【完結】召喚失敗された彼がしあわせになるまで

鯖猫ちかこ

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「いざとなったらこの中和薬みたいなの使って、この睡眠薬で強制的に眠らせてほしい」
「ユキ……」
「んえ」

 肩をがっちりと掴まれて、そんなこと他のひとに言ったらだめだよ、とちょっとこわい顔で言ってくる。
 だからジルに言ってるんじゃないか。

「遥陽やモーリスさんにお願いしたらジルがいやがるかなって」
「いやだよ」
「早」
「ユキの苦しそうな顔も、寝てる姿も見られたくない」

 食い気味のジルがおれの頬を挟んで、熱い視線で言う。