リスティリア救世譚

ともざわ きよあき

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第四章 贖いしカイオディウム

プロローグ 王と枢機卿の密会②

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 国王トルテウスは、フロル枢機卿に見送られ、カイオディウムきっての魔法使いライゼスによって城まで送り届けるという破格の待遇を受けた。実質的支配は教団が行っていると言っても、フロルは王家をそれなりに立てている。そうした方が好都合なことが多いとわかっているからだ。
 ライゼスに礼を言って、自分の屋敷に戻り、魔法的な結界によって「盗聴や盗撮」のリスクを排してある国王の執務室に戻り、これまた大きな椅子にどかっと腰かけた。
 国王トルテウスの執務室には既に、愛する娘ルテア・カイオディウムが入って待っていた。
「ぶはっ! 窒息死するかと思ったわい!」
「ご立派でしたお父様! 見事な演技にございます!」
 まだ年の頃は十二・三といった幼い王女が、父をほめそやした。
「リンクルを通じて全て見ておりました。一世一代の大芝居、ルテア、感服いたしました!」
「ふぅ~……全く、あのお方ときたら。自分の半分程度の年齢とは、いつまで経っても信じられんわ……しかもライゼスまで出てきてしまって。心臓が飛び出るかと思った」
 枢機卿の前で、トルテウスは決してぼろを出さぬよう必死だった。
 国王トルテウスと王女ルテアは、ベルの目的を知っており、協力関係にあるからだ。とはいっても、協力できる範囲というのは、今の王家の力ではかなり限定されてしまう。それでもベルにとっては頼もしい援軍なのである。
「しかし、あのお二方がこの屋敷の部屋でベルと何事か話す機会があったという事実まで隠す必要があったのかね……? 私にはどうもそこがわからん……」
 ルテアは紅茶の準備をして、父に差し出しながら、にこにことして言った。
「枢機卿猊下は、つまるところ“あの三人が結託して戻ってくる可能性”について詰めたいわけですよ、お父様」
「……ふぅむ?」
「既にその疑いはあるでしょうが、確信を遅らせたいのです。枢機卿猊下はベルちゃんのことを信じたい。だから、ベルちゃんの反逆の証拠集めはそのまま、ベルちゃんを信じるための材料集めでもあります。ここに来るまでにいくらでも三人で話す機会はあったものの、わざわざ部屋で一緒にいる機会はなかったのか、と聞いたのがその証拠でしょう?」
 王女ルテアとリンクルは、リアルタイムで知覚したものを共有できる。ベルが初めて総司とリシアを連れてカイオディウムを訪れた時、リンクルに向かって「王女に伝えて」と告げたのは、この特殊な関係性を知っていたからだ。
 ベルのことを親しげに呼びながら、王女ルテアはにこにこしたままよどみなく続けた。
「ましてや、お父様がベルちゃんに依頼したのではなく、ベルちゃんの方から申し出たのではないか、とまでカマを掛けていました。あれは“そうではない”という確信を持つことで、少しでもベルちゃんの疑いが晴れる方向に話を持っていきたかったのですよ」
「な、なるほど……?」
「ベルちゃんの意図が知れる時はいずれ訪れますけれど、遅ければ遅いほど良いのです! ベルちゃんはとっても魅力的ですから、きっと今頃あのお二方を口説き落としているはず! それを正面から迎え撃とうとする枢機卿猊下の準備が遅れるほどに、ベルちゃんは有利になるんです! そういうことなのです!」
 芝居がかって見えるほど大げさな身振り手振りで、何に陶酔しているのか恍惚としながら、ルテアがクルクル回りながらそう宣言する。
 しかし舞台演者のような大仰なふるまいとは裏腹に、話す内容はそら恐ろしいほど的確に枢機卿の心情と現状を読み切っており、底知れなさを感じさせる。まだ幼い身で、他者の心情を読むことに長けた王女ルテアは、リンクルによる情報収集能力もあって、今のカイオディウム王家が持つ明確な「力」の一つだ。
