月が導く異世界道中

あずみ 圭

文字の大きさ
491 / 551
七章 蜃気楼都市小閑編

テイミング革命はここから始まる

「とまあこんな感じで。一通りの事は出来る良い子ですから、バレッタさん後はよろしくお願いしますね」

 ライドウ氏は我らの前で檻の中にいる訳ではない剥きだしの猛獣の横に立った。
 アレがどれほど危険な獣かを知っているか否でその度胸の据わり具合も違うが、恐らく私以外の皆も氏のクソ度胸に感嘆していたと思う。
 そして次の瞬間、彼は漆黒の熊に向けて信じられない事を口にしたのだった。

「お手」
「お座り」
「おかわり」
「待て」
「スパイク」

 言葉に応じてツキノワグリズリーは従順に手を乗せ、可愛らしく座り込み、逆の手を乗せ、伏せをするように静かに待機をし、そして最後にライドウ氏が放り投げた金属性の鉄球をジャンプして片手で撃ち抜いた。

『……』

 いや絶句以外どうしろというのだ。
 我らは元々獣と縁深い訳でもない。
 バレッタなら違う反応なのかと確かめてみれば阿呆みたく口を開けるばかりか目も点になっている。
 一番酷い。
 一通りといっても最後の以外は番犬にでも覚えさせるような芸だったが、そこに突っ込む気も起きなかった。
 でまあ、氏のススメも遭って今日はまずティナラクの森で慣らし、お互いの理解を深めてはどうかという流れになって大人しくバレッタのスキルで特殊な結晶に封印された熊に一抹の不安は覚えながらもティナラクの森に到着。
 場所がそこならば付いていく必要はないな、と折角顔合わせしたもう一人始末屋レターはさっさと帰ってしまった。連絡先はきちんと交換してあるが……あれも付き合いにくそうな御仁だ。
 ともあれ、だ。
 念のため冒険者の多いエリアから離れてバレッタにツキノワグリズリーを召喚してもらった。

「ちょっとバレッタ、あなた一度召喚するだけで魔力の半分近くを使ってるじゃありませんか」

 黒衣の衣装に身を包んだラナイが呆れた様にバレッタに指摘する。
 ラナイの体力と魔力を視る特殊能力については既に共有済みだ。
 しかし、半分?
 いくら強力な魔獣でも一度の召喚でそれだけ消耗していたら継戦能力など皆無に近い。
 頭を抱えたい気分だ。

「これでも召喚に好意的だから軽減されてるんです。この子の召喚、リリースに要求される魔力は本来なら私の持つ魔力の八割近くなんですから」

「燃費悪ぅ!」

「出せば勝ちに近い能力値は認めるが……」

 ギットとアコスも明らかに厄介な物件を押し付けられた顔をしている。
 俺も同意見だ。
 ともあれ森に巨躯の熊が召喚された。
 ラナイを見ると彼女は頷いてくれる。
 そうか、熊の体力についても視えるのか。これは有難い情報だ。
 しかし……。

「態度もわっる!」

 ギットが遠慮なく口にしたように熊の態度はすこぶる悪い。
 ライドウ氏がお座りさせた時のようなちゃんとした座りかたではなく、だらしなく大樹にもたれながら再会の時とは似ても似つかぬ濁りきった目で我々を見ている。
 若干バレッタに向ける視線が多め、か?

「お、お手!」

「お手頂きましたー!」

『!?』

 バレッタが意を決してさっきと同じ事をやれるか確かめようと近づいて命令したところ、明朗な大声で返事が聞こえ、そして。
 突き出されたバレッタの右手は下からすくい上げる様にベアーの右手に掴まれ、勢いのまま真上にぶん投げられた。
 抵抗などする間もなく、バレッタの姿が大樹の緑に消える。
 もちろん結構鈍い音と舞い落ちる無数の木の葉を伴ってだ。
 というか、??
 今、確かにお手頂きました、とか聞こえた気がするんだが?

「聞き間違いかな、今熊が喋ったような」

「オテイタダキマシタ? でしたら私も聞いてますわ」

「俺も、だ?」

「あ、ああ……」

 どういう事だ。
 獣使い系のジョブを持ってるやつとパーティを組むと意思疎通が出来るようになる?
 いや、そんな重大な情報聞いた事がない。
 あ、バレッタが落ちてきた。
 ラナイを見る限りダメージに問題はないようだな。
 前途は閉ざされた感が半端ないが。

「あーバレッタ。何やら今この魔獣が言葉を喋ったような、気がするんだが?」

 中々の境遇にあるバレッタに敢えて聞いてみる。
 彼は今地面に激突寸前のところを熊に確保され、だらんと伸ばした熊の両足の間。
 つまるところ股間と腹に背を預ける感じで熊に軽く抱かれている。
 命を掴まれている、といっても過言ではないだろう。
 もし私が戦闘中あの状況になったら脱出には少なからぬ負傷を覚悟しなくてはならない。
 後衛のギットやラナイなら死を覚悟する状況だ。

