月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

テイミング革命はここから始まる

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「とまあこんな感じで。一通りの事は出来る良い子ですから、バレッタさん後はよろしくお願いしますね」

 ライドウ氏は我らの前で檻の中にいる訳ではない剥きだしの猛獣の横に立った。
 アレがどれほど危険な獣かを知っているか否でその度胸の据わり具合も違うが、恐らく私以外の皆も氏のクソ度胸に感嘆していたと思う。
 そして次の瞬間、彼は漆黒の熊に向けて信じられない事を口にしたのだった。

「お手」
「お座り」
「おかわり」
「待て」
「スパイク」

 言葉に応じてツキノワグリズリーは従順に手を乗せ、可愛らしく座り込み、逆の手を乗せ、伏せをするように静かに待機をし、そして最後にライドウ氏が放り投げた金属性の鉄球をジャンプして片手で撃ち抜いた。

『……』

 いや絶句以外どうしろというのだ。
 我らは元々獣と縁深い訳でもない。
 バレッタなら違う反応なのかと確かめてみれば阿呆みたく口を開けるばかりか目も点になっている。
 一番酷い。
 一通りといっても最後の以外は番犬にでも覚えさせるような芸だったが、そこに突っ込む気も起きなかった。
 でまあ、氏のススメも遭って今日はまずティナラクの森で慣らし、お互いの理解を深めてはどうかという流れになって大人しくバレッタのスキルで特殊な結晶に封印された熊に一抹の不安は覚えながらもティナラクの森に到着。
 場所がそこならば付いていく必要はないな、と折角顔合わせしたもう一人始末屋レターはさっさと帰ってしまった。連絡先はきちんと交換してあるが……あれも付き合いにくそうな御仁だ。
 ともあれ、だ。
 念のため冒険者の多いエリアから離れてバレッタにツキノワグリズリーを召喚してもらった。

「ちょっとバレッタ、あなた一度召喚するだけで魔力の半分近くを使ってるじゃありませんか」

 黒衣の衣装に身を包んだラナイが呆れた様にバレッタに指摘する。
 ラナイの体力と魔力を視る特殊能力については既に共有済みだ。
 しかし、半分?
 いくら強力な魔獣でも一度の召喚でそれだけ消耗していたら継戦能力など皆無に近い。
 頭を抱えたい気分だ。

「これでも召喚に好意的だから軽減されてるんです。この子の召喚、リリースに要求される魔力は本来なら私の持つ魔力の八割近くなんですから」

「燃費悪ぅ!」

「出せば勝ちに近い能力値は認めるが……」

 ギットとアコスも明らかに厄介な物件を押し付けられた顔をしている。
 俺も同意見だ。
 ともあれ森に巨躯の熊が召喚された。
 ラナイを見ると彼女は頷いてくれる。
 そうか、熊の体力についても視えるのか。これは有難い情報だ。
 しかし……。

「態度もわっる!」

 ギットが遠慮なく口にしたように熊の態度はすこぶる悪い。
 ライドウ氏がお座りさせた時のようなちゃんとした座りかたではなく、だらしなく大樹にもたれながら再会の時とは似ても似つかぬ濁りきった目で我々を見ている。
 若干バレッタに向ける視線が多め、か?

「お、お手!」

「お手頂きましたー!」

『!?』

 バレッタが意を決してさっきと同じ事をやれるか確かめようと近づいて命令したところ、明朗な大声で返事が聞こえ、そして。
 突き出されたバレッタの右手は下からすくい上げる様にベアーの右手に掴まれ、勢いのまま真上にぶん投げられた。
 抵抗などする間もなく、バレッタの姿が大樹の緑に消える。
 もちろん結構鈍い音と舞い落ちる無数の木の葉を伴ってだ。
 というか、??
 今、確かにお手頂きました、とか聞こえた気がするんだが?

「聞き間違いかな、今熊が喋ったような」

「オテイタダキマシタ? でしたら私も聞いてますわ」

「俺も、だ?」

「あ、ああ……」

 どういう事だ。
 獣使い系のジョブを持ってるやつとパーティを組むと意思疎通が出来るようになる?
 いや、そんな重大な情報聞いた事がない。
 あ、バレッタが落ちてきた。
 ラナイを見る限りダメージに問題はないようだな。
 前途は閉ざされた感が半端ないが。

「あーバレッタ。何やら今この魔獣が言葉を喋ったような、気がするんだが?」

 中々の境遇にあるバレッタに敢えて聞いてみる。
 彼は今地面に激突寸前のところを熊に確保され、だらんと伸ばした熊の両足の間。
 つまるところ股間と腹に背を預ける感じで熊に軽く抱かれている。
 命を掴まれている、といっても過言ではないだろう。
 もし私が戦闘中あの状況になったら脱出には少なからぬ負傷を覚悟しなくてはならない。
 後衛のギットやラナイなら死を覚悟する状況だ。

