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第二章 誇り高きルディラント
第二話 ルディラント王ランセム②
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軽い足取りのランセムとは対照的に、総司の足取りは重くなった。
ふと足を止める総司に合わせて、ランセムも歩みを止めた。
「どうした」
「……今のところ、敵の正体なんてものは何も掴んでいない、けど」
ランセムは、総司の鋭い眼光を受け止めても動じない。当然だろう。いかに女神の騎士と言えど、年端も行かぬ少年の眼差しに、一国の王がたじろぐはずもない。
「あなたの口ぶりはまるで、“あなたは知っている”かのようだ」
「知っているのではない。そうではないかと予想しておるだけよ」
ランセムは微笑み、寂しげに言う。
「あまり好ましい予想ではないにしてもな」
「教えてほしい」
「馬鹿言え」
総司の直球過ぎる願いを笑って切り捨てる。
「一国の王とはいえ、たった一人の他愛のない予想を、まさしく世界を背負って立つ男に話して……その思考を間違った方向へ導くことなど出来ん。今はまだ、な。時が来たら話してやらんでもないが」
巨大な時計塔の元に辿り着いた。遠くから見ていてもその大きさには目を見張るものがあったが、間近で見ると更に凄まじい迫力だ。
入口らしきものはなく、広大な大広場の中心にただ聳え立っているだけである。ランセムの足取りには当然迷いがなく、総司はただついていく。
人々の憩いの場になるには十分な広さと、自然を持ち合わせる広場だった。にもかかわらず、住民の姿はない。
広場に入った瞬間から、周囲は驚くほど静かだった。
「わしは見ての通り、お前さんより長生きしとる。お前さんに見えないものが見えることもある。だが、同じものが見えたからと言って、“見え方が同じ”とは限らんのだ。わしに見えているものがお前さんにも見えたとき、わしの意見に引っ張られて、お前さんの見え方をゆがめたくない……わかるか?」
「俺には情報が必要だ」
総司は引き下がらない。食い下がるように言うと、ランセムが総司を見た。真意の読めない静寂な眼差しには見覚えがある。
やはり格が違う。レブレーベントの女王と同じ、偉大なる為政者、深い経験者の眼差しだ。ただ力があるだけの総司にはまだ辿り着けていない領域の、積み重ねてきた“何か”が決定的に違う――――その差を感じる目だ。
「まあ焦るな。時間はまだある」
時計塔の針が動いた。
総司はしばらく、ランセムをじっと見つめた。ランセムの静寂な視線からは何も読み取れない。ならば、と、総司が切り出す。
「ここに来る前に、ある賢者に会い、俺の敵のことを聞いてみた」
「そいつはおそらくだが、傀儡の賢者だな。なるほど、なんでも知ってるヤツなら、答えも持っているだろうさ」
「直接的なことは教えてもらえなかったが、確信できたことがある」
「……それは?」
「傀儡の賢者は、俺たちの敵は何かと聞いたとき、逆に問い返してきた。その問いの内容はこうだ。『ヒトが織り成す悪の最たるものは何か』」
「ほぉう」
ランセムは興味深げに声を漏らし、総司に先を促した。
「その答えは興味があるぞ。ヤツはなんと言っていた?」
「我欲と言っていた」
「……我欲ねえ……ヤツにしちゃあ、ちとひねりが足りん気もするが……」
「重要なのはそこじゃない」
総司の視線がランセムを射抜く。老獪で、取るに足りない若者の勘繰りなど簡単にかわすことのできる為政者から、せめて少しでも情報を引き出そうと、その所作のすべてを見逃さぬよう注視する強い目だ。
「俺たちの敵は何かという問いから、マキナの問いに繋がった。マキナの問いは間違いなく、『敵』に言及するものだと思う」
「……なるほどなぁ」
ランセムは納得したように微笑を浮かべる。
「”ヒト”が織り成す悪の最たるものと、そう言ったんだ。俺たちの敵は何か特別な存在でも、魔法による現象でもない――――”ヒト”と呼んで差支えのない、何者かだ」
総司には圧倒的に情報が足りない。レブレーベントでの一連の事件を乗り越えてなお、総司はリスティリアにおいて、そこらを歩く子供にも満たない程度の知識しかない。加えて、頭は悪くはないが、際立って優秀というわけでもない。ごく一般的な思考能力しか持たない彼にできることは、どこからこぼれてくるかわからない情報を残らず拾い上げることだけだ。賢者マキナの言葉を一言一句聞き漏らすまいとしている中で、そのセリフが引っ掛かっていた。
リスティリアには魔獣もいれば、総司はまだ出会っていないが知性ある「ヒトではない何か」も多数いることを知っている。マキナがわざわざヒトであることに言及したからには、総司の『敵』、女神を脅かす何かはヒトに属する何者かだ。
「……歴史上の話だがな」
王ランセムは、総司の強いまなざしを正面から受け止めて、目をそらさずに静かに告げる。
「女神やこの世界そのものが脅かされたのは、今回が初めてではない。だが――――」
ランセムは間違いなく、総司から目をそらしていないのだが――――その目が総司を見据えているとは、どうしても思えなかった。遠いどこかに、或いは見えないはずの過去に、想いを馳せているような―――
「わしの予想通りだとすれば、過去に起こった”反逆”とは明確に動機が違う」
「その予想ってのは―――」
「言ったはずだ。お前さんにそれを教えることは、決して良い方向に転がる行いとは限らんとな」
ランセムの声は厳しさを帯びていた。総司にこれ以上の質問を許さないつもりだ。
「女神がお前さんにこの旅路を与えたということは、それが必要だからだろうよ。女神にはただでさえ時間がない。にもかかわらずお前さんに教えるべきことを教えていない、その意味を考えろ。お前さんは自分でたどり着かにゃならんのだ。これに限らず、いろんな答えにな」
