リスティリア救世譚

ともざわ きよあき

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第一章  眩きレブレーベント

終話③ 旅立ちは相棒と共に

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「まずはご苦労だった、女神の騎士よ! 我が娘をよくぞ救ってくれた。感謝するぞ」
 総司はアレインの処遇に対し、心から納得しているわけではなかった。
 犠牲者も出ず、さしたる被害もない。シルヴェリア神殿は崩壊してしまったが、レヴァンクロスはあるべきところへ、救世主の手へと渡った後だ。
 しかし、アレイン本人が今の処遇を是としている以上、女王の決定に歯向かうことも出来ない。総司は不承不承ながら頷いた。
「ありがとうございます」
「……ふっ。納得がいかんか」
「アレインは、国と民を想って行動を起こした。俺にはそれが……とても尊いことに思えるので」
「わかっておる」
 謁見の間、玉座の前に立ち、女王はにこやかに言った。優しい彼を慮るように。
「けじめというやつだ。それに、あれの力はいずれ必要になる。レブレーベントにも、お前にもな。悪いようにはせんよ」
「……はい。陛下のことは、信じています」
「それでよい。さあ、ともあれ! アレインの証言もあることだし、お前の道は決まったな! 何よりそれがめでたいことだ!」
 女王は明朗快活に言葉を紡ぐ。
「お前はシエルダの民の仇を討ち、騎士団の一員としてよく働き、反乱の王女を鎮めた。救世主としての役目を抜きにしても、その功績は我がレブレーベントにとって大きなものであり、功績には報いねばならぬ。かつて交わした約束を今こそ果たす時だ。褒美を取らせる!」
 カルザスが女王の合図を受けて進み出て、総司に折りたたまれた服を手渡した。
 銀色の軽やかな生地に、黄金の糸でレブレーベントの国章が刺繍された、鮮やかなジャケットだった。アレインが着ていたような、動きやすい造り。総司の常識で言えば「革ジャン」の形に近いが、それよりもずっと柔らかくしなやかだった。ビオステリオスを模したと思われる聖なる獣の紋章が、実に格好良く彩りつつも、シンプルで機能性に優れたデザインだ。
「優れた物理耐久性、魔法耐久性、それに汚れにも強い。霊峰に落ちたごくわずかばかりのビオステリオスの体毛をかき集めて編み込まれた、唯一無二の逸品よ。国宝である、うまく使うがいい」
「あ、ありがとうございます……しかし本当に、頂いてよろしいのでしょうか……」
「構わん! 私が持っていても被る埃が増えるだけだからな!」
「で、では……」
 女王に促されるまま袖を通してみる。ビシッと良く似合ったその姿を見て、女王は満足そうに頷いた。
「続いてレヴァンクロスの処遇だ。お前には既に立派な剣がある。どうしたものかと思ったが……良いことを思いついてな」
「良いこと?」
「うむ。その話の前に、リシア・アリンティアスよ」
「ハッ」
 リシアが背筋を正すと、女王はにっこりと笑って、告げた。
「本日、今この瞬間を以て、第三騎士団団長の任を解く」
 総司がぎょっと目を丸くした。リシアは雷に打たれたようにビシッと硬直し、見ているうちにだらだらと冷や汗を流し始めた。
「ハッ……え……へ、陛下、私は何か、あの……不手際がありましたでしょうか……」
「勘違いをするな。我が騎士であることには変わりない。お前には別の任を与える」
 慌てふためき、衝撃を受けたまま戻って来られないリシアに対し、女王はどんどん言葉を続けた。
「この先も女神の騎士を補佐せよ。そのための力として、お前にはレヴァンクロスを与える。早い話が――――女神救済の旅路、お前も征け」
 リシアの表情に、落ち着きと生気が戻った。
 今度は総司が慌てる番だった。
「お、お待ちください! リシアにはリシアの仕事もありますし、これ以上巻き込むのは――――」
「何を言っておる。リスティリアの問題に巻き込まれておるのはお前の方だろう? この世界に生きる者、その中でも権力者として、この程度の手向けがあってもよかろう」
 女王はリシアをまっすぐ見た。リシアも、決然とした眼差しで女王を見つめ返した。女王は我が子を気遣うような優しい声でリシアに語り掛ける。
