月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

海魔鎮まり

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「種族が、変わった?」

 何をやっているんだとおっとり刀で駆けつけてみたら現場はちょっとした事故現場。
 元凶にして今は呆けているレヴィを観察してみたら明らかに成長を遂げている。
 元々彼女はスキュラ、海魔とも呼ばれる種族だった。
 今は……リヴァイアさん。
 じゃない、リヴァイアサン。
 スキュラは上半身は割と普通の人型女性で下半身は蛇体に似た触手を六本備えているって感じ。
 触手は通常は蛇みたいな鱗付きのそれなんだけど、いざ戦闘になれば吸盤を出してみたり狼とかライオンみたいな肉食獣の牙を生み出したりと変幻自在だ。
 海では確実に上位の種族で間違いない。
 ただ、竜?
 リヴァイアサンっていったら竜だろう?
 なるもんなんだろうか……後でセル鯨にでも聞いてみよう。
 最近あの人もエマ同様、さん付けで呼ぶとやや渋い顔をなさるんだよなあ。
 っと、今はレヴィか。
 ローレルで大敗してからまあ情緒不安定だこと、十代の反抗期ってこういうの? と思うくらい。
 流石に今回は度が過ぎるかと思ったら、何か肩透かしなくらいポケーっとしてるしさ。
 どんなメンタルなんだ。

「……レヴィ、これはどういう事だ。説明しろ」

 イレギュラーで御屋形継続だよ畜生。

「分不相応な場所にまで入り込んだヒューマンどもを、襲いました」

 あのなあと。
 ストレートな答えで隠し立てもしないのは素直でよろしいけども!
 二人ほど死んじゃってるでしょうが!!
 なんて内心で呆れつつ怒ってると、半裸のレヴィは非常に珍しい事をしてきた。

「ずっと困った子でごめんなさい」

「……は?」

「あの人に負けてから、自分がわからなくってモヤモヤして沢山迷惑をかけちゃいました。本当にごめんなさい」

「あ、ああ。きちんとわかっていれば良い、んだが」

 誰これレヴィ?
 あっけに取られていたら彼女、今の今まで殺し合いをしていた冒険者パーティの方にふらふら歩きだした。
 ああ、そうだった。
 そっちも回復ほか色々フォローしとかないと。
 ツキノワグリズリーも荒れたまんまにしておけないし。
 正直聞けば聞くほど、お前も相当突っ込みどころ満載だろと言いたくなるんだが不意打ちでやられたというのもまあ嘘でもないしで。
 ちょろちょろと摩擦みたいなものは生まれてくるもんだ、その都度ちゃんと解決方針を示しておけば混乱が広がる事もなく万事上手く運んでいく。
 レイシー、ベレンが付き添う二つのパーティがレヴィの接近に警戒を高める。
 
「レヴィ、おぬし流石にこれはやり過ぎぞ」

「ええ、賊であればともかく客人にして友人である彼らを殺めるなんて明らかに度が過ぎてる。どうかしてるわ」

 付き添う二人がパーティを暴発させない意図と、半分は本音でレヴィに厳しい言葉を浴びせる。

「本当に、どうかしてました。皆さん、本当にごめんなさい」

『!?』

 おもむろに膝を付き、指をつき。頭も下げた。
 あのレヴィが土下座した。

「なら、ハザルを。彼を返してくれないか」

 エルフのルイザが怒りと悲しみを押し殺した声で冷静に。

「悪いと本当に思ってくれてるなら彼を返して」

「……頼む」

 トアとラニーナが続けて、だが同じ事を口にした。
 愛されてるな、ハザル。
 巴は……ああ、もう来るか。
 ならよくわからないレヴィはいったん下げて、僕が取り仕切ろうか。
 言い方は悪いけど、今ならまだ傷は浅く済む。

「レヴィ、下がれ。巴が来る。わかるな?」

「……はい。戻ってます」

「ベレン、付いていけ。頼む」

「はっ。御屋形、様。どうか、なにとぞ」

「わかっている。そちらの女も任せておけ」

「ありがとうございます、では!」

 ベレンがまだどこかフラフラしているレヴィの背を追う。
 軽く駆けてくる巴とすれ違って一礼するところなんか、律儀だ。
 巴はここから見てもやれやれって文字でも背負ってそうなほど全身で面倒くさそうなオーラを出しているというのに。

「まさか、ラナイが一番に死ぬとは……」

「ビル君、私詳しくないんだけど蘇生ってトップクラスの冒険者なら何とか出来る領域なの?」

「? いや奇跡とか何かじゃないと人が生き返るなんて聞いた事がないが」

「じゃ何でそんなに落ち着いてるのビル君冷血漢!?」

「ラナイ、お前なんで生命と魔力の限界まで力振り絞っちまったんだよ。そういうのは献身的で優しいヒーラーの死に方だぞ、なあ」

 ラナイって人の方は簡単に言えば限界を超えて更に魔力を使いまくってショック死したってとこだ。
 普通は視界がぐるぐるして激しいと嘔吐感だの意識レベルの低下などなど、立っている事も意識を保つ事も難しくなるから死ぬ前にぶっ倒れるんだけど、気合で魔力を使い続けるなんて無茶をすると死に至る場合も珍しくない。
 冒険者や慈悲深い神官や医者に多い、らしい。

