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一 「バッドエンドしかない」という悪役令嬢とやらの従者になったのだが、聞いて欲しい
一の6
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文具からハンカチのような小物、魔法を刻んだ生活用品などである。それでも庶民には手の届かない贅沢品だ。盗難防止のためだろう。ガラスケースは店員の居る側にしか扉がなく、客側からは店員の居る方へ入れないようになっている。ノートや便せんの置かれたガラス張りのショウケースを眺め、ふと顔を上げた。
――地図だ。
地図を見るに海岸線に多少の凸凹はあれど、この世界の大陸は概ね五つの国に分かれているようだ。
ほんの少し。いや、本当はかなり感動した。僕が自由に出歩けたのは原初の神が降り立ったばかりの、まだ混沌としたこの世界だ。今はこんな風になっているのか。こんなに国ができたのか。そして、何より。
「失礼、少々質問してもよろしいですか」
「はい、何なりとどうぞ」
声をかけると大変に丁寧なお辞儀をして、ガラスケースを挟んで店員が近づいて来た。
「大変無知で申し訳ないのですが、この東の海にある島はどこの国の領地に当たるのでしょう」
「パイズーリ島ですね。こちらは未開の地です。一番近いメ・スイキ法王領からも海の難所が多く、人が住むには不便な場所でメ・スイキ法王領も放棄したので、一応帝国の領地ということになっております」
「なるほど。それは……」
なかなか魅力的ではないか。覚えず緩んだ頬を手で覆って隠す。今月は靴下を新調しようかと思っていたが、これが欲しい。
「すみません、この地図をいただけますか」
「かしこまりました」
昇降機の前に居る店員に声をかけ、最上階へ上がる。シリアナ嬢とエロアナル令息の案内された席へ目を向けると、瓜二つの容姿をしたレディシュ、いわゆる赤毛にそばかすの令息が並んでいた。
「エロアナル様、シリアナ様、お待たせ致しました」
「あら、エイン。良い買い物ができたのかしら?」
「はい」
人前だと一応公爵令嬢然としているのだな。時々ちょっと変になるけど。多分主に名前関係で。
「顔面偏差値の高いご令息の中に並んでもエインの顔が圧倒的勝利ですわ」
小さく呟いたシリアナ嬢のいつもの鳴き声は無視することに決めた。
「おや、地図を買ったのかい?」
「ええ。恥ずかしながら、無知なもので勉強しようかと」
主へ報告を済ませて、頭を垂れる。一歩下がった僕を、シリアナ嬢がそばかす兄弟へ紹介した。
「ぐぬんシリイタイ卿、イヴォヂ卿、彼はわたくしの護衛兼侍従のエイン・ナゾルト・カイカーンですわ。お二人がいらっしゃる間もわたくしの傍に置いてよろしいかしら」
おい、最初になんか変な声で唸ったな? ここで一つ気になるのは、僕の自己紹介を聞くたびにシリアナ嬢があの顔をすることだ。僕の名前も下ネタか。そうか。そうなのか。複雑な思いでもう一度、頭を下げて気配を消す。
「構わないよ。なぁ、イヴォ」
「構わないさ。なぁ、兄さん」
「わたくしたちと同じものを食べさせても? エインはオシリスキナのタウンハウスで、スイーツの担当もしておりますの。後学のために、ぜひ」
無言で頭を下げる。爵位の高い令息へ、従者が直接話しかけるのは不敬である。つまりマナー違反ってこと。
「これは驚いた、エリィ同様シリアナ嬢にも護衛は必要ないって聞いてたのに。その上スイーツも作るのか?」
「エイン・ナゾルト・カイカーンにございます、イヴォヂ卿」
マスカットのように瑞々しいペールグリーンの瞳が弟のイヴォヂか。改めて名を名乗って頭を下げる。
「余程の腕前なんだな。メ・スイキ法王領の者は剣技と体術を組み合わせた戦いを得意としてるんだって? 興味があるな。そうだろ、兄さん?」
「そうだね、イヴォ」
どこで聞いてたんだ。それともエムジカが報告したのか。正直、この商会を甘く見ていたかもしれない。つまりシリイタイ卿とフィストファック商会はなかなか有能ってことだ。