「お前は枢機卿猊下のことが好きだと思っておったが……」
「もちろん! あぁ、あの凛々しいお姿、いつ見ても癒されますわ」
「しかしベルは……枢機卿猊下を“殺す”とまで言い切っていたよ。それでいいのかい?」
 王家がベルに協力するのは、教団によるカイオディウムの支配を終わらせるためである。ベルの真意はそこにはなく“その先”にあるが、王家としてのメリットも大きいからこそ、国王はベルへの協力を決めている。これは一種の革命、王家が起こすとはいえ、支配層に対するクーデターと言っても良い。
 その過程でルテア自身が愛してやまない枢機卿の命が危ぶまれることになるというのに、ルテアは非常に乗り気だ。国王トルテウスとしてはそこが解せないところなのだが、ルテアはまた笑いながら踊りながら、言った。
「お父様は目に見えるもの、実際に聞いたことに囚われ過ぎでございますわ。ベルちゃんとのお付き合いも長いでしょうに、“本気で言っている”と思っていらっしゃるなんて」
 枢機卿のみならず、ベルの心の内までも読み切って、ルテアは笑う。
「ベルちゃんの性格を考えれば、そうならぬよう尽くすに決まっているではありませんか。計画段階ではそれ以外に方法がなかったとしても、次戻ってくるときには、“殺す”以外の選択肢を引っ提げているでしょう。そうでなければ多分戻ってきませんよ」
 恐ろしきは洞察力でも推理力でもなく。
 ヒトの心情を読み取り、これから起こり得ることを見事に想定する慧眼。ルテアは客観的事実から物事を見極めるのではなく、ヒトの心の動きから見極める。そして鋭敏な感性で以てそれらを補強していく。
 ヒトが「こうなってほしい」「こうしたい」と思う願いや欲を見破って、行動の予測を立てていく。それは思考を組み立てる上では危ういやり方でもあるが、心情の読み取りが正確であればあるほど、読み取られる側がどれだけごまかそうとしてもごまかしきれない精度を伴う。
 ベルが王家を頼ったのは、未だ残る王家の権力や財力をあてにしているのも勿論だが、何よりルテアを味方につけたかったからでもあるのだ。
「ティタニエラが護る“古代魔法”、その力は私たちにとっては未知数ですし、何より女神の騎士様。彼の力も我々の推し量れる領域を超えているのですから。ベルちゃんが計画を立てる段階では知り得なかった力の数々を味方につけられた時、ベルちゃんは戻ってくる」
 ルテアはまた、恍惚とした表情になってちょっと下品な笑顔を見せた。
「その時こそ教団の支配の終わり、そして枢機卿猊下が王家に傅き、従者の如く接してくださる記念すべき日になるのですわ!」
「あぁ……そ、そういう……」
 王家が力を取り戻し、大好きな枢機卿が「下」となる日を夢見ているわけである。幼い身でずいぶんと悪趣味な野望を隠そうともしない我が娘を前に、トルテウスは引いていた。
「まあ失敗したら失敗したで、何とかベルちゃんだけでも保護して匿えるよう手はずを整えておきましょう。そのあたりの手配りは私にお任せを。信頼できる者を見繕っておきます」
 幼い身で、悪趣味ではあるが――――きわめて優秀でもある。夢見がちなだけでなく、もしものことまで想定している。
 ルテアが見極める「信頼できる者」ほどあてになるものもない。既に彼女の力を認めているトルテウスは、ルテアの言葉に確かに頷いた。
「お前に任せよう。ベルの目的が果たされることを願いたいが、それ以上に私は、ベルに危険が迫ることの方が嫌なのでね」
「それは同じ気持ちですわ、お父様。ベルちゃんは私のお姉さまに等しい御方、抜かりなきよう最善を尽くしましょう」
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