「若、遅くなりました」

「ああ遅い」

「うぐ、容赦なきお言葉」

「面倒な頼み事で憂鬱なのはわかるが、巴、手早く頼む」

 ハザルの方は、何故かこいつだけ大怪我してるんだよな。
 アルパインで純粋な後衛はこいつだけだってのに、なんでこんな状況になるんだか。
 腹にでかい穴開けられて天を見つめて死んでいる。
 あのお気楽な目は今は何も映してない。
 マントでなく小さなモモンガの姿をした星海が悲しそうな瞳で……ん?
 いや呆れと怒りに満ちた目で動かないハザルをピクピク見つめている。
 なんと表現すれば良いのか、まあ可愛いな。
 これから様子を聞き出してみるか。

「トア」

「巴、様。ハザルが、ハザルが死ん」

 トアが泣いている。
 まったくハザルめ、一夫多妻するんだから早速妻を泣かせてるんじゃない。

「聞いた。が幸運よな。御屋形様の許しが出た」

「?」

「元々うちの阿呆のしでかした事じゃから儂も惜しまん」

『?』

 巴の言葉に皆が彼女に注目していく。
 少し早めだけど巴と繋がっている魔力のラインをキュキュッと開けておく。

「龍脈の力の一端を見せてやろう」

 巴の髪が銀に染まる。
 キラキラと淡く暖かな光を立ち昇らせる彼女の姿は見た者の心を奪う美しさがある。
 もっとも、前回力を披露したのはそんな余裕もない燃える街だったか。
 龍脈といえば日本でもたまに聞くし見る言葉だ。
 でも意味が同じだとは限らない。
 こっちでいう龍脈は、人の生命にも直結する大きな力の塊。
 似たものに触れてフツとも会ってる僕としても、巴から聞かされた龍脈の説明は直感的に理解できた。

「あ、あのう」

「?」

 確かギット。
 海王に可愛がられてる子か。
 海の子だな。

「巴様は何を始めるんでしょう、か?」

「海の子、気になるか」

「へっ? あ、なります! 気になります!」

 おっと、つい海の子とか。
 うっかりうっかり。

「回復や治療ではなく蘇生となるとその難易度は跳ね上がる」

「……はい」

「何故だと思う?」

「? 死んでしまっているからに決まってるじゃないですか」

「……まあ、半分は合っていると言えない事はないが」

「??」

 ギットのスキルには回復系統はまだない。余計に理解しにくいのかもしれない。
 オーシャンズワンである彼女はもう自身のスキルがすべて開陳され、後は練度を上げていくのみだと思ってる節があるらしい。
 海王の意見は全員否定。
 海を統べるなんて大仰な言葉をつけられたジョブがあの程度な訳が無いと。
 現状攻撃に偏重しすぎていて回復が一切無いのもあり得ないのだと。
 海を何だと思っているんだあの渦大好き娘、とそれはもうフルボッコな評価でございました。

「死した人を蘇生させる為に必要なのは死体または人体を構成するだけの物質、そして故人を特定する品……体の一部など」

「っ……」

「そして最後に、魂だ」

「たましい?」

「呼び方はソウルでもゴーストでもいいのかもしれない」

「?」

 ダメか。

「死んで肉体から離れた心、とでもいえばわかりやすいか」

「心、ですか」

 これは少し感じるものがあったみたいだ。
 厳密には全く違う。
 けれど理解するとっかかりには悪くないな、うん。

「それらが全て揃わないとまともな蘇生は叶わない。揃っていても全てに干渉できる者がいなければ無意味だ。私の知る限り例え最上位であってもスキル一つでお手軽蘇生というのは無いな」

 或いは女神なら可能なんだろうか。
 ギネビアさん、でも出来ないんじゃなかろうか。
 出来てもしないのかもしれない。

「条件付きの複合スキルであれば、蘇生は可能なんですか。初めて聞きました」

「基本的には不可能だと思っておく方が良い。人の生は一度きり、そう心に定めておいた方が後悔も少ない。第一、死者には自分で条件を揃える事が出来ないのだしな」

 魔術師がすべき事としても、識曰く正しい事を正しい順序でやるだけらしいけどそんな単純でも無いだろう。

「た、確かに。仲間任せ家族任せになりますね……」

「うむ。下手な希望を抱かせれば要らぬ苦労を背負わせる事になる」

 話は終わりだと合図をして少しギットから離れる。
 亜空から龍脈に干渉するというのは中々の離れ業だろうに、巴はハザルとラナイの魂を拾い上げたところだった。
 一番きつい作業が終わった訳だ。
 この場合、二人とも生き返りたいと願っているだろうしその部分の説得は必要ない。
 冒険者たちには多少不本意かもしれないけれど、ここはさっきまでレヴィの奇襲で戦闘が繰り広げられた所で、彼女の触手がその辺に散乱してる。
 スキュラの触手は変幻自在の細胞塊。
 ハザルの穴を埋める分の肉はいくらでも転がっていると。
 あと数分でハザルは目を覚ましてここは誰、私はどことかボケてくれるとみた。
 じゃ、後は星のモモンガ君。

