まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

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穂刈月の幽霊騒動

第127話

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 だからこそ、食物アレルギーを起こす可能性の高い食事が並ぶ中、蕎麦が出て来たらぼくなら確信する。こいつ自分を食物アレルギーで殺す気だ、って。
「ぼくにいくつか死に至るかも知れない食物の心当たりがあります。それを薬学士の虜囚に食べさせ続けるのです。いくら鈍感だとしても、症状が出やすい食物ばかりが食事として出されればこちらの意図に気づくでしょう。もちろん本当に食物アレルギーで死なれては困るから、普通の食事もそれなりに出してね」
 ラテックスアレルギーの部分は省いて軽く話す。ジークフリードもイェレミーアスも、特に疑問を持たない様子でぼくの話を聞いている。この子たち、ぼくへの信頼が強すぎないか。ちょっと心配になる。世の中にはね、詐欺を働く大人なんていっぱいいるんだから用心しなくちゃいけないんだよ?
『ヴァン』
「?」
『死なないようにしてある。食べても死ぬほど苦しむだけで死なない』
「……」
 それはさすがに鬼すぎやしないかね、ルチ様や。ぼくは即座に発言を撤回してフレートへ手を上げた。
「いいです。アレルギーが出やすい食物のみの食事を与えましょう。ルチ様のお陰で死なないので思う存分やっちゃいましょう。因果応報ですので」
「まぁたスヴェンが怖いこと言ってら……」
 ローデリヒの呟きを咳払い一つで無視した。
「薬学士にヴァンの言うような知識があり、何らかの反応を示したのならば、それは皇室へ収められている薬学典範に同様の記載がなければならない」
 イェレミーアスの声がぼくの耳殻をくすぐる。頷いて同意を示すと、ジークフリードは片手で自分の顎を撫でながら小さく首を縦へ振る。
「ふむ。皇宮へ納めた薬学典範と実際の知識に相違があれば、反逆罪にも問える」
「上手く行けば、ミレッカーと薬学士を分断できる」
 ジークフリードは姿勢を戻し膝の上で両手を組むと、首を傾げた。
「うむ? それがどうしてミレッカーと薬学士を分断できることに繋がるのだ?」
「薬学士が、実際は持ち得ている知識を故意に薬学典範へ記入していないとすれば、虚偽の記載をせよと命じたのは一体、誰でしょう?」
 ぼくを抱えたイェレミーアスの、声が背中から響く。
「ミレッカーか、薬学士か。真実がどうであれ、両者の間に軋轢が生じるのは確かでしょうね」
「罪の擦り付け合いで泥仕合になるだろうな。なるほど。どちらだと主張するにせよ、こちらに損はない」
「そういうことです。まず、そこから崩して行き、それを利用したと思しき今までは不審とも思われず処理されていた貴族の死を、集めて行く」
「その死で利を得た者は誰か、が判明すればその知識をもたらしたものは誰か、もおのずと知れよう。さすればミレッカーの関与は明らかになる」
 ぼくのお腹へ添えられたイェレミーアスの手に、力が籠る。手を重ね、ぼくは顔を上げた。
「そうすれば、ラウシェンバッハ伯爵の死の真相も暴くことができる」
「ことによると、これはラウシェンバッハの死のみに終わらない。ミレッカーが……誰にも知られず、この皇国を裏から操っていた可能性が出て来るぞ……。そうか、だから父上はミレッカーに不信感を抱いていたのか。だが、父上は確証に至ることができなかった。スヴェンのように、食物が毒になるかもしれないという知識がなかったから」
 とんとんとん、と組んだ足の上で指を弾きながら呟く。さすがはジークフリードだ。先日、この騒動を知った際にぼくらが懸念していたことに一人で思い至った。
