88 / 161
88
しおりを挟む
にこーっと笑ったジルに、立場が逆転したのに気付く。
早い。もうちょっと優位に立てる筈だったのに。
「ユキからして貰えるのかと思っちゃった」
「それは……う、えっと、また、今度」
「そうか、じゃあその今度に期待しておくね」
「……ん」
「唇噛まないで」
そう言われて、噛み締めていたのに気付く。
手の甲でぐいと唇を拭うと、そんなに乱暴に拭かない、と手首を掴まれた。
少し紅くなってしまった、とおれの唇を指で辿る。
たかがキスひとつ、それだけなのに、だいじにされているようで、胸が苦しい。
「ゆ、ゆび」
「うん?」
「いつまで口、触って……」
「柔らかいなと思って」
「は……」
「血は出てないけど、噛み跡が残ってる」
「ん、う」
人差し指で、親指で唇をなぞって、指の背でふにふにと押してくる。
端に触れるのは、笑みの形にしてるのか。
満足そうに笑うジルに、こっちはこっちで居た堪れない。
楽しそうで嬉しいよ、そんなジルも格好良くて綺麗だよ、でもおれはキスして貰えると思ってるから、まだ?とそわそわしてしまう。
でも、だからといって、早くしろよと言える程切羽詰まってもなくて耐えてしまう。
「ふふ」
「……楽しい?」
「楽しい」
そうか、良かった。
おれみたいなのに触れて楽しいなら、恥ずかしいのを我慢してる甲斐もあるってもんだ。限度ってものはあるが。
でも、そろそろいいんじゃないかな、あんまり触れすぎると、キスをする前に腫れてしまいそう。
「ジル……」
「ああ、ごめんね、触り過ぎたかな、どこもかしこもかわいくて」
「……そんな訳ない」
「かわいいよ、小さな口も、全部」
「んっ」
そこでやっと唇が重なった。
おれの意見は聞かないように、軽く数回重なるだけのものを繰り返して、それから舌先で唇をつつかれてこじ開けるようにあたたかいものが入ってくる。
拒む必要もないので、それを素直に受け入れて、あとはされるがままだ。
ジルの首元に回されていた腕はいつの間にか肩を掴んでいて、シャツをぎゅうと握り締めていた。
「ふ、ぁ……ッんう」
一頻り終わった頃には、もう溶けてしまったおれが出来上がる。
キスだけでこんなにどろどろにされるなんて。
「大丈夫?」
「らいじょっ、ぶ」
舌の回らないおれに笑って口許を拭う。
おれ下手くそなのかな、いつもべたべたに汚してしまう。
でも仕方ないっていうか……出ちゃうんだもん、涎。
こんな長くて熱いキスどころか、ただのキスさえここに来るまでやったことないから、自分が下手なだけか、ジルが上手いのか、おれの口許が緩いのかがわからない。
……気持ちいいことはわかるけど。
「あ、あの」
「なあに」
「今日……するの?」
先日、ユキが万全の時に抱きたい、と言っていた。
自分の万全の時なんてわかりゃしないけど、今日もゆっくり寝ていただけだった。何一つ疲れることも体調が崩れることもしてない。
元よりおれは病気がちとかではなく、ただの魔力の使い過ぎで疲れてるだけだ、多少無理したとて何か悪影響がある訳ではないんだけど。ジル達が過保護なだけなんだよなあ。
「……そのつもりもあった、って言ったら幻滅されるかな」
「し……しない、昨日、寝落ちたおれが悪い、し」
思わずそう返してしまった。昨日したかったですって言ったようなもの。
そりゃそうなんですけど。
寧ろこんなおれの方が幻滅されない?変態じゃない?
ううう、恥ずかしくて消えてしまいたい。
「……触ってもいいかな」
「訊かれる方が恥ずかしいから……勝手にしてほしい」
「だめだよ、勝手にしてユキに嫌われたら困る」
「……そんくらいできらいになんてならないよ」
「ユキには少しも幻滅されたくないんだよ」
これだけ恵まれた外見をしていて、地位もあって、優しくて、おれをこんだけ甘やかすことだけが欠点なのではって思っちゃうくらいなのに。
「ふうん……」
「ユキもして欲しいことがあったら言ってね」
「して欲しいことなんて」
……そんなのいっぱいある、山程ある。だけど言えない。
全部一々口に出してたら、それこそ子供だ。
それに、こういうのは察してほしい。
難しい、ちゃんと口にしろってわかるんだけど、でも恥ずかしいし、ジルならわかってくれるでしょって。
ほらもう、こんなこと考えちゃう時点で、ジルに甘えてるんだよなあ……
「そういえば」
「……?」
「シャノンと何か約束した?」
「……約束?」
溶けてしまった頭では上手く考えつかない。暫くシャノン様とのやり取りを思い出して、どれだっけ、と約束を探す。
あれかな、魔力のコントロールについて、何か作ってきてあげるって言ってた気が。
でもそんな、数時間で用意出来るものなんだろうか。
「多分それじゃないんじゃないかな」
「?」
「これ渡されたんだけど」
見覚えのある瓶に、言葉にならない声が漏れた。
──また何か作ってあげる。
その、また、に対してあまり気にしてなかったのだけど。
もしかして、あの香油を作っていたのはシャノン様……ってことなんだろうか。
とんでもねえもん作りやがって!