「何があった」

『あのスキュラが突然奇襲を仕掛けてきた。段違いの強さで』

「段違い、まあ最近の彼女を見ているとそっちが本来の実力といえそうだが……」

 僕の視線の意味を悟ってかちょろちょろっと足元までやってくるモモンガ。

『確かに前の時は高まりきった黄道ゾディアックスキルを出会いがしらに三発叩き込まれて、その後の追撃で終わったから彼女からしたら不意打ちで、不完全燃焼だと感じたかもしれない』

 いきなり乱入しといて最大火力叩き込まれてやられて文句言うって、カオスだなあ。
 ダメな時のレヴィまんまだ。
 スキュラの本能なのか、落ちてる時のレヴィはやや弱いのを嬲りたがる。
 自分では若干意識できてないようだけどね。
 でもユースリーに向ける筈だった高火力スキルをそのレヴィに決めてアルパインの方が勝負の流れを渡さなかったと。
 どちらかといえばハザルが上手に対応したってだけの戦闘だよな。

「でレヴィはリベンジを仕掛けてきて問答無用で二つのパーティ相手に大暴れした、か」

『何かが掴めそうだから付き合ってよ、と最初に叫んでた。黄道スキルは周回させて使う程に威力を増していく星詠術士の切り札。リザードマン相手に何周かさせて高めていた時ならともかく、今回は隙の大きいスキルの時に中断させられて彼は上手く溜めが作れないでいて苦戦させられていた』

「その分ビルたちが加わってレヴィもしんどそうだが、何故唯一の後衛であるハザルがああなる?」

『……』

「? どうした?」

『……バカだから』

「まあ時折やらかす男ではある。がバカという程でもないかと思う」

 多分。
 多分な!?

『ドワーフの女戦士の腹に行くはずの渾身の攻撃だったんだ。なのにあのバカ、鎧を着こんでる訳でもないのにスキルで彼女と位置を入れ替わってボクと杖とローブの防御力で攻撃を受け止めようとしたんだよ。全く理解できない。何か必勝の策でもあるかと思ったら案の上ボクも滅茶苦茶痛くて、彼のお腹はぽっかり穴が開いて死んじゃったってわけさ』

 ハザル、お前契約日から召喚獣にバカって呼ばれてるぞ。
 結構相当レアな出来事だと思うぞ。
 そして戦士をぶち抜こうって放った攻撃をお前が受けたらそりゃ穴開くだろうよ。
 お前ローブ装備だぞ? あれか? クリックミスして別スキル使っちゃったよ的なうっかりか?
 ないだろ命かかった戦闘でそれはよう。

『子供に手出しはさせないとか、親父になるんだ私はとかブツブツ言ってさ。意味不明で馬鹿も極まってるよ。ボクは今猛烈に契約を後悔してるとこ』

 ちらっとラニーナを見る。
 まあお腹なんて見えない。
 彼女は完全武装してるからね。
 既に妊娠してんのかい。
 心情的にはバカとは呼びたくなくなってきたような、やっぱそれでも後衛のやる事じゃねえと言いたいような。
 アルパインの場合どうしたってラニーナは最前線で一番敵から攻撃に晒されるんだから……うん、バカの方だな。
 お?

「わたし、は」

 むくりとハザルが起き上がる。
 一人終了か。
 いや、ラナイも頭を左右に振って状況を確認してる。
 二人とも復活か。

「ああ、らにーな。よかった、おなか、だいじょうぶですね」

 心配するとこまでなら合ってるんだけどなあ。
 気遣いしたり庇ったりするなら戦略を変えてみるとか、そもそも危険地への冒険を控えるとかそっちで頑張るべきなんだって。
 お構いなしで戦ってるラニーナもどうかと思うってのは今は置いといて、ね。

「? お腹?」

「ええ、こどもにさわるといけませんから」

「私は妊娠などしていないが、ハザル、どうした? まだどこか悪いのか?」

「かくさなくていいんです。このあいだからおさけ、ずいぶんとへらして……わたしは、きづいて」

 ふふふ、と弱弱しく笑ってラニーナに語り掛けるハザル。
 一方ラニーナは全く意味がわからないという顔で混乱している。
 トアとルイザは呆れた様に額に手を当て天を仰いだ。
 全てを察したかのように。
 そして僕も二人にならって空を見上げた。
 自分勝手な早とちりで……。
 
「とうとう、うっかりを自分を殺すところまで極めたのか。ハザル、恐ろしいやつ」

 心底馬鹿だなあと思う一方で三人の女を、それも全員冒険者を妻に迎える男の器とは良くも悪くもこれ程でなければ足りないものなんだろうかと、ハザルに対して底知れないナニカを感じた。

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