「ソウシは未だこの世界の世情に疎く、知識も足りず、にも関わらず困難極まる道を歩まねばならぬ。彼を支え、彼を導いてやれ。リスティリアの命運、そなたにも等しく委ねられているものと心得よ」
「……肝に銘じます、陛下」
「良いのか!?」
 総司が言うと、リシアは苦笑しながら、
「お前の勝利を信じていることに違いはないが、ただ待っているよりずっと良い。お前が良ければ、私も連れて行ってくれ」
「そりゃ、俺にしてみれば願ってもないけど……!」
「不満はないということだな。では決まりだ」
 女王は総司にこれ以上反論もさせないよう、ぴしゃりと言った。総司はぐっと黙り込んだ。
 アレインが覚悟していたように、女神救済の旅路には間違いなく命が懸かる。どんな危険が待ち受けているかわからない道に、総司がいなければレブレーベントで平和に――――騎士の仕事にも危険はあるとはいえ、いつも通りの日常を送れていたはずのリシアを、巻き込んでしまっていいのだろうかと、そんな思いが総司の決断を鈍らせる。
 だが、それは杞憂に過ぎない。アレインの責任感に溢れる眩い覚悟に「当てられた」のは、総司だけではなかった。リシアの目も今、使命感に燃えている。
「……よろしく頼む、リシア」
「こちらこそ」
 女王自ら、リシアにそっと、レヴァンクロスが手渡される。カルザスが、それまでリシアが使っていた剣を受け取り、謁見の間の奥にある台座に置いた。
「いずれ、世界を救った戦乙女がかつて使った剣であると、後世に語り継がれようぞ」
 使い込まれた騎士の剣を見やり、女王がにこやかに言った。リシアは照れ臭そうにしながら、再び背筋を正して、レヴァンクロスを掲げる。
「この剣に誓って、成し遂げて見せます」
「その誓いを心から信じておる。さあ、ソウシよ!」
「はい!」
「“レブレーベントの騎士”であるお前に勅命を与える!」
 カン、と、杖を強く床に打ち付けて、女王は高らかに命じる。
「鍵を揃え、神域に至り、“悪しき者”を討伐し、女神を必ず救済せよ。お前の旅路には必ずや、幾多の困難が訪れ、お前の行く手を阻むことだろう。その全てを跳ねのけて、この世界に再びの平穏を。お前にしか出来ぬことだ」
「必ず」
 シエルダで出会った時の、右も左もわからなかった総司とは違う。まだわからないことだらけには違いないが、あの時とは明らかに違う決意がある。
 その心を見て取り、女王は頷く。口元に浮かぶ笑みは、慈愛と信頼の証である。
「……たとえ勝利しても、元の世界に帰れるかはわからんな。女神の采配次第と言うところだろうが……もしそれが叶わぬとしても、案ずることはない」
 和らいだ表情は、国王というよりは、アレインにふと見せるような、母のそれに近かった。
「その時は、リシアと共にシルヴェンスに帰って来い。私はこの別れ、今生の別れとは思っておらんぞ」
「……勿体ないお言葉です」
 始まりの地がレブレーベントだったことは、総司にとってこれ以上ない幸運だった。シルヴェリア神殿で女神が言ったように、総司も実感していた。
「カイオディウムを目指せ。あの国は重要な意味を持つはずだ。既にあちらには親書を送ってある。レブレーベントの最西端までは馬車で送ってやる。その先は……まあ、お前達なら走るのも苦ではなかろう」
「何から何まで……陛下」
 総司は神妙な面持ちで、女王の前に進み出た。
 得体の知れない異邦人を手放しで信じた、どころか。
 シエルダの街で打ちのめされた総司の心を救い、雲をつかむように不確かな旅路を確固たるものにしてくれた女王に、なんと言えば良いのかわからない。
「お世話になりました」
 頭を深く下げる。言葉が見つからないから、これ以外に方法を思いつけない。
 その姿をすら、快活に笑い飛ばす。
「なに、容易いことよ! これでも女王である、我が騎士の献身に報いたまで。……しっかりな。無茶をせず乗り切れる試練でもなかろうが、逃げる時は逃げる。休む時は休む。お前になら出来るとも」
 女王がカルザスに目で合図を送り、高らかに告げた。
「さあ、英雄の門出といこう! 盛大に見送らねばな!」
 女王エイレーンを先頭に、ビスティークやカルザス、バルド、魔法騎士団の面々に見送られ、リシアの魔法の空間倉庫がなければとても抱えきれないような選別の品を受け取り、総司とリシアは王都シルヴェンスを旅立った。
