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五章 ローレル迷宮編
イズモといろは
人数は十四。
智樹の魅了を込めた香りの存在を知ってから準備しておいた特製のフィルターを通して見ると、全員がかなり重度の智樹信者状態だとわかった。
界を使う時用に試して上手くいったから普通に見る時にも応用できないかとやってみた結果ながら使い勝手は良い。
迷宮に奥に篭っていたピクニックローズガーデン&始まりの冒険者戦では使う必要も機会もなかったけど、備えあれば何とやらだ。
元は有能な冒険者や軍人だった人達なのか、総じてレベルは高いし身のこなしも隙が無い。
勿論装備している武具も立派なものが目立つ。
女性が多いが男性もそれなりにいる。
ざっと調べたところカンナオイからも軍や治安維持部隊が出動しているようだけど、かなりのレベル差があるだけに彼らだけでの鎮圧はまず不可能だろう。
レベルは全てじゃない、と言った所で戦闘になれば他の条件が同じならレベルが高い方が勝つ訳で。
決して無視していい要素じゃない。
……何故か僕の生徒がこの街に来ている現状では特にね。
さっきまでは感じていなかった不快な焦りが胸中に渦巻いてる。
すぐに識を問いただしたい所だけど、今はこの騒ぎを収める方が先だろう。
とはいえ何の考えもなく識が彼らを危険な場所に送る筈はない。
僕よりも彼らの成長や将来を気にかけているくらいだし。
そしてジン達がここにいる事に完全に無関係な訳もない。
ああ……気になる。
いかんなあ、決めておいてなお悩ましい。
ん、まずは危険の排除が先だ。
「ライ、ドウっ」
突如自分たちの陣形の中に現れた僕が何者か、十四人の内誰かが気付いた。
一斉に向けられる容赦ない殺意。
「帝国でなら、君たちの状況に文句を言う気はないんだけどさ。ここはローレル連邦、よそ様の国だよ」
確かにレベルなりに鋭く強烈な殺意だ。
でも今日はもう格が違うソレを既に浴びてる。
前回の無影の時と同様、速攻で……あ。
「ふっ!!」
手にした刀で鋭い突きを繰り出してきた耽美な美少年の頭を魔力体で潰そうとした時、気付いた。
これじゃまた繰り返しになりかねない。
死体の凄惨さは憎しみを膨らませかねない要素だ。
戦場で命のやり取りをする以上、友人でもない彼らとの決着はどちらかの死というのが大半だろう。
けれどやり方、は大事になる時もある。
全滅させるならともかく、目撃者がいて彼らは保護しなくてはいけない場合は特に。
それにそもそも殺すのが不正解な敵も、今回はいる。
僕はローレルと戦争をやる気は全くない。
だが立ち回り次第ではそれさえ不可避になる可能性はある。
無影の始末の仕方、そしてその前の……イルムガンドの一件。
焦りが、いい具合に思考を鈍くしてくれた。
これは、丁度良い機会だな。
「ギンジン、ラプスーカ……」
無詠唱を止めてわざと詠唱を交えて魔力を発露させた上で魔術を組む。
「退がれっ! 付与系の術、発動異様に速いぞ!」
『っっ!』
使う系統も相手に伝わる程度の五秒を少し超える詠唱。
伸ばした右の人差し指と中指から短剣より少し短い、細長く尖った魔力の針が生まれる。
魔力体は今回は休憩という事で最低限体を覆う程度に抑えておく。
そして目の前の彼の服装や装備を見て、彼への対処を決めた。
腹に突き出された刀の刃を左手で掴んで軌跡を外に逸らし、そのまま刀ごと彼を僕の方に引き込む。
「お休み」
「っ!? ぁ……とも、きさま」
男の癖にやたらと色気がある首に魔力針を刺す。
即死?
