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19巻
19-1
1
僕――深澄真は、独立で揺れる辺境都市ツィーゲの防衛戦力強化のため、ピクニックローズガーデンなる謎の傭兵団を探して、ローレル連邦を訪れていた。
ローレルのお偉いさんである彩律さんからお墨付きの手形をもらった僕は、クズノハ商会代表ライドウとして、従者の巴と澪をお供にカンナオイという都市を目指している。
どうやら、件の傭兵団は、その街の付近にある『ヤソカツイの大迷宮』を拠点にしているらしいのだ。
そんな中、国境の街ミズハに滞在していた僕らは、夜道で何者かに襲われていた身分が高そうな少女を助けてしまった。
襲撃者達は明らかに少女の身内っぽかったけれど、成り行きで僕らが保護する事になって……。
宿に連れ帰ったその少女と互いに軽く自己紹介すると、彼女はここから西に行った、そこそこ大きな街の地主様の娘さんで、〝大阪いろは〟だと名乗った。
それを受けて、僕の従者である巴は、自分達はローレル連邦から商売の許可を得て国内を視察している外国の商会だなどと返した。
全て事実だけど、本当の目的はまるで語っていない。
……言葉って奥が深いネ。
大阪いろはちゃんは、初対面の時の印象もあって、巴によく懐いている。
ちなみに僕は巴の主で商会の代表だと名乗ったにもかかわらず、腹を抱えて笑われた。巴が本当だと言ったが、いろはちゃんはきょとんとしていた。
お子様にどこまで理解できるかはともかく、きちんと説明して、彼女からめでたく〝不思議〟という感想をいただきました。
多分、いろはって名前は本名で間違いないけど、姓の方は大阪じゃなくてオサカベだろうと僕は考えている。
自己紹介の時、本人が思いっきり〝おさか……おおさか〟って言い直したから。
しかし、ローレルは国内での名前の呼称が他の国と違っていて、名から姓じゃなく、姓から名の順であるのが、いろはちゃんが当然のようにそう名乗ったのを見てようやくしっくりきた。
名乗り方も日本風という事で、いよいよこの国で特別視されている『賢人』様と日本人がイコールであると分かった。そこそこ以上に国に影響を与えているんだと実感する。
伝説の剣豪ムラマツ=イオリなんてのも、思いっきり和風なお名前だし。
聞けば、イオリは実在も怪しまれるくらい遥か昔の人物らしいけど、この国では多くの国民が知る御伽草子というか……まあ、よくある英雄譚の主人公だ。
流石に現地の人だと思うけど、上位竜ルトの旦那さんの例もある。彼が日本人って可能性も、なきにしもあらず。
多くの人に親しまれているみたいだから、まあ日本人ならそれはそれで誇らしいような……。
そしていろはちゃんは、その剣豪ムラマツ=イオリの大ファンだそうだ。
うん、微笑ましい。
それにしてもだ。
一目で金持ちの娘と分かる高価な服装に、世間ずれしていない無知な言動。
その割に知識レベルはなかなかのもので、子供が好きそうな英雄譚とはいえ、イオリについてやけに詳しいし、クズノハ商会って名前にも〝外国の商会なのにクズノハ?〟とか突っ込んできた。
金持ちは金持ちでも、地主の娘さんよりもお姫様の方がしっくりくる。
つまりカンナオイを治めるオサカベ家の娘さんで間違いなさそうな気配だ。
後で巴に確認しておこう。そう僕が心に決めた段階で、ようやくいろはちゃんの興味が巴から別のものにも向けられはじめた。
そして今、いろはちゃんが関心を示したもの――ええ、僕じゃなくてですね――露天風呂に入るって話になっている。
ついさっき会った少女とお風呂。
展開が頭悪すぎるエロゲーのようで、その後のバッドエンドまで僕にははっきり見える。
お縄ですよ。
この国の法には詳しくないけど、僕の倫理的にお縄です。
彩律さんの手形とか、関係ないっての。
当然一瞬でその線は地平の彼方までぶん投げて。
まあ、連れてきたのはこっちで、この子はお客様ですし、一番風呂はお譲りしようかと思って、僕はいろはちゃんに〝どうぞ、先に入っていいよ〟と伝えたわけなんですよ。
湯を溜めて入る風呂じゃなくて、かけ流しの豪勢な温泉だ。