「そのようにお褒めいただいて恐縮でございます、シリイタイ卿」
花霞の空に似たペールブルーの瞳が兄の方のキレヂ。顔を向けて再度深く頭を下げた。二人とも肌が白くて全体的に色素が薄い。そばかすも赤毛の典型的な特徴だ。そのせいだろうか、年子だというのにシリイタイ兄弟は双子のようにそっくりな外見だ。少し垂れ目気味の丸い瞳は色こそ違うが、丸い鼻、薄くて大きな唇は、彼らの印象をどこか「いたずらっ子」っぽくしている。
「シシィが自分で連れて来たんだ。『とても強いから護衛兼侍従にします』ってね。珍しいから許可せざるを得ないだろ? 何せボクは、かわいくて可憐な上に強いシシィを愛しているからね」
エロアナル令息が最後を強調して微笑む。シリイタイ兄弟とエロアナル令息はシリアナ嬢が特S級冒険者だと知っているのかもしれない。ひょっとすると上位の貴族には噂が流れているのだろうか。
「そういえばオレたち幼馴染なのに、レディ・シリアナには会った記憶がないな、どうしてだ?」
「そうだね、エリィと遊ぶ時はいつも珍しい金毛の子熊が一緒だったが。あの子熊は賢かったな。オシリスキナの誇るアニリングス騎士団の剣を全て一撃で折っていたね。しかし人間は一切襲わないとても賢い子熊だった。元気だろうか」
その子熊、多分目の前にいますねキレヂ令息。
「いやですわ、そんなに褒められたらわたくし恥ずかしいですわ」
大きく育ったかつての子熊が恥じらって頬へ手を当てる。褒められてない。褒められてないぞ、シリアナ嬢。人間として認識されていなかったという話だぞ、シリアナ嬢。
「小さい頃から強くて美しくてかわいいシシィが兄様の自慢だ。大好きだよシシィ」
いやだから子熊だと思われているが?
「わたくしも、大好きですわ。エリィお兄さま」
誤解は解かないのかエロアナル令息、シリアナ嬢よ。いいのか。それでいいのか。ここにはボケしかいないのか。
「さすがは『帝国の薔薇姫』。匂い立つ美しさ、と社交界でも有名なだけはあるね。とても可憐だ。いいなぁ、エリィ。私も妹が欲しかった」
シリアナ嬢が例によって「尻の穴ですもの臭いますわよね」と呟いたが誰も気にしない。何だろう、何か特殊な魔法でもかかっているのかどうして僕以外はシリアナ嬢の呟きが聞こえていない様子なんだ訳が分からないよ。
「今から父上と母上に頑張ってもらえばいいじゃん、兄さん」
「ほらね。こんなかわいくない弟より、かわいく『お兄様』って呼んでくれる妹、ほしいなぁ」
「ではお許しいただけるのであれば、シリイタイ卿をキリーお兄さまとお呼びしてもよろしいかしら?」
シリアナ嬢は社交辞令のつもりだったのだろうが、キレヂ令息は勢いよく首を傾け超高速で頷いた。
「本当かい、レディ。では私もシシィと呼んでいいかな? いいよね、いいだろうエリィ? レディ・シリアナ自らお兄様と呼んでくれると言うのだから断る理由がないね!」
「ぐぬぅ」
エロアナル令息がまるで砂利でも口に含んでいるかのような表情をしている。そのうち唾と一緒に本当に砂利を吐き出すんじゃないだろうか。怖い。
「あー! ずるいぞ兄さん、じゃあオレも! オレもシシィって呼ぶし、オレのことはイヴォ兄様と呼んでくれよな!」
「うふふ、では……キリーお兄さま、イヴォお兄さま」
はにかんで名前を呼び、目を伏せたシリアナ嬢の長い睫毛が涙袋へ淡い影を作る。
まさに「恥じらい」を体現したような瑞々しくも初々しい乙女の姿だ。しかし僕は知っている。シリアナ嬢が頬の内側を噛んでいることを。興味ある。あとでキレヂとイヴォヂにどんな意味があるのか聞いてみようという気持ちになるではないか。しかし聞いたが最後、きっと公爵令嬢にあるまじき下ネタを聞かされることになるだろう。だから聞かない。僕は、僕の好奇心に蓋をした。
「……いい」
「……うん。いいね。こんなかわいい妹を独り占めしてたなんてエリィは贅沢だな。そう思わない? 兄さん」
「思うとも、イヴォ」
「ふふん、そうだろうそうだろう。我が妹のかわいさにひれ伏すがいい」
