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第一章 眩きレブレーベント
終話② 旅立ち前夜
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女神が与えた試練は、女神を救済する旅路そのものではないのかもしれない。
アレインとの戦闘、本音のぶつけ合いの中で、図らずも一つの「仮説」に辿り着いた総司は、一人、夜の闇の中で灯りもつけず、思考を巡らせていた。
女神レヴァンチェスカにとって、この世界の民は全て慈愛の対象で、総司だけはそのルールから外れている。総司は「救世主」という名の舞台装置だ。“物語の世界”と称されたリスティリアの「救世譚」、その主役を張る役目を与えられた存在だ。
どこまでが、最初から計算されていたのか、総司にはわからない。シルヴェリア神殿で出会った女神は、自信を無くし精神的に追い込まれていた総司に強く発破を掛けて、決意を新たにさせたが、その行動の真意は、総司がシエルダの一件で心折れてしまえば「この物語が破綻する」と危惧したからに過ぎないのではないか。
アレインの覚悟と、責任感を見た。眩いばかりの信念は、総司に迷いを抱かせるには十分すぎた。自分が担うべき役目はよくわかったが、ならば理解した通り、このレールの上をただ歩み続けるだけで良いのか。そのレールを蹴り飛ばす決意を見せたアレインの想いを踏みにじっておきながら、自分は何も考えなくていいのか。
これまで手放しで女神のことを信頼していた。わけもわからないままこの世界の危機を救うのだと意気込んだが、果たしてこの「前提」に対して、考えを改める必要はないのか。
総司もまた、理由と意味を見出さなければならないのだ。アレインが、「愛する臣民のため」世界を救うと叫んだように。
「そういう役目だと決まっているから」世界を救うのだ、なんて、アレインの覚悟に対してあまりにも薄っぺらく空っぽだ。これでは、彼女があれほど怒り狂うのも無理はない。
シエルダの仇を討つため、レブレーベントの皆の恩に報いるため。アレインの想いを踏みにじった事実に、報いるために――――
「休まなくていいのか」
考え事をしていたら、リシアが部屋に入ってきたことにも気づかなかったようだ。総司はぱっと振り返って、情けない顔で微笑んだ。
「ノックしたんだろうな、多分」
「当然だ。外から月明かりに佇む姿が見えてな」
騎士たちが住む寮は、男女が分かれているほど豪華な造りではなかった。せいぜいフロアが違うぐらいの簡素なものだ。総司に与えられた部屋はそれなりに良い部屋ではあるものの、ベランダは狭く、二人並ぶと窮屈に感じられた。
「悩み事か」
「……アレインを止めたのは、正しかったと思うか?」
静寂の中で、総司がぽつりと聞いた。
「それはまだわからん」
リシアの返事は素っ気なかった。
「お前一人で背負うこともない。私も加担した」
「違う。俺が止めたんだ」
リシアのフォローもすげなく拒否して、総司が手すりに体重を預け、頭を抱えた。一度口を開いてしまえば、抱えていた思いが溢れ出すのを止める術はなかった。
「俺には、アイツの言葉の全てが正しく思えてならなかった」
リスティリアを救うために、何故わざわざ、“愛”の欠片もない異世界の人間の手を借りなければならないのか。
その類まれなパーソナリティが与える力とすら拮抗する才覚を持つ者がいるというのに、不確かな希望に縋る意味があるのか。
ましてや、死にたがっているような男に託せるほど、リスティリアの未来は軽いのか。
「俺はアイツほどの覚悟もなく、責任感もなく、ただアイツに無茶をしてほしくなかったから止めただけだ。止められるだけの力があったから。“それが正しいから”そうしたわけじゃなかった」
「……今この瞬間正しいかどうかわかっていることが……選ぶ前から正しいことを確信しているというのが、そんなに大事なのか?」
「……大事じゃないか?」
「そもそも、アレイン様を止めなかったとして、それがリスティリアを救うことに繋がったかどうかなど、定かではない」
リシアは静かに続けた。
「何が正しかったのかなんてことは、今わかるはずがないだろう。それでもアレイン様はもう、お前がこの先の道を行くことに何も文句を言わない。それはひとえに、意見を違えた者が激突し、勝者と敗者が決まったのならば、敗者は勝者に従うものと知っておられるからだ」
今も牢屋で呑気に寝転がっているアレインから、総司への激励の言葉などなく。
総司に対する恨み言のひとつもない。リシアの言う通り、勝者が歩む道を阻む権利はもう失われた。
「お前に出来ることは、アレイン様の前で確かに立てた誓いを反故にしないことだ。これまで責任感がなかったと言ったが、それは別に良いだろう。そもそもお前はリスティリアの問題に巻き込まれただけだったのだから。しかしこの先は違う」
総司が顔を上げた。
