【完結】召喚失敗された彼がしあわせになるまで

鯖猫ちかこ

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 にこーっと笑ったジルに、立場が逆転したのに気付く。
 早い。もうちょっと優位に立てる筈だったのに。

「ユキからして貰えるのかと思っちゃった」
「それは……う、えっと、また、今度」
「そうか、じゃあその今度に期待しておくね」
「……ん」
「唇噛まないで」

 そう言われて、噛み締めていたのに気付く。
 手の甲でぐいと唇を拭うと、そんなに乱暴に拭かない、と手首を掴まれた。
 少し紅くなってしまった、とおれの唇を指で辿る。
 たかがキスひとつ、それだけなのに、だいじにされているようで、胸が苦しい。

「ゆ、ゆび」
「うん?」
「いつまで口、触って……」
「柔らかいなと思って」
「は……」
「血は出てないけど、噛み跡が残ってる」
「ん、う」

 人差し指で、親指で唇をなぞって、指の背でふにふにと押してくる。
 端に触れるのは、笑みの形にしてるのか。
 満足そうに笑うジルに、こっちはこっちで居た堪れない。
 楽しそうで嬉しいよ、そんなジルも格好良くて綺麗だよ、でもおれはキスして貰えると思ってるから、まだ?とそわそわしてしまう。
 でも、だからといって、早くしろよと言える程切羽詰まってもなくて耐えてしまう。

「ふふ」
「……楽しい?」
「楽しい」

 そうか、良かった。
 おれみたいなのに触れて楽しいなら、恥ずかしいのを我慢してる甲斐もあるってもんだ。限度ってものはあるが。
 でも、そろそろいいんじゃないかな、あんまり触れすぎると、キスをする前に腫れてしまいそう。

「ジル……」
「ああ、ごめんね、触り過ぎたかな、どこもかしこもかわいくて」
「……そんな訳ない」
「かわいいよ、小さな口も、全部」
「んっ」

 そこでやっと唇が重なった。
 おれの意見は聞かないように、軽く数回重なるだけのものを繰り返して、それから舌先で唇をつつかれてこじ開けるようにあたたかいものが入ってくる。
 拒む必要もないので、それを素直に受け入れて、あとはされるがままだ。
 ジルの首元に回されていた腕はいつの間にか肩を掴んでいて、シャツをぎゅうと握り締めていた。

「ふ、ぁ……ッんう」

 一頻り終わった頃には、もう溶けてしまったおれが出来上がる。
 キスだけでこんなにどろどろにされるなんて。

「大丈夫?」
「らいじょっ、ぶ」

 舌の回らないおれに笑って口許を拭う。
 おれ下手くそなのかな、いつもべたべたに汚してしまう。
 でも仕方ないっていうか……出ちゃうんだもん、涎。
 こんな長くて熱いキスどころか、ただのキスさえここに来るまでやったことないから、自分が下手なだけか、ジルが上手いのか、おれの口許が緩いのかがわからない。
 ……気持ちいいことはわかるけど。

「あ、あの」
「なあに」
「今日……するの?」

 先日、ユキが万全の時に抱きたい、と言っていた。
 自分の万全の時なんてわかりゃしないけど、今日もゆっくり寝ていただけだった。何一つ疲れることも体調が崩れることもしてない。
 元よりおれは病気がちとかではなく、ただの魔力の使い過ぎで疲れてるだけだ、多少無理したとて何か悪影響がある訳ではないんだけど。ジル達が過保護なだけなんだよなあ。

「……そのつもりもあった、って言ったら幻滅されるかな」
「し……しない、昨日、寝落ちたおれが悪い、し」

 思わずそう返してしまった。昨日したかったですって言ったようなもの。
 そりゃそうなんですけど。
 寧ろこんなおれの方が幻滅されない?変態じゃない?
 ううう、恥ずかしくて消えてしまいたい。

「……触ってもいいかな」
「訊かれる方が恥ずかしいから……勝手にしてほしい」
「だめだよ、勝手にしてユキに嫌われたら困る」
「……そんくらいできらいになんてならないよ」
「ユキには少しも幻滅されたくないんだよ」

 これだけ恵まれた外見をしていて、地位もあって、優しくて、おれをこんだけ甘やかすことだけが欠点なのではって思っちゃうくらいなのに。

「ふうん……」
「ユキもして欲しいことがあったら言ってね」
「して欲しいことなんて」

 ……そんなのいっぱいある、山程ある。だけど言えない。
 全部一々口に出してたら、それこそ子供だ。
 それに、こういうのは察してほしい。
 難しい、ちゃんと口にしろってわかるんだけど、でも恥ずかしいし、ジルならわかってくれるでしょって。
 ほらもう、こんなこと考えちゃう時点で、ジルに甘えてるんだよなあ……

「そういえば」
「……?」
「シャノンと何か約束した?」
「……約束?」

 溶けてしまった頭では上手く考えつかない。暫くシャノン様とのやり取りを思い出して、どれだっけ、と約束を探す。
 あれかな、魔力のコントロールについて、何か作ってきてあげるって言ってた気が。
 でもそんな、数時間で用意出来るものなんだろうか。

「多分それじゃないんじゃないかな」
「?」
「これ渡されたんだけど」

 見覚えのある瓶に、言葉にならない声が漏れた。

 ──また何か作ってあげる。

 その、また、に対してあまり気にしてなかったのだけど。
 もしかして、あの香油を作っていたのはシャノン様……ってことなんだろうか。
 とんでもねえもん作りやがって!
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