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外伝 バッドエンドしかない悪役令嬢になったのですけれど、推しの魔王を幸せにいたしますわ!

外伝1

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「陛下、マンゴーミルクかき氷、マンゴーマシマシでお願いいたしますわ」
「いらっしゃいませお嬢さま。マンゴーミルクかき氷マンゴーマシマシお待たせいたしました」
「陛下のミルクはいつ頃いただけますでしょうか?」
「何度言ったら分かるのかな! 君、その下品な口を閉じないとマンゴーを丸ごと口に詰め込むよ!」
「なるほど、陛下はお口でするのがお好き」
「そんなこと一言も言ってないでしょうがあああああああああ! 営業妨害だよもう帰ってくれないか!」
「陛下におかれましては、いつ頃になればわたくしを陛下の寝室へお招きいただけますのでしょうか」
「招かないよッ!」
「では寝室ではなくてもよろしゅうございますので、いつか島へお招きいただけましたら甚だ幸いにございますわ」
「……まぁ、それは考えておこう」
 そういえばあの島、わたくしとアホ殿下の婚約破棄のために尽力していただいた陛下へのお礼としての購入時に名前を見たのですがパイズーリ島と申しますのよ。
「陛下はお尻や足派であらせられますか。それとも胸派であらせられますでしょうか」
「君そんなのうっかり答えたら腕に胸を押しつけたり後ろから抱きついて背中に胸を押しつけたりする気だろうチョロい童貞をナメるなよ、そんなんされたら惚れてしまうぞ」
「なるほど、胸派であらせられますのですわね」
「うぐっ……。ち、ちがうもん……」
「おっぱいがお好きですのね?」
「おっぱいは童貞のみならず男なら誰でも好きでしょうが! だがご令嬢がおっぱいとか往来で口にしてはいけませんッ!」
 陛下は相変わらず、怒ってもキャラが崩壊しても顔が大変よろしくていらっしゃいますわ。見惚れながらかき氷を口にいたしますと、ただのかき氷が何万倍も美味しくいただけるのでございます。これこそ推しが現世に実在する幸せというものでございますわね。ただいかんせん、わたくしの想いが陛下にどうもうまく伝わっていないようなのでございますの。
「陛下、親指と人差し指をこう、交差させていただけますかしら?」
「何だ一体……こうか?」
「ええ、ええ、さすが陛下。飲み込みが早くていらっしゃいますわ。陛下のハートマーク網膜に焼きつけましたわ」
「訳が分からない。本当に、営業妨害だから帰ってくれ……」
 ぐったりと項垂れながら額を押さえた陛下のおくれ毛、ばっちり網膜に焼きつけましたのですわ。尊いの権化ですわ。わたくしを邪険にしながらも言われたことは素直にやってしまう陛下、かわいらしゅうございますわね。皆様もそう思いませんこと?
「陛下、わたくし思い付きましたの」
「なんだ」
 魔王陛下であらせられます、エイン様のおっしゃることには魔界で人型の魔物は希少だそうなのですわ。わたくし先日、インキュバス三兄弟のお名前を伺った折に腹筋がよじれるのを堪えたのは近年で一番偉かったと思っておりますの。
 だって、長男がナオシタ・イ・チンポジーで次男がサダマラナ・イ・チンポジーで三男がサリゲナ・イ・チンポジーだったのですわよ。チンポジくらい勝手に直してくださいませなのですわ。名前が過分にアレだというのに、三人とも芸術の神に愛されたような美青年でございました。眼福ですが、やはり陛下のご尊顔には及びませんわ。