月光に照らし出された、凛とした美しい女騎士の顔には、厳しくも優しい表情が浮かんでいた。
「リスティリアの民が『私がやる』と言ってお前に挑み、お前はそれを跳ねのけて『自分がやる』と誓った。その言葉と行動に責任を持つ限り、お前は間違っていない」
リスティリアのこと、レヴァンチェスカのことをどうでもいいと、自分のことだけ考えて何の責任も持ちたくないのなら。
アレインの提案を受け入れて、彼女に任せてしまえば良かっただけだ。
総司はそれを是としなかった。自分の意志で、彼女に死んでほしくないと言う自分の想いを前面に押し出し、自分の進むべき道を自分で決めたのだ。
巻き込まれただけの、たまたま選ばれただけのその他大勢の一人ではなく、彼個人として、選び取ったのだ。
「……リシア」
「何だ」
「ありがとう」
「……変わった男だな。私の台詞のはずだよ、それは」
幾分か気が楽になった総司は、次の相談を持ち掛けた。
「もう一つ気になっていることがあってな」
「ん?」
「手放しでレヴァンチェスカを信じるのは、いったん止めた方が良いんじゃないかって」
「……女神さまのことを……? 何故だ?」
「レヴァンチェスカは、俺に力を与えてくれたし、生きる意味を探す時間もくれた。それに関しては感謝してるんだ。けど……それ以上に、俺に教えていないことが多すぎる」
総司が自分で答えを見出していくことが、結果として世界を救うことに繋がるのかもしれない。しかし、そうであるならなおのこと、女神を信頼しすぎるのは危険だ。
「俺も自分の頭で考えることから逃げちゃいけないんだ。レヴァンチェスカが示したものを、目に見えた通りに受け止めてばかりではダメだ。そう思ったんだ」
「アレイン様の影響だな。あの御方はまあ……強すぎるところもあるんだが」
リシアが苦笑すると、総司はちょっと照れくさそうに頬を掻いた。
「しかし、それはとてもいいことだと思う。ただ、頑固になり過ぎないようにな。短い付き合いだが、お前は割と頑固なところがある。寛容なように見えて、こうと決めたら命令に違反してでも曲げない男だ」
「悪かった」
リシアの言う通り、これまでは「流されるまま」でも、総司の周囲にいる人間からは許されてきた。それはリスティリアに来てから出会った人々が総司に対して寛容だったからであり、寛容だったのは総司がただ苛酷な運命に翻弄されているだけだと理解してくれたからだった。そしてこれからは違うのだ。
アレインの望みを自らの意志で断念させて、自分がやると言い張ったからには、もう他人事ではいられない。わからないことを仕方のないことだと自分に言い聞かせるのも許されない。
「……俺はやるぞ。絶対に」
「成し遂げなければ今度こそ殺されるだろうな」
「確かに。もう二度と御免だな、アイツとやり合うのは」
アレインとの戦闘、本音のぶつけ合いの中で、図らずも一つの「仮説」に辿り着いた総司は、一人、夜の闇の中で灯りもつけず、思考を巡らせていた。
女神レヴァンチェスカにとって、この世界の民は全て慈愛の対象で、総司だけはそのルールから外れている。総司は「救世主」という名の舞台装置だ。“物語の世界”と称されたリスティリアの「救世譚」、その主役を張る役目を与えられた存在だ。
どこまでが、最初から計算されていたのか、総司にはわからない。シルヴェリア神殿で出会った女神は、自信を無くし精神的に追い込まれていた総司に強く発破を掛けて、決意を新たにさせたが、その行動の真意は、総司がシエルダの一件で心折れてしまえば「この物語が破綻する」と危惧したからに過ぎないのではないか。
アレインの覚悟と、責任感を見た。眩いばかりの信念は、総司に迷いを抱かせるには十分すぎた。自分が担うべき役目はよくわかったが、ならば理解した通り、このレールの上をただ歩み続けるだけで良いのか。そのレールを蹴り飛ばす決意を見せたアレインの想いを踏みにじっておきながら、自分は何も考えなくていいのか。
これまで手放しで女神のことを信頼していた。わけもわからないままこの世界の危機を救うのだと意気込んだが、果たしてこの「前提」に対して、考えを改める必要はないのか。
総司もまた、理由と意味を見出さなければならないのだ。アレインが、「愛する臣民のため」世界を救うと叫んだように。
「そういう役目だと決まっているから」世界を救うのだ、なんて、アレインの覚悟に対してあまりにも薄っぺらく空っぽだ。これでは、彼女があれほど怒り狂うのも無理はない。
シエルダの仇を討つため、レブレーベントの皆の恩に報いるため。アレインの想いを踏みにじった事実に、報いるために――――
「休まなくていいのか」
考え事をしていたら、リシアが部屋に入ってきたことにも気づかなかったようだ。総司はぱっと振り返って、情けない顔で微笑んだ。
「ノックしたんだろうな、多分」
「当然だ。外から月明かりに佇む姿が見えてな」
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「悩み事か」
