リスティリア救世譚

ともざわ きよあき

文字の大きさ
112 / 155
第三章 清廉なるティタニエラ

第三話 天に挑む試練①

しおりを挟む
 宴の場として設けられた、客間と同じく自然に満ち溢れた広間で、宴は楽しく進められた。給仕のエルフたち以外には、ティタニエラの側からはクローディアとミスティル、レオローラ。それと総司たち三人しか同席しておらず、決してお祭り騒ぎのような状態にはならなかったが、クローディアは総司とリシアの「ルディラント冒険譚」を熱心に聞きたがり、その一言一言に懐かしみ、笑い、そして最後はわずかに涙した。
 昨日のことのように思い出せる――――クローディアのセリフはそのままの意味だ、
 彼女はエルフの中でも特別に長寿な存在で、千年前の「カイオディウム事変」の当事者だった。王ランセムは、ウェルステリオスが総司に見せた在りし日の日常の光景で、サリアを通じてティタニエラと縁を結んだと語っていた。ルディラントは千年前、ティタニエラと初めて通じた国だった。
「誰もかれも最後は笑顔であったか……そうか」
 総司とリシアに、幻想のルディラントの顛末を聞き終えて、クローディアは感慨深げに言う。
「かの国の最後を見送ったのがお前たちで良かった。ランセムも喜んでいよう」
「だと良いんですが」
「案ずるな。お前たちの前ではあまり見せておらんかったかもしれんが、アレは存外、好き嫌いの激しい男でな。お前たちへの入れ込みよう、相当に気に入っておったと見える」
 エルフの食事は果物と野菜を中心としていたが、エルフは狩りにもたけた種族だ。食卓には肉の類も並び、豪華なものとなっていた。
「クローディア様、お聞きしても良いですか?」
 話がある程度、けりのついた頃合いを見計らって、総司が切り出した。
「何も遠慮はいらんぞ。何なりと」
「千年前、実際に起きたことが知りたいんです」
「実際に起きたこと、とな」
 質問の意図するところを測りかねたか、クローディアが首を傾げる。完成された美女であるクローディアの、どこか可愛らしい――――あまり見たことのないそぶりを見て、人知れずミスティルとレオローラが驚いていた。総司は慌てて、
「王ランセムに助言を受けたのです。俺達の旅路はそのまま、千年前を辿る旅路なのではないか、と。俺達はルディラントと、それからレブレーベントに伝わる情報だけは持っていますが、他のことを知らないんです。けれどクローディア様はまさに当事者、書物や論文から得られるよりずっと確かな『実際のこと』をご存じだと思いまして」
「うぅむ」
 クローディアは少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。
「無論、知っていることはあるが、最初に詫びねばならん」
「と、仰いますと?」
 リシアが聞くと、クローディアはわずかに首を振った。
「一つには、当時私は大老の地位にはなかったということ。他国との橋渡し、交渉役を任ぜられたが、それでも、全てを知れるだけの地位にいなかったのだ」
「なるほど」
「そしてもう一つには、ティタニエラは確かに他国と手を結んだが、時のルディラントやシルヴェリア、そしてローグタリアほどには、カイオディウム事変から連なる一連の事件の中心にはいなかった。誰より前に立っておったのはシルヴェリアで、我らはその援護をするような立場であった」
 それは理にかなっていることだ。
 ルディラントの守護者、総司ですら苦戦を強いられ、女神から与えられた切り札がなければ到底及ばなかった破格の使い手、サリア。そのサリアを粉砕し殺した反逆者ロアダークが、世界の敵の首魁だった。
 断片的な情報ではあるが、当時そのロアダークに真っ向から対抗できたのは、時のシルヴェリア王女、ゼルレイン・シルヴェリア只一人だったという。スヴェン・ディージングの言葉によると、反逆者ロアダークすらもその力を警戒し、最初の狙いをシルヴェリアではなくルディラントへと定め、ゼルレインとの早期の激突を避けていた。
 史上最強の戦士ゼルレインの存在こそが、世界が持つロアダークに対する切り札だった。シルヴェリアが一番前に立つことで、ロアダークを押さえつけることが出来たのだ。
「ゆえに事の中心と、その顛末の全てを知るわけではない。その前提に立って良ければ、お前の知りたいことを可能な限り教えようとも」
「ありがとうございます」
 総司はぺこりと頭を下げて、質問をいくつか整理した。
「千年前、六つの大国に女神と接続できる領域があったのは事実でしょうか」
「然り。私も会ったことがある」
「本当ですか!?」
「私はルディラントに嘘をつかぬ。つまりは、お前たちに嘘をつかぬということだ」
 クローディアはクスクスと笑いながら、驚く総司の反応を楽しんでいた。
「……怒っておるな、ソウシ」
「え? 怒る? と、とんでもない! 今の話のどこに――――」
「あぁ、私にではない。女神にとても、怒っておるな」
 クローディアの指摘を受け、総司は言葉を失い、黙り込んだ。
 総司の慟哭を聞いたのはリシアだけだった。ルディラントの滅びを見守るだけで、何もせず。ルディラントの冒険を終えて戻った総司に会おうともせず。
