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一 「バッドエンドしかない」という悪役令嬢とやらの従者になったのだが、聞いて欲しい
一の5
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「そういえば、例の工事が終了したそうだよ」
エロアナル令息がシリアナ嬢へ笑みを向けた。
「これでオシリスキナ領内も臭わなくなりますわね」
「ああ。シリアナの従者は本当に有能だね」
「恐れ入ります」
頭を垂れた僕をエロアナル令息は無視した。この野郎。
例の工事、とは汚水路の整備である。この国、石畳に糞尿垂れ流しだからすんげー臭いの。公爵家のタウンハウスもトイレ回りだけ超絶臭かった。人間ってちょっと頭悪いよな。いや、貴族が基準で生活様式が決まっているから、下働きのものにやらせとけばいいとこういうのも改善しないんだろう。魔法である程度のことが解決できてしまうのも、技術や考え方が発展しない要因かもしれない。
魔界では屋敷の周りに水路が張り巡らされていて、川の下流へ繋げてある。そこに汚物が流れるようになっているのだ。水路には一定距離を置いて常に水が流れるよう魔法陣を刻んでおけば完成。シリアナ嬢に話したらキラキラした顔で「陛下は天才ですわね」と工事費用をぽんと出してくれたので、今は公爵家のタウンハウスのトイレは臭わない。そう、魔界式にしたのだ。これをエロアナル令息が大層気に入ったらしく、オシリスキナ領内は全ての領地に汚水路を整備することに決めたのである。
「行きたいところは決まっているかい、シシィ」
「ええ、エリィお兄さま。本とノート、それから新しいペン、便せんを買おうと思いますのよ」
「ではフィストファック商会へ行くとしよう」
「んんっ……! 肛門に拳をお入れになってはいけませんのですわ……はい」
あ、また頬の内側噛んでるな。フィストファックがシリアナ嬢の前世の世界で、何らかの下ネタワードなのは確定したが詳しく聞きたくない。どうせまた年頃のご令嬢にあるまじき言葉を連発されるに違いないのだ。気を取り直して話題を振る。
「フィストファック商会といえば帝国一の商会。そういえばエロアナル様のご学友のお家でもありますね」
「イヴォか? だからこそ、かわいいシシィと仲睦まじい様を見せつけに行くのだよ」
確か次男がエロアナル令息と同級生、一つ年上の長男と共に幼馴染で仲がいいと侍女たちが話していた。
「イヴォヂ・オ・シリイタイ伯爵令息様ですね。今は兄君のキレヂ・オ・シリイタイ様が後継者教育中と伺っております」
「痔。痔。痔でお尻痛ぁい……」
ぶつぶつ呟き出したシリアナ嬢にびっくりした。いややめてほんと心臓に悪い。何なの怖い。綺麗なご令嬢の虚無顔怖い。試しに念押ししておこう。ぼそりと呟く。
「イヴォヂ様、キレヂ様……」
「んぐふっ……エイン、連呼しないでくださいませですのよ?」
あ、この二人も下ネタだな。シリアナ嬢が眉根を寄せ目を瞑っている。今、必死で頬の内側を噛んでいるに違いない。鼻の穴が微妙に広がっている。
「キリーはかわいくない弟よりかわいい妹を欲しがっていたから、見せつけてやるのさ」
つまりシリアナ嬢を見せつけたいと。最高の笑顔でエロアナル令息が答える。イヴォヂ令息がかわいいかどうかは知らん。興味ない。だが、フィストファック商会の焼き菓子には興味ある。商会のサロンにカフェが併設されており、そこで食べられるという。わぁい、一度行ってみたかったんだ。嬉しいな。
「エイン、商会で扱っている食材が気になるのでしょう? わたくしとお兄さまがお茶をしている間に見に行ってもいいわよ」
「ありがとうございます」
やったねシリアナ嬢良く分かってる!