「……アレインを止めたのは、正しかったと思うか?」
静寂の中で、総司がぽつりと聞いた。
「それはまだわからん」
リシアの返事は素っ気なかった。
「お前一人で背負うこともない。私も加担した」
「違う。俺が止めたんだ」
リシアのフォローもすげなく拒否して、総司が手すりに体重を預け、頭を抱えた。一度口を開いてしまえば、抱えていた思いが溢れ出すのを止める術はなかった。
「俺には、アイツの言葉の全てが正しく思えてならなかった」
リスティリアを救うために、何故わざわざ、“愛”の欠片もない異世界の人間の手を借りなければならないのか。
その類まれなパーソナリティが与える力とすら拮抗する才覚を持つ者がいるというのに、不確かな希望に縋る意味があるのか。
ましてや、死にたがっているような男に託せるほど、リスティリアの未来は軽いのか。
「俺はアイツほどの覚悟もなく、責任感もなく、ただアイツに無茶をしてほしくなかったから止めただけだ。止められるだけの力があったから。“それが正しいから”そうしたわけじゃなかった」
「……今この瞬間正しいかどうかわかっていることが……選ぶ前から正しいことを確信しているというのが、そんなに大事なのか?」
「……大事じゃないか?」
「そもそも、アレイン様を止めなかったとして、それがリスティリアを救うことに繋がったかどうかなど、定かではない」
リシアは静かに続けた。
「何が正しかったのかなんてことは、今わかるはずがないだろう。それでもアレイン様はもう、お前がこの先の道を行くことに何も文句を言わない。それはひとえに、意見を違えた者が激突し、勝者と敗者が決まったのならば、敗者は勝者に従うものと知っておられるからだ」
今も牢屋で呑気に寝転がっているアレインから、総司への激励の言葉などなく。
総司に対する恨み言のひとつもない。リシアの言う通り、勝者が歩む道を阻む権利はもう失われた。
「お前に出来ることは、アレイン様の前で確かに立てた誓いを反故にしないことだ。これまで責任感がなかったと言ったが、それは別に良いだろう。そもそもお前はリスティリアの問題に巻き込まれただけだったのだから。しかしこの先は違う」
総司が顔を上げた。
月光に照らし出された、凛とした美しい女騎士の顔には、厳しくも優しい表情が浮かんでいた。
「リスティリアの民が『私がやる』と言ってお前に挑み、お前はそれを跳ねのけて『自分がやる』と誓った。その言葉と行動に責任を持つ限り、お前は間違っていない」
リスティリアのこと、レヴァンチェスカのことをどうでもいいと、自分のことだけ考えて何の責任も持ちたくないのなら。
アレインの提案を受け入れて、彼女に任せてしまえば良かっただけだ。
総司はそれを是としなかった。自分の意志で、彼女に死んでほしくないと言う自分の想いを前面に押し出し、自分の進むべき道を自分で決めたのだ。
巻き込まれただけの、たまたま選ばれただけのその他大勢の一人ではなく、彼個人として、選び取ったのだ。
「……リシア」
「何だ」
「ありがとう」
「……変わった男だな。私の台詞のはずだよ、それは」
幾分か気が楽になった総司は、次の相談を持ち掛けた。
「もう一つ気になっていることがあってな」
「ん?」
「手放しでレヴァンチェスカを信じるのは、いったん止めた方が良いんじゃないかって」
「……女神さまのことを……? 何故だ?」
「レヴァンチェスカは、俺に力を与えてくれたし、生きる意味を探す時間もくれた。それに関しては感謝してるんだ。けど……それ以上に、俺に教えていないことが多すぎる」
総司が自分で答えを見出していくことが、結果として世界を救うことに繋がるのかもしれない。しかし、そうであるならなおのこと、女神を信頼しすぎるのは危険だ。
「俺も自分の頭で考えることから逃げちゃいけないんだ。レヴァンチェスカが示したものを、目に見えた通りに受け止めてばかりではダメだ。そう思ったんだ」
「アレイン様の影響だな。あの御方はまあ……強すぎるところもあるんだが」
リシアが苦笑すると、総司はちょっと照れくさそうに頬を掻いた。
「しかし、それはとてもいいことだと思う。ただ、頑固になり過ぎないようにな。短い付き合いだが、お前は割と頑固なところがある。寛容なように見えて、こうと決めたら命令に違反してでも曲げない男だ」
「悪かった」
リシアの言う通り、これまでは「流されるまま」でも、総司の周囲にいる人間からは許されてきた。それはリスティリアに来てから出会った人々が総司に対して寛容だったからであり、寛容だったのは総司がただ苛酷な運命に翻弄されているだけだと理解してくれたからだった。そしてこれからは違うのだ。
アレインの望みを自らの意志で断念させて、自分がやると言い張ったからには、もう他人事ではいられない。わからないことを仕方のないことだと自分に言い聞かせるのも許されない。
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