リスティリア救世譚

ともざわ きよあき

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第二章 誇り高きルディラント

第十二話 誇り高き名を②

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「然り」
 びりびりと二人に迫っていた気迫がふわりと消える。
 ランセムは、鬼の形相はどこへやら、屈託のない笑顔を見せていた。
「よくぞ辿り着いた。存外、遅かったようにも思うが、恐らくそうではないな」
 ランセムは優しくリシアに語り掛ける。
「お前さんはたいていのことにソウシほど甘くはないが、誰よりも “ソウシに甘い”。それ故に口をつぐんだのだ」
 王は全てお見通し。そんなことをかつて、ランセムが言っていた。
「……甘いのは、私だけではない。そうでしょう」
 リシアがか細い声で言う。
 ランセムの総司に対する接し方は、彼を導かんとする指導者そのものだった。軽々に答えを口にすることなく、総司に対して道の方角だけを指し示し、彼が自らの手で答えをつかみ取るよう整えた。
 それが甘さでなくて何だというのか。ランセムは痛いところをつかれた、とばかり苦笑する。
「……あの日」
 ランセムは目を閉じ、過去の記憶を辿る。
「わしはどうしても……どうしても、受け入れられなくてなぁ」
 しみじみと、そんなことを言う。
 平和な日常が突如として粉砕された、狂気の日。
 総司は今ようやく、とある出来事の意味を理解した。
 ”真実の聖域“を探索しようとした総司とリシアは、その前に王から子供のお遣いのような仕事をたくさん頼まれた。荷運びをして、接客をして、動物と触れ合い、工業に携わった。王の依頼を通じて、ルディラントの民と触れ合い、今、多くの人々に見守られているような関係性を築き上げた。
 それはきっと、王ランセムの望みだった。ランセムは総司とリシアに――――ルディラントを終わらせる者たちに見て、覚えてほしかったのだ。ルディラントがかつてここにあったことを、かつてここにあった日常を。最早誰も訪れることのない幻の国にやってきた、最初にして最後の客人に、ランセム自慢の街と人々を刻み付けてほしかった。
「愚か者はわしの方だ。わかっとるとも」
 生命の理から外れた、ただ繰り返されるだけの日常を内包する魔法の国。あまりにも無意味な悪あがき。誰も幸せになることのない、その権利を剥奪された後の残骸に意味はない。
 しかし理屈ではないのだ。ルディラントにとって、女神と接続するあの聖域が存在意義の全てだというのなら、王ランセムにとってはルディラントという国そのものが、王としての存在意義全てである。王ランセムの所業は女神が与える運命への反逆。暴力的な手段で以て自らの野望を達成しようとするロアダークとは別格の、誇り高き反逆者である。
「……魔法の発動に、あなたはオリジンを使っているはずだ」
 総司が言う。ランセムは頷いて、
「然り。我が最後の魔法を千年保つ礎よ。それが何なのかも、もうわかっておるな」
「はい」
「何をすべきかもわかっとるな」
「はい!」
 総司が剣を構えなおす。蒼銀の魔力が彼の体から発散され、風のようにうねりを上げる。
 ヒトに属する者には持ちえない、強烈で破格なる女神の力。しかしそれは、ランセムを圧倒するには足りない。
 何せ千年、女神に逆らい続けた男である。今更その小間使い如きに怖れを抱くはずもない。
「では、未熟な救世主に最後の試練を与えよう――――サリアァ!!」
 ランセムの笑顔が消えた。二人が広場に駆け込んだ直後と同じ鬼の形相。再び拡散する裂帛の気迫。充満する危険な気配の最中に――――
 ひび割れた空を切り裂くように、青と白の閃光がきらめいた。
 広場の土を踏み砕き、槍を携えた少女が現れる。
 見たこともないような戦意ある目をギン、とぎらつかせて、ルディラントの守護者サリアが、すうっと槍を総司へ向けた。
「この国を滅ぼさんとする逆賊とあらば、私が見逃すはずもなし。ここで討伐いたします」
 芝居がかったセリフ。だが、その顔は本気だ。真実の聖域で目にした気合十分のサリアとも違う、もっと冷たく、恐ろしい気迫。
 これはあまりにも無意味な戦いだ。サリアもそれを自覚しているはずだ。しかし、サリアが引けない理由も痛いほどよくわかっている。最後まで守護者としてありたい彼女の想いを理解すればこそ、止める手立てが思いつかない。
「負けられないのはそっちだけじゃねえ。本気で行くぞ」
「あなたと私では負けられない理由に差がありすぎる。あなたも自覚しているでしょう」
 サリアが厳しい声で言う。ランセムと同じ、空の器たる総司を見透かした言葉。総司は笑って、
「どうかな。“既に終わっている”お前の理由と、“今まさに”負けられない俺の理由と、どっちが上か試してみるか!」
「……言いましたね……!」
 サリアの気迫が増大する。
 刃を交わす前にもうわかる。サリアの強さは――――アレインをも、凌ぐ。
