まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

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冬木立の月

第20話

「譲っていただきましたので、お先に進ませていただきます。アンブロス子爵令息」
「……――ほう。宮中伯家はわたくしの弟子を下に見るらしい」
「……っ」
 ルクレーシャスさんが低く唸った。オーベルマイヤーさんがごくりと唾を飲み込む音がした。怖い。ぼくは「スヴァンテ・フリュクレフ」と名乗った。バルタザールはそれなのに名乗ってもいない「アンブロス子爵令息」と呼ばわったのだ。つまり今、ぼくは分かりやすく喧嘩を売られたわけである。
「まさか。お父上に似ておられたので、つい。失礼いたしました、スヴァンテ公子」
 高祖母に似てるって言わなかったっけ、バルタザールくん。「公子」とは自分より身分が上の令息に使う敬称だ。咎められて言い直したのだから、バルタザールが知らなかったわけがない。
 こんな肝の据わった十歳居る? みんながぼくを見る目が、少し分かった気がする。なるほど小賢しくて憎たらしいなこれは。ここで延々嫌味の応酬をしていても時間の無駄だ。さっさと終わらせてさっさと離宮へ戻るに限る。
 先を譲ってやったのに、嫌味で返すようなヤツを待つ必要はない、と判断してルクレーシャスさんを促す。
「お気になさらず。さ、ルカ様参りましょう」
「そうだね。どうせ吼える犬ほど弱いものだし。覚えておくよ、ミレッカー」
「……っ、子供の言い間違いですよ、ベステル・ヘクセ様」
「君より五つも年下のスヴァンくんができることをできないなんて、ミレッカー家の将来も知れたものだな」
「ル、ルカ様っ」
 ちょ、なんでさらに喧嘩売ってんですかルクレーシャスさんんんん。ルクレーシャスさんの襟を引っ張って廊下の先を指さす。
「行きますよ、ルカ様」
「うちの子が賢くて大人しい子で命拾いしたね、ミレッカー」
 んなわけあるかぁぁぁぁぁぁ。前世合わせて三十歳のぼくより、二百歳越えのあんたが大人げなくてどうする!
「……」
 バルタザールは薄く笑みを貼り付けたままだ。それが逆に怖い。見てよ、拳握っちゃってるじゃん。
 まぁこれでミレッカー宮中伯がぼくのことをどう思ってるかも大体知れたしいいけど。やっぱ良くは思われてないよね、この調子じゃ。それが分かっただけでも今日のところは収穫があった。ミレッカー宮中伯のことは気を付けねばなるまい。
「ルカ様、ぼくここからは歩きます」
「いいじゃない、スヴァンくん。なんならずっと抱っこしていてあげるのに」
「やです」
 さすがに抱っこされたまま部屋に入るわけにはいかないので、扉の前でルクレーシャスさんに下してもらった。案内された部屋に入ると、ジークフリードがぱあっと顔を綻ばせた。
「よく来た、スヴェン、ラルク。ベステル・ヘクセどのまでおいでいただけるとはこうえいだ」
 さすがに令息たちもざわめく。そう、今日持って来たボードゲームの監修者様ですよ本物の勇者を知る唯一の人ですよ。ルクレーシャスさんを見て歓声を上げた令息たちは、ぼくを見ると皆なぜか静まり返った。ぼんやりしている。なんだろう。ぼく何か変なことをしただろうか。服? 服の着方が変とか? 何か顔に付いてるとかそういうこと? 自分の服を見ようとして体を捻るぼくを無視して、ルクレーシャスさんはジークフリードへ答える。
「今日はわたくしは、スヴァンくんの付き添いですよ」
「そうか。大したおもてなしもできぬがゆっくりするがいい」
「初めまして、お会いできて光栄です。ベステル・ヘクセ様!」
「伝説の英雄にお会いできるだなんて夢のようです、ベステル・ヘクセ様」
 令息たちは口々に、興奮した様子でルクレーシャスさんへ挨拶している。だって子供はみんな英雄譚が大好きだもの。目の前に伝説の英雄がいるのだから、そりゃ興奮するよね。