いやいや、そいつぁ早計ですぜ旦那。
って、なんでライム調なのか。
何の事はない、お手軽に仮死状態を作り出せる魔術というだけだ。
ちなみに澪から教わった。
どういう種類の拘りかは理解できないけれど、首用と心臓用で詠唱から違う別魔術扱いの不思議な魔術でもある。
左手を放すと首に魔力の針が刺さったまま、美少年は地面に転がった。
ピクリとも動かない。
針がまた僕の日本の指から同じように伸びる。
魅了は智樹の虜になった連中を平等に戦場に駆り立てているみたいだ。
けど、彼らの元々の立場はきっと平等じゃない。
中にはお偉いさんの関係者や、当人もいるだろう。
ならまずは全員瀕死にしておいて、後で巴に検分してもらってどうするか決めればいい。
針をそのまま抜けば死ぬけど、それはまあ不運だったという事で。
「“今の君たち”はもう救い難いと僕は思う。けれど、それでも生きる事を望まれてしまうのなら、今日は……その機会を残そうと思う。ごめんね」
残り十三。
一番高いレベルで四百ちょい。
脅威をきちんと感じてもらった上でとりあえずは死なせずにおく。
二分ってとこか。
急ごう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただしこれは命の保証などありません。敵一人とってみても君達の誰よりもレベルが高く、一秒後には何が起こるかもわからない本物の戦場です。イズモ、覚悟はあるんですね?」
「はい」
即答する。
ローレル連邦第二の都市、カンナオイで今起きている事件を教えられた僕に迷いはなかった。
高レベルの冒険者や有力な貴族たちが千尋万来飯店、国民なら誰もが一度は泊まりたいと願う魅惑の高級旅館に夜襲をかけんとしているという。
それだけならば大事件であれ僕は現地に向かいたいなどと言う事はなかっただろう。
あそこにはライドウ先生がいるし、側近の方もいる。
何が起きたって街は無事に済むと思えるから。
だけど。
今あそこには、いろは姫がいる。
賊は、彼女を狙ってもいるという。
だからといって、僕が行かなくてはいけないかと言われればそんな事はない。
僕など誤差にもならない戦力が既にいるのだから。
でも。
彼女は僕の、婚約者だ。
会った事も数回、今どんなお顔をされているかもろくに想像できないけれど、人となりだけは手紙から伝わる。
彼女に対して暖かく、尊敬を混ぜた優しい感情を抱いているのは確かだ。
もちろん体の関係はない。姫はまだ幼いし。
これが異性に向ける愛情かと言われれば、よくわからない。
ただ……傍で守りたい。
“僕が”守りたい。
彼女に迫る危機を退けたい。
識さんから話を聞いた時、僕は自然とそう考えていた。
彼女とは遠くない内に会う気でいた。
僕の夢と家、カンナオイの姫に名を連ねる彼女の役割と家。
納得がいくまで話をして、そして――。
例えそれがどんな結果を招くとしても、言葉を交わす機会が失われてしまうなんて許せない。
先生がどれほどの力を持っていたとしても、任せきりになんてしたくない。
一度は先生との同行を断ってしまった僕だけど、今、意思ははっきりとしていた。
今の僕には学園で積んだ経験がある。
多少なりとも上がったレベルがある。
少し前までの僕にはなかった確かな自分への誓いが、信念がある。
行かなくちゃいけない。
「良い貌ですね、イズモ。皆も。断言しましょう。生還すれば君たちの力はもう完全に学生の領域を超える。その先へと繋がる大きな糧さえも得られるでしょう。では行ってきなさい。若様への挨拶も忘れずにするのですよ」
『はい!!』
複数の声が重なる。
今の僕はどんな貌をしてるのかな。
少なくとも、こんなにも充実した気持ちは機動詠唱の概念を理解して取り組み始めた頃以来。
人生二回目だ。
識さんが杖を両手に持って円を描くようにくるんと回す。
相変わらず詠唱はない。
杖の両端が描いた円の内側は白く濁った霧が立ち込めていた。
「うん。本当に、今のイズモ君かっこいいよ。婚約者がいなきゃ惚れてたかもねー」
ユーノの冗談だか本気だかわからない褒め言葉。
常々結婚するなら私が一番って人じゃなきゃ嫌だ、と口にしている彼女だけに、まあ冗談だろう。
豪商の次女との結婚というだけなら可能性としてはあるけど、きっと最初の妻としてはありえない。
それにレンブラント商会は絶対ただの豪商じゃないしね。
周りを見渡す。
ジン、アベリア、ミスラ、ダエナ、シフ、ユーノ。
ずっとドライにやってきた僕にとって初めて出来た命を預けられる仲間。
カンナオイへは一人で行くつもりだった僕に、当然の様についていくと言ってくれた最高の友人たち。