「このかき氷屋台は見目麗しい男性が店番をしていると有名ですのよ」
「……そうなのか」
「ええ。ですので、店番の男性と記念の肖像画を描けるというスペシャル特典を一ドエロー金貨で受け付けるというのはいかがでしょうか」
「一……ドエロー……金貨……」
「時間がかかって回転数が稼げなくとも、おそらく貴族令嬢に大人気になりますわ」
 ちなみに我が家は陛下へ料理顧問として年間二十ドエロー金貨をお支払いしておりますのよ。一ドエロー金貨は百エロイ銀貨と同等ですわ。帝国最高の名誉を賜るアナルローズ帝国騎士団の騎士は最低でも二十エロイ銀貨の月収がございますから、庶民が一生かかっても目にすることのない金額ですわね。
「一時間一枚として……一日六枚程度を見込むと……六ドエロー金貨……」
 陛下は顔が世界遺産並みによろしいのですが、お金はお持ちではございませんの。ですからお金の話には敏感でございますのよ。それから股間と童貞のお話にも敏感ですわ。ですからきっと、色んな所が敏感だと推察できますのよ。敏感な陛下。素晴らしいですわね。敏感な陛下という語感だけで白米が三杯はいただけますわ。けれど残念なことに前世の知識から推察するにおそらく中世ヨーロッパ風のこの世界に、白米はございませんの。白米を求めていざ、大航海……は陛下の神聖な股間の魔王を美味しくいただいてからにしたいと目論んでおりますのよ。美味しい旅のお供は陛下ですわ。
「シリトア」
「はい、陛下。御前に」
「急ぎ絵を描くのが得意な者の中から特に、絵を仕上げるのが早い者を連れて来るように」
「かしこまりました」
 さすが陛下、お金になると見込んだら行動が早いのですわ。そんなところも素敵ですわね。わたくし、早漏でも回数が見込めれば問題ありませんわ。陛下の陛下を見つめ、強く頷きましたの。陛下にもわたくしの気持ちが通じたのか、にっこり微笑んで頷いてくださいましたわ。
「礼を言うぞ、シリアナ嬢。しかし紳士の股間をじっくり眺めながらかき氷を食べるのは止めたまえ。それから帰ってくれ」
 つれないところもまた陛下の魅力ですのよ。わたくしは渋々立ち上がって陛下へ手を振りましたの。きちんと手を振り返してくださるのが、陛下のおかわいらしいところですわ。
 ドエロイゾ川沿いの大通りシリエロイ通りはドエロミナ城まで続くドエロミナの目抜き通りですの。普通の公爵令嬢ならば共も従者も連れずに一人歩きなど以ての外ですが、わたくしは少し普通とは事情が違いますのよ。
 そう、わたくしには前世の記憶があるのです。前世でわたくしは「日本」という国で会社員という平民の暮らしをしておりましたの。まぁ、前世では大体の人間は平民なのですが。
 そして前世でよくある異世界転生をしていると気づいたのは、わたくしが五歳の頃でございましたのよ。オシリスキナ公爵家では五歳になると東の森にあるダンジョンで腕試しをするのですが、そこでこの世界が乙女ゲーム「恋と魔法と精霊の約束」通称「こいまほ」の世界だと気づいたのでございますわ。そう。ゲームオタクなら見慣れたステータス画面がダンジョンへ入るなり現れたのです。
「マジ?」
 その驚きと言ったら、思わず前世の口調で呟いてしまうほどでございましたのよ。公爵令嬢にあるまじき口調ですの。お恥ずかしゅうございますわ。
 「こいまほ」はソーシャルゲームが主流の現代に於いて今どき珍しいオンラインゲームで、乙女ゲームでありながらバトルシーンにも手を抜かないことが売りでございました。メリバ万歳の万人受けするゲームではありませんでしたが、コアなファンが付いていることで有名でしたの。もちろん、わたくしはコアなファンでございましたのよ。このゲームの攻略対象は五人。けれど、二周目限定の隠し攻略対象が存在するのです。