「ふむ。今後の美味しい料理に繋がるのならば存分に見て来たまえ。許そう」
一応雇い主はシリアナ嬢なんですけどもね。何で偉そうなんすかね淫らな肛門令息は。
アナルファック帝国の首都、アナルナメルの六番街。スパンキング通りにあるフィストファック商会が見えて来た。僕は護衛も兼ねているから、令息と令嬢と同じ馬車に乗ることを許されている。公爵令嬢の従者としては異例の扱いだ。
なので実は、周りの人間に認知操作の魔法を施してある。僕の存在に疑問を持たないように、ね。だって年頃のご令嬢とただの従者が四六時中一緒はマズいよさすがに。婚約者もいるのに。アホ殿下らしいけど。
まずは商会の前で馬車を停める。御者に少し離れた場所に待機するよう伝え、シリアナ嬢をエスコートするエロアナル令息の少し後ろへ付き従う。ガラスの嵌ったドアをフィストファック商会のドアボーイが開く。二人が店内へ入るのを見送って、僕も付いて行く。数歩も進まぬうちにモノクルの紳士が深々と頭を垂れた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用向きでしたでしょう、オシリスキナ卿、レディ・シリアナ」
淫らな肛門令息と見知った風なこの紳士は、身のこなしが洗練されている。きっと伯爵家の使用人としては地位の高い方なのだろう。うんうん。いいな。お手本にしよう。
「アナルファック帝国の薔薇姫と謳われるだけございますな。まさに匂い立つ美しさでございます、レディ・シリアナ」
優美に微笑みつつ、シリアナ嬢はぼそりと「尻の穴ですもの臭うに決まっているのでございますわ」と呟いた。何この子。褒められてるのに何なのその態度怖い。
「やぁ、エムジカ。今日はシシィの入学に必要な本やノート、それから便せんと、カフェでアフタヌーンティーをと思ってね」
さっきスコーン食ったばっかなのにまだ食う気なのかこの兄妹。シリアナ嬢なんかスコーン三つも食べたんだぞ。しかし兄妹は涼しい顔である。
「かしこまりました。お品を揃える間にぜひ、カフェでおくつろぎください」
「新しいペンも見たいの。いくつかご用意いただける?」
「もちろんでございます。カフェスペースでおくつろぎの間にカタログをお持ちいたします。さ、こちらへ」
壁際にある魔法を刻んだ昇降装置へ案内される。なるほど、その文字盤に魔力を流すと一定動作を繰り返すようになっているのか。人が乗ると床板が動くようになっているんだな。ただ、扉もなく完全に外から見えているので結構怖い。子供は好きかもしれないなぁ。落ちそうだけど。だが人が入ると魔法で障壁が作られて動く床板部分より外へ出られないようになっているようだ。そりゃそうだ。大事なお客様を落っことしたら大変だもんな。
複数の魔法が同時展開されるのか。中々複雑ではあるが、理解できなくもない。ふむ。エムジカの手元を見ていると、顔を向けられ微笑まれた。
「初めまして。わたくしエムジカ・イキャクと申します。フィストファック商会本店の総支配人をしております」
「エムジカ・イキャク……エムジ、カイキャク……ロマンスグレイな紳士のМ字開脚うううううん! げほんごほん」
どうしたシリアナ嬢。何故突然噎せたんだ。あとめっちゃあかん言葉が聞こえた気がするが、耳が拒否したのかよく聞き取れなかった。
「大丈夫ですか、シリアナ様」
「ええ、大丈夫よ。気にしないで。あなたはいつも通り顔がいいわ、エイン」
僕の顔の心配などしていない。シリアナ嬢の顔を覗き込んだが、例の顔をしている。つまり名前がアレでソレなのだろう。虚無が具現化されたような表情で死んだ目をしているシリアナ嬢を横目に挨拶をする。
「初めまして。不躾に覗き込んで申し訳ありません。何分田舎者で魔法装置が珍しく、興味がございまして。わたくしはエイン・ナゾルト・カイカーンと申します。レディ・シリアナの護衛兼従者をさせていただいております」
「ぬぐんっ。……なるほど、エインは普通のお名前だわアリよりのアリだわと思っておりましたら油断いたしましたのよ……フルネーム……そう、フルネームですのね……」
シリアナ嬢が何か鳴いたが気にしてはいけない。この兄妹、ぶつぶつ小言で呟くのが癖なのか。
「どうかなさいましたか、レディ」
小声で耳打ちする。シリアナ嬢はにっこりと笑みを浮かべ、どこか遠いところを見つめた。
「大丈夫ですわ、陛下。ちゃんと会陰も気持ちよくして差し上げますわよ」
何の話? 嫌な予感しかしない。気持ちよくしていただかなくて結構ですお断りします。
僕らの不審な様子を気にかけるでもなく、エムジカが大きく頷いて見せた。
「オシリスキナ公爵令嬢の護衛という肩書だけであなたの実力が分かるというものです」
「普通の人間はシシィに追いつくことが難しいからね。ボクも気を抜くと置いて行かれる」
え。今までどんだけ護衛を置き去りにして来たんだこの令嬢は。何となく察して過去の護衛たちを憐れむ苦笑いが浮かぶ。エムジカさんも少し困ったように微笑み返してくれた。
シリアナ嬢ほど強ければ護衛なんか必要ないんだろう。それはエロアナル令息も同じ。だからこの人たち、帝国で一番身分が高いお家の令息と令嬢なのにほいほい一人で行動するんだよね。ほんと心臓に悪い。公爵家の使用人たちの心労はいかばかりか。
「あら。わたくし、とってもお転婆だと言われているようで恥ずかしゅうございますわお兄さま」
「シシィはお転婆でも恥ずかしがってもかわいいよ」
ダメだこの兄、妹のことになると筋肉と条件反射でしか動いてねぇ。脳みそを一ミリも介してない返事をしてエロアナル令息はだらしなく鼻の下を伸ばした。
なぁ。マジこの令息に聖女が惚れるの? こんなに妹のことしか考えてない気持ちの悪い兄なのに?
