リスティリア救世譚

ともざわ きよあき

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第二章 誇り高きルディラント

第一話 伝説の国で彼を待つのは④

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 またしても、二人そろって虚を衝かれた。そうならないように警戒していても、サリア峠を越えてから不測の事態ばかりが起きる。
 背後から声を掛けられ、振り向いた先には、和らいだ表情で二人を見つめる美しい女性がいた。
 年の頃は二十代後半か、せいぜい三十と言ったところ。総司のいた世界で言うチャイナドレスをもう少し露出を抑えた形に改造したような、鮮やかな濃紺のドレスに身を包むその女性は、絶句する二人ににこりと微笑みかける。耳につけた小さなイヤリングは、不思議な形をしていた。アンティークの時計の文字盤を模したものに見える。
「久方ぶりのお客様ですので、丁重にお迎えするよう我らの王より言付かりました。差し支えなければ、お二人を我らの街へお招きしたいのですが」
「自己紹介が先です。こちらはソウシ・イチノセとリシア・アリンティアス」
 不意を衝かれて警戒しつつも、気品溢れるその女性に対して礼儀を欠かないよう、総司が言った。女性は驚いたように目を見張ると、すぐに頭を下げた。
「大変失礼致しました。私はエルマ・ルディラント。僭越ながら、リスティリアきっての小国の王妃でございます」
 名を聞いて、衝撃を受ける。今度は二人が目を見張り驚愕する番だった。
 もしかしたら、と思わなかったわけではない。滅んだ国があった場所、今やだれも立ち入らない場所で出会うその女性を、ルディラントの関係者なのではないかとわずかでも思わなかったわけではない、が。
 本当にその予感が的中する可能性は、限りなく低いと踏んでいたのに、女性は確かに名乗ったのだ。滅んだはずのルディラント、その王族に連なる名を。
「その……エルマ様、とお呼びしなければならないのかもしれないが、とても受け入れられないことだ。信じられない。あなたがルディラントの王妃なのかどうか、私達は確信を得られない」
「そうでしょうとも。あなた方にとって、ルディラントは既に存在しない国でしょうから」
 リシアの驚愕に、エルマ王妃は同意を以て答える。
「しかし、私は証拠を提示することが出来ます。その目で見ればあなた方も、私のことを信じてくださるでしょう」
 少なくとも、エルマには微塵も敵意や害意がない。だが、もうすでに何度も虚を衝かれた後である。総司とリシアの警戒は解けなかった。
 エルマはそんな二人を手招きする。距離を保ってエルマに付いていくと、再び海岸へと戻った。見渡す限りの蒼い海を背に、エルマは笑う。
「千年もの間、誰に知られることなく隠れ潜んでいたにしては、随分と簡単に姿を現すものだと訝しんでおられる。リシアさん、あなたはとても聡明で、優秀な人ですね」
 心の内を見透かされ、リシアが眉根を寄せた。
「……ええ、まさにそう考えていました。旅人を前に軽々に姿をさらすようでは、すぐに知れ渡っていてもおかしくはないと」
「あら、これはこれは。ご安心ください、決して軽い気持ちで現れたわけではありません。我らは知っているからです。あなた方は、女神レヴァンチェスカを救うために旅をしているのだと」
 エルマの柔和な笑みには確かに敵意がない。
 ないのだが、同時に、その心の内も全く察することが出来ない。眼前に広がるほとんど波のない海のように、彼女の心も表情も静寂に包まれていて、真意を読み取ることが出来ない。
「お見せしましょう、我がルディラントの現在の姿を」
 静かに諸手を広げ、歓迎するように。
 エルマは微笑みながら宣言した。
 空にゆっくりと、輪郭が浮かび上がる。透明なままで、二人の視界を覆い尽くさんばかりの何かが、何もなかったはずのところから現れる。
 それは巨大な島の輪郭を、まだ見ぬ伝説の輪郭を成す。エルマの体からも穏やかな光があふれ始め、海岸線は魔法の気配で満たされていく。
「ようこそルディラントへ。歓迎いたします、御二方」
 光と薄い霧に視界を奪われた。
 光の奔流に飲まれると同時に、酷い耳鳴りに襲われた。穏やかだったはずの砂浜に突風が吹き荒れ、総司のジャケットが翻る。
 急激な変化の中で、総司はまた声を聞いた。
 サリア峠で聞いた男の声でもなく、エルマ・ルディラントの声でもなく、リシアの声でもない。深く響く、心から感嘆したような女性の声を。その声にはどこか、聞き覚えが――――
――――そういうことか―――――
 何かを理解し、確信し、心底虚を衝かれている驚きの反応だ。だが、決して不愉快そうな声ではなかった。
――――見誤っていたよ、ランセム。見事だ、誇り高きルディラントよ――――
 ここではないどこかと、一瞬だけ繋がった。
 そのわずかな繋がりはすぐに絶たれ、総司は視界を取り戻し、そして目を見張る。
 二人は鮮やかな街並みを少し離れた場所から見下ろす丘の中腹、綺麗に整備された土の坂道の半ばに立っていたのだ。
 海岸の美しい砂浜の感触は足元から消え、目の前には大都市が広がっている。リシアがあまりの事態にめまいを覚えたらしく、一瞬だけふらついた。
 総司がぱっと振り返ると、遠いとはいえハッキリと見える位置に、先ほどまで二人がいたであろう海岸が見えた。サリア峠の威容も当然見間違えようもない。
