リスティリア救世譚

ともざわ きよあき

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第一章  眩きレブレーベント

第一話 はじまりの街は悲劇から⑦

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「えらく肩入れするじゃないですか、陛下。あんまり気を許すのもどうかと思いますがね」
「全く、お前はひょうきんものの癖に、こういうときはしっかりしてるね。流石、我が騎士たちの長だ。頼もしいことだよ」
 教会の庭先で、小さな宴が催されていた。街の片付けに入っていた者たちをねぎらい、生き残った者たちの無事を祝う、小さくも楽しい宴だ。
 その端で、女王とバルドは小さな声で語らう。生存者たちと語り合う総司に、二人の視線が向けられていた。
「お前はあの涙も嘘と思うかい」
「俺はあいつを疑ってるわけじゃない。疑ってるのは、あいつをつかわした女神さまです」
「ほう? 不敬なことだね」
「女神さまご本人かどうか、わかったもんじゃない。俺ならしないね、こんなこと」
 バルドは大きなジョッキで強めの酒をぐいっと飲み干した。その言葉には――――決して、総司への疑念の感情はなかった。
「俺はあいつの話、ほとんど信じてるんですよ。あいつは今まで普通の小僧だった。闘いとか、悪意とか、そんなのとは無縁のね。そんな奴を死体ばっかりの街に叩き落してよ、あんな風に泣かせて……違うでしょうが、慈愛の女神のやることがそんなんで良いはずねえでしょうが。今はああやって笑ってますけどね、心の傷はそう簡単には癒えねえもんだ。この先も悪夢を見る、この先もジクジクと心にじんわり効いてくる。何年たっても消えねえんだ、ああいうのは」
 それは、戦士として修羅場を潜った者の経験談。女王は少しだけ表情を引き締めた。
「……なんだ、お前さんの方が肩入れしてるじゃないか」
「あいつは良い奴だ。それは間違いねえよ。あの涙が演技なら大したもんさ。けど、あいつが女神を救うためにつかわされたって部分は、信じ切ることが出来ん。なんかこう……壮大な罠なんじゃねえかと……あいつ自身もすっかり騙されて見落としてる何かがあるんじゃねえかと。そんな風に思えちまうんです。あいつには何の悪気もなくても」
「だから、私が肩入れしすぎるのは良くないと」
「あなただけは、しっかりしていてほしいもんでね」
「はっはっは! 悪ガキが立派になったもんだ。忠告痛み入る、オーレン団長。忘れぬようにしておこう」
「やめてくださいよ……酒の席のたわごとと思ってくださって結構」
「ふっ――――なに、心配は要らん。見定めている途中さ。まあしかし」
 リシアや生存者たちと何度目かの乾杯をしている総司を見て、女王は笑った。
「若いってのはいいもんだ。なあ、そう思わんか」
「俺もまだまだ若いつもりだったんですがねぇ」
「ならばやることは一つだな」
 女王は自分のグラスを持って、若者たちの輪に突撃した。
「さあ、私も混ぜておくれ! あぁ、よいよい、シスター達よ、今宵は無礼講である! おぉい、誰ぞ、歌える者はおらんのか! リシア!」
「勘弁してください!」
「何だ情けない! おっ! いけるか騎士たち! 全くお前達は優秀だね! では一曲やってもらおうか!」
 屈強な騎士たちが、総司の知らない賑やかな歌を歌い始める。女王はなんだか変な動きをしながら歌に合わせて踊り出した。
 一国の王のそんな姿を見て、まだ影が差していた生存者たちの顔にも笑顔が戻る。
「さあ、勇者様も」
 シスターの一人が酒を持ち、総司のグラスに注いだ。
「ありがとう……でも、勇者様ってのはやめてくれよ、ルーナ」
 総司が苦笑しながら言う。ルーナ――――生存者の中では最年長の、可愛らしい金髪の修道女。総司がグライヴを討ち果たしたと知らされたとき、真っ先に手を取って感謝を述べてくれた、恐らくは子供たちのリーダーだ。
「間違いがありませんもの。私達にとって、恩人であり勇者様なのですよ、あなたは」
「むずがゆいんだよ。それに……救えたのは、君らだけだった」
「でもあなたがいなければ、私達すら救われることはなかった。そうでしょう」
「……その言葉だけで、十分だ」
 総司は、昨日バルドに振る舞われてから人生二度目の酒を、一気に口へ入れた。
 強くはないが、初心者の総司にしてみればきつく感じる。それでも今は酔っていたかった。
「おい、あまり無理をするなよ」
 リシアが水を注ぎながら厳しい声で忠告した。
「その様子だと飲み慣れていないだろう。適量にしておけ、適量に」
「はいはい。良いじゃんか、今日はさ」
「止めてはいない。限度を弁えておけよと、それだけだ」
「母親みたいだな」
「そんな歳ではないんだが……」
「朝から思っていたんだがね?」
 女王がぬっと、二人の後ろから顔を出した。
「うわっ!」
 がしっと二人の両肩を掴む女王に、リシアが慌てて、
「陛下、こぼれ、こぼれますから!」
「お前達、昨日出会ったばかりではなかったか?」
「え? ええ、そうですよ。まさにこの場所で初めて出会いましたが。ソウシが丁度、皆の墓を作ってくれていたときです」
「まだ一日というのに、随分と仲睦まじげだなぁ。似合いと思っておったんだ」
「な、何を仰います! 別に、特別そういうわけでも――――」
「どうだソウシ。堅物だが器量は良いし教養もある。得難い女だ。救世主の嫁という大任も務められると思うが」
「ちょっと! 陛下、何を余計な――――」
「いやぁ、そればかりは本人の意志を尊重しないと。なあ?」