僕が冬の雪山に大穴を開けて、巴達が突貫工事したスーパー銭湯と比べたら小さいけど、庶民の感覚からしたら、結構なサイズの露天風呂である。
……考えてみれば、今の僕は、そこそこの旅館に泊まった上で時間制限付きかつ別料金で露天風呂を独り占めしなくても、好きな時にそれができるわけか。
そして今泊まっている宿も、客室に温泉がついていて、二十四時間いつでも利用可能だ。
案内役のローレルの竜騎士――地竜隊の人に取ってもらった宿だけど、料金は向こう持ちにせず、強くお願いして、自分で払う事にした。
泊まる宿のスケールでそれを実感するのはどうかと思うけれど、僕はお金持ってたんだなあ……などと改めて実感する羽目になった。
ちなみに、僕らが本拠地にしている亜空では、金貨が詰まった蔵が急ピッチで造られている。
蔵ばっかりできても中身が変わらないし、それ以上に景観が悪いからという理由で、現在亜空では蔵の金貨の両替が進められている。
金貨の上には確かに魔銀貨と黄金貨(真金貨ともいう)があるから、両替は可能なんだけど、金貨より上の二つはあまり流通していなくて、とにかく使い勝手が悪い。だからこれまでほとんど替えてこなかった。でも空けた蔵には他にも入れたい物が沢山あるし、仕方なく……って感じ。
黄金貨ははっきり言って、入手から困難な半分美術品――地球でたとえると、高価な記念金貨みたいなものだから、もっぱら魔銀貨に替えている。
それでも蔵をいくつか占有するだろうって、実務能力に長けた従者の識が試算していたのを思い出す。
資産全部は金銭に換算できないし、把握しようもないけど……一回、現金の所有額だけは聞いておくべきかもしれない。
――で、ともかく幼女に、じゃなくていろはちゃんにお風呂を勧めたところ〝一人でなんて入れないから一緒に入るのです〟と言われた。
そして彼女は澪の正面に行って、両腕を上げた。
立ったまま万歳の姿勢である。
「なんですの、小娘。その格好は?」
澪が怪訝な顔をしていろはちゃんに理由を尋ねるのも、当然だろう。
僕にもなんのつもりか分からない。
ただ澪には、いろはちゃんを小娘って呼ぶのはやめるように、後で言っておこうと思う。
「澪といったですね。早く脱がせるのです」
澪の質問に、いろはちゃんが呆れたような表情で命じた。
「……は?」
「は、とはなんです。あなた、巴様とライドウ様にお仕えしている女中なのでしょう? 他に使用人もいらっしゃらないみたいですし、私のお世話もあなたに任せるのです」
「ぶふっ」
巴が噴いた。
なんの他意もない純粋ないろはちゃんの発言。
なるほど、見事な誤解だな。
立ち位置で言えば、僕の下に巴と澪が並んでいるのが正しい構図だ。でも、いろはちゃんの巴への脳内謎補正のせいで、僕らが説明したにもかかわらず、澪が一番下という扱いになったと。
……ああ、そうか。
それに加えて、いろはちゃんの元々の連れが、爺やみたいな人と、護衛と下仕え――女中みたいな感じの構成だったから、僕らの関係にもそれを当てはめたのかもな。
「……よく聞きなさいメスガキ。私は若様に! お仕えしているのです。決して巴さんなどに使われているわけじゃありません。私と巴さんは同列。いいえ、胃袋を掴みつつある私の方がむしろ上。分かりましたか?」
小娘より下はどんな言葉になるのか。澪の場合はメスガキらしい。
「胃袋、料理人ですか。ならやっぱり側近の巴様より下なのです。そもそも二刀を持って主に仕えるのが、側近の証なのです。だから――」
「わーかーりーまーしーたーかー?」
「っ!? ひたっ、ひはひへす、ひはい!!」
「きーこーえーてーまーすーかー?」
澪は一つこくりと頷くと、笑みを浮かべる――からの会話を即座に捨て去り、実力行使。
いろはちゃん、ほっぺが痛そうだ。
頬肉がちぎれ飛んでいないあたり、流石の澪も子供への加減は心得ているみたいだな。
うん、澪にしては実にソフトな、それでいて彼女らしい対応だ。
その後、しばらく持ち上げられつつ分かりましたかのダンスが続き、いろはちゃんは涙ぐみながら全力で首を縦に振った。
説得完了か。
というか、これぞSETTOKUだな。
一応、澪には自重するように伝えておく。
「うっ、うう。澪、さんが駄目なら仕方ないのです。ライドウ様、お願いするのです」
え?
