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一 「バッドエンドしかない」という悪役令嬢とやらの従者になったのだが、聞いて欲しい
一の1
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「ところで陛下はアナルパァル様というお名前がご本名ですわよね?」
シリアナ嬢がいつも通りに僕の臀部を凝視しながら質問を投げかけて来た。
「いいや。アナルパァルは人間が付けた名称だ。本名はエインだぞ。あと、僕の臀部を嘱目するのを止めたまえ」
「そうなのですか? もう諸々諦めましたので、陛下のお名前がお尻の穴に入れるタイプの大人の玩具であることは置いておくといたしまして……陛下のお尻のほっぺにえくぼがおありになるかどうかが気になって気になって、トラウザーズを今にも剥ぎ取らんとこの手が動いてしまいそうで毎日己との戦いを強いられているのですわ……」
人間とは、大人になっても玩具で遊ぶものなのか? 尻の穴に入れて楽しむ玩具とは一体何なのだ。全く分からん。シリアナ嬢の呟きはいつも難解だ。
「ああ。人間どもは僕の真名など知らぬからな。真名を名乗る必要もないので人間には人間が勝手に呼んでいる僕の名称を名乗っているだけだ。なんというか騎士団長が本名を名乗らず『私が騎士団長だ』と言っているようなものだ……そして僕の臀部にえくぼがあろうがなかろうが、君が僕の下衣を剥ぎ取る理由になどならん。というか君公爵令嬢が男性の下衣を剥ぎ取るとか冗談でも口にしてはいけません! 分かったか! 分かりましたか!」
全くこの公爵令嬢は油断も隙もない。やけに僕越しに遠くを見つめていると思ったら尻か。尻を見ていたのか。少しは恥じらいなさいよ!
「うふふ。まだ敬語に慣れませんのね」
「……それにしてもそのおとめげぇむとやらは一体何なのですか」
従者が令嬢に敬語を使わないのはおかしいので、僕は今シリアナ嬢に敬語で接する練習をしている。シリアナ嬢は学園へ出発するための準備を整え終わり、窓際に置かれたティーテーブルへ歩み寄った。椅子を引くと慣れた様子で腰を掛け、シリアナ嬢は少し思案する素振りを見せる。
「何と申し上げたらよろしいのかしら……こう、小さな板や箱の中で絵が動いて喋って物語が進むのですわ」
「……全然分かりません」
「ですわよね。陛下はわたくしがこちらの世界で魔法の原理を拝聴した時と同じ気持ちなのだろうと推察いたしますのよ」
紅茶を準備してテーブルへスコーンやジャム、クロテッドクリームを並べる。シリアナ嬢は表情を緩ませて椅子へかけた。
「陛下……エインのスコーンは絶品ですわ」
「お褒めいただき光栄です」
シリアナ嬢のラストダンジョン襲撃から三カ月。僕は人間界の生活を満喫していた。何とシリアナ嬢専属の執事兼侍従兼護衛として給料も出ている。説明がめんどくさいので公には侍従ということで統一している。これで魔界の僕の部屋の雨漏りを修繕できる。今月は穴の開いた靴下を捨てて新しいものを買うんだ。ちゃんと報酬が貰える労働って素晴らしい。百年くらいなら僕、ずっとここで働いてもいい。さすが公爵家。お賃金大好き。人間界の食事大好き。甘いものバンザイ。レシピを覚えて魔界でも美味しいご飯を食べられるようにするんだっ!
「とりあえず、出会いはゼンリツセェン学園ということなのだな? ……ですね?」
「ええ。そうして大体の乙女ゲームというものは、ヒロインが学園に入学したところから始まるのですわ……うふふ、陛下のお尻は小ぶりできゅっと絞まっていて桃のようですわね」
身分と権力を笠に性的な嫌がらせをするのはどうかと思うな、シリアナ嬢。相手が僕のような心の広い童貞ばかりとは限らないんだぞ、シリアナ嬢。あとヨダレを拭く仕草はやめなさいシリアナ嬢。しかし反応したら喜ぶということをこの三カ月で学んだ僕は無視を決め込んだ。魔王、学習できる子ですし!
