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早朝、ジルはおれに行ってくる、とまさかの手の甲に唇を落としてから出て行った。
映画とかでしか見たことないやつだ。
ある意味見慣れてる筈なのに、対象が自分というだけで朝から爆発してしまいそうだった。
その後は当然というかなんというか、二度寝など出来る訳もなく、アンヌさん達が来るまで心臓を抑えつつ待つ羽目になってしまった。
◇◇◇
「そうですか!お食事摂れて良かったですわ」
「すみません……スープだけなんですけど」
「大丈夫ですよ、今朝はどうです?パンと卵くらいは食べれるかしら」
「あっはい、大丈夫です」
昨夜のスープの話をすると、アンヌさんは大変喜んでくれた。
体調が悪くての食欲不振ではなく、ただの疑り深い性格のせいなので、そんなに気にされなくても食べられるのだ。
こんなに優しくしてくれる人を疑ってたなんて申し訳ない。
まだ仕方なかっただろ、とも思うけど。
「モーリス様も如何です?」
「いやー、俺も食べてきたんですけど、折角だから頂こうかな!」
「じゃあ用意してきますね」
にこにこと嬉しそうに部屋を出ていく。
手伝った方が、と思ったけど、アンヌさんの仕事だからと止められた。
おれの世話がアンヌさんの仕事、それならおれの仕事はなんだろう。
穀潰しでしかなくない?
多分お金持ちだし、おれひとり増えたところでどうってことないんだろうけど。
でもいつまでここにいていいかわからないし……
「難しい顔されてますねえ」
「あっごめんなさい!」
「簡単なものですがどうぞ」
簡単なというけど、朝はパン1つとかで済ませてた前の生活とは違い、デザートまである豪華な朝食だ。
おれあんまり朝は食べられないんだけど。
でも昨日まで殆ど食べず、スープのみで済ませてしまっていたし、何よりアンヌさんが嬉しそうにしてるものだから頑張って完食……は出来なかったけど、そこそこ平らげてみせた。
「美味しかったです」
「何かお好きなものがあればお作りしますよ」
「おれなんでも食べれるので大丈夫です!苦いのだけは苦手ですが」
「では苦いものは止めておきますね」
ふふ、と笑いながら食器を片付けていく。
流石にこれは良いだろう、とその手伝いをすると、アンヌさんは驚いた顔をしたが、それを受け入れてくれた。
うちは祖母はどちらも早く亡くなっていたので、おばあちゃんってこんな感じかな、とちょっと嬉しい。
「あの」
「はい」
「この家……御屋敷?別館ってジルは言ってたんですけど……部屋を色々見ても大丈夫ですか?」
「ええ、案内しましょうか」
「はい!」
アンヌさんとモーリスさんもいてくれたら、うろうろしてたら即攻撃されるとかないよな、特にジルもなんも言ってなかったし。
別館と言う割には広そうだったから気になってたんだよね。トイレくらいでしかこの部屋出たことないんだもん、他に何があるかも見てみたい。
ここは多分2階でしょ、廊下を見る感じ2階だけでも結構部屋がある。
1階には何があるんだろう。
この別館に『住んでる』のはおれだけなのか。
静かだし、誰もいないのかなって。
誰かいてもこわいし、誰もいないのもこわい。
だからといってじゃあお城に行きますか?って言われても嫌なんだけど。
モーリスさんをちらりと見る。
騎士団とかメイドさんとかどこに住んでるんだろう。
それぞれの家?
寮みたいなのないのかな。そっちの方が安心出来そうなんだけど。
おれにこの広い家は分不相応だ。
「なんです?歩けないですか?抱っこしますか?」
「歩けます!」
アンヌさんは仕方ないとして、モーリスさんからも子供扱いな気がする。
そりゃ騎士団に所属してるようながっしりしたモーリスさんと比べたら、貧弱もやしのおれなんて子供にしか見えないのだろう。
でも弟くらいって言ってたし、おれの歳は知らないにしても、そこまで子供だとは思ってないよな?からかってるだけだよな?
「ここは何ですか?ここも寝室?」
2階にあるのはおれの部屋以外はトイレと客用の寝室ばかり。
つまりおれはジルがいなかったらこのくそ広いフロアにひとりきりだったわけで。そう考えるとぞっとした。
「ここは書庫ですわ」
「書庫……入ってもいいんですか?」
「ええ」
ドアを開けると、大きな本棚と、そこにぎっしり詰まった本があった。
紙のにおいがする。
窓際にテーブルとソファが置いてあった。天気の良い日にそこで本を読むと気持ち良さそうだ。
本という娯楽に少し安心した。暇潰しがないのはまじで現代人にはきつい。
「ここの本ってどんなのがあるんですか?国のこととか?絵本とか物語ってあるのかな」
「そうですねえ、この辺りに……」
アンヌさんが案内してくれた。
表紙に人のイラストがある本。確かに物語っぽい。
ぱらぱらと捲ってみて、すぐに閉じた。
……読めない。全く読めない。
英語とか、知ってる言語じゃない。
どういう理屈か、おれたちの言葉は伝わってるし、おれたちも皆の言葉はわかる。
わかるんだけど、読み書きは全くわからない。
「どうされました?」
「……字、わからないです」
「あらあら」
「読めない……」
「ではユキ様が大丈夫でしたらお勉強しましょうか」
「べんきょう……」
勉強なんてだいきらいだ。
でも前の世界に戻れないなら、ここで生きていくなら……文字くらいわかっていなきゃだめだよな……と嫌々頷いた。
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