「何言ってんの、この幼女。ぶっ壊れてんの?」
まずった。
とんでもない不意打ち発言に、心の声が裏返って思わず口から出ていた。
「え?」
「あ、いや。僕は女の子の入浴の世話はやった事がなくてね。申し訳ないんだけど、できないよ」
色々な意味でね。
あ、僕ってそっちの趣味はないんだな。
全くそそられないわ。
今日は意外な発見が続く日だ。
というか、何故澪が駄目だと、次が巴じゃなくて僕なんだよ。
「メスガ、こむ……ジャリ。いろはでしたか。どうやらまだ言葉が足りなかったようですね?」
澪が両手をわきわきさせていろはちゃんを見ている。
いろはちゃんが女を使うなんてありえないから、敵認定して名前呼びするんじゃないよ、澪。
両手の効果は抜群だったみたいで、いろはちゃんが僕の後ろに隠れてしまった。
「まあまあ澪、そう怒るでない。いろはが恐がっているではないか。聞けばこの娘の実家は相当な地主の様子。身の回りの世話など全て他人がやるのが当然な環境で育ったのであろう」
「巴さん。では貴方は若様にこの娘の脱衣と入浴の補助をさせろと? 体や髪を洗ってやり、身を添わせて湯船で共に過ごせと、そう言うつもりですか。そうですか。駄目です、絶対。誰がそんなうらやま……とにかく駄目です、絶対! それは私がこれから若様だけにするんですから!」
「あ、流石に湯船につかるくらいは一人でできるのです。でも服を脱いだり体や髪を洗ったりするのは、お風呂にいる使用人の仕事なのです。私のお母様だってそうしているのです」
おいー。
体や髪を洗うまではやらせるつもりだったのか。
そうしているって……マジか。
恐ろしいな。
いろはちゃんの発言が、彼女の無菌室育ち、実家の金持ちレベルの高さをどんどん上げている。
そして澪。
またぶっ倒れるから。
自重してって言ったばっかりでしょうが。
「お前が言うと、なんというか妙に艶めかしく聞こえるのう。安心せい、流石に若にそんな真似はさせん。儂だってしてもらった事はないしのう。連れてこようと最初に思ったのは儂じゃ。よって儂がいろはの入浴を世話しようではないか」
巴の発言は、中ほどで呟いた愉快な言葉以外は殊勝なものだった。
まあ、巴がやるのがいいだろう。
本人も了承しているし、澪は拒否したわけだし。
ところが、いろはちゃんは顔を真っ赤にして、僕の太腿にひしっとしがみついた。
「と、ともともととと、巴様がですか!? 無理です、絶対に無理なのです!!」
ぴしっと。
澪の表情がまた一つ上にいった。
よく分からないけど、そう感じた。
しかしどういう事だ、幼女。
どっちかと言うと巴と僕に対しての態度が逆じゃないかね?
……まさか!?
この子、女性が好きだったりする?
っ……!?
そういえば、いろはちゃんが憧れている伝説の剣豪イオリについても、僕は男だとばかり思っていたけれど、そうとも限らない。
宮本武蔵の弟子だか養子だかにそんな名前の人がいたようなって思って、てっきり僕はその人のイメージでいたんだけど……まさかの女なのか!?
動揺するいろはちゃんを見て、巴が首を傾げる。
「その反応は何故じゃ? 若で良いなら儂でも良かろう? 風呂で肌を見せるのには躊躇いもないんじゃろ?」
「そそそそそそ、そういう問題ではないのです!」
となると、巴に風呂の世話を任せるのはかえって良くないのか!?
(あー、若。言っておきますがこの娘、ちゃんと男が好みですぞ。会った事はないようですが、当人も納得した婚約者もおるようです)
僕が色々と考えすぎていると察したのか、巴が生温かい目で念話を送ってくれた。
しかし、いろはちゃんの言動は明らかに……。
巴だから間違いはないとは思うけど……でもなあ。
「ふむ。ではどういう問題じゃ」
「は、はははっ」
いろはちゃんが何かを口走ったが、鼻息荒い犬みたいになっていて、まるで聞き取れない。
理由を言おうとはしているようだから、そのまま待つ。
「恥ずかしいのです!」
「いや、脱がせぬとて、どうせ湯船では一緒じゃろ?」
「ひゃっぱ譲って!」
「……百歩じゃなくて?」
あ、つい突っ込んじゃった。
でも百羽ってさ。
ローレル仕様だとそういう言い回しになるのか?