「さすが『匂い立つ美しさ、帝国の薔薇姫』と称されるシリアナ嬢だね、エリィ」
「当たり前だよ、シシィが帝国一美しいに決まっている!」
「そりゃ尻の穴ですもの臭いますし薔薇ってアナルローズってことかしらあははうふふですわ」
にこやかに聞きたくない言葉を挟んだシリアナ嬢はともかく、この国の令息はバカ揃いか。呆れている僕を後目にバカたちは幸せそうにシリアナ嬢を囲んで、お茶を飲み始めた。
「エイン、エイン、あなたも好きなものをお食べなさい。そして美味しいケーキのレシピを考えるのよ」
「シシィのお願いとあらば我が商会秘伝のレシピを教えるぜ。なぁ、兄さん」
「かわいく『キリーお兄様、おねがい』と言ってごらんシシィ。ほら言ってごらん」
「キリー、イヴォ、ボクのシシィに馴れ馴れしいぞ!」
欲望丸出しの令息たちにため息をそっと吐き出す。そんな簡単にレシピを教えるな。いいのか商売道具だろうが。まぁ僕は嬉しいけど。離れた席でケーキを食べ、醜い欲望を曝け出す令息たちを横目にレシピを考える。ドライフルーツとナッツ類の入ったケーキかぁ。僕、嫌いなんだよねドライフルーツ。甘ったるくて外側はパリパリしてるのに、中身はぬちゃっとした食感があまり好きじゃない。あとナッツ類も好きじゃない。だって木の実だぞ。そんなの魔界で木の皮まで剥いで食べたのになんで今さら食べなきゃなんないんだ断固拒否。
ちらりと目をやる。どうやらシリアナ嬢もらしい。複雑な表情で宙を見つめている。どちらかと言うとさぁ、ドライフルーツを紅茶に入れたらどうかなぁって思うんだけども。んでケーキには生のフルーツを使いたい。どうかな。そうなるとあの、クロテッドクリームと一緒に挟んでみるのはどうだろう。
シリアナ嬢の方を見て、頷く。
「!」
シリアナ嬢の瞳が輝いた。ええ、お嬢さま。期待していてください。僕はやりますよ。美味しいスイーツのためならば。そこだけに関しては我々の目的は一致している。いや、ばっどえんどとやらを回避するというのも忘れてはいないよ。いないけど。紅茶美味いな。どこの茶葉か後で聞こう。
「お待たせ致しました、レディ・シリアナ。こちらからお申し付けください」
シリアナがカタログを見ながら、何気ない風を装ってエロアナルへ声をかける。
「エリィお兄さま。婚約者の決まっているご令嬢の中にはゼンリツセェン学園に通わず、領地で家庭教師を雇う方もいらっしゃると聞き及びましたの。わたくしも、領地に留まることはできますかしら」
「シシィ、学園に行きたくないのかい?」
「……お父さまのお傍を、離れたくありませんの……」
「ボクは? ボクの傍は離れてもいいのかいシシィ!」
「お兄さまはあと一年で領地にお戻りになられるじゃありませんの。わたくし、三年も家族と離れて暮らすのは寂しいのです……」
お。中々上手い方向から話を持って来たな。
「え、王都にはオレたちも居るじゃないかシシィ。なぁ、兄さん」
「そうだよシシィ、私たちも兄だと思っていいのだよ? なぁ、エリィ」
「シシィの兄はボクだけだよっ」
「キリーお兄さまとイヴォお兄さまは、商会のお仕事としてオシリスキナ領に遊びに来てはくださらないの?」
「そうだね、ドエロミナの社交シーズンは冬だ。ぜひ遊びにおいで、キリー、イヴォ」
「ドエロミナは冬も首都よりうんと温かですの。ぜひおいでになって?」
愛らしく小首を傾げたシリアナ嬢に、令息たちはだらしなく表情を緩めている。
「仕事などでなくても行くとも。なぁ、兄さん?」
「仕事などではなくても行くとも。ああ、イヴォ」
「じゃあボクも新学期から領地に戻ろうかな。シシィと一緒に家庭教師を雇うんだ。シシィが領地に留まるなら、父上はお許しになるだろう」
ほらぁ、だから言ったじゃん。この兄ならシリアナ嬢の言うことなんでも聞くって。
「だからエリィお兄さま。今日は便せんと魔法ペンを買うにとどめておきますわ。お兄さまが領地に戻られるまで、たくさんお手紙を書きますわね」
「オレにも手紙をくれていいんだぞ、シシィ」
「私にも手紙をおくれ、シシィ」
