に自分の作品を定期的に開かれる広場や各地のマーケットで売っている。
 幾つか商会との付き合いだってあったはずだ。

「……ライドウもキャロを知らんとは言わんだろ?」

「ばっちり出入りしてる職人さんですね。ばっちりフリーの方ですけど」

「下らんと思うだろうし、俺も本音じゃ今回に関してはそう思う。だが、示しがつかん。ルシリー商会代表エッセン、オロシャ」

『……』

「駅への出店と必要な融資までは身内として面倒をみてやる」

『!』

「が」

『っ』

「以後バトマ商会傘下からは追放とする」

「旦那さん、それって」

「ああ、独立だ。気合入れてお前らの城、お前らの店を成功させろ」

 なんか、駄目だけど駄目じゃない的な?
 一応二人はこのまま店を出せて、勝負する事が出来る。
 バトマ商会からの援助が限定的になるだけか。
 
「あざっす!!」

 エッセンにとっては望外の結果だったのか、深く深く頭を下げている。
 オロシャもまた代表にならう。
 もう後ろ盾が無くなるというのは慎重派のオロシャからすれば諸手を上げて万歳とはいかないかもしれないけど、最悪を脱したのも事実ってとこかな。

「……本当は、お前らみたいのは店出させてもがんがん後押ししてでかくなってもらってバトマ商会の街、いや国での発言力向上に貢献してもらいたいとこなんだがな。ちっ、本当にままならねえ。身内のうみってのは厄介なもんだ」

「……旦那さん」

「あ?」

「いずれ。いずれ必ずこの中心街にも店を構えてみせます。そうしたら、その時にはきっとまた店に顔見せて下さい!」

「……クズノハんとこより美味いもん出さねえと寄ってやらんからな。駅の立地はツィーゲコラン間の絶好の場所なんだ、しくじったら物笑いの種になる。オロシャ、この先しか見てねえ馬鹿の足元ちゃんと見てやれよ」

「はい、わかりましたっす!!」

 ……。
 二人の性格もちゃんと知ってるんだなバトマさん。
 バトマ商会、か。
 この人にもこの人の正義や信念がある。
 それが必ずしも成功に繋がるものではないだろうけど、見ていて心地よく感じる。
 レンブラントさんも、最近会った他の大商会のトップも皆似た雰囲気を放っていた。
 
「ち、確かに今回はウチにとって儲けのがでかかったが……嫌な気分だ。なーんかもやもやしやがる。おら、もう解散でいい。散れポンコツども! ライドウ、お前も街中に顔が知れてんだから何かするんだったらそのつもりで一言いれやがれ! いいな!」

 誰も損してないんじゃね、って言い出したのも僕だけども。
 最初から正体ばれてたって羞恥プレイを白状された事を考えると僕は今回大分マイナスだった気がする。
 ま、澪も愉快な味の米を面白そうに取り寄せてたから良しとするか。
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