「あう。百歩譲って! なのです。ご一緒させていただくとしても――」
いろはちゃんはすっごくテンパってる。
ひとまず全部言ってもらうか。
突っ込まない、突っ込まない。
「うむ」
巴もそのつもりのようで、頷いて続きを促した。
「せめて私が十七、八になって、お母様のような女性らしい豊かな体になってからなら……喜んでご一緒するのです。今は駄目なのです! こんなずん胴まな板はお見せできないのです!! 巴様のような凄い方にはとても!!」
……。
この子がいくつか知らないけど、あれか。
風呂に入るのは何年後だって話だよな。
澪が脱がすとしても、どうせ風呂で一緒になるのは変わらないわけで。
湯船は二つあるから、別々に入るって事か?
それにしたってどうせ見えちゃうよねえ。
「別に子供の裸なぞ、どうであれ気にはせん。それに母君が目標ならば、娘のお主はいずれ似ていくじゃろう。気にするな。大体、もし絶対に見るなといろはが言うのであれば、儂はあれか? 目隠しをして風呂に入れと?」
……それは嫌だな。
風呂はこう、もっと自由で、気ままで、楽しめなくちゃいけない。
心の洗濯ともいう暮らしの必需品なのだから。
風呂イズライフ……の一部。
流石に人生だと言い切れるほどには風呂道は究めてないや。
「目隠しだなんて!」
いろはちゃんもそこまでは非常識じゃないらしく、巴の指摘に恐縮している様子だ。それに、風呂の重要性もよく分かっているようだ。
「ならどうすればよい? 多少恥ずかしくとも、ここは素直に儂に洗われておくのが最善ぞ? この儂が他人の体を洗うなぞ、ほぼ初めての事じゃからな。後に誇れ、特別に許す」
巴の奴。
巴はいろはちゃんとその一行の記憶から、何を読んだんだろうな? 相当機嫌が良いし、こいつがここまで言うのはなかなかのものだ。
ひょっとして、何か素敵な特典が彼女にはあるのか?
それ、僕にとってだよな。
巴にとってじゃないよな?
「と、巴様には先にお入りいただくか、後でお入りいただくかでお願いしたいのです!!」
「……なんじゃと?」
「……ぷっ」
今度は澪が笑いを漏らす。
斜め上来た。
つまり澪に世話を断られ、僕にそれを望んだいろはちゃんの頭の中には、今二つのパターンがあるわけだ。
一つは僕と澪といろはちゃんが一緒で、巴が一人の入浴。
もう一つは僕といろはちゃんが一緒で、巴と澪が一緒の入浴。
「……つまり、いろは。お前は儂に、一人で入れと、そう言っておるのか?」
「いえ! 澪さんと二人で仲良くお入りくださればのです!」
巴の妙な気迫に押されてか、新たなる敬語〝くださればのです〟を創造したいろはちゃん。
〝です〟無敵だな。
小さい子が言ってるの限定だけど、なんか許せる不思議。
しかし許せたのは、どうやら僕一人だけだったらしい。
残る二人にとっては内容の部分で完全にアウトだったみたいだ。
問答タイムが終わる気配が僕にも分かった。
巴と澪が静かに頷き合う。
まあ、こう言ってはなんだけど、妥当な結論だな。
幼女はお風呂に一人では入れず、そして僕も初対面の幼女とは入れない。
なら、今夜は僕がお風呂を我慢して、澪か巴――できれば澪が、いろはちゃんをお風呂に入れてあげる。
それがベストだ。
「いろは。せめて目隠しと言っていればまだ交渉の余地はあったものを。身分を考え、己で風呂に入る術を教えるのは悪影響かと案じたのが、思えば甘やかしであったか」
ん?
「私達がこの小娘に配慮する事自体が間違いです。元々今日一番の楽しみはこれだったんですから!」
ん? これ?
「わひゃっ!」
「っと」
僕の太腿にしがみついていたいろはちゃんが、澪に剥ぎ取られた。
一瞬の事だ。
「良い機会じゃ、風呂の入り方を教えてやろう。そう、混浴の作法をな!」
んなものはない!
良い機会も当然ながらどこにもない!
初めて聞いたわ!
「おい巴、ってなんで僕の後ろ襟を……」
「当然、今日一番の楽しみだからですな! 行きますぞ若、お覚悟を!」
そう言って、巴は僕の首根っこを掴んで引っ張っていく。
「ちょ、お前!」
「今日は風呂はいいやー、なんて事なかれ! 儂らは許しませんぞ。ええ、許しませんとも!」
「読んだな!? お前また人の心をだな!」
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「だって、そんな事でお許しが出るとは思わないじゃないですか……うう……」
巴に詰め寄られた澪が、素直に謝った。
貴重な光景だ。
「あのあの、わ、私は一日くらいなら頑張ればお風呂を我慢できるのです」
「そうかの」
「はい!」
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