 その方がわたくしの最推し。
 賢明な皆様はもうお分かりですわね? そう、魔王アナルパァル。エイン・ナゾルト・カイカーン陛下ですのよ。もうこの際、このゲームのキャラクターの名前がクソなことはここでは申し上げません。脚本家いい加減にしろ。アナルパールで会陰をなぞると快感ってどういうことだってばよ。尻とアナルでイクも大概だけども、ヒロインの名前からして三こすり半でイかせるとかどんだけだ。悪役令嬢の名前が尻穴ってどうなんだふざけてんのか。ただでさえ転生して戸惑ってるのに名前を毎回尻穴尻穴言われる身にもなってみろ。
 失礼いたしました。少々取り乱しましたわ。そんなこんなで、わたくし最推しに会うために努力に努力を重ねて強くなりましたのよ。つまりわたくしの努力はすべて、陛下のためなのですわ。
 ひとえに、推しを幸せにするために。
 城門をくぐり、自室へ入ると天蓋付きベッドの脇へ置かれたフランベルジュを手に取りましたの。このフランベルジュには光の精霊王が宿っておりますのよ。本来ならばヒロインと契約するはずの精霊なのですが、何故かわたくしの剣に宿っておりますのよ。何故……、そう。この光の精霊王が殴られて喜ぶド変態だからでございますわ。
「鍛錬か? 鍛錬するのか? シリアナよ。我を思う存分打ち付けるがいいぞ!」
 黙れド変態と言いたくなるのをぐっと堪えることができるわたくしはできる子ですわ。そう、やればできる。やればできる子なのです。いつか陛下もヤってしまえばこちらのモノですわ。そのためにも鍛錬は欠かせません。それにわたくしは、ヒロインよりも陛下よりも、誰よりも神よりも強くならなくてはなりませんの。
 陛下を、幸せにするために。
「イチ。あの方は今、どうしておられますか」
「……調子、悪いようじゃぞ」
 先ほどまで饒舌だった光の精霊王が何とも歯切れの悪い様子ですの。どうにも「あの方」について聞かれたくないようですわね。けれどわたくし、前世でこのゲームをディスクが擦り切れるまでプレイした女ですのよ。隠しキャラを含めてシナリオは全て攻略済みなのですわ!
「小娘」
「何ですの、ド変態王」
「ぐぬ……。おぬし何故、闇の精霊王より先にワシと契約したのじゃ」
 ド変態ということに異論はないのですわね。光の精霊王がド変態だなんて、誰が想像できたでしょうか。ド変態ですけれどもこの光の精霊王、顕現すると金髪碧眼のなかなか美形ですのよ。このゲームのキャラクターで変態ではない人物など魔王陛下以外に居りませんでしたわね。納得でございますわ。
「あの方に会うためですわ」
「……おぬしでは、まだちとあの方には届かぬぞ」
「分かっていますわ。それでも、あの方を止めなければ陛下は幸せになれない」
 シリアナ・ス・バラシーク・オシリスキナ。このゲームの悪役令嬢。ヒロインの邪魔をし、ヒロインと攻略対象の絆を深めるためだけの存在。そもそも悪役令嬢であるシリアナは聖女ではありませんが、悪役ゆえに戦闘能力は弩級チートで最強なのですわ。二周目で魔王陛下がヒロインと共に倒すラスボスはシリアナですの。
 ラスボスのくせに、陛下を幸せにするために強くなるとは何事か、ですございますか? そこですわ。ラスボスがわたくしということは、陛下とは逆の属性でなくてはゲームバランス的におかしいのではなくて? シリアナは、ヒロインという聖女が現れたにも関わらず聖女候補からなぜ、外されなかったのか。
 明敏な皆様は、大体予想がついておられますわね?