「みんな、今日はベステル・ヘクセどのに会いに来たのではなかろう。ほら、こっちへ来い」
 もうね、ほんとね、ジークフリード。言い方。この人、ヘラヘラしてますけど国賓対応しないといけない人ですよ。ルクレーシャスさんはにこにこしているが、ジークフリードに答えないという形で不満を露わにしている。誰も気づかないのか。ぼくは嫌な汗を開始早々、一人大量に流している。
「お招きありがとうございます、ジーク様。さっそくですが、ジーク様にこちらを献上させていただきます。ラルク」
「はい」
 ラルクが捧げ持った包みを受け取り、ジークフリードは興奮した様子で体ごと室内を指し示す。
「うむ! 待っておったぞ!」
 暖炉の前にアセンジェス産の毛足の長いラグが敷かれている。ここでボードゲームを広げて遊ぼうというのだろう。すでに三人の令息たちは暖炉の前へ移動していた。
「みなにしょうかいしよう。スヴァンテ・フリュクレフだ。このボードゲームをこうあんした、天才なのだぞ。スヴェン、こちらへ」
「はじめまして。スヴァンテ・フリュクレフと申します。皆様にお会いできて大変光栄でございます」
 左足を後ろへ引いて、胸へ手を当て頭を下げる。顔を上げて微笑むと、護衛騎士たちを含む周囲から「ああ」とも「うう」ともつかぬ声が漏れた。ぼく、なんか変なことしただろうか。ルクレーシャスさんを見上げると、一つため息を吹きかけられる。なんですか、もう。
「ローデリヒ・エステンです。よろしく、スヴァンテ公子」
 騎士団長の長男、公爵令息のローデリヒはローアンバーの髪に、深いクロムグリーンの瞳で少しやんちゃな印象だ。
「ティモ・エンケです。よろしくおねがいします……」
 公爵令息のティモは明るいクロムオレンジの髪、インディゴブルーの瞳で上目遣いにぼくを見た。とても気が弱そうである。
「ロマーヌス・メッテルニヒです。はじめまして、スヴァンテ公子」
 伯爵令息のロマーヌスは、エメラルドグリーンの髪にハニーイエローの瞳で「これぞ異世界転生!」という有り得ない髪色である。はきはきと明るい口調で好印象だ。
「……」
 流れで続けて自己紹介するものだという視線を受け、バルタザールは沈黙している。こいつ……ジークフリードの前でも喧嘩を売る気なんだな。ルクレーシャスさんがとっととソファへ座ってしまったのを視界の端で捉えて無理矢理顔を上げる。
「バルタザール令息とは、先ほど廊下でお会いしてご挨拶いただきました」
「そうだったのか。スヴェン、こっちに来い。みなにゲームのせつめいをしてくれ」
 手を引かれて、ジークフリードの横へ連れて行かれる。バルタザールはぼくから離れて腕を組んでいる。しかし視線はずっと、ぼくから離れない。感じ悪いったらありゃしない。ジークフリードはそんなことは意に介さず、包みを破いてボードゲームを取り出し、ラグの上へ広げた。令息たちの間から、歓声ともため息ともつかぬ声が漏れた。
「うわぁ」
「すごい」
「このサインは、ベステル・ヘクセ様のものだ!」
「これはなんですか? ああ、殿下。早く遊びましょう!」
「……っ!」
 バルタザールもやはり十歳の子供だ。初めて見るボードゲームに興味はあるのだろう。少しラグへ歩み寄り、ボードゲームを覗き込んでいる。ジークフリードは得意気に青いコマ人形を掴んで目を輝かせた。
「そちらはブルーダイヤモンドで仕上げた、ジーク様専用のコマになります」
 ぼくが告げると、ジークフリードは満足気にコマを見つめる令息たちを見回して笑みを浮かべている。
「王冠を被っておられる!」
「ブルーダイヤモンドですか? 大変希少だと伺っておりますよ」
「それ以外のコマも、エメラルド、オパール、ガーネット、アメシスト、トパーズで作られております。お好きな色でお選びください」
 さすが高位の貴族令息ばかり。ジークフリードのように我先にと奪い合うことなく、譲り合ってコマを選び終えた。
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