【完結】召喚失敗された彼がしあわせになるまで

鯖猫ちかこ

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 脱衣所で服を脱ぎながら、なんでこんなことに?と考える。
 何か問題が?普通でしょう?という顔のジルに、恥ずかしいからやだ、を貫けなかった。

 おれだって普通は気にしないよ、銭湯も温泉も普通に皆で入ってたよ、多分モーリスさんが一緒に入るとなってもここまで反対はしなかったよ、貧相な躰を恥ずかしいと思うことはあっても、こんな、ジルと入るのは恥ずかしいだなんて思うのは……
 そりゃ、あんなことをしたからに決まってるじゃないか。

 なのにジルはそんなこと一切なかったかのように振る舞うから、おれの夢かと思ったこともあるくらいだ。
 でもあの時、次は、とか言ってた気がする。
 貞操の危機である。
 ……やっぱり止めておくか。うん、一日くらいお風呂に入らなくたって死にはしない。

 …………

「ユキ、そっちは出口だよ」
「……まちがえたァ」

 がっしり肩を掴まれて、綺麗にしようね、と大きな浴槽に連行される。
 せめてもの抵抗はタオルを巻くことだけ。
 あとは出来るだけ早く洗って出ちゃおう。
 そう思ってるのに、ジルが笑顔で躰を洗ってあげよう、とか言う。
 首を傾げてしまう。このひとはほんとに国の第一王子なのだろうか。普通は王子様はそんなことしないのではないか。
 なんかほら、イメージ的には、複数人の従者から躰を洗われるような、そんな感じの……

「自分で洗う……」
「この間はさせてくれたじゃない」
「……!」

 あれは!躰が動かなくて!頭がぼおっとしてる間に綺麗にされただけ!

「ふつーは自分で洗うの!」
「それはそうだが」
「ジルは従者さんと入るの?洗ってもらうの?」
「俺はひとりがすきだな」
「おれもなの!」
「……迷惑だったかな」
「うぐ」

 言葉に詰まる。長いきらきらした睫毛を伏せて、そんな悲しそうな顔して……そんな、そんな顔したって……か、顔が良い、ではなくて。

「か、からだは自分であらう……」
「髪ならいいってことかな」

 ぱあっと嬉しそうに返してくる。いや別にいいとは言ってないんだけど。躰はだめって言っただけで。ポジティブだな。
 ……髪、髪かあ……髪なら、まあ……躰よりはその……自分でやりたいけど、まあ……髪なら……

「絶対頭だけだからね」
「わかった」

 真面目な顔で頷く。こんな大きな図体してそんなかわいいことを。結構純粋なんだろうか。
 ちょっと笑ってしまう。おれより大分おとなに見えるのに、たまに犬のように見えてしまう。

 ところでここにはシャワーはあるけど、日本の銭湯のように椅子がある訳ではない。
 シャワーも固定されている。つまり立ったまま洗われる訳なんだけど、それがまた結構気まずい。
 ジルに背中を向けたまま洗って貰うんだけど、なんか思ってたのと違う。
 ……すっぽりジルに収まる形で髪を洗われている。
 立ったままってなんか……なんか所在ない感じ。

 耳元で痛くない?流すよ、なんて言われる度に、びく、としてしまう。
 早く終わってほしい、これ、美容院で髪洗ってもらうときより、ぞわぞわして、やばい、反応しちゃいそう、やばい。
 立ってるのがきつい。
 なにも変なことなんてしてない、頭を触られてるだけなのに、自分だけが反応してるのが恥ずかしい。こんなことなら許さなきゃ良かった。

「終わったよ、目をあけて大丈夫」
「……ありがと」
「ふふ」
「なに、なんでわらうの」
「嫌がってた割にちゃんとお礼を言うんだと思って」

 一応嫌がってたのをわかってはいるんだ。
 後ろを振り向いて軽く睨むと、嬉しそうに微笑まれてしまった。……こんなことの何が楽しいんだろう。
 でもあんまり嬉しそうにしているものだから、おれもなんかした方がいいのかな、と思って、おれも髪洗った方がいい?と訊くと、届かないだろうからいいよ、とか言う。流石に手ぐらい届く。

 ただ、やりにくいのは目に見えてる。大人しく引っ込んで、ジルが自分で洗ってる内にこれ幸いと躰を洗ってしまう。
 そしてさっさと上がろうとしたおれの腕を掴んで、早いよ、とにっこり笑うジル。水も滴るいい男である。

 子供の頃、ちゃんとお風呂に肩まで浸からないと上がらせて貰えなかったことを思い出す。
 逃げ出したい。だけどジルの瞳から逃げられない。
 不思議なことに、ジルの綺麗な碧の瞳はおれの力も思考も奪っていく。魔法のよう。

 手を引かれて浴槽に入る。
 軽く泳げそうなくらい広いのに、ジルはべったりおれの真横だ。
 ちょっと離れようかな、とお尻を浮かせても、笑顔で横についてくる。それを二回繰り返して諦めた。どうやら離れる気はないらしい。
 ……それにしても近い。肩が当たる。
 ちら、と横を見て、少し溜息が出た。

 王子様って、もっと細いのかと思っていた。室内に篭ってばかりのイメージで。
 ジルも訓練か何かしてるのだろうか。モーリスさん達のように筋肉!って感じではないけど、それでも綺麗な躰をしている。

「何かある?」
「や……ジルも何か訓練かなにかしてるのかなって」
「たまに騎士団に混ぜて貰ってるかな」
「王子なのに?」
「自分の身とだいじな者を守れるくらいの力はなくちゃ」
「……そう」

 一々笑顔を挟んでくるから、無駄にどきっとしてしまう。
 直視出来なくて、またふいと視線を逸らしてしまった。
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