中々うざいなシリイタイ兄弟。今日、知り合ったばかりだろうに。しかもシリアナ嬢のことを子熊だと思っていたくせに。まぁ確かにシリアナ嬢はかわいい。
「シシィ」
「はい、エリィお兄さま」
「ボクはシシィとこれ以上離れていたくないから、飛び級で卒業できないか学園に掛け合うことに決めたよ」
マジこの兄気持ち悪いな。妹のためなら何でもするだろやっぱこれ。
――地図だ。
地図を見るに海岸線に多少の凸凹はあれど、この世界の大陸は概ね五つの国に分かれているようだ。
ほんの少し。いや、本当はかなり感動した。僕が自由に出歩けたのは原初の神が降り立ったばかりの、まだ混沌としたこの世界だ。今はこんな風になっているのか。こんなに国ができたのか。そして、何より。
「失礼、少々質問してもよろしいですか」
「はい、何なりとどうぞ」
声をかけると大変に丁寧なお辞儀をして、ガラスケースを挟んで店員が近づいて来た。
「大変無知で申し訳ないのですが、この東の海にある島はどこの国の領地に当たるのでしょう」
「パイズーリ島ですね。こちらは未開の地です。一番近いメ・スイキ法王領からも海の難所が多く、人が住むには不便な場所でメ・スイキ法王領も放棄したので、一応帝国の領地ということになっております」
「なるほど。それは……」
なかなか魅力的ではないか。覚えず緩んだ頬を手で覆って隠す。今月は靴下を新調しようかと思っていたが、これが欲しい。
「すみません、この地図をいただけますか」
「かしこまりました」
昇降機の前に居る店員に声をかけ、最上階へ上がる。シリアナ嬢とエロアナル令息の案内された席へ目を向けると、瓜二つの容姿をしたレディシュ、いわゆる赤毛にそばかすの令息が並んでいた。
「エロアナル様、シリアナ様、お待たせ致しました」
「あら、エイン。良い買い物ができたのかしら?」
「はい」
人前だと一応公爵令嬢然としているのだな。時々ちょっと変になるけど。多分主に名前関係で。
「顔面偏差値の高いご令息の中に並んでもエインの顔が圧倒的勝利ですわ」
小さく呟いたシリアナ嬢のいつもの鳴き声は無視することに決めた。
「おや、地図を買ったのかい?」
「ええ。恥ずかしながら、無知なもので勉強しようかと」
主へ報告を済ませて、頭を垂れる。一歩下がった僕を、シリアナ嬢がそばかす兄弟へ紹介した。
「ぐぬんシリイタイ卿、イヴォヂ卿、彼はわたくしの護衛兼侍従のエイン・ナゾルト・カイカーンですわ。お二人がいらっしゃる間もわたくしの傍に置いてよろしいかしら」
おい、最初になんか変な声で唸ったな? ここで一つ気になるのは、僕の自己紹介を聞くたびにシリアナ嬢があの顔をすることだ。僕の名前も下ネタか。そうか。そうなのか。複雑な思いでもう一度、頭を下げて気配を消す。
「構わないよ。なぁ、イヴォ」
「構わないさ。なぁ、兄さん」
「わたくしたちと同じものを食べさせても? エインはオシリスキナのタウンハウスで、スイーツの担当もしておりますの。後学のために、ぜひ」
無言で頭を下げる。爵位の高い令息へ、従者が直接話しかけるのは不敬である。つまりマナー違反ってこと。
「これは驚いた、エリィ同様シリアナ嬢にも護衛は必要ないって聞いてたのに。その上スイーツも作るのか?」
「エイン・ナゾルト・カイカーンにございます、イヴォヂ卿」
マスカットのように瑞々しいペールグリーンの瞳が弟のイヴォヂか。改めて名を名乗って頭を下げる。
「余程の腕前なんだな。メ・スイキ法王領の者は剣技と体術を組み合わせた戦いを得意としてるんだって? 興味があるな。そうだろ、兄さん?」
「そうだね、イヴォ」
どこで聞いてたんだ。それともエムジカが報告したのか。正直、この商会を甘く見ていたかもしれない。つまりシリイタイ卿とフィストファック商会はなかなか有能ってことだ。
「そのようにお褒めいただいて恐縮でございます、シリイタイ卿」
花霞の空に似たペールブルーの瞳が兄の方のキレヂ。顔を向けて再度深く頭を下げた。二人とも肌が白くて全体的に色素が薄い。そばかすも赤毛の典型的な特徴だ。そのせいだろうか、年子だというのにシリイタイ兄弟は双子のようにそっくりな外見だ。少し垂れ目気味の丸い瞳は色こそ違うが、丸い鼻、薄くて大きな唇は、彼らの印象をどこか「いたずらっ子」っぽくしている。