「カイカーン様のご出身はメ・スイキ法王領でいらっしゃるのですかな」
カイカーンという家名の響きはメ・スイキ法王領っぽいのだろう。エムジカの問いへ逆らわず胸へ手を置き頭を垂れる。
「遠い祖先はメ・スイキから来たと聞いております」
嘘は言ってない。この世界で信仰されている原初の神、ドライオル・ガズムは初めに現在のメ・スイキ法王領の首都デラエロイケツに降り立った。一応、僕も原初の神と共に降り立った神の一人であるから間違いではない。
「こちらの昇降機はケツナメル王国の技術を用いているのですよ」
「なるほど、ケツナメルの技術でしたか」
「そんなところ舐めないでいただきたのですわっ!」
マジ突然発作を起こすのやめてくれないかシリアナ嬢。ケツナメルの何がいけないのだ。シリアナ嬢が発作を起こしたということは。分かっている。ケツナメルも下ネタなのだな。よく分かった。しかし僕は何も聞きたくない。
カフェスペースは最上階らしい。席へ案内されたが、僕は二人が案内されたテーブルの脇へ立つ。
「さて、カフェのご利用は初めてでしたでしょうか。ではこちらのお席へどうぞ」
「エムジカ様、よろしければわたくしは貴店の食材やもはや首都アナルナメルで知らぬ者は居ないと言われるフィストファック商会の焼き菓子を拝見させていただきたいのですが」
「ケツもアナルも舐めないでいただきたいのですわっ!」
「はいっ?」
何だどうした、驚かすなよびっくりして声が裏返ったじゃないかちょっと恥ずかしい。その反応は首都の名前までもが下ネタか! 下ネタなのか! もういい加減にしろシリアナ嬢の前世の言語! おちおち世間話もできない。
「ごほん……エインはお料理がとても上手なの。今日ここへ来ると言ったら勉強させていただける、ととても喜んでいたのよ。よろしければ見回らせていただけるかしら」
「かしこまりました。エイン様、こちらへ」
エムジカは僕を案内するために歩き出しながら、待機している使用人へ合図をする。無駄のない動きで近づいて来た使用人へ短く指示を出し、それから手を指し示す。
「失礼、食材は一階でございます」
「なるほど、重たいもの、足の早いものが多い生鮮食材は出入りが激しいから、でしょうか」
「エイン様は商売に興味がおありですか?」
「いいえ、わたくしに商才などございません。お坊ちゃまもお嬢さまも舌が肥えていらっしゃるので、多様な食材を新鮮に手に入れられる場所を探しておりました。これからもぜひこちらと懇意にさせていただきとうございます」
さっきの昇降機の文字盤を盗み見る。うん。原理は分かった。これなら魔界にも作れるぞ。いいな人間界。やったね人間界。
「まだ見ぬうちにそんなことをおっしゃってよろしいのですか、エイン様」
「最上階には話題のカフェ、三階には貴金属などの高級品、二階にはご令息ご令嬢にも手に取りやすい品を配置、実に無駄のない動線かと。一流の店にはやはり、隅々まで一流の仕事がなされているものとお見受けいたしました」
「ほっほっほ、そこまでお褒めいただいては悪い気はいたしませんな。それではエイン様、特別に買い付けたばかりのカ・ツヤクキィン共和国の調味料などいかがでしょう」
「ぜひお見せいただきたい」
わぁい、僕この人好き。珍しい調味料大好き。と言っても、僕にとって人間界の調味料は全部珍しいんだけどね。魔界、大体生食だからさ。あと種族ごとに食べるものも違うし共食いもするし、弱い獣型魔獣とか植物系魔獣も大体強い魔物の餌だしさ。思う存分、珍しい食材を吟味して公爵家のタウンハウスへ配達を頼む。どうせ慌てて戻ってもエロアナル令息に小声の呪詛を垂れ流されるだけだろう。ちょっと他の商品も見て行こう。二階には比較的低価格の品が並んでいる。