「わ、私にも聞こえました。しかし私のジョブにそのようなスキルはありません。そしてこの子全く従順ではない気がします」

「そこは言われるまでもなくわかってる」

「旦那によ」

『!』

「ライドウの旦那が不便だろうからっていってな、仕込んで……くださったのさ」

「……な、何を、だろうか」

 わかるようなわからないような、熊の口調に不穏な響きを感じつつ尋ねてみる。

「テイマーどもは契約を交わした魔獣と意思が疎通できる、それはわかるな?」

「ああ」

「それはビルギットやアルパインってのが面倒だろうってんで、じゃあ俺が共通語覚えればいいと仰ってな?」

『!?』

 はぁ!?
 亜人ならまだしも魔獣が共通語だと!?
 特別賢い竜だの幻獣ならともかく、熊が!?

「テイムの過程でそれが出来れば確かに物凄い、いや革命的な事だけど」

 バレッタの口調は言外に、でもそれ無理だからね、と告げている。 
 というかそれをしたら魔獣使いジョブの存在意義が揺らぐだろうに。
 希少で可愛い魔獣をペットにしたい富裕層の欲望を満たすのが一番の稼ぎって連中なんだから。
 従順で可愛い魔獣をもてあそびたいガキや女に、魔獣との会話なんてげんなりするだけだろうしな。

「うぐっ」

「おいっ!!」

 熊がバレッタの顎をクイっと捻った。
 あれにとっては軽い力でも、ヒューマンからすれば首が折れかねん!
 たまらず静止を求める怒鳴り声がクマに向く。

「お前にゃ思うところがある。当然、わかってるよなあご主人よぉ」

「あ、ああ。不意打ちで君をテイムした。でも魔力の負担が大きかったから迷った挙句に結局高額で売り払った」

 バレッタは素直に熊の怒りについて思い当たる行動を謝罪していく。
 蜃気楼都市で偶然負傷して弱りまくったツキノワグリズリーを発見してテイムしてみたら成功してしまった事。
 だが契約の維持だけでも強い抵抗の為か物凄い魔力が常時減り続ける為、やむなく手放した事。
 アイオンとの戦争で使われたと聞いて心が痛んだが今更どうしようもなかった事。
 バレッタが自分はツキノワグリズリーを抱えるにはまだ未熟だった事を中心に私から見ても誠意ある謝罪をし、熊の方も完全に怒気をおさめてはいないが何度か頷いて謝罪を一部受け入れているように思える。

「……」

「そんだけかぁご主人」

「あ、ああ。私から先の君への失礼として思い付くのはこれぐらい、なんだけど」

 バレッタはホールドされたままだ。

「大事なとこがよお、二個ほど抜けてんだよなぁ。俺ぁよ、旦那にも諭されたしケジメってのもわかってるつもりだがよ。ショックだぜぇ肝心のご主人はそこにゃあまるで気が向いてねえってのは!」

 まずい。
 熊の怒りのボルテージが私たちと戦った時のそれまで高まりつつある。
 ティナラクは希少な植生が豊かに残る冒険者にとってもツィーゲにとっても重要な森。
 ツキノワグリズリーの怒りで蹂躙させる訳にはいかない場所だ。

「ぐ、うぅぅ。す、済まなかった。私の至らぬ所を、済まないが教えて、欲しい」

「まずは結晶だろぅがよぉ」

「結晶?」

「質の悪い色ばっか気にした劣化品なんぞ使いやがって! 俺がどれだけ狭苦しい場所で窮屈に閉じ込められたと思っていやがる!!」

「な、なあ!?」

「良いか、これからご主人が絶対に気にしなくちゃならねえ大事な事を教えてやる! きっちりした広さがある快適な結晶に俺を戻せ。最低でも今日のと同じクラスのをストックしとくんだ、良いな?」

「どう見分けるんだ、そんなもの」

「俺ならわかる。今日から目利きを始めろ。価格は惜しむなよ、絶対だ」

「う……」

 結晶。
 魔獣を封じるアレか。
 完全な門外漢だが、確か値段は天井知らずの世界だったはず。
 なるほど、高いのほど魔獣にとっても広くて快適になるのか。
 知らんかった。
 どっちかといえば何回使えるかの方が値段の違いに出そうなのに。

「後はそれこそ覚えてねえとか最悪で、だが確実に重要な案件だぜご主人よぉ」

「一体、何をそんなに怒っている。聞かせて欲しい」

「なんでこの俺に、若く強い雄である俺に! ティアラなんて命名をしやがった! 変えられるんだろうなぁおい! 場合によっちゃあ旦那にボコられる覚悟決めんぞ俺もよぉ!!」

 て、ティアラ。
 最も大きく最も悲痛な熊の叫びのあまりの内容に。
 誰一人言葉を発さない絶望的な沈黙が降臨した。
感想 3,662

あなたにおすすめの小説

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です