 ただ世界の歴史が流れるまま「何もしない」女神への怒りを叫びに変えて喚き散らしたのは、つい先日のこと。
 総司の目に宿る光に何を見たか、クローディアは総司の怒りを、やり場のない憤激を見抜いていた。
「その怒りに感謝を。まこと、ランセムは幸せ者よ。お前のような良き若者が、かの国を想って怒りに震えてくれるのだから」
 クローディアは静かに言った。
「しかし、一つだけ知ってほしい。女神はこの世界に恵みを齎すが、破壊を齎すことは出来ぬ。女神はこの世界を愛し、この世界の生命全てを愛し、それを害することは出来ぬ。あの日、女神は何もしなかったのではない。……何も、出来なかったのだ。見ていることしか出来なかったのだ」
「……それが、この世界のルールなのですか」
「愛は与える時にのみ、自らの意思で選ぶことが出来る。しかし与えられる愛はそうはいかぬ。女神は全てを愛したが、全てが女神を愛するわけではなかった。それだけのこと」
 納得をしたわけではない。だが、クローディアの言う通りだとすれば合点がいく。
 女神レヴァンチェスカは全知全能に近いが、しかし近いだけでまさしく全知全能というわけではない。もしも本当にあらゆる事象をコントロールできるのなら、そもそも今窮地に陥っておらず、総司を呼びつけて自分の遣いとし、自分自身の救済を任せる必要がないのだ。諸悪の根源を自らの手で罰し、断ち切ればいいだけの話である。
 彼女にも出来ないことがある。そしてあの日、滅びの日にルディラントを救うことは、彼女には「出来ない」ことだった。ルディラントを救うということはそのまま、攻め込むカイオディウムの軍勢を何とかすることに直結する。
 たとえそれが、全世界に破壊をまき散らす反逆の行いであろうとも、女神レヴァンチェスカにとってはルディラントもカイオディウムも平等なのだ。
「……俺には、女神の視点やクローディア様の視点は、あまりに遠い」
「当然だ」
 総司の率直な感想に、クローディアはすぐに頷いた。
「そしてそれでよい。今すぐ理解せよとは言わぬ。ただ知っているだけでよい」
「ゼルレイン・シルヴェリアのことはご存じですか?」
「無論だ」
「ゼルレインは世界再建の折りになって姿を消したと言い伝えられています。レブレーベントはそれを忌むべき名として封じ、名を変えている。彼女に何があったのかは――――」
「私が知らぬ、最後の結末の部分だな」
 クローディアは、銀色の盃を片手に言った。
「誤解のないように言っておくが、ゼルレインは間違いなく善なる者であった。ロアダークにとって不倶戴天の敵であり、シルヴェリアのみならず世界のため、その命を賭してロアダークと対峙した。忌むべき名とされておるのは不憫なことよ」
「ゼルレインはロアダークを討った。けれど、そのあと何かがあって、姿を消した……」
「……その部分については、私も聞いただけの話だが」
 総司の言葉を受けて、クローディアがひっそりと――――しかし、とても重要なことを口にした。
「ロアダークを追い詰めた軍勢、その頭は確かにゼルレインであったが、ロアダークを討ったのはあやつではないらしい」
「え?」
「ゼルレインの傍に控えていた兵士の一人が、決死の覚悟で相討った。私はそのように聞いておった。しかし今にして思えば、行方をくらましたゼルレインへの当てつけだったのかもしれんな……」
 世界再建の大事な時に、誰にも何も伝えることなく姿を消したゼルレインがそのまま英雄としてあがめられることを嫌った、誰か。その誰かによるプロパガンダじみた可能性。クローディアは首を振り、
「その風説で以て、ゼルレインの功績が失われるわけではない。あやつは確かに、世界の誰もがいてほしい時にいなかった……だが、今日の世界があるのは、あやつが命を賭けたからだ。それは忘れないでやってくれ」
「はい……では、今世界を脅かす敵の正体については?」
「皆目、見当もつかん」
 やはり、クローディアですら、その部分は見通せないようだ。
「しかし、ランセムの言葉は正しいと私も思う。“過去にあった反逆とは動機が違う”、私も同意見だ。ロアダークの目に映っていたのはあくまでもこの世界そのものだったが、此度の敵は、リスティリアに目もくれておらぬ。獰猛な魔獣が散見されるとはいえ、それは副産物に過ぎんだろうな」
「女神の領域から零れ落ちた、悪しき者の力の残滓、ですか」
「女神を殺そうとしていることには間違いないが、その動機も、その先にある最終的な目標も見えぬ……力になれなくてすまないな……」
「とんでもない!」
 総司は慌てて腰を浮かした。
「貴重なお話をありがとうございます」
「お前たちが喜びそうな話としては」
 クローディアが思い出すように目を閉じた。
「スヴェンとサリアはこの国に来たことがあるぞ。他国との交渉役を任ぜられた私とはその時初めて出会った」
「あの二人が来たんですか!?」
「最初はいけすかぬ男でなぁ、サリアには再三、あの男はやめておけと助言したものだ。サリアは年頃故、ずっとそんな感情はないと否定しておった……」
 顔を赤くして照れるサリアが目に浮かぶようだ。
 クローディアは思い出話も程々に、本題の一つを切り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...