「それが今年というわけか」
「ええ。アホ殿下は一つ年上ですのよ。すでに学園にご入学しておられますわ。ゼンリツセェン学園は入学式が九月ですので、九月が来れば今年二年生になられますの」
今君、しれっと王太子のことをアホ殿下って呼ばなかったか。
むぐむぐむぐ。スコーンを食べる手を止めずにシリアナ嬢が説明を続ける。食べるか喋るかどちらかにしなさい、公爵令嬢でしょはしたない。
「んぐっ!」
ほら言わんこっちゃない。喉に詰まるでしょ。慌てた様子でティーカップを呷ってもさすがに仕草が優美である。空になったティーカップへお茶を注いで確認する。シリアナ嬢はちらちらと視線を投げかけて来るので尋ねる。
「どうかした?」
「いいえ、陛下のポニテ姿最高です目が永遠に祝福されましたわありがとうございますありがとうございます陛下の項尊い」
ぽにてとやらが何なのか分からないが、髪が邪魔なので高く結わえていることを言っているのだろうと推察する。するのだが、至極気持ち悪いな君。何その呪文。めっちゃ呪われそう。
「邪魔だから切ってしまおうかと思っているのだがな」
「ぎゃんっ! そんなせっかくの御髪がもったいないのですわ! 陛下の項! 陛下のおくれ毛! 色気の塊! この世の美を集結しても陛下のご尊顔の美しさには勝てませんわ!」
「君が僕の顔を大好きだということだけはもう十分に理解したから、落ち着いてもらえないか」
「……わたくし、陛下の好きなところを百八つ言えますのよ?」
何かそれすごく嫌な数字だな。童貞聞きたくない。とっても聞きたくないので聞かなかったことにする。
「とにかくお茶を飲んで落ち着きたまえ」
静かにティーカップへ口をつけるシリアナ嬢を見守る。どこから見ても非の打ち所がないご令嬢なのだが。
「落ち着けませんわ! だって美麗なのですもの! これからずっと生陛下と一緒! 生推し尊い! きゃっはてぇてぇ!」
何この子怖い。瞳孔開きっぱなし怖い。でもお賃金欲しいから魔王がんばる。
「……とにかくスコーンを食え」
叫べなくしてしまえばいいのだ。そう結論を出してシリアナ嬢の口へスコーンを突っ込んだ。
「むぐ」
もぐもぐもぐ。スコーンを消化し、ティーカップを空にしたシリアナ嬢が落ち着くのを待って話を続ける。
「つまり、半年後の入学式からげぇむとやらが始まるわけだな?」
僕は生まれた時から魔王である。他人に謙ったことなどないので三カ月かけてもなかなか敬語が身に付かない。シリアナ嬢も気にした様子がないから余計に直せなくて困る。学園に従者として付き添う予定なのに。めんどくさい。
「そうなのです。わたくし、国外追放になってもいいようにまずお金を貯めることにしましたの。それから断罪イベントで王子や近衛騎士に斬り捨てられるパターンもありましたので剣と魔法の腕を磨くため、幼少の頃よりダンジョン攻略をしておりましたのよ」
「……幼少の頃より……」
それでか。シリアナ嬢からは強者のオーラが出ている。優れた戦士は相手と対峙しただけで勝敗を知るという。百年くらい前に歴代最強勇者と対峙した時に感じたオーラと似ている。やられる。やられてしまう。シリアナ嬢が本気になれば、赤子の手を捻るより簡単に僕の「はじめて」が奪われてしまうこと請け合いである。睾丸の縮む思いがした。
「ええ。それに『こいまほ』は乙女ゲームですが、後半では攻略対象と魔王の侵攻を阻止するシナリオになっているのです。乙女ゲームながら作り込まれたバトルシーンが人気でしたの。ですので、レベル上げは必須なのです。それにオシリスキナ家は元々建国の折、初代国王陛下と共に戦った騎士の家系なのです。領地は北部国境付近に位置していて、山に囲まれた帝国唯一の隣国との陸路を警護してきた家門なのですよ。ですので、完全なる脳筋一族なのですわ。十歳になる前からダンジョン攻略するわたくしを、父上も母上もお兄さまも大変褒めてくださいました。あと単純にせっかく魔法が使えて精霊も居る世界に転生したのに魔法だヒャッハー! しないなんてもったいないのですわ」
うん。もう何も分からん。れべるとは何だ。しなりおとは何だ。ひゃっはー! とは何なのだ。だがそれでいい。僕は何も聞かなかった。何も聞きたくない。きっと僕は今、市場へ売られて行く羊の目をしている。
しかしオシリスキナ公爵家は辺境に領地があるのか。だがシリアナ嬢の言う通り本当にただの脳筋一族だったら唯一の陸路、つまり唯一の敵の侵入経路を任される訳がない。
「オシリスキナ家の人間は代々、幼き頃から武芸全般を仕込まれるのです。十歳になる頃には、素手で剣が折れるくらいになるのですわ」
普通の人間は素手で剣を折れません。それを十歳でとかどんな一族だよただの脳筋で済まされる問題じゃねぇわ。ツッコんだら負けな気がするから言わないけど。そんなシリアナ嬢に僕のような童貞が勝てるわけがない。そして今まさに考えを見透かさんと、鋭い視線で僕の胸を舐め回すように眺めるのをやめたまえ。
――犯られる。乳首が陥没する思いがした。
「それで特S級冒険者、か」
「ええ。ゲームと違ってダンジョンに入らなければステータスウィンドウが見られませんし、ダンジョン内でしかレベル確認が出ないのでダンジョン攻略に時間を費やし過ぎたようなのですの。気が付いたら王族直属騎士団の団長よりも強くなってしまっていて。ラストダンジョンで聖女が契約するはずの光の精霊とも契約してしまったのです」
ラストダンジョンの光の精霊ってアレだよねぇ?! 魔界に侵攻して来た迷惑な光の精霊王を僕が封印しておいたアレだよね! ダメだよね! やろうと思ったらアレで魔界の魔物を全部浄化できるからね! 精霊と契約できる人間ってだけで非情に稀だけど、さらに精霊王なんて国家で保護するレベルだからね!