エロアナル令息がシリアナ嬢へ笑みを向けた。
「これでオシリスキナ領内も臭わなくなりますわね」
「ああ。シリアナの従者は本当に有能だね」
「恐れ入ります」
頭を垂れた僕をエロアナル令息は無視した。この野郎。
例の工事、とは汚水路の整備である。この国、石畳に糞尿垂れ流しだからすんげー臭いの。公爵家のタウンハウスもトイレ回りだけ超絶臭かった。人間ってちょっと頭悪いよな。いや、貴族が基準で生活様式が決まっているから、下働きのものにやらせとけばいいとこういうのも改善しないんだろう。魔法である程度のことが解決できてしまうのも、技術や考え方が発展しない要因かもしれない。
魔界では屋敷の周りに水路が張り巡らされていて、川の下流へ繋げてある。そこに汚物が流れるようになっているのだ。水路には一定距離を置いて常に水が流れるよう魔法陣を刻んでおけば完成。シリアナ嬢に話したらキラキラした顔で「陛下は天才ですわね」と工事費用をぽんと出してくれたので、今は公爵家のタウンハウスのトイレは臭わない。そう、魔界式にしたのだ。これをエロアナル令息が大層気に入ったらしく、オシリスキナ領内は全ての領地に汚水路を整備することに決めたのである。
「行きたいところは決まっているかい、シシィ」
「ええ、エリィお兄さま。本とノート、それから新しいペン、便せんを買おうと思いますのよ」
「ではフィストファック商会へ行くとしよう」
「んんっ……! 肛門に拳をお入れになってはいけませんのですわ……はい」
あ、また頬の内側噛んでるな。フィストファックがシリアナ嬢の前世の世界で、何らかの下ネタワードなのは確定したが詳しく聞きたくない。どうせまた年頃のご令嬢にあるまじき言葉を連発されるに違いないのだ。気を取り直して話題を振る。
「フィストファック商会といえば帝国一の商会。そういえばエロアナル様のご学友のお家でもありますね」
「イヴォか? だからこそ、かわいいシシィと仲睦まじい様を見せつけに行くのだよ」
確か次男がエロアナル令息と同級生、一つ年上の長男と共に幼馴染で仲がいいと侍女たちが話していた。
「イヴォヂ・オ・シリイタイ伯爵令息様ですね。今は兄君のキレヂ・オ・シリイタイ様が後継者教育中と伺っております」
「痔。痔。痔でお尻痛ぁい……」
ぶつぶつ呟き出したシリアナ嬢にびっくりした。いややめてほんと心臓に悪い。何なの怖い。綺麗なご令嬢の虚無顔怖い。試しに念押ししておこう。ぼそりと呟く。
「イヴォヂ様、キレヂ様……」
「んぐふっ……エイン、連呼しないでくださいませですのよ?」
あ、この二人も下ネタだな。シリアナ嬢が眉根を寄せ目を瞑っている。今、必死で頬の内側を噛んでいるに違いない。鼻の穴が微妙に広がっている。
「キリーはかわいくない弟よりかわいい妹を欲しがっていたから、見せつけてやるのさ」
つまりシリアナ嬢を見せつけたいと。最高の笑顔でエロアナル令息が答える。イヴォヂ令息がかわいいかどうかは知らん。興味ない。だが、フィストファック商会の焼き菓子には興味ある。商会のサロンにカフェが併設されており、そこで食べられるという。わぁい、一度行ってみたかったんだ。嬉しいな。
「エイン、商会で扱っている食材が気になるのでしょう? わたくしとお兄さまがお茶をしている間に見に行ってもいいわよ」
「ありがとうございます」
やったねシリアナ嬢良く分かってる!