「手を出すなよ。ここからは俺の見せ場だ」
「ッ……お前と言いスヴェンと言い……! 男というのは思っていたより面倒な生き物だな!」
 リシアが怒り心頭といった様子で怒鳴るが、総司の横顔にはもう覚悟が刻まれている。まだ文句は言い足りないが、言ったところで無駄だともわかっていた。
「……迷うなよ」
「おう!」
 総司がドン、と地を踏み割って飛び出した。蒼銀を纏う神速の閃光。狙いすますは、守護者の首一つ。
「行け!」
 ランセムの号令と共に、サリアがヒュン、と軽やかに槍を操り、総司へと一直線に駆け出す。
 細い体からは信じられないような力で、総司の巨大な剣を受け止める。
 ぶつかり合う魔力が拡散し、衝撃となって広場を覆う。広場を囲む住宅からその戦いを眺めていた住人の何人かがぐわっと吹き飛ばされて後ろへ倒れた。
「あの夜の続きですね、ソウシ」
 祭りの夜、刃を打ち交わした二人。あの時は単なる演武でしかなかったが、今は違う。本気の殺し合いである。
「……許せ」
 総司がそっと言った。サリアがわずかに目を見開く。
「スヴェンは、最後までここには来たがらなかった」
「あぁ――――余計なお世話ですよ、おせっかいさん!」
 不思議な槍さばきだった。つばぜり合いをしていたはずの総司の手から、ふわりと手ごたえが消えたかと思うと、サリアの姿も一瞬消えた。
 槍の刃ではなく棒の部分で、総司の体が横なぎに押され、サリアの膂力で以て思いきり投げ飛ばされるように吹き飛んだ。
「ぐっ――――!」
「あの馬鹿の考えそうなこと、あなたよりもずっと知っていますとも!」
「そうかよ、くそ、損した気分だ!」
「“ランズ・アウラティス”!」
 渦巻く激流の突撃。迎え撃つのは蒼銀の斬撃。
「ぜあ!」
 飛来する斬撃をかわそうともしないサリアはそのまま水の伝承魔法で斬撃を貫き、ぐんと総司に迫る。
「“シェルレード・アウラティス”!」
 円形に拡散する水の刃をリバース・オーダーで受け止める。だが、腕に伝わる圧力が総司の想像を超えていた。
「んぐっ……!」
 総司の体が浮き上がる。王女アレインの最強の魔法、荒ぶる巨大な雷神ゾルゾディアと力で競り合った総司が、止めきれない――――!
「もしかして――――」
 ふっ、とサリアが眼前に現れ、冷たい声と表情で、言った。
「まだ躊躇っていますか?」
 容赦なく突き出される槍を、リバース・オーダーの刀身で受け止める。だが、サリアの力は常人のそれをはるかに逸脱したものだ。体の浮いた状態で受けきれるはずもなく、総司はズドン、と派手に吹き飛ばされて、広場の端をざーっと無様に滑った。
 致命的なダメージを受けているわけではないが、リシアにとっても衝撃的な光景だ。
 天才アレインですら互角以下だったはずの総司との白兵戦も、サリアは容易く制して押しのける。戦士としての熟練度の差がはた目にも明らかだ。
 これほどの使い手がいて、ルディラントは滅んだのか。千軍を薙ぎ払う魔法の使い手アレインをも凌ぐ、万の軍勢を薙ぎ払うであろうサリアという戦士を以てして、千年前は敗北したというのか。自分が出した結論を疑いたくなるほど、サリアの強さは別格だ。
「この程度ではないはずですよ、ソウシ! かつて無様に敗北した一介の守護者に負けていては――――」
 槍を回し、天に向けて掲げる。
「救世主の役目を果たすなどできはしないでしょう! 中途半端な希望ならば、皆が淡い夢に魅せられる前に! ここで私が摘み取りましょう!」
 渦巻く水が天空に集積する。
「“ゲネベルト・アウラティス”!!」
 激流が、巨大な蛇の化け物へと姿を変えた。龍のような顔を持つ激流の蛇は、莫大な魔力を湛えて総司へと滝のように流れ込む。
 かつてサリアが語った「魔法とは何か」。一般的な魔法は、魔力を用いて精霊の行使する奇跡を「真似る」だけの行いで、そこにリスティリア世界における特別さはない。
 しかしその理を外れ、精霊と同じ力を振るい、常人には達成せざる奇跡を可能とする魔法がある。
 伝承魔法“アウラティス”。サリアはその使い手の中にあって、歴代最強の存在である。
「――――“シルヴェリア・リスティリオス”」
 一撃で全てを屠る女神の騎士究極の魔法。激流の蛇を粉砕し、総司が空中へ躍り出て、そのままサリアへと斬りかかる。
 蒼銀の魔力を纏う彼の一撃は、ついにサリアの膂力でも止めきれなかった。サリアの体が浮き、今度はサリアが吹き飛ばされる。
「出力を絞ったか……だが、それでは……」
 リシアが険しい顔つきで呟く。
 その気になればこの広場の周囲を吹き飛ばせるほどの威力を持つ総司の魔法だったが、総司はそれを嫌った。たとえ幻想の中であっても、周りの民も全て吹き飛ばすことをよしとしていない。
 しかし、手加減をして倒せるほど、今のサリアは甘くない。
 再びヒトの領域を超えた剣戟の嵐が吹き荒れる。目にもとまらぬ超高速の戦闘。次元の違う二人の競り合いは、祭りの夜のように人々を魅了した。
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