早い。もうちょっと優位に立てる筈だったのに。
「ユキからして貰えるのかと思っちゃった」
「それは……う、えっと、また、今度」
「そうか、じゃあその今度に期待しておくね」
「……ん」
「唇噛まないで」
そう言われて、噛み締めていたのに気付く。
手の甲でぐいと唇を拭うと、そんなに乱暴に拭かない、と手首を掴まれた。
少し紅くなってしまった、とおれの唇を指で辿る。
たかがキスひとつ、それだけなのに、だいじにされているようで、胸が苦しい。
「ゆ、ゆび」
「うん?」
「いつまで口、触って……」
「柔らかいなと思って」
「は……」
「血は出てないけど、噛み跡が残ってる」
「ん、う」
人差し指で、親指で唇をなぞって、指の背でふにふにと押してくる。
端に触れるのは、笑みの形にしてるのか。
満足そうに笑うジルに、こっちはこっちで居た堪れない。
楽しそうで嬉しいよ、そんなジルも格好良くて綺麗だよ、でもおれはキスして貰えると思ってるから、まだ?とそわそわしてしまう。
でも、だからといって、早くしろよと言える程切羽詰まってもなくて耐えてしまう。
「ふふ」
「……楽しい?」
「楽しい」
そうか、良かった。
おれみたいなのに触れて楽しいなら、恥ずかしいのを我慢してる甲斐もあるってもんだ。限度ってものはあるが。
でも、そろそろいいんじゃないかな、あんまり触れすぎると、キスをする前に腫れてしまいそう。
「ジル……」
「ああ、ごめんね、触り過ぎたかな、どこもかしこもかわいくて」
「……そんな訳ない」
「かわいいよ、小さな口も、全部」
「んっ」
そこでやっと唇が重なった。
おれの意見は聞かないように、軽く数回重なるだけのものを繰り返して、それから舌先で唇をつつかれてこじ開けるようにあたたかいものが入ってくる。
拒む必要もないので、それを素直に受け入れて、あとはされるがままだ。
ジルの首元に回されていた腕はいつの間にか肩を掴んでいて、シャツをぎゅうと握り締めていた。
「ふ、ぁ……ッんう」
一頻り終わった頃には、もう溶けてしまったおれが出来上がる。
キスだけでこんなにどろどろにされるなんて。
「大丈夫?」
「らいじょっ、ぶ」
舌の回らないおれに笑って口許を拭う。
おれ下手くそなのかな、いつもべたべたに汚してしまう。
でも仕方ないっていうか……出ちゃうんだもん、涎。
こんな長くて熱いキスどころか、ただのキスさえここに来るまでやったことないから、自分が下手なだけか、ジルが上手いのか、おれの口許が緩いのかがわからない。
……気持ちいいことはわかるけど。
「あ、あの」
「なあに」
「今日……するの?」
先日、ユキが万全の時に抱きたい、と言っていた。
自分の万全の時なんてわかりゃしないけど、今日もゆっくり寝ていただけだった。何一つ疲れることも体調が崩れることもしてない。
元よりおれは病気がちとかではなく、ただの魔力の使い過ぎで疲れてるだけだ、多少無理したとて何か悪影響がある訳ではないんだけど。ジル達が過保護なだけなんだよなあ。
「……そのつもりもあった、って言ったら幻滅されるかな」
「し……しない、昨日、寝落ちたおれが悪い、し」
思わずそう返してしまった。昨日したかったですって言ったようなもの。
そりゃそうなんですけど。
寧ろこんなおれの方が幻滅されない?変態じゃない?
ううう、恥ずかしくて消えてしまいたい。
「……触ってもいいかな」
「訊かれる方が恥ずかしいから……勝手にしてほしい」
「だめだよ、勝手にしてユキに嫌われたら困る」
「……そんくらいできらいになんてならないよ」
「ユキには少しも幻滅されたくないんだよ」
これだけ恵まれた外見をしていて、地位もあって、優しくて、おれをこんだけ甘やかすことだけが欠点なのではって思っちゃうくらいなのに。
「ふうん……」
「ユキもして欲しいことがあったら言ってね」
「して欲しいことなんて」
……そんなのいっぱいある、山程ある。だけど言えない。
全部一々口に出してたら、それこそ子供だ。
それに、こういうのは察してほしい。
難しい、ちゃんと口にしろってわかるんだけど、でも恥ずかしいし、ジルならわかってくれるでしょって。
ほらもう、こんなこと考えちゃう時点で、ジルに甘えてるんだよなあ……
「そういえば」
「……?」
「シャノンと何か約束した?」
「……約束?」
溶けてしまった頭では上手く考えつかない。暫くシャノン様とのやり取りを思い出して、どれだっけ、と約束を探す。
あれかな、魔力のコントロールについて、何か作ってきてあげるって言ってた気が。
でもそんな、数時間で用意出来るものなんだろうか。
「多分それじゃないんじゃないかな」
「?」
「これ渡されたんだけど」
見覚えのある瓶に、言葉にならない声が漏れた。
──また何か作ってあげる。
その、また、に対してあまり気にしてなかったのだけど。
もしかして、あの香油を作っていたのはシャノン様……ってことなんだろうか。
とんでもねえもん作りやがって!
171
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる