リスティリア救世譚

ともざわ きよあき

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第二章 誇り高きルディラント

第一話 伝説の国で彼を待つのは③

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「ど、どうかなってる?」
「あ、ああ……何と言っていいのか……」
 先ほど水に飲まれた時か? と、リシアは訝しむものの、原因不明だ。
 どうやら総司は、激痛を感じたのは一瞬に過ぎず、今は何ともないらしい。見えている景色がリシアと違うということもないようだ。
 リシアが腰に下げたポーチから手鏡を取り出し、総司に渡す。総司は自分の左目を見てしかめっ面をした。
「なんじゃこりゃ……」
「わからない……あの砂浜が青く見えたりもしないんだな?」
「視界は今までと変わらないんだけどな」
 しばらく総司は、左目に魔力を集中させてみたり、ぐーっと瞼を閉じてぱっと開けてみたり、この左目に何か変わったところはないのかと実験してみたのだが、やはり変化はない。
 見た目が大きく変わってしまった以外には何も影響がないのだ。リシアもいろいろと考えを巡らせたものの、解決策は思い浮かばなかった。
 水の中に得体の知れない細菌でもいて、奇病を発症したという可能性も全くないわけではないが、それにしては変化が急激すぎるし、見た目が大きく変わった割にはそれ以外に何事も起こっていない。何とも奇妙な現象だったが、総司は頭を振ってよし、と手を打った。
「考えても仕方ねえな!」
「いやまあそうなんだが、気楽なものだな」
 リシアが呆れたように言うが、総司は気にも留めなかった。
「呪いの類かもしれん。メルズベルムに戻って、その道の専門家に見てもらおう。今は大丈夫でも後々どうなるかわかったものではない」
「まあまあ、今のところは何ともないし、そもそも俺の体はそういうのには強いらしいし」
「だからこそ、そこまで明確な影響を与えた何かしらが恐ろしいんだ」
 総司の肉体は、リスティリアに生きる他の生命とは一線を画す強度を誇っているはずだ。女神の試練を乗り越え、女神を救うべく加護を与えられた特別な存在だ。
 レブレーベント王女、天才アレインが操る稲妻の魔法を幾度となく受けても、ほとんどものともしていなかった無敵の肉体に、一瞬で回避しようのない影響を与えたその力が得体の知れないものとくれば、リシアの心配も当然だ。だが、本人にはそこまでの危機感がない。
「せっかくここまで来たんだ。せめて海岸までは行ってから戻ろうぜ」
「……わかった。何か異常があれば連れて帰るからな」
「わかってるって」
 無視しがたいアクシデントが起こってしまったものの、ひとまずは当初の目的を果たすことにした。なだらかな峠の斜面を下り、背の低い木々の森を抜けて、ルディラントがあったはずの海岸線へ。
 リシアは注意深く総司の様子を観察していたが、本人の申告通り左目にも問題はなさそうだ。驚くほどの見た目の変化は決して放置できない要因ではあるし、治るかどうかも定かではないが、今そのことばかり焦っていても仕方がない。総司もリシアも、病気や魔法的な身体異常の専門家というわけではない。
 見渡す限り続く白銀の砂浜に辿り着いた時、総司は再び両手を広げた。
 穏やかな海風が心地よく、気温も少し暑い程度のもの。泳ぐには肌寒いかもしれないが、大自然を眺めるには絶好の気象条件だ。
 遮るもののない水平線と白銀の砂浜は絶景と呼ぶにふさわしく、いつまででも眺めていたい美しい光景だった。
 突然のアクシデントで少しピリピリしていたリシアも、この大自然を前にしては、ほうっと息をつかずにはいられない。
「……やっぱり一回潜ってみるのが良いと思うんだ」
「やめておけと言うのに。ただでさえ不測の事態が起こった後なんだ、少しは警戒しろ」
 本当に海に飛び込みかねない総司を押さえて、リシアが厳しく諌める。
「それに見ての通り、この海岸は相当な距離続いているだろう。手がかりがあったとしてもどのあたりにあるのか見当もつかんし、ひとまずは砂浜を歩いて――――」
 ゾクッと、背筋に言いようのない悪寒を覚える。
 リシアが言葉を切った時には既に、総司の横顔には警戒が刻み込まれていた。
 頬にジリッと焼き付いてくるような、強烈な魔力の気配だ。この海岸に辿り着くまではほんの少しも感じなかった莫大な魔力が、今ははっきりと全身で感じ取れる。
 総司もリシアも無警戒だったわけではない。今肌で感じる魔力の強さは、サリア峠からでも察知できそうなほどのものだ。見落としていたとは思いたくなかったが、現実としてすぐそこに「いる」。
 背の低い木々が並ぶ森へ、もう一度入る。だが、森の深くまで戻る必要はなかった。
 砂浜から見えそうなほど海に近い距離に「それ」はいた。
「……遺体だ」
 白骨化したヒトの亡骸だった。
 正確には、ヒトであるのかどうかはわからない。総司やリシアと同じく通常ヒトと呼べる種族なのか、ヒトと近しい形をしている異種族なのかは不明だが、人間体の亡骸だ。
 あぐらをかき、深い青を湛える宝石のような結晶をその先端に飾り付けた長い杖を持ち、崩れ落ちることなくその場に鎮座する亡骸が、強烈な魔力を放っていた。白骨化するほど長い時をこの場で過ごしただろうに、何故か座ったままの姿勢を維持している。
 十分に警戒しながら近づいたが、総司はとっさに腕でガードを作った。
 バチン、と目に見えない力に弾かれ、総司が吹き飛ばされる。態勢を崩すこともなかったが、近づけなかった。
 弾かれた総司に痛みはない。物理的な衝撃と言うよりは、魔法による効果、明確な拒絶の力だ。
「オリジンだろうか……?」
「だと思ったんだが……でも、何だろう」
 じっと白骨を見つめ、総司が呟いた。オリジンであれば、レヴァンクロスを前にしたときのようにはっきりと、感覚的な部分でわかるはずだが、その気配を感じるようで感じない、奇妙な違和感がある。むしろ感じ取れるのは、莫大な魔力を用いた魔法の気配だ。
「何となく、まだ“魔法を使っている最中”に見えるような――――」
「それは我らの守りの要。誇り高き先王の加護を、リスティリアに繋ぎ止める楔です」
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