【完結】召喚失敗された彼がしあわせになるまで

鯖猫ちかこ

文字の大きさ
87 / 161

87

しおりを挟む


 ◇◇◇

 泥のように寝ていた。
 シャノン様が帰って行ったのはまだ明るい時間で、送ってきたらしいモーリスさんはまたおれの部屋に戻るなり頭を下げてきたけど、全くもってモーリスさんのせいではない訳で、大丈夫だと伝える。
 それに、モーリスさんは気にしないようにとか、変に捉えずジルと話をするように言ってくれていた。
 引き摺って勝手にダメージを受けていたのは自分だ。
 さっさと済ませてしまえばよかったのに、すっきりしておけばよかったのに、引き伸ばして、勝手に傷付いて悲劇のヒロインぶっていただけ。
 おれがただ自分の保身に走っただけ。
 何度も謝るモーリスさんに、普段おれが掛けてる迷惑と相殺だと言うと、苦笑を浮かべて、ユキ様は甘いなあと言っていた。
 寧ろおれに甘いのは周りの方なんだけど。おかげで小さな子供に戻ってしまったみたいだ。

 それは全部、ジルが用意してくれた環境だ。
 モーリスさんやセルジュさんに妬けると言いながらも、取り上げられることはなかった。
 おれがひとりで悩んで、どうしようもなかったものをあっさりと解決してくれる。
 だからいつの間にか、おれはジルが居ないとだめになったのかもしれない。

 ちょっと前まで、ずっと遥陽のことを考えていた。
 大丈夫かな、こわくないかな、寝れてるかな、ご飯食べれてるかな、寂しくないかな。
 それはもう、無事がわかったからかもしれない。
 何だかんだ遥陽はおれみたいに元気にやってて、忙しそうだけど、神子様としての仕事を全うしてる。
 キャロルやティノや、多分おれの知らないひとたちと、交流を広げて。

 おれだって、いやまあ、遥陽と比べたら狭い世界で、でも関わるひとは少しずつ、本当に少しずつだけど確実に増えて、見えるものも増えてきた。
 何も知らない時より世界は広く綺麗に見えて、守りたいものだって増えた。
 出来れば皆と仲良くしたいし、皆が笑えていたらいいなと思うし、傷付いたら嫌だし、どうにかしたいと思う。
 明日は誰と話が出来るかな、って考えるし、ゆっくりしたいなとも思うし。

 その環境は、全部ジルがくれた。
 今日は仕事忙しいかな、どんなことをしてるのかな、また長期で空けることはあるのかな、今日はこっちに来るのだろうか、すきなものをもっと知りたいし、考えてることを聞きたい。
 優しく落ち着いた声も聞きたいし、甘ったるくおれを呼ぶ声も、少し寂しそうな声も聞きたい。
 壊れ物を扱うような指先も、少し強く肩を掴む手も、抱き締める腕も、早くなる心臓も、熱を帯びた視線も、声に言葉にならないものが、おれに向けられるものが、むずむずしちゃうけど、嬉しい。
 今まで知らなかったこと、自分には関係なかったことをジルが与えてくれた。

 その腕を全てを、離さないですむなら、なんてしあわせなことだろう。

 早くこっちに来て欲しい。ジルの顔が見たい。
 今日は昨日の続きがしたい。
 罪悪感を抱かずに、心の底から、抱き締めたいし抱き締められたい。


 ◇◇◇

 勢いよく扉が開いた音がした。
 煩いな、と思ったけど、多分躰は動かなかった。
 眠いというのもあるし、近付いてからの反応でもいいな、とも。
 アンヌさんは勿論、モーリスさんだってよっぽどじゃなきゃそんな乱暴な開け方をしない。
 急いで帰ってきたジルや、落ち着きのない遥陽くらいだろう。

「ユキ、大丈夫だった?」

 その声に、ほらやっぱりジルだった、と思う。
 ゆっくり瞳を開くと、心配そうな顔のジルが見下ろしている。
 笑っちゃいそう。そんな顔まで綺麗なんだもん。

「シャノンが来たんだって?」
「……ジルがシャノン様に言ったんでしょ?」
「まさか来るとは思わなくて……大丈夫、何もされてない?」
「髪の毛切られた」
「えっ」
「ここら辺。ちょっとだからわかんないと思うけど。研究に使うんだって。研究ってなんだよってねぇ」
「ユキの綺麗な髪を」
「まあそろそろ切る時期かもしんないけど」
「勿体ない」

 そういいながらおれの髪に触れる。
 びっくりしたし、研究に使うとかこわいけど、これくらいなら女子でもあるまいし、まあって感じ。
 なのにそんなに残念そうな顔するなんて。
 ……そんなにおれのことすきなのかな。

「ちょっとしか話はしてないんだけど」
「どんな話を?」
「うーん、ジルと婚約を破棄することはないって」
「それは」
「側室も愛人も作っていいって」
「……シャノンの話は話半分で聞いてくれ」
「はは」

 笑って、あと、おれのことかわいいだって、と冗談めかして言うと、俺の方がかわいいって思ってる、と張り合ってきた。

「子供扱いね、」
「ユキはかわいいよ、皆そう思ってる。でも俺はそれ以上に」
「……ちゅーする?」
「……する」

 ジルの言葉を待たずに、首元に腕を回した。
 唐突な誘いに、ジルは目を丸くして、それから少し頬を赤くした。勝った。
 照れてるジルかわいい、愛しい。

「……ユキからしてくれるの?」
「えっ……えと、えー……」

 そこは考えてなかった。やり返したかっただけで。
 どうしよう、と一旦視線を逸らして、でもどうにも自信がなくて、もう一度視線を合わせると、ジルは逸らさずじっとこっちを見ているものだから……つい。
 ジルからしてほしい、と本音が出た。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。

天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。 成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。 まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。 黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

処理中です...