ふと足を止める総司に合わせて、ランセムも歩みを止めた。
「どうした」
「……今のところ、敵の正体なんてものは何も掴んでいない、けど」
ランセムは、総司の鋭い眼光を受け止めても動じない。当然だろう。いかに女神の騎士と言えど、年端も行かぬ少年の眼差しに、一国の王がたじろぐはずもない。
「あなたの口ぶりはまるで、“あなたは知っている”かのようだ」
「知っているのではない。そうではないかと予想しておるだけよ」
ランセムは微笑み、寂しげに言う。
「あまり好ましい予想ではないにしてもな」
「教えてほしい」
「馬鹿言え」
総司の直球過ぎる願いを笑って切り捨てる。
「一国の王とはいえ、たった一人の他愛のない予想を、まさしく世界を背負って立つ男に話して……その思考を間違った方向へ導くことなど出来ん。今はまだ、な。時が来たら話してやらんでもないが」
巨大な時計塔の元に辿り着いた。遠くから見ていてもその大きさには目を見張るものがあったが、間近で見ると更に凄まじい迫力だ。
入口らしきものはなく、広大な大広場の中心にただ聳え立っているだけである。ランセムの足取りには当然迷いがなく、総司はただついていく。
人々の憩いの場になるには十分な広さと、自然を持ち合わせる広場だった。にもかかわらず、住民の姿はない。
広場に入った瞬間から、周囲は驚くほど静かだった。
「わしは見ての通り、お前さんより長生きしとる。お前さんに見えないものが見えることもある。だが、同じものが見えたからと言って、“見え方が同じ”とは限らんのだ。わしに見えているものがお前さんにも見えたとき、わしの意見に引っ張られて、お前さんの見え方をゆがめたくない……わかるか?」
「俺には情報が必要だ」
総司は引き下がらない。食い下がるように言うと、ランセムが総司を見た。真意の読めない静寂な眼差しには見覚えがある。
やはり格が違う。レブレーベントの女王と同じ、偉大なる為政者、深い経験者の眼差しだ。ただ力があるだけの総司にはまだ辿り着けていない領域の、積み重ねてきた“何か”が決定的に違う――――その差を感じる目だ。
「まあ焦るな。時間はまだある」
時計塔の針が動いた。
総司はしばらく、ランセムをじっと見つめた。ランセムの静寂な視線からは何も読み取れない。ならば、と、総司が切り出す。
「ここに来る前に、ある賢者に会い、俺の敵のことを聞いてみた」
「そいつはおそらくだが、傀儡の賢者だな。なるほど、なんでも知ってるヤツなら、答えも持っているだろうさ」
「直接的なことは教えてもらえなかったが、確信できたことがある」
「……それは?」
「傀儡の賢者は、俺たちの敵は何かと聞いたとき、逆に問い返してきた。その問いの内容はこうだ。『ヒトが織り成す悪の最たるものは何か』」
「ほぉう」
ランセムは興味深げに声を漏らし、総司に先を促した。
「その答えは興味があるぞ。ヤツはなんと言っていた?」
「我欲と言っていた」
「……我欲ねえ……ヤツにしちゃあ、ちとひねりが足りん気もするが……」
「重要なのはそこじゃない」
総司の視線がランセムを射抜く。老獪で、取るに足りない若者の勘繰りなど簡単にかわすことのできる為政者から、せめて少しでも情報を引き出そうと、その所作のすべてを見逃さぬよう注視する強い目だ。
「俺たちの敵は何かという問いから、マキナの問いに繋がった。マキナの問いは間違いなく、『敵』に言及するものだと思う」
「……なるほどなぁ」
ランセムは納得したように微笑を浮かべる。
「”ヒト”が織り成す悪の最たるものと、そう言ったんだ。俺たちの敵は何か特別な存在でも、魔法による現象でもない――――”ヒト”と呼んで差支えのない、何者かだ」
総司には圧倒的に情報が足りない。レブレーベントでの一連の事件を乗り越えてなお、総司はリスティリアにおいて、そこらを歩く子供にも満たない程度の知識しかない。加えて、頭は悪くはないが、際立って優秀というわけでもない。ごく一般的な思考能力しか持たない彼にできることは、どこからこぼれてくるかわからない情報を残らず拾い上げることだけだ。賢者マキナの言葉を一言一句聞き漏らすまいとしている中で、そのセリフが引っ掛かっていた。
リスティリアには魔獣もいれば、総司はまだ出会っていないが知性ある「ヒトではない何か」も多数いることを知っている。マキナがわざわざヒトであることに言及したからには、総司の『敵』、女神を脅かす何かはヒトに属する何者かだ。
「……歴史上の話だがな」
王ランセムは、総司の強いまなざしを正面から受け止めて、目をそらさずに静かに告げる。
「女神やこの世界そのものが脅かされたのは、今回が初めてではない。だが――――」
ランセムは間違いなく、総司から目をそらしていないのだが――――その目が総司を見据えているとは、どうしても思えなかった。遠いどこかに、或いは見えないはずの過去に、想いを馳せているような―――
「わしの予想通りだとすれば、過去に起こった”反逆”とは明確に動機が違う」
「その予想ってのは―――」
「言ったはずだ。お前さんにそれを教えることは、決して良い方向に転がる行いとは限らんとな」
ランセムの声は厳しさを帯びていた。総司にこれ以上の質問を許さないつもりだ。
「女神がお前さんにこの旅路を与えたということは、それが必要だからだろうよ。女神にはただでさえ時間がない。にもかかわらずお前さんに教えるべきことを教えていない、その意味を考えろ。お前さんは自分でたどり着かにゃならんのだ。これに限らず、いろんな答えにな」
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