「シシィが自分で連れて来たんだ。『とても強いから護衛兼侍従にします』ってね。珍しいから許可せざるを得ないだろ? 何せボクは、かわいくて可憐な上に強いシシィを愛しているからね」
エロアナル令息が最後を強調して微笑む。シリイタイ兄弟とエロアナル令息はシリアナ嬢が特S級冒険者だと知っているのかもしれない。ひょっとすると上位の貴族には噂が流れているのだろうか。
「そういえばオレたち幼馴染なのに、レディ・シリアナには会った記憶がないな、どうしてだ?」
「そうだね、エリィと遊ぶ時はいつも珍しい金毛の子熊が一緒だったが。あの子熊は賢かったな。オシリスキナの誇るアニリングス騎士団の剣を全て一撃で折っていたね。しかし人間は一切襲わないとても賢い子熊だった。元気だろうか」
その子熊、多分目の前にいますねキレヂ令息。
「いやですわ、そんなに褒められたらわたくし恥ずかしいですわ」
大きく育ったかつての子熊が恥じらって頬へ手を当てる。褒められてない。褒められてないぞ、シリアナ嬢。人間として認識されていなかったという話だぞ、シリアナ嬢。
「小さい頃から強くて美しくてかわいいシシィが兄様の自慢だ。大好きだよシシィ」
いやだから子熊だと思われているが?
「わたくしも、大好きですわ。エリィお兄さま」
誤解は解かないのかエロアナル令息、シリアナ嬢よ。いいのか。それでいいのか。ここにはボケしかいないのか。
「さすがは『帝国の薔薇姫』。匂い立つ美しさ、と社交界でも有名なだけはあるね。とても可憐だ。いいなぁ、エリィ。私も妹が欲しかった」
シリアナ嬢が例によって「尻の穴ですもの臭いますわよね」と呟いたが誰も気にしない。何だろう、何か特殊な魔法でもかかっているのかどうして僕以外はシリアナ嬢の呟きが聞こえていない様子なんだ訳が分からないよ。
「今から父上と母上に頑張ってもらえばいいじゃん、兄さん」
「ほらね。こんなかわいくない弟より、かわいく『お兄様』って呼んでくれる妹、ほしいなぁ」
「ではお許しいただけるのであれば、シリイタイ卿をキリーお兄さまとお呼びしてもよろしいかしら?」
シリアナ嬢は社交辞令のつもりだったのだろうが、キレヂ令息は勢いよく首を傾け超高速で頷いた。
「本当かい、レディ。では私もシシィと呼んでいいかな? いいよね、いいだろうエリィ? レディ・シリアナ自らお兄様と呼んでくれると言うのだから断る理由がないね!」
「ぐぬぅ」
エロアナル令息がまるで砂利でも口に含んでいるかのような表情をしている。そのうち唾と一緒に本当に砂利を吐き出すんじゃないだろうか。怖い。
「あー! ずるいぞ兄さん、じゃあオレも! オレもシシィって呼ぶし、オレのことはイヴォ兄様と呼んでくれよな!」
「うふふ、では……キリーお兄さま、イヴォお兄さま」
はにかんで名前を呼び、目を伏せたシリアナ嬢の長い睫毛が涙袋へ淡い影を作る。
まさに「恥じらい」を体現したような瑞々しくも初々しい乙女の姿だ。しかし僕は知っている。シリアナ嬢が頬の内側を噛んでいることを。興味ある。あとでキレヂとイヴォヂにどんな意味があるのか聞いてみようという気持ちになるではないか。しかし聞いたが最後、きっと公爵令嬢にあるまじき下ネタを聞かされることになるだろう。だから聞かない。僕は、僕の好奇心に蓋をした。
「……いい」
「……うん。いいね。こんなかわいい妹を独り占めしてたなんてエリィは贅沢だな。そう思わない? 兄さん」
「思うとも、イヴォ」
「ふふん、そうだろうそうだろう。我が妹のかわいさにひれ伏すがいい」
「さすが『匂い立つ美しさ、帝国の薔薇姫』と称されるシリアナ嬢だね、エリィ」
「当たり前だよ、シシィが帝国一美しいに決まっている!」
「そりゃ尻の穴ですもの臭いますし薔薇ってアナルローズってことかしらあははうふふですわ」
にこやかに聞きたくない言葉を挟んだシリアナ嬢はともかく、この国の令息はバカ揃いか。呆れている僕を後目にバカたちは幸せそうにシリアナ嬢を囲んで、お茶を飲み始めた。