「ふむ。今後の美味しい料理に繋がるのならば存分に見て来たまえ。許そう」
一応雇い主はシリアナ嬢なんですけどもね。何で偉そうなんすかね淫らな肛門令息は。
アナルファック帝国の首都、アナルナメルの六番街。スパンキング通りにあるフィストファック商会が見えて来た。僕は護衛も兼ねているから、令息と令嬢と同じ馬車に乗ることを許されている。公爵令嬢の従者としては異例の扱いだ。
なので実は、周りの人間に認知操作の魔法を施してある。僕の存在に疑問を持たないように、ね。だって年頃のご令嬢とただの従者が四六時中一緒はマズいよさすがに。婚約者もいるのに。アホ殿下らしいけど。
まずは商会の前で馬車を停める。御者に少し離れた場所に待機するよう伝え、シリアナ嬢をエスコートするエロアナル令息の少し後ろへ付き従う。ガラスの嵌ったドアをフィストファック商会のドアボーイが開く。二人が店内へ入るのを見送って、僕も付いて行く。数歩も進まぬうちにモノクルの紳士が深々と頭を垂れた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用向きでしたでしょう、オシリスキナ卿、レディ・シリアナ」
淫らな肛門令息と見知った風なこの紳士は、身のこなしが洗練されている。きっと伯爵家の使用人としては地位の高い方なのだろう。うんうん。いいな。お手本にしよう。
「アナルファック帝国の薔薇姫と謳われるだけございますな。まさに匂い立つ美しさでございます、レディ・シリアナ」
優美に微笑みつつ、シリアナ嬢はぼそりと「尻の穴ですもの臭うに決まっているのでございますわ」と呟いた。何この子。褒められてるのに何なのその態度怖い。
「やぁ、エムジカ。今日はシシィの入学に必要な本やノート、それから便せんと、カフェでアフタヌーンティーをと思ってね」
さっきスコーン食ったばっかなのにまだ食う気なのかこの兄妹。シリアナ嬢なんかスコーン三つも食べたんだぞ。しかし兄妹は涼しい顔である。
「かしこまりました。お品を揃える間にぜひ、カフェでおくつろぎください」
「新しいペンも見たいの。いくつかご用意いただける?」
「もちろんでございます。カフェスペースでおくつろぎの間にカタログをお持ちいたします。さ、こちらへ」
壁際にある魔法を刻んだ昇降装置へ案内される。なるほど、その文字盤に魔力を流すと一定動作を繰り返すようになっているのか。人が乗ると床板が動くようになっているんだな。ただ、扉もなく完全に外から見えているので結構怖い。子供は好きかもしれないなぁ。落ちそうだけど。だが人が入ると魔法で障壁が作られて動く床板部分より外へ出られないようになっているようだ。そりゃそうだ。大事なお客様を落っことしたら大変だもんな。
複数の魔法が同時展開されるのか。中々複雑ではあるが、理解できなくもない。ふむ。エムジカの手元を見ていると、顔を向けられ微笑まれた。
「初めまして。わたくしエムジカ・イキャクと申します。フィストファック商会本店の総支配人をしております」
「エムジカ・イキャク……エムジ、カイキャク……ロマンスグレイな紳士のМ字開脚うううううん! げほんごほん」
どうしたシリアナ嬢。何故突然噎せたんだ。あとめっちゃあかん言葉が聞こえた気がするが、耳が拒否したのかよく聞き取れなかった。
「大丈夫ですか、シリアナ様」
「ええ、大丈夫よ。気にしないで。あなたはいつも通り顔がいいわ、エイン」
僕の顔の心配などしていない。シリアナ嬢の顔を覗き込んだが、例の顔をしている。つまり名前がアレでソレなのだろう。虚無が具現化されたような表情で死んだ目をしているシリアナ嬢を横目に挨拶をする。
「初めまして。不躾に覗き込んで申し訳ありません。何分田舎者で魔法装置が珍しく、興味がございまして。わたくしはエイン・ナゾルト・カイカーンと申します。レディ・シリアナの護衛兼従者をさせていただいております」
「ぬぐんっ。……なるほど、エインは普通のお名前だわアリよりのアリだわと思っておりましたら油断いたしましたのよ……フルネーム……そう、フルネームですのね……」
シリアナ嬢が何か鳴いたが気にしてはいけない。この兄妹、ぶつぶつ小言で呟くのが癖なのか。
「どうかなさいましたか、レディ」
小声で耳打ちする。シリアナ嬢はにっこりと笑みを浮かべ、どこか遠いところを見つめた。
「大丈夫ですわ、陛下。ちゃんと会陰も気持ちよくして差し上げますわよ」
何の話? 嫌な予感しかしない。気持ちよくしていただかなくて結構ですお断りします。
僕らの不審な様子を気にかけるでもなく、エムジカが大きく頷いて見せた。
「オシリスキナ公爵令嬢の護衛という肩書だけであなたの実力が分かるというものです」
「普通の人間はシシィに追いつくことが難しいからね。ボクも気を抜くと置いて行かれる」
え。今までどんだけ護衛を置き去りにして来たんだこの令嬢は。何となく察して過去の護衛たちを憐れむ苦笑いが浮かぶ。エムジカさんも少し困ったように微笑み返してくれた。
シリアナ嬢ほど強ければ護衛なんか必要ないんだろう。それはエロアナル令息も同じ。だからこの人たち、帝国で一番身分が高いお家の令息と令嬢なのにほいほい一人で行動するんだよね。ほんと心臓に悪い。公爵家の使用人たちの心労はいかばかりか。
「あら。わたくし、とってもお転婆だと言われているようで恥ずかしゅうございますわお兄さま」
「シシィはお転婆でも恥ずかしがってもかわいいよ」
ダメだこの兄、妹のことになると筋肉と条件反射でしか動いてねぇ。脳みそを一ミリも介してない返事をしてエロアナル令息はだらしなく鼻の下を伸ばした。
なぁ。マジこの令息に聖女が惚れるの? こんなに妹のことしか考えてない気持ちの悪い兄なのに?
