リスティリア救世譚

ともざわ きよあき

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第一章  眩きレブレーベント

第二話 王女との出会いは疑いから①

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 魔法による空間の移動は、総司が漫画やアニメで見ていたほど劇的で便利なものではなかった。リシアによると、人間一人であれば、熟達した魔法使いならば相当の距離を瞬間移動する術もある、とのことだったが、この大人数ではそうもいかないらしいのだ。空間移動は難易度の高い魔法に数えられ、おいそれと使うことは出来ない。
 ではどうするかと言えば、そこは魔獣の力を借りるという。
 女王の昨日の話を聞いても、まだ魔獣という存在に良いイメージを持てない総司が、どういうことかと訝っていると、すぐにその疑問の答えがやってきた。
 領主の屋敷の庭に暴風が吹き荒れ、総司は腕で顔を覆う。
 巨大な翼をはためかせて、数体の「ドラゴン」が、大きな木造りの船を曳いてやってきたのである。
「うおおおお……なんじゃこりゃあ……!」
「おや、昨日はお前も『ドラゴン』を知っている風だったじゃないか。まさにそのものだよ」
「いや、本当におとぎ話の世界の名前でしかなかったんですって! うわぁ、じゃあマジでドラゴンなの!? おおおすっげー! 触って大丈夫ですかこいつらは!」
 総司はたーっとドラゴンに駆け寄ると、恐る恐るその手前で速度を落とし、聞いた。
「な、なあ、ちょっとだけ触っても良い……ですか?」
 青い体躯の、リシア曰く「小柄な」ドラゴンは、しばらく総司を静寂な目で見据えていたが、やがて仕方なさそうに頷くような仕草をした。どうやら人の言葉もしっかり理解できるらしい。
「うおぉ……う、鱗が……ざらざらしてる……かったいなぁ……すげえ、すげえ……」
「こら、働け」
 リシアが総司の頭をぺちんと叩いて諌めた。
「今日から私の部下となるのだ。物珍しいのかもしれんが程々に。さあ、生存者たちが乗り込む間に我らも荷物を積み込むぞ」
「へーい……」
 荷物を運びながら、総司は興味津々でリシアに聞いた。
「なあ、ドラゴンを移動に使うってのは、リスティリアじゃ常識なのか?」
「まさか。お前の世界ではおとぎ話の存在だったということだが、それよりは身近というだけ。王族ぐらいのものだ、彼らが嫌う表現だが『飼っている』と言えるのはな」
 リシアも、女とは思えないほど大量の荷物を軽々と担ぎ上げながら、総司の勢いある問いかけに苦笑しつつ答えた。
「それも、比較的小さく温厚な種しか、ヒトとの共存はしておらんよ。大半の種はまさに魔獣の王、現れた時に対応を誤れば大災害さ」
「へえー……あいつらでも小柄なんだ……」
「かなりな。一度、伝説の存在と称されたとあるドラゴンを目にしたことがあるんだが……」
 リシアは首を振って、
「山のよう、というのはああいうのを言うんだろうな。襲われなかったのは本当に幸運だった。あんなもの、ヒトが剣だ斧だと振り回してどうにかできる次元ではない」
「何だろう、そこまで言われると逆に見てみたいもんだなぁ」
「運に自信があれば、それも良いかもな」
 軽口を叩きながら準備を終えているうちに、ルーナ達生存者が船に乗り込んだようだ。王族近衛の騎士たちも、女王も、乗船を終えていた。
 最後の一人となった総司が船に乗り込むと、ドラゴンたちは息を合わせて飛翔する。数十人が乗り込んだ船であっても、ドラゴンたちにとっては軽いものらしい。ふわりと飛翔し、船は空路を進んでレブレーベントの城下町、シルヴェンスを目指す進路を取った。
「おぉ、おっ。おおっと」
「何だその不格好な踊りは」
「いや、揺れに慣れないんだって! すげえ独特」
「すぐに慣れるさ。数時間もあれば王都につく。しばし休憩だ」
 天空に躍り出た船は、四体のドラゴンに運ばれて緩やかに上昇を続ける。
 美しいシエルダの街が遠ざかっていくのを、総司は何とも言えない表情で見送っていた。
「遠きローグタリアという国には」
 そんな総司に、生存者ルーナが声を掛ける。
「ドラゴンの力を借りずとも、魔法の力で空を飛ぶ船があるとのことです。一時、全世界に普及しかけたその技術は、ある逆賊の悪用を受けてローグタリアにのみ残されることとなったとか」
「昔の話か?」
「ええ、私達が生まれるよりもずっと前の話です」
 敬虔な修道女らしく、遠くに祈りを馳せて、ルーナは続ける。
「あなたの世界にはなかったのですか、ソウシ」
「空を飛ぶ機械があったよ。この船よりもずっと速かったけど……」
 総司は、自分の世界のことを思い出しながら言った。
「その技術は、ヒトを運ぶことだけじゃなく、戦争にも使われている」
 ルーナにはもともと家族がいなかった。
 シエルダの街で、生まれて間もなく孤児となった彼女は、物心ついた時には既に修道女として生きる道に入っていた。教会で女神に祈りを捧げ、質素で清廉な生活をしてきた彼女も含めて、平和に生きていたはずの彼女らを襲った突然の悲劇。