「エイン、エイン、あなたも好きなものをお食べなさい。そして美味しいケーキのレシピを考えるのよ」
「シシィのお願いとあらば我が商会秘伝のレシピを教えるぜ。なぁ、兄さん」
「かわいく『キリーお兄様、おねがい』と言ってごらんシシィ。ほら言ってごらん」
「キリー、イヴォ、ボクのシシィに馴れ馴れしいぞ!」
欲望丸出しの令息たちにため息をそっと吐き出す。そんな簡単にレシピを教えるな。いいのか商売道具だろうが。まぁ僕は嬉しいけど。離れた席でケーキを食べ、醜い欲望を曝け出す令息たちを横目にレシピを考える。ドライフルーツとナッツ類の入ったケーキかぁ。僕、嫌いなんだよねドライフルーツ。甘ったるくて外側はパリパリしてるのに、中身はぬちゃっとした食感があまり好きじゃない。あとナッツ類も好きじゃない。だって木の実だぞ。そんなの魔界で木の皮まで剥いで食べたのになんで今さら食べなきゃなんないんだ断固拒否。
ちらりと目をやる。どうやらシリアナ嬢もらしい。複雑な表情で宙を見つめている。どちらかと言うとさぁ、ドライフルーツを紅茶に入れたらどうかなぁって思うんだけども。んでケーキには生のフルーツを使いたい。どうかな。そうなるとあの、クロテッドクリームと一緒に挟んでみるのはどうだろう。
シリアナ嬢の方を見て、頷く。
「!」
シリアナ嬢の瞳が輝いた。ええ、お嬢さま。期待していてください。僕はやりますよ。美味しいスイーツのためならば。そこだけに関しては我々の目的は一致している。いや、ばっどえんどとやらを回避するというのも忘れてはいないよ。いないけど。紅茶美味いな。どこの茶葉か後で聞こう。
「お待たせ致しました、レディ・シリアナ。こちらからお申し付けください」
シリアナがカタログを見ながら、何気ない風を装ってエロアナルへ声をかける。
「エリィお兄さま。婚約者の決まっているご令嬢の中にはゼンリツセェン学園に通わず、領地で家庭教師を雇う方もいらっしゃると聞き及びましたの。わたくしも、領地に留まることはできますかしら」
「シシィ、学園に行きたくないのかい?」
「……お父さまのお傍を、離れたくありませんの……」
「ボクは? ボクの傍は離れてもいいのかいシシィ!」
「お兄さまはあと一年で領地にお戻りになられるじゃありませんの。わたくし、三年も家族と離れて暮らすのは寂しいのです……」
お。中々上手い方向から話を持って来たな。
「え、王都にはオレたちも居るじゃないかシシィ。なぁ、兄さん」
「そうだよシシィ、私たちも兄だと思っていいのだよ? なぁ、エリィ」
「シシィの兄はボクだけだよっ」
「キリーお兄さまとイヴォお兄さまは、商会のお仕事としてオシリスキナ領に遊びに来てはくださらないの?」
「そうだね、ドエロミナの社交シーズンは冬だ。ぜひ遊びにおいで、キリー、イヴォ」
「ドエロミナは冬も首都よりうんと温かですの。ぜひおいでになって?」
愛らしく小首を傾げたシリアナ嬢に、令息たちはだらしなく表情を緩めている。
「仕事などでなくても行くとも。なぁ、兄さん?」
「仕事などではなくても行くとも。ああ、イヴォ」
「じゃあボクも新学期から領地に戻ろうかな。シシィと一緒に家庭教師を雇うんだ。シシィが領地に留まるなら、父上はお許しになるだろう」
ほらぁ、だから言ったじゃん。この兄ならシリアナ嬢の言うことなんでも聞くって。
「だからエリィお兄さま。今日は便せんと魔法ペンを買うにとどめておきますわ。お兄さまが領地に戻られるまで、たくさんお手紙を書きますわね」
「オレにも手紙をくれていいんだぞ、シシィ」
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中々うざいなシリイタイ兄弟。今日、知り合ったばかりだろうに。しかもシリアナ嬢のことを子熊だと思っていたくせに。まぁ確かにシリアナ嬢はかわいい。
「シシィ」
「はい、エリィお兄さま」
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