「お前も下手に乗るな、酒の入った陛下は冗談が通じるようで通じないんだ!」
「ではリシアの返事次第か。ソウシはお前のことを悪く思っておらんようだ。どうする」
「どうするもこうするも、どうもしません!」
 宴会は夜を通して続きそうな勢いだった。その最中、総司は女王に呼ばれ、喧騒を離れて教会の裏手に出る。
 当たり前に思ってしまったが、その時初めて、この世界にも月があることを知った。昨夜は気にもしなかったことだった。
 女王は月明かりの中に立ち、総司を優しく手招きした。
 周囲を覆う植物は、総司の世界にないものだった。月光に照らされて発光する異世界の草花。総司の来訪を歓迎するかのように煌めくそれらの一つに手を触れて、女王は言う。
「惨劇の後でも、子供たちは気丈だった。お前もな。耐えがたい試練をよくぞ乗り越えた」
「……陛下のおかげです。この事態を止めることは出来なかったけれど、それでも前に進まなければならないということ……心に染みました」
「ならば、老人の説教にも多少の意味はあったということ。さて、ソウシ。お前はこれからどうする?」
「これからですか? もちろん、女神を救う旅路に出ます。あなたが仰った通りに」
「ははっ」
 女王は楽しそうに笑って、
「具体案を聞いておるのだ。女神を救うため、まずはどうする」
「……それは……これから探るというところですかね……」
「困った男だな」
 総司は何も言い返せず、戸惑いながら目を伏せた。
 「何かしなければならない」、行動しなければならないと、この悲劇を乗り越えたからこそ焦りがあった。しかし、ではどういう行動をしなければならないかがわからないままだ。総司は結局、この二日間、女王の言う通り苛烈な試練を乗り越えたものの、未だ無知なままだった。
「さて、ソウシよ、提案がある」
「提案ですか……?」
「右も左もわからぬまま歩み出したところで迷子になるだけよ。お前には力はあっても知識が足りんし、何より問題はお前の目的だ」
 女王は、裏庭の簡素なベンチに腰掛けて、ふーっと長く息をついた。
「“この世界を見渡せる場所”……女神の住まう神域、恐らくお前はそこに向かわねばならんのうだろうと思う。推測だがな」
「リシアもその言葉を口にしていました。レヴァンチェスカのいる場所、そこから彼女がどこかへ隠れてしまっていると」
「感覚的なものだ。リスティリアの民は皆感づいておるよ。女神の平和に異常があることは。だが、その神域への到達は困難を極めるだろう。何となれば、誰もかれもその手段を物語の中でしか知らんからだ」
「……え?」
「レブレーベント王家の書物には、『七つの鍵を集めた勇者が神域の扉を開く』とある。しかし他国の王に聞いたが、あちらはあちらで伝わり方が違ってな。遥か北方で待ち構える暗黒の巨人に気に入られれば、その剛腕で女神の領域まで投げ飛ばしてもらえるらしい」
 レヴァンチェスカは、リスティリアに住まう全ての民にとって当たり前にそこにある女神であると共に、伝説の存在でもあった。それでも彼女がいること、彼女が世界を形作り、護っていることを皆が理解しているのは――――
「女神は気まぐれに下界に姿を現しては、その慈愛を振りまいてくださる。その慈愛によって多くの国が豊かになった。だが……それでも女神は伝説の存在。お前がまず何をすべきか、私にも見当がつかん」
 甘く考えていたわけではなかったが、やはり道のりは気が遠くなるほど険しい。問題は、レヴァンチェスカがそのあたりの知識を総司に与えていないこと。
 時間はたくさんあったはずなのに、あの女神は大事なことを伝えていないのだ。
「そこでだ」
 女王も、流石に女神の全てを知っているということはない。彼女にあるのは現実的な当面の提案だ。
「まずは知識を身に着け、ひとまずどうすべきか大まかな方針が決まるまで、レブレーベントに腰を落ち着けるがいい。明日、私たちと共に王都へ引き上げるぞ」
 総司は目を丸くして女王を見た。
「よろしいのですか? こんな、得体のしれない――――」
「今更だな」
 女王はおかしそうに笑った。
「もう私も、リシアも、お前の話を聞いた皆がお前のことを信じておるよ。それにタダとは言っておらん」
 女王がトントン、と、自分の隣のベンチを叩いた。総司は一礼しながら女王の隣に腰かける。
「活性化した魔獣の出現は、これが初めてではない」
 リシアもそう言っていた。彼女が活性化と言う言葉を使うからには、その前例がある。これが女神不在による影響なのかどうか定かではなかったが、無関係とは思えない。
「お前はリシアの下につける。第三騎士団にな。そして第三騎士団には勅命を与える。この活性化の原因を突き止め、解決すること。もしかするとそれは、お前の使命を全うすることに繋がるかもしれんし、何よりレブレーベントの国益となる。悪い話ではなかろう」
「……陛下は」
 総司は、ぽつりとつぶやいた。
「何故、今日出会ったばかりの、どこの誰とも知れない男に、そこまで……?」
「一日もあれば十分だ」
 女王は、何だそんなことか、とでも言わんばかりにすぐに応じた。
「それに足る男と思った。お前を見ていると希望を持ってしまう。そういう気配があるんだよ。自分ではわからんかもしれんが」
 女王は月を見上げながら続けた。
「まだ、こちらに来て二日。気ばかり焦っても事態は好転せんよ。まずは落ち着くことだ。それとも不服か?」
「いえ、まさか! ありがたい話です。是非」
「うむ、結構。リシアにも話を通さねばならんな。あれも嫌とは言わんだろう」
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