 それでも子供たちの前で情けない姿を見せまいと、気丈に振る舞い続けてきたのだから、可憐な見た目からは想像もつかない精神力の持ち主だ。誰に教わったわけでもないのに、自ら書物で学びを深め、話し方にも言葉にも教養がある。
 その才能は既に女王にも見出されていたらしい。
「陛下に誘われました。城で働いてみないかと」
「へえ。良い話じゃないか」
「ソウシもしばらくは騎士団に所属するとか」
「おう、リシアのところにな。右も左もわからないもんで、ありがたい話さ」
 総司は明るく言ったのだが、ルーナは何故か険しい表情をした。
 可憐でつぶらな、アイドル性を秘めた瞳が、少しばかり鋭く細められ、総司をじっと見つめている。
「……どうした?」
「リスティリアには、あなたの元いた世界とは違って、魔法がある……でも、あなたの世界と同じく、魔法には努力だけでなく才能も必要です。私などは凡人のそれですけど」
 ルーナはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「稀に、突然変異種が生まれる。女神に愛されたとしか思えない、他にない力を持った存在。気を付けてください――――リシア・アリンティアスもまた、そんな突然変異種の一人です」
「……どういうこと?」
「絶大な力を、女神の寵愛を受けたかのような才能を持った者には、同時に、女神より試練が与えられる。その人生に、その道のりに、苛酷な何かが用意される。恐らくその引き金はあなたです」
 それはリスティリアの伝説か、それとも常識か。
 ルーナは極めて真剣な表情で続けた。
「彼女は信頼に足る人物だと思います。けれど決して一般的ではない。あの年齢で騎士団一つの長を任される傑出した人物なのです。そういう人間は往々にして、物事の中心に居座る。その“物事”が、良いものか悪いものかに関係なく」
 力を持っていればこそ、ぶつかる壁は通常よりも大きく分厚いものとなる。
 総司にも当てはまる。才能あるリシアで、ルーナの言うように苛酷な運命が待っていると称されるなら、まさに女神の加護を受けた彼に与えられる試練は、一体どれほどのものになるのだろう。
「……ならせめて、“良い物事”の中心にいてくれることを祈らないとな」
「私も祈ります。専門家ですから。お任せください」
 ルーナはやっと、険しい表情を緩めて微笑んだ。
 彼女が子供たちの所へと去った後、総司は船の中を歩き、リシアの姿を探した。ようやく揺れにも慣れてきて、改めて見回してみれば、この船は相当大きいことがわかる。
 いや――――総司はぴたりと動きを止めた。
 外から見ていたよりも、明らかに内部空間の方が大きい。
 総司はそっと壁に手を当てる。
 ピリッと感じる明らかな魔力の気配に、ようやく気付いた。魔法によって内部空間が拡張されている。しかし拡張にも限界があるから、元々の船にもそれなりの大きさが求められた。
「へえー……」
 魔法が当たり前にある世界。当然それは、「魅せる為」に魔法と言うギミックが使われるおとぎ話とは違って、生活と共にあるということだ。恐らくシエルダの街にも、総司がそれと気づかなかっただけで、随所に、日々の生活の中に落とし込まれた魔法の痕跡があったのだろう。
 そして思い知る。こんなちょっとしたことでも、気付こうとしなければ気付けなかった。目に見えるものと、実際にそうであることの違いに、今の今まで――――
 こういうことが、これから何度も起こるはずだ。リスティリアは総司が元いた世界以上に、目に見えるものが全て真実とは限らない場所なのだ。総司の常識にこれまでなかった魔法というギミックが加わって、より複雑に編み込まれた現実がある。
 女神の加護のおかげか、はたまた油断ならない試練によって育まれた察知能力のおかげか、総司の感覚は鋭敏だ。こと魔法に対しては相当な鋭さを誇る。それでも、意識していなければ、ぼんやりしていれば容易く見落としてしまうだろう。
 何に気を付ければ良いのか。総司の敵は結局のところ何なのか。
 この世界の常識も、救世主の本懐を遂げる具体的な手段も、何も知らない。女神の意図は読めないが、言えることは一つだ。
 気づきは、自分で得る以外にない。
 元の世界で、総司の学力は決して低い方ではなかった。それなりに優秀な成績も修めていたし、ゆくゆくは大学へ進学し、普通に就職することになるだろうと思っていた。
 だが、ルーナのいう「突然変異種」と称されるような、傑出した人物と称されるような才覚までは持ち合わせていなかったのも事実だ。つまるところ、凡人の域を出ない普通の青少年だった。
 秀でた身体能力と運動能力を持っていた。高校バスケットボール界ではそれなりに名の知れた選手でもあった。だが、魔法という常識外の力がある以上、元々の身体能力に一体どれほどの価値があるというのだろう。
 一ノ瀬総司という男の価値はただ、女神の加護を与えられているという、それだけ。
 ほんのわずかなきっかけに過ぎなかったが、この船のちょっとしたからくりに今更気づいたことで、総司は少しだけ自信を失った。
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