「わ、私にも聞こえました。しかし私のジョブにそのようなスキルはありません。そしてこの子全く従順ではない気がします」

「そこは言われるまでもなくわかってる」

「旦那によ」

『!』

「ライドウの旦那が不便だろうからっていってな、仕込んで……くださったのさ」

「……な、何を、だろうか」

 わかるようなわからないような、熊の口調に不穏な響きを感じつつ尋ねてみる。

「テイマーどもは契約を交わした魔獣と意思が疎通できる、それはわかるな?」

「ああ」

「それはビルギットやアルパインってのが面倒だろうってんで、じゃあ俺が共通語覚えればいいと仰ってな?」

『!?』

 はぁ!?
 亜人ならまだしも魔獣が共通語だと!?
 特別賢い竜だの幻獣ならともかく、熊が!?

「テイムの過程でそれが出来れば確かに物凄い、いや革命的な事だけど」

 バレッタの口調は言外に、でもそれ無理だからね、と告げている。 
 というかそれをしたら魔獣使いジョブの存在意義が揺らぐだろうに。
 希少で可愛い魔獣をペットにしたい富裕層の欲望を満たすのが一番の稼ぎって連中なんだから。
 従順で可愛い魔獣をもてあそびたいガキや女に、魔獣との会話なんてげんなりするだけだろうしな。

「うぐっ」

「おいっ!!」

 熊がバレッタの顎をクイっと捻った。
 あれにとっては軽い力でも、ヒューマンからすれば首が折れかねん!
 たまらず静止を求める怒鳴り声がクマに向く。

「お前にゃ思うところがある。当然、わかってるよなあご主人よぉ」

「あ、ああ。不意打ちで君をテイムした。でも魔力の負担が大きかったから迷った挙句に結局高額で売り払った」

 バレッタは素直に熊の怒りについて思い当たる行動を謝罪していく。
 蜃気楼都市で偶然負傷して弱りまくったツキノワグリズリーを発見してテイムしてみたら成功してしまった事。
 だが契約の維持だけでも強い抵抗の為か物凄い魔力が常時減り続ける為、やむなく手放した事。
 アイオンとの戦争で使われたと聞いて心が痛んだが今更どうしようもなかった事。
 バレッタが自分はツキノワグリズリーを抱えるにはまだ未熟だった事を中心に私から見ても誠意ある謝罪をし、熊の方も完全に怒気をおさめてはいないが何度か頷いて謝罪を一部受け入れているように思える。

「……」

「そんだけかぁご主人」

「あ、ああ。私から先の君への失礼として思い付くのはこれぐらい、なんだけど」

 バレッタはホールドされたままだ。

「大事なとこがよお、二個ほど抜けてんだよなぁ。俺ぁよ、旦那にも諭されたしケジメってのもわかってるつもりだがよ。ショックだぜぇ肝心のご主人はそこにゃあまるで気が向いてねえってのは!」

 まずい。
 熊の怒りのボルテージが私たちと戦った時のそれまで高まりつつある。
 ティナラクは希少な植生が豊かに残る冒険者にとってもツィーゲにとっても重要な森。
 ツキノワグリズリーの怒りで蹂躙させる訳にはいかない場所だ。

「ぐ、うぅぅ。す、済まなかった。私の至らぬ所を、済まないが教えて、欲しい」

「まずは結晶だろぅがよぉ」

「結晶?」

「質の悪い色ばっか気にした劣化品なんぞ使いやがって! 俺がどれだけ狭苦しい場所で窮屈に閉じ込められたと思っていやがる!!」

「な、なあ!?」

「良いか、これからご主人が絶対に気にしなくちゃならねえ大事な事を教えてやる! きっちりした広さがある快適な結晶に俺を戻せ。最低でも今日のと同じクラスのをストックしとくんだ、良いな?」

「どう見分けるんだ、そんなもの」

「俺ならわかる。今日から目利きを始めろ。価格は惜しむなよ、絶対だ」

「う……」

 結晶。
 魔獣を封じるアレか。
 完全な門外漢だが、確か値段は天井知らずの世界だったはず。
 なるほど、高いのほど魔獣にとっても広くて快適になるのか。
 知らんかった。
 どっちかといえば何回使えるかの方が値段の違いに出そうなのに。

「後はそれこそ覚えてねえとか最悪で、だが確実に重要な案件だぜご主人よぉ」

「一体、何をそんなに怒っている。聞かせて欲しい」

「なんでこの俺に、若く強い雄である俺に! ティアラなんて命名をしやがった! 変えられるんだろうなぁおい! 場合によっちゃあ旦那にボコられる覚悟決めんぞ俺もよぉ!!」

 て、ティアラ。
 最も大きく最も悲痛な熊の叫びのあまりの内容に。
 誰一人言葉を発さない絶望的な沈黙が降臨した。
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