識さんから脅威を語られて尚、その意見は変わらぬまま。
この霧の先が戦場でなければ、きっと僕は泣いてる。
気を引き締めて識さんから配られたアミュレットを首から下げる。
絶対に外すなと厳命された装備だ。
さあ、行こう。
僕は先頭に立って霧の中に足を踏み入れた。
一瞬で変わる景色。
霧の回廊を歩く、という訳でもなく懐かしいローレルの建物の中に僕はいた。
そこにはクズノハ商会で働いているライムさん、それに見た事のない女性が一人。
そして……。
「イズモ様?」
「いろは姫」
ローレルの民であろう服装の人達が何人か。
僕らは同時に互いの名前を呼んでいた。
後ろでユーノの、あーあご馳走様ですー、とかいう声が聞こえたけど気にならない。
次いで鈍い音と、痛いでしょお姉ちゃん!? と続いたけどこれも気にならない。
まったく、こんな事ってあるんだろうか。
僕らは互いに今の姿なんて知らない筈なのに。
すぐにその人だってわかる事なんて。
もし僕の夢と、この人の幸せが。
そして家と役割と、いろんなしがらみが。
全部重なってくれたなら、こんなに幸せな事なんて無い。
『……』
名前を呼んだ後は想いが溢れすぎて、何も言葉になってくれない。
ああ、僕はこの女性が好きだ。
学園都市でこんな気持ちを感じた事はない。
はっきりと、誰にだって宣言できる。
「あー……イズモだったか。それからジン達も。“事情”は聞いてる。よく来た、戦場にようこそ」
「ライムさん」
「悪いがロマンチックな恋人の対面は後でやってくれ。あまり時間に余裕はない。すぐにここから脱出して街に出てもらう。で、最優先で旦那、ライドウ様と合流しろ」
「は、はい!」
「ジン、病み上がりだからって、てめえで決めた事だ。来たからにゃあ結果を出せよ」
「……わかってます」
ジンが僕に代わって指示に返事をしてくれた。
負傷してしばらく出てこなかったけど、一体何があったのか。
まだジンは僕らに語ってくれない。
けれどその目に宿る意思は確実に前よりも強くなっている。
……それに比べて。
何やってるんだ、僕は。
一瞬ここがどういう状況か、全部どっかいってた。
そうだ。
僕はいろは姫を守る、たとえ微力であってもこの手で彼女を守る為にここに来たんだ。
「お前たちの力については識の旦那からも良く聞いてる。一緒に行く面々との自己紹介は脱出がてら適当に済ませてくれ。大事な事はいろは姫の無事だ。姫の護衛や侍女さんらは真っ先に敵を食い止める役割を担ってくれている。だから余計な連携は考えなくて良い。戦いについてはお前たちはただいつもの仲間との連携といろは姫を守る事だけ考えてろ」
「……わかりました」
ミスラが頷く。
心強い。
彼が本気で守ってくれるのなら脱出戦と護衛戦を同時に進めるのだって出来る気がしてくる。
「じゃ、行け。経路は姫たちに話してある。外に出たら俺ら以外の誰も信用するな。それからな――」
『?』
ライムさんがシフとユーノにちらりと、ほんの一瞬だけ視線を向けて言葉を止めた。
「躊躇うな。向こうはお前さんらよりもレベルも高けりゃ場数も踏んでる、それでいて姫以外を殺す事に迷いは一切無い奴が殆どだ。下手すりゃ全員かもしれねえ」
『っ』
これまで一度も見た事がない、ひどく淡々とした感情の籠らない声と目でライムさんは続けた。
「だから躊躇うな。何者であれ刃を向けてくる奴は、考えずに斬れ。考えている間に死ぬ奴はごまんといる。お前らは絶対にそうなるな」
「……ありがとうございます、ライムさん」
口調とはかけ離れた彼の優しさが伝わってくる。
素直にお礼が口から出た。
思えば先生に会う前の自分は、誰かの忠告に心からの感謝など出来ていただろうか。
「礼は明日の朝飯の時に聞く。絶対にだ。行け!!」
『はい!』
いろは姫と目が合う。
やはり、暖かな気持ちが込み上げてくる。
それを無理やりに押し込め、戦いに精神を集中させる。
守る為に。
「イズモ様とお仲間たち! 私はアカシ! いろは様の護衛を務めてる。短い間だけどよろしくな。じゃあまずは宿を抜ける! ついてきてくれ!」
「同じくいろは様の護衛でユヅキよ。君達の事、学生じゃなく姫の側近として扱うから。初めてだから、なんて意味合いの言葉は全部却下。死力を尽くしてね」
「ショウゲツと申します、イズモ様。婚礼の日取りを決められるよう、この長い夜を乗り越えましょうぞ!」
やるさ。
この身に宿る全部を出してでも。
足りなきゃこの先宿る全部を出してでも!
姫を先生の所に。
皆と僕で、届ける!
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