ジト目姫とのアイダガラ

arutara

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2章

4話 想いの始まり

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 一葉とはじめは、小学校1年生からの付き合いである
一葉の家は、母子家庭で母親は仕事が忙しくほとんど家にいないが、一葉のことを愛しており、休日に一葉の行きたいところに行き全力で楽しんでいる
はじめの親とも仲が良く、よく一緒に遊びに出かけたり、母親の帰りが遅くなる時は、はじめの家で晩御飯を食べてそのまま泊まり次の日そのまま学校へ行くことも多く、一葉にとって犬伏家はもうひとつの家とすら呼べる場所となっていた
2人の家の近くに山があり、そこにある小屋を秘密基地にし、そこで2人はよく一緒に遊んでいた
小学4年生の夏、いつものように一葉とはじめは秘密基地に遊びに行っていたが
その日は風がいつもより強く、昼頃から空が曇ってきたので天気が悪くなりきる前に山をおりて帰ろうとしていた

「風、つよいね⋯」
「だな、雨降ってくるまえに早く降りよう」

などと言ってるうちに曇った空から、パラパラと雨が降ってきてしまった
こういう時の嫌な予感はよく当たる

「言ったそばからかよ⋯」
「どうしよう⋯秘密基地からは結構離れちゃったよ?」

秘密基地から家までの距離は、それほど長い訳では無いが当時小学4年だった2人からすれば、山の道は形だけでも整えられているとはいえ山道は山道だ
山を降りれば家まで急げば10分で着くが
この雨の中、山には恐らくはじめと一葉2人のみ、雲のせいで太陽の光もなく
薄暗くなり周りの木の影でさらに不気味さが増していた
引くほどデバフを積まれた山の中で
小学生の2人に不安がなければそれはもう
覚醒間近の勇者だろう
当然、2人は勇者などではなくただの
小学生である
こんな、大人でも引くくらい不気味な所にいたい訳もなく、早く家に帰り安心したいと思うことは当然であった
人は不安に陥ったり混乱すると正常な判断が出来ないが
それが小学生なら尚更だ

「はじめ!」

だから、一葉がここでしてしまった選択のミスも、ここで一葉の提案に強く反対出来なかったはじめのどちらにも非はない

「こっちの道から帰ろ!」
「でも危ないぞ?」
「でもこっちの方が早く帰れるよ!」

その道は、今2人がいる新しい山道ではなく昔あった古い山道だった
古い山道は雨の日は滑りやすく、木の根もところどころ見え隠れしていて傾斜も
かなり急だったがその分早く山をおりることができる
はじめとしても、早く家に帰りたいのは
同じなので強く止めることが出来なかった

「わかった」
「行こ!」

そう言うとはじめと一葉は、大急ぎで坂をおり出した
嫌な予感はしていた
はじめはこのまま無事に家に帰れると、どれだけ頭の中で自分に言い聞かせただろうか
しかし、はじめの嫌な予感は当たることになった

「っえ!?」

一葉の足が地面から出ていた木の根に
引っかかり前方向に倒れそうになっていた

「一葉!!」

考えるよりも先に口と体が動いていた
はじめは一葉を庇う形で抱きつき、
坂を転げ落ちていった
落ちている時に腕や足、背中を枝や根でぶつけながら落ちていったため止まった時には身体中が痛かった

「ーいって⋯一葉、大丈夫⋯?」

返事がなかった

「一葉!?おい一葉!!」

一葉は気を失っていた
おそらく転げ落ちる恐怖と、体の打ちどころが原因だったのだろう
しかし、小学4年生のはじめにそんなことが分かるはずもなく、一葉が目を覚まさない恐怖に襲われた
一葉が目を覚まさないことがどれほどはじめにとって恐ろしかったことか
はじめは、一葉を助けたい一心で
一葉を背負い残りの山道を下った。
体を地面や木の根に打ちつけたせいで、
体を動かす度に激痛が走っていたはずだ。
しかし、
はじめの頭の中は、一葉が目を覚まさないことの不安や、自分が普段の山道から降りようと言えていれば、
一葉がこんなことにならなくて済んだかもしれないという不甲斐なさを通り越した、
自らへの怒りでそれどころではなかった。
はじめは、一葉に声をかけ続けた。

「一葉、もうすぐ⋯もうすぐ着くからな⋯!」

はじめの感じている無力感が痛いほど伝わってくるようで、みずからをまるで罵るような悲痛な声だった。

「大丈夫⋯一葉、大丈夫だからな⋯!もうすぐ着く⋯もうすぐ家に着くからな⋯!」



家の周辺に差し掛かった時、雨の中帰りが遅い2人を心配した父が傘を持って家を出てきたところだった。
父は、2人を見た時一瞬の安堵と流れ込んできた不安に包まれたそうだ。
家に着いてからは、全身傷だらけのはじめと、目を覚まさない一葉を見た両親が、
大慌てで救急車を呼び、2人とも病院に運ばれた。
医者の診察で一葉は、山道を転げ落ちる時の恐怖と体を打ったショックで気を失っているだけと聞き、はじめは安心したのか眠ってしまったので、
念の為2人とも1日入院して帰ることになった。



はじめが一葉を背負い家に向かっている時、一葉は一時的にだが意識を取り戻していた。
思考と視界がぼやける中、
聞き慣れた、それでいて聞けるだけで安心さえできるような声が聞こえた。
雨の中、
冷たい、風邪を引きそうなくらい冷たいはずなのに。

(あったかい⋯)

背丈はさほど変わらないはずの幼なじみの背中が、誰よりも大きく感じ
そして誰よりも温かく、

愛おしく感じた。

今まで家族のように接してきた幼なじみ。
今までに、はじめを愛しているかと問われれば、
ノータイムで愛していると言えただろう。
しかし、それは家族愛だった。
今まで一緒に育ち過ごしてきた家族とも言える幼なじみ。
この時、一葉の中に元々抱いていたはじめへの恋心に気づいただけなのか、
はじめへの家族愛が変化し、恋心に変わったのかは、もう一葉自信にも分からない。
しかし
一葉がはじめへの恋心を自覚した瞬間は、
間違いなくこの時だったことを、
一葉は1日たりとも忘れることなく、
覚えている。

これが、淡い意識の中、
確かなはじめへの恋心の始まりだった。













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