「……それはマズいのではないのか?」
「……でも、光の精霊王が付いて来ると言って聞かないので、殴って気絶させたはずなのに領地の屋敷に戻ったら『もう一度殴ってくれ!』などとおっしゃってなぜかわたくしの部屋に居座っていたのです……」
「……」
やべぇ。そう言えばあいつ戦闘狂で、何で戦闘狂かっていうと強いヤツに殴られたいって答えるド変態だったな。
「待って。今あいつどうしてるの?」
「わたくしの愛剣に宿っておりますわ」
人はそれを聖剣とか言うんじゃないだろうか。
「しかしダンジョンが公営住宅と陛下はおっしゃいましたね」
「ああ」
「過酷な環境の魔界では生きて行けない魔物の棲み処である、と」
「そうだね」
「ではラストダンジョンもそうなのでしょうか」
「そんなわけないじゃん。ラストダンジョンは僕の所まで辿り着くうざい人間を篩にかけるために魔界の幹部を配置してるに決まってるじゃん」
「何度もお邪魔させていただいておりますが……」
「何度も」
後で幹部全員呼び出して、シリアナ嬢に何度も負けてるのに報告が上がっていないのはどういうことなのか問い詰めなければならない。ジジイどもめ、足が痛い腰が痛いとダンジョンへ出勤するのを嫌がっていたがまさか、戦績まで報告を怠っているとは。報告連絡相談大事ってあれだけ何度も言い含めたでしょ!
「ケンタウロスのジュンケ卿とは、文通友達でしてよ?」
「文通」
真顔の魔王を君は見たことがあるか。今、僕の顔はまさにそれだ。とくと眺めるがいい。
ケンタウロス族のジュンケ・ツマ・モリタイはモリタイ家の次男だ。詩と文学を愛する大人しい男だが、幹部だけあって強い。文武両道タイプで童貞仲間だ。兄のアナルケ・ツマ・モリタイは魔界で宰相をしている、高潔な魔界の侯爵家である。
……いや、何してくれてんだうちの部下。僕に何の報告もなしになんで人間の女の子と文通してるの。しかもラストダンジョンを攻略した子だよ? マジうちの幹部何してんの。聞いてませんよそんな話。魔王、白目剥いて倒れそう。
「ジュンケ卿とはダンジョンへお邪魔した折に、お互いにお勧めの詩集を朗読したりしておりましたの」
「ラストダンジョンで詩の朗読会」
魔王、頭痛い。ジュンケは強いが戦いを好まぬ大人しい魔族だ。とはいえ魔界は人材不足で、実力を有しており強ければラストダンジョンの守りに配置するしかない。申し訳ないと思いつつ、無理を言っている認識はあった。心苦しく思ってはいたのだ。しかし無理をさせていると理解してはいたが、まさかラストダンジョンで人間の令嬢と詩の朗読会を行っていたとは。
黙ってしまったシリアナ嬢を後目に僕はワゴンからティーカップを取り出し、ティーポットから紅茶を注ぐ。それから静かにティーカップを傾ける。うん。メ・スイキ産のダージリンファーストフラッシュは仄かに甘味の漂う上品なマスカットフレーバーが最高である。店頭で吟味に吟味を重ね厳選しただけあって、いい茶葉だ。今のは聞かなかったことにしよう。
シリアナ嬢がいつも通りに僕の臀部を凝視しながら質問を投げかけて来た。
「いいや。アナルパァルは人間が付けた名称だ。本名はエインだぞ。あと、僕の臀部を嘱目するのを止めたまえ」
「そうなのですか? もう諸々諦めましたので、陛下のお名前がお尻の穴に入れるタイプの大人の玩具であることは置いておくといたしまして……陛下のお尻のほっぺにえくぼがおありになるかどうかが気になって気になって、トラウザーズを今にも剥ぎ取らんとこの手が動いてしまいそうで毎日己との戦いを強いられているのですわ……」
人間とは、大人になっても玩具で遊ぶものなのか? 尻の穴に入れて楽しむ玩具とは一体何なのだ。全く分からん。シリアナ嬢の呟きはいつも難解だ。
「ああ。人間どもは僕の真名など知らぬからな。真名を名乗る必要もないので人間には人間が勝手に呼んでいる僕の名称を名乗っているだけだ。なんというか騎士団長が本名を名乗らず『私が騎士団長だ』と言っているようなものだ……そして僕の臀部にえくぼがあろうがなかろうが、君が僕の下衣を剥ぎ取る理由になどならん。というか君公爵令嬢が男性の下衣を剥ぎ取るとか冗談でも口にしてはいけません! 分かったか! 分かりましたか!」
全くこの公爵令嬢は油断も隙もない。やけに僕越しに遠くを見つめていると思ったら尻か。尻を見ていたのか。少しは恥じらいなさいよ!
「うふふ。まだ敬語に慣れませんのね」
「……それにしてもそのおとめげぇむとやらは一体何なのですか」
従者が令嬢に敬語を使わないのはおかしいので、僕は今シリアナ嬢に敬語で接する練習をしている。シリアナ嬢は学園へ出発するための準備を整え終わり、窓際に置かれたティーテーブルへ歩み寄った。椅子を引くと慣れた様子で腰を掛け、シリアナ嬢は少し思案する素振りを見せる。
「何と申し上げたらよろしいのかしら……こう、小さな板や箱の中で絵が動いて喋って物語が進むのですわ」
「……全然分かりません」
「ですわよね。陛下はわたくしがこちらの世界で魔法の原理を拝聴した時と同じ気持ちなのだろうと推察いたしますのよ」
紅茶を準備してテーブルへスコーンやジャム、クロテッドクリームを並べる。シリアナ嬢は表情を緩ませて椅子へかけた。
「陛下……エインのスコーンは絶品ですわ」
「お褒めいただき光栄です」
シリアナ嬢のラストダンジョン襲撃から三カ月。僕は人間界の生活を満喫していた。何とシリアナ嬢専属の執事兼侍従兼護衛として給料も出ている。説明がめんどくさいので公には侍従ということで統一している。これで魔界の僕の部屋の雨漏りを修繕できる。今月は穴の開いた靴下を捨てて新しいものを買うんだ。ちゃんと報酬が貰える労働って素晴らしい。百年くらいなら僕、ずっとここで働いてもいい。さすが公爵家。お賃金大好き。人間界の食事大好き。甘いものバンザイ。レシピを覚えて魔界でも美味しいご飯を食べられるようにするんだっ!
「とりあえず、出会いはゼンリツセェン学園ということなのだな? ……ですね?」
「ええ。そうして大体の乙女ゲームというものは、ヒロインが学園に入学したところから始まるのですわ……うふふ、陛下のお尻は小ぶりできゅっと絞まっていて桃のようですわね」
身分と権力を笠に性的な嫌がらせをするのはどうかと思うな、シリアナ嬢。相手が僕のような心の広い童貞ばかりとは限らないんだぞ、シリアナ嬢。あとヨダレを拭く仕草はやめなさいシリアナ嬢。しかし反応したら喜ぶということをこの三カ月で学んだ僕は無視を決め込んだ。魔王、学習できる子ですし!
「それが今年というわけか」
「ええ。アホ殿下は一つ年上ですのよ。すでに学園にご入学しておられますわ。ゼンリツセェン学園は入学式が九月ですので、九月が来れば今年二年生になられますの」
今君、しれっと王太子のことをアホ殿下って呼ばなかったか。
むぐむぐむぐ。スコーンを食べる手を止めずにシリアナ嬢が説明を続ける。食べるか喋るかどちらかにしなさい、公爵令嬢でしょはしたない。
「んぐっ!」
ほら言わんこっちゃない。喉に詰まるでしょ。慌てた様子でティーカップを呷ってもさすがに仕草が優美である。空になったティーカップへお茶を注いで確認する。シリアナ嬢はちらちらと視線を投げかけて来るので尋ねる。
「どうかした?」
「いいえ、陛下のポニテ姿最高です目が永遠に祝福されましたわありがとうございますありがとうございます陛下の項尊い」
ぽにてとやらが何なのか分からないが、髪が邪魔なので高く結わえていることを言っているのだろうと推察する。するのだが、至極気持ち悪いな君。何その呪文。めっちゃ呪われそう。
「邪魔だから切ってしまおうかと思っているのだがな」
「ぎゃんっ! そんなせっかくの御髪がもったいないのですわ! 陛下の項! 陛下のおくれ毛! 色気の塊! この世の美を集結しても陛下のご尊顔の美しさには勝てませんわ!」
「君が僕の顔を大好きだということだけはもう十分に理解したから、落ち着いてもらえないか」
「……わたくし、陛下の好きなところを百八つ言えますのよ?」
何かそれすごく嫌な数字だな。童貞聞きたくない。とっても聞きたくないので聞かなかったことにする。
「とにかくお茶を飲んで落ち着きたまえ」
静かにティーカップへ口をつけるシリアナ嬢を見守る。どこから見ても非の打ち所がないご令嬢なのだが。
「落ち着けませんわ! だって美麗なのですもの! これからずっと生陛下と一緒! 生推し尊い! きゃっはてぇてぇ!」
何この子怖い。瞳孔開きっぱなし怖い。でもお賃金欲しいから魔王がんばる。
「……とにかくスコーンを食え」
叫べなくしてしまえばいいのだ。そう結論を出してシリアナ嬢の口へスコーンを突っ込んだ。
「むぐ」
もぐもぐもぐ。スコーンを消化し、ティーカップを空にしたシリアナ嬢が落ち着くのを待って話を続ける。
「つまり、半年後の入学式からげぇむとやらが始まるわけだな?」
僕は生まれた時から魔王である。他人に謙ったことなどないので三カ月かけてもなかなか敬語が身に付かない。シリアナ嬢も気にした様子がないから余計に直せなくて困る。学園に従者として付き添う予定なのに。めんどくさい。
「そうなのです。わたくし、国外追放になってもいいようにまずお金を貯めることにしましたの。それから断罪イベントで王子や近衛騎士に斬り捨てられるパターンもありましたので剣と魔法の腕を磨くため、幼少の頃よりダンジョン攻略をしておりましたのよ」
「……幼少の頃より……」
それでか。シリアナ嬢からは強者のオーラが出ている。優れた戦士は相手と対峙しただけで勝敗を知るという。百年くらい前に歴代最強勇者と対峙した時に感じたオーラと似ている。やられる。やられてしまう。シリアナ嬢が本気になれば、赤子の手を捻るより簡単に僕の「はじめて」が奪われてしまうこと請け合いである。睾丸の縮む思いがした。
「ええ。それに『こいまほ』は乙女ゲームですが、後半では攻略対象と魔王の侵攻を阻止するシナリオになっているのです。乙女ゲームながら作り込まれたバトルシーンが人気でしたの。ですので、レベル上げは必須なのです。それにオシリスキナ家は元々建国の折、初代国王陛下と共に戦った騎士の家系なのです。領地は北部国境付近に位置していて、山に囲まれた帝国唯一の隣国との陸路を警護してきた家門なのですよ。ですので、完全なる脳筋一族なのですわ。十歳になる前からダンジョン攻略するわたくしを、父上も母上もお兄さまも大変褒めてくださいました。あと単純にせっかく魔法が使えて精霊も居る世界に転生したのに魔法だヒャッハー! しないなんてもったいないのですわ」
うん。もう何も分からん。れべるとは何だ。しなりおとは何だ。ひゃっはー! とは何なのだ。だがそれでいい。僕は何も聞かなかった。何も聞きたくない。きっと僕は今、市場へ売られて行く羊の目をしている。
しかしオシリスキナ公爵家は辺境に領地があるのか。だがシリアナ嬢の言う通り本当にただの脳筋一族だったら唯一の陸路、つまり唯一の敵の侵入経路を任される訳がない。
「オシリスキナ家の人間は代々、幼き頃から武芸全般を仕込まれるのです。十歳になる頃には、素手で剣が折れるくらいになるのですわ」
普通の人間は素手で剣を折れません。それを十歳でとかどんな一族だよただの脳筋で済まされる問題じゃねぇわ。ツッコんだら負けな気がするから言わないけど。そんなシリアナ嬢に僕のような童貞が勝てるわけがない。そして今まさに考えを見透かさんと、鋭い視線で僕の胸を舐め回すように眺めるのをやめたまえ。
――犯られる。乳首が陥没する思いがした。
「それで特S級冒険者、か」
「ええ。ゲームと違ってダンジョンに入らなければステータスウィンドウが見られませんし、ダンジョン内でしかレベル確認が出ないのでダンジョン攻略に時間を費やし過ぎたようなのですの。気が付いたら王族直属騎士団の団長よりも強くなってしまっていて。ラストダンジョンで聖女が契約するはずの光の精霊とも契約してしまったのです」
ラストダンジョンの光の精霊ってアレだよねぇ?! 魔界に侵攻して来た迷惑な光の精霊王を僕が封印しておいたアレだよね! ダメだよね! やろうと思ったらアレで魔界の魔物を全部浄化できるからね! 精霊と契約できる人間ってだけで非情に稀だけど、さらに精霊王なんて国家で保護するレベルだからね!
「……それはマズいのではないのか?」
「……でも、光の精霊王が付いて来ると言って聞かないので、殴って気絶させたはずなのに領地の屋敷に戻ったら『もう一度殴ってくれ!』などとおっしゃってなぜかわたくしの部屋に居座っていたのです……」
「……」
やべぇ。そう言えばあいつ戦闘狂で、何で戦闘狂かっていうと強いヤツに殴られたいって答えるド変態だったな。
「待って。今あいつどうしてるの?」
「わたくしの愛剣に宿っておりますわ」
人はそれを聖剣とか言うんじゃないだろうか。
「しかしダンジョンが公営住宅と陛下はおっしゃいましたね」
「ああ」
「過酷な環境の魔界では生きて行けない魔物の棲み処である、と」
「そうだね」
「ではラストダンジョンもそうなのでしょうか」
「そんなわけないじゃん。ラストダンジョンは僕の所まで辿り着くうざい人間を篩にかけるために魔界の幹部を配置してるに決まってるじゃん」
「何度もお邪魔させていただいておりますが……」
「何度も」
後で幹部全員呼び出して、シリアナ嬢に何度も負けてるのに報告が上がっていないのはどういうことなのか問い詰めなければならない。ジジイどもめ、足が痛い腰が痛いとダンジョンへ出勤するのを嫌がっていたがまさか、戦績まで報告を怠っているとは。報告連絡相談大事ってあれだけ何度も言い含めたでしょ!
「ケンタウロスのジュンケ卿とは、文通友達でしてよ?」
「文通」
真顔の魔王を君は見たことがあるか。今、僕の顔はまさにそれだ。とくと眺めるがいい。
ケンタウロス族のジュンケ・ツマ・モリタイはモリタイ家の次男だ。詩と文学を愛する大人しい男だが、幹部だけあって強い。文武両道タイプで童貞仲間だ。兄のアナルケ・ツマ・モリタイは魔界で宰相をしている、高潔な魔界の侯爵家である。
……いや、何してくれてんだうちの部下。僕に何の報告もなしになんで人間の女の子と文通してるの。しかもラストダンジョンを攻略した子だよ? マジうちの幹部何してんの。聞いてませんよそんな話。魔王、白目剥いて倒れそう。
「ジュンケ卿とはダンジョンへお邪魔した折に、お互いにお勧めの詩集を朗読したりしておりましたの」
「ラストダンジョンで詩の朗読会」
魔王、頭痛い。ジュンケは強いが戦いを好まぬ大人しい魔族だ。とはいえ魔界は人材不足で、実力を有しており強ければラストダンジョンの守りに配置するしかない。申し訳ないと思いつつ、無理を言っている認識はあった。心苦しく思ってはいたのだ。しかし無理をさせていると理解してはいたが、まさかラストダンジョンで人間の令嬢と詩の朗読会を行っていたとは。
黙ってしまったシリアナ嬢を後目に僕はワゴンからティーカップを取り出し、ティーポットから紅茶を注ぐ。それから静かにティーカップを傾ける。うん。メ・スイキ産のダージリンファーストフラッシュは仄かに甘味の漂う上品なマスカットフレーバーが最高である。店頭で吟味に吟味を重ね厳選しただけあって、いい茶葉だ。今のは聞かなかったことにしよう。
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