 二人を乗せた馬車がシルヴェンスの門を潜って外へ出た時、霊峰イステリオスから獣の咆哮が聞こえた。ビオステリオスの祝いの号砲だ。
 異世界リスティリアに来て、最初に縁を繋いだ国は、総司にとってこれからもずっと心の支えとなる、素敵な国だった。
 縁を繋いだ先で得た真面目な道連れは、早速文献を取り出して、熱心に今後の方針を立てようとしている。
 何もわからない自分を恥じ、出される答えの全てに飛びついていた自分を情けなく思っていた。その姿勢が間違っていると女神に叱責された時、ハッと我に返る思いだった。
 総司にも使命感はあるが、リスティリアの民が持っているのはもっと現実的な危機感だ。決して善人ばかりではないだろうが、総司に協力し世界を救いたいと願う者もまた存在する。
 一人ではない。孤独な戦いではない。その事実があるだけで、総司はずっと強くなれる気がした。
「なあ、良かったのか? 詳しいことは知らないけど……リシアは、レブレーベントにいればきっと……」
 年の頃は総司と変わらないはずのリシアは、一国の騎士団、その一つの部隊を任されるほどの人材だ。当然、ブライディルガの襲来にあったように、仕事には命の危険も付きまとうだろうが、少なくとも女神を救う旅路を歩むよりは平和に過ごせたことだろう。
 しかし、リシアの表情に迷いはなかった。決然とした顔にやわらかな微笑が浮かぶ。
「無論だ。お前が気に病むことは何一つない。それに、正直……動揺はしたが、受け入れるのに数秒も必要なかったよ。私はもしかしたら、心のどこかで望んでいたのかもしれない」
 リシアはそっと、隣に立てかけたレヴァンクロスに触れた。
「昨夜言った通り、私もまたアレイン様の望みを絶った。いや、私がトドメを刺したのだ。その責任を果たしたいと思った。世界を背負う覚悟があるかと問われれば……実感がないというのが本音ではあるが……そんな甘えも、もう許されない」
「……本当に助かる」
 総司は心からそう言って、安堵した様子でため息をついた。
「お前がいてくれなきゃ、俺はあと一時間もすれば、これから一人でどうすればいいんだって途方に暮れてたよ」
「女神を救う旅路については、右も左もわからないのは私も同じだよ。しかしリスティリアのこととなれば当然先輩だ。少なくとも、宿の取り方ぐらいは心得ているさ」
 二人で頷き合い、旅が始まって最初の会話が終わる、かに思えた。
 リシアがどこか居心地悪そうに表情を険しくして、何か迷っているような、言うべきか言わざるべきか決めかねているような――――何かを言おうとしてやっぱりやめる、という不自然な動作をするものだから、総司もどうにも気になってしまった。
「何だよ、言いたいことはビシッと言ってくれよ」
「あー……いや、私も抜けていたというか、出発する前に、陛下や宰相閣下に相談するべきだったと今更ながら思ったんだが……」
「……え、なに、不吉な話?」
「不吉というか……女神の住まう神域、ハルヴァンベント以外の国の名を覚えているか?」
「それはきっちり暗記したぜ。これから目指すカイオディウムに、ローグタリア、ティタニエラ、エメリフィム、ルディラント、それにレブレーベントだ」
「ルディラントだ、問題は」
 六つの国の中では最も小さい国だと、「リスティリア創世記」には書いてあった。ルディラントの首都「ルベル」は、「時を刻む丘」とも称されており、魔法で彩られた機械仕掛けの巨大な時計塔が特徴的な、不思議な街であるとも。
「アレイン様のお言葉通りなら、それぞれの国に、かつて建国の時に恵みをもたらした“オリジン”が存在している、という話なのだが……」
「アレインの言葉は信じても良いと思うけどな」
「疑っているわけではない。むしろ正しいと思っているからこそ困っている。というのもだな、“カイオディウム事変”の時に――――つまりは、千年も昔に」
 リシアは意を決したように、小さな声で言った。

「ルディラントは滅んでいるのだ。もう、リスティリアには存在しない国なんだよ」
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