 何もなかったはずの海の上まで、二人は一瞬で連れてこられ、何もなかったはずの場所に立っているのだ。
 白い翼を広げ、上空を海鳥が羽ばたいていく。柔らかな陽光に照らし出される街並みは、総司とリシアがついさっきサリア峠で見せられたものと同じだ。吹き抜ける海風は心地よく、街からは活気が伝わってくる。ヒトの営みが、すぐそこに確かにある。
 大きな街の中心に聳える、これまた巨大な時計塔が正午を告げた。重く荘厳で、それでいて柔らかな、たとえようのない見事な鐘の音が響いた。総司の体を鐘の音と共に駆け巡るのは、ぞくぞくと走る感動だ。
 失われたはずの伝説の街が目の前にある。それも恐らく、千年も、誰も辿り着けなかった秘境中の秘境だ。知れず湧き上がる感動と興奮を抑えろと言う方が無理な話。今すぐにでも駆け出したい衝動を何とかこらえて、総司はエルマを振り向いた。
「千年誰も見つけられなかった……? この規模で……!?」
「まあ、都市伝説の類と済ませられるような目撃談程度はあったのでしょうね。サリアの先に離れ小島を見たと。しかし今やルディラントは、招かれなければ辿り着けない国となりました。これも先王の加護のたまものです」
「ッ……ダメだ、我慢できん! 先に行くぞリシア!」
「行く? どこへ? こら、勝手に飛び出すな!」
「ルディラントの王宮は『時計塔の中』ですので、お気をつけて!」
「了解だ!!」
 エルマの呼びかけに返事をしながらも、総司はもう止まれなかった。坂道をダッシュで駆け下りて、一目散に街の方へと走り出してしまった。リシアは追いかけようとしたが、思い直してエルマに向き直った。
「よろしいので?」
「何やらルディラントには相当憧れていたようですので……海に飛び込みかねない勢いで。気が済めば時計塔に行くでしょうから、好きにさせます」
 呆れたようなリシアに、エルマはくすくすと笑って頷いた。
「救世主どのは大変無邪気でいらっしゃる。良いことです」
「決して馬鹿ではないのですが、直情的なところが――――ああ、いえ、やめておきましょう。それより確か、ルディラント王がお待ちだとか」
「はい。ひとまず我々だけでも王宮に向かいましょう。救世主どのとは後ほど」
「申し訳ない」
「……リシア様は、冷静でいらっしゃいますね」
「あぁ……決して心穏やかではないのですが」
 リシアは苦笑しながらも、肩を竦めて言った。
「せめて私だけでもそう装っていなければ。相方があの状態ですので」
「ふふっ。救世主の道連れというのも大変ですね」
 エルマは柔和な笑みのままで、総司が走り去った方向を見やった。
「心なしか我が国も喜んでいるような輝きです。あなた方の来訪を……」
「……そうであれば、ありがたい話です」
 リシアにはわからない感覚だった。ただの御世辞ともとれるが、エルマの横顔は本心を言っているように見えた。
 そこでリシアはハッと思い出し、エルマに問う。
「エルマ様、ひとつお願いが」
「はい?」
「魔法による傷や呪いの類に詳しい方はおられませんか。御覧になったでしょうが、ソウシの左目は……」
「あら。やはりあれはご本人の能力というわけではないのですね?」
「はい。きっかけとなった出来事はありましたが、治し方については皆目見当もつかないもので……」
「一人、魔法に関して非常に卓越した者がおります」
 エルマははっきりと告げた。
「私も得意とするところではないので、治せるかどうか断言はできませんが、ルベルの守護者に見せれば多少は打開策も見つかりましょう。王宮に着いたら呼び立てることとします」
「かたじけない」
 穏やかな海風を受けながら、二人はゆっくりと丘を下る。既に総司の姿は見えなくなっていた。
「本当にルディラントなのですね……ここは……」
「慎重ですね」
 リシアはまだ、現実感がない。総司と同じように高揚する気持ちはもちろんあるのだが、信じ切ることが出来ない。
 総司やリシアの五感に直接働きかける魔法の類で幻を見せられているとしたら、誰より先に総司が気づくだろうし、通じない可能性もある。この街は確かに存在し、リシアの眼前に広がっている。疑いようもない事実だが、リシアは総司に比べればもう少し冷静で、物事を俯瞰で捉えられている。
 もとより生真面目な性格である。女神の騎士の道連れという自負が、彼女の警戒を完全には削ぎ落としていないのだ。
「私達が女神を救うための旅をしているとご存知なら、ルディラントでの目的もわかっていらっしゃるのですか?」
「“オーブ”、いえ、 “オリジン”でしたか。もちろんです」
「それを頂くことは?」
「王ランセムのお心次第……恐らくお二人とはその話をしたいのでしょうね。我らの王は独特なところがありますが、話のわからない御方でもありません。あなたの腕の見せ所かもしれませんよ?」
 エルマは妖艶に微笑んだ。近づいてくる伝説の街並みへと目を向け、リシアは思考を巡らせる。
 エルマの表情からは相変わらず本心が読めず、どこまで警戒すべきか判断がつかない。
「……ルディラント王とはしっかりと交渉させていただきましょう」
「ごゆるりと。我らも急ぎませんので。リシアさんも少し街を見て回られますか?」
「道中だけで結構です、ひとまずは。ルディラント王に御目通り願うのが先でしょう」
「ふふ、そうですね。取次はお任せください」
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