「ですから今ぼくらがしなくてはならないことは、ギーナ様とゼクレス子爵家が捕らえている証人を守ることと、誰も不審とは思わなかった貴族の死を集めることです。ぼくらはまだ、何も気づいていないフリをしながら、です」
「何かがおかしいと思いつつも、確信を持てなかった人たちはきっと居る。その人たちを探して、話を聞くことができれば」
 ぐ、と低く唸るようにイェレミーアスの声が体へ響く。悔しい、悔しいと声音が、体温が、吐息が静かに告げている。ジークフリードが指を止めた。
「数人見つければ、おのずと話は集まるだろう。だがスヴェンが表に出るのは危険すぎる」
「そこは情報屋を介して、エステン公爵に収集をお願いしようかと思っています」
「うむ。妥当なところだな」
「遊びに行くフリをして、エステン公爵家へより強固な加護をお願いしておきます」
 膝の上で組んだ手をぎゅっと握り締め、ジークフリードは目を閉じた。それから顔を上げると、一瞬口をへの字にしてもう一度俯く。
「スヴェン」
「はい」
「改めてオレは怖い。リヒも、スヴェンも、アスも心配なのに。お前たちに何かあったとしてもオレはきっと、すぐに駆け付けられない」
 再びぼくへ顔を向けたジークフリードのアースアイが潤んでいる。
「それで十分ですよ、ジーク様。十分、ジーク様は自分のことのようにぼくらを心配してくださっている。それだけで十分です」
 ぼくは少しだけ、身を乗り出した。それから胸の前で両手を合わせ、無邪気に笑って見せる。
「ぼく、もう一つ考えていることがあるんです」
「……お前がそういう顔をしている時は、大体顔に似合わずえげつないことを考えている時だな」
「間違いありませんね」
 イェレミーアスまで同意した。失礼だな、一体ぼくがどんな顔してるっていうんだよ。
「ぼく、以前にも言いましたよね。ハンスイェルクとシェルケが辺境から出られない間に、ミレッカーと仲違いをさせたい、と」
「ああ。言っていたね」
 ぼくは身を捻ってイェレミーアスへ笑顔を向けた。
「ぼくねぇ、イェレ兄さま。こう見えて結構、怒って、いるのですよ?」
「……そうなのかい? ヴァン」
「はい。犯罪者など、勝手にお互い疑心暗鬼で腹を探り合って自滅すればいいのです」
 己の欲を満たすために他人を害する人間など、碌なものではない。ましてや過去に犯した犯罪が、己の行動を制限するのであれば因果応報だ。にっこり微笑むと、イェレミーアスはぼくの頬へ自分の頬をくっつけた。近い位置から少年独特の甘さと、大人へと変じる揺らぎを含んだ声が囁く。
「じゃあ私たちのできることは、君を邪魔しないことくらいだね?」
「ん~……」
 唇の下へ人差し指を当て、ぼくはちょっとだけ首を傾げて見せた。
「今はまだ、内緒です。後から全部分かった方が、きっとスカッとするでしょうから」
 両手をぱちん、と合わせて「えへへ」と笑うと、ジークフリードは肩を落として大きなため息を吐いた。
「まったく、本当にあなたの弟子は世の中の美しいものだけを見て生きているような顔をして、何と恐ろしい策略を口にするのか。そう思いませんか、ベステル・ヘクセ殿」
「わたくしが言おうとしたことを今、君が先に言ってしまったんだよ。ジークくん」
 呆れたように放って、ルクレーシャスさんはブッセを自分の口へ押し込む。ぼくは無言でキャラメルの入ったキャンディポットを、ルクレーシャスさんの前へ押し出した。
「ですので、イェレ兄さまは皇宮とこの屋敷とリヒ様のところで剣の稽古をしていてください。来月には本邸が出来上がるし、引越しに大忙しですよ?」
「ヤツらにはそう見せておく、のだな? スヴェン」
「ええ、ジーク様」
 いつも通りに扉付近へ待機している有能な執事へ声をかける。
「フレート」
「はい、スヴァンテ様」
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