 それでも神を屠るには、届かない。
 ゲームでは用意されていない、未来を陛下に。
 けれどもわたくし、この世界に転生したと理解した時からそれだけを目指してまいりましたの。
 そのためだけに、己を鍛えた。そのためだけに、陛下に会った。そのためだけに、ヒロインの邪魔をした。そのためだけに。
「わたくしの願いはただ一つですの」
 陛下の願いを叶える。ただそれだけ。
「そのためには、光の攻撃魔法を使う聖騎士団と戦って実戦に備えられればいいのですけれども」
「聖騎士団に喧嘩を売る気か」
「光の精霊王のあなたが、光の神ドライオル・ガズムを信奉するデラエロイケツ聖騎士団と戦うのはいかがかしら?」
「……めちゃくちゃ興奮しますっ!」
「……その己の癖に全力投球な姿勢、正直ドン引きですわ」
 けれどヒロインと光の精霊王が契約してしまえばドライオル・ガズムの力が上がると予想されるからには、わたくしが先に契約してしまうのが一番ですわ。徹底的にヒロインの邪魔をする。それがわたくしの願いを叶えるために必要なのです。血の滲むような努力の結果、わたくしは闇と光の精霊王と契約を叶えたのでございますの。あとは、陛下の知らぬところで速やかに実行するのみ。
 都合のよいことに陛下は魔物たちを東の海にある孤島へ移住させるため、大変お忙しくていらっしゃいますの。きっと気づかれませんわ。ラストダンジョンもなくなった今、わたくしは毎日ドラゴンの巣へ赴き鍛錬を欠かさぬ毎日でございますのよ。
「ラストダンジョンも制覇したので、もうそろそろ光のドラゴンが現れてもいい頃ですのに……」
「魔王が討伐されてないからなぁ」
「陛下に刃を向けるなんて、わたくしとてもできませんわ」
「代わりになるような闇の存在を討伐すれば、あるいは」
「……」
「……」
 イチと同時に視線がわたくしの尻の下で恍惚の表情を浮かべるド変態精霊王に注がれましたの。
「……! 魔王の代わりに、我を討つ気か……!」
「陛下に刃を向けるわけにはいきませんでしょう?」
「我には刃を向けていいのか! 外道め!」
「大丈夫ですわ。ダンジョンボスも倒しても何度でも復活しておりましたもの」
「簡単に言うな! そもそもダンジョンの魔物は瀕死になったら魔界へ転送されるように魔王が魔法をかけた上で、回復魔法も蘇生魔法も付与されておるのだぞ!」
「ニイにはどれも必要ありませんわね。お好きでございましょう? そういうの」
「んんんん好きぃぃぃぃぃぃ!」
 大変気持ち悪うございますわ。微塵も迷いなく討伐できます。ありがとう、ニイ。ド変態闇の精霊王。あなたに勝てないわたくしが、あの方に勝てるはずもありませんものね。正直、どれだけ外見が美形でも触りたくありませんが仕方ありませんわ。
「けれどわたくしの部屋を破壊するわけには行きませんわ。陛下に気取られないよい場所はないかしら」
「あるぞ、よい場所」
 フランベルジュからトコロテンを押し出すようににゅっと上半身が出ている美形というのは、なかなかにシュールなものがございますわね。フランベルジュと繋がっている見えそうで見えない下半身のソレを、切り離してしまいたい気持ちをぐっとこらえて尋ねましたのよ。
「どこですの、イチ」
「ドライオル・ガズムが初めに降り立った地の神殿だ」
「……そこは法王直轄ではなくて?」
 ミナエロイ大陸の中央に女王が治める技術大国ケツナメル王国。お父さまの祖国ですわね。その北西に建国神話でドライオル・ガズムから『この地を治めよ』と聖剣エスジケッチョウを渡された皇王の子孫が治めるエロスキーネ神皇国。エロスキーネ神皇国で広められている教義は大変厳しく、エロアーナ教の中でも区別してエロアーナ教クンニ派と呼ばれますのよ。南西に多民族国家であるカ・ツヤクキィン共和国。一部近海の島ではシャーマニズム信仰が盛んでメチャケ・ツエロイという森林の精霊を崇めているのですわ。森の精霊であるメチャケ・ツエロイと交信することができるシャーマンをムチャエ・ロイと呼ぶんだそうですわよ。獣人が多く暮らす国ですわね。ケモ耳好きにはたまりませんの。北東に神聖メ・スイキ法王領。エロアーナ教の主神であるドライオル・ガズムが初めて降り立った地、デラエロイケツを守る法王インランド・ヘンターイを主とした宗教国家ですのよ。そして南東のここがアナルファック帝国ですわ。
 純然たる日本人の皆様におかれましては、ここまで説明したら発狂しそうなわたくしの気持ちがお分かりいただけるかと思いますのよ。そう、この世界人名だけではなく地名もクソでございますの。新しい地名や都市の名前を聞くたびに新鮮に脚本家への殺意が芽生えますわ。
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