「カイカーン様のご出身はメ・スイキ法王領でいらっしゃるのですかな」
カイカーンという家名の響きはメ・スイキ法王領っぽいのだろう。エムジカの問いへ逆らわず胸へ手を置き頭を垂れる。
「遠い祖先はメ・スイキから来たと聞いております」
嘘は言ってない。この世界で信仰されている原初の神、ドライオル・ガズムは初めに現在のメ・スイキ法王領の首都デラエロイケツに降り立った。一応、僕も原初の神と共に降り立った神の一人であるから間違いではない。
「こちらの昇降機はケツナメル王国の技術を用いているのですよ」
「なるほど、ケツナメルの技術でしたか」
「そんなところ舐めないでいただきたのですわっ!」
マジ突然発作を起こすのやめてくれないかシリアナ嬢。ケツナメルの何がいけないのだ。シリアナ嬢が発作を起こしたということは。分かっている。ケツナメルも下ネタなのだな。よく分かった。しかし僕は何も聞きたくない。
カフェスペースは最上階らしい。席へ案内されたが、僕は二人が案内されたテーブルの脇へ立つ。
「さて、カフェのご利用は初めてでしたでしょうか。ではこちらのお席へどうぞ」
「エムジカ様、よろしければわたくしは貴店の食材やもはや首都アナルナメルで知らぬ者は居ないと言われるフィストファック商会の焼き菓子を拝見させていただきたいのですが」
「ケツもアナルも舐めないでいただきたいのですわっ!」
「はいっ?」
何だどうした、驚かすなよびっくりして声が裏返ったじゃないかちょっと恥ずかしい。その反応は首都の名前までもが下ネタか! 下ネタなのか! もういい加減にしろシリアナ嬢の前世の言語! おちおち世間話もできない。
「ごほん……エインはお料理がとても上手なの。今日ここへ来ると言ったら勉強させていただける、ととても喜んでいたのよ。よろしければ見回らせていただけるかしら」
「かしこまりました。エイン様、こちらへ」
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「失礼、食材は一階でございます」
「なるほど、重たいもの、足の早いものが多い生鮮食材は出入りが激しいから、でしょうか」
「エイン様は商売に興味がおありですか?」
「いいえ、わたくしに商才などございません。お坊ちゃまもお嬢さまも舌が肥えていらっしゃるので、多様な食材を新鮮に手に入れられる場所を探しておりました。これからもぜひこちらと懇意にさせていただきとうございます」
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「まだ見ぬうちにそんなことをおっしゃってよろしいのですか、エイン様」
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「ほっほっほ、そこまでお褒めいただいては悪い気はいたしませんな。それではエイン様、特別に買い付けたばかりのカ・ツヤクキィン共和国の調味料などいかがでしょう」
「ぜひお見せいただきたい」
わぁい、僕この人好き。珍しい調味料大好き。と言っても、僕にとって人間界の調味料は全部珍しいんだけどね。魔界、大体生食だからさ。あと種族ごとに食べるものも違うし共食いもするし、弱い獣型魔獣とか植物系魔獣も大体強い魔物の餌だしさ。思う存分、珍しい食材を吟味して公爵家のタウンハウスへ配達を頼む。どうせ慌てて戻ってもエロアナル令息に小声の呪詛を垂れ流されるだけだろう。ちょっと他の商品も見て行こう。二階には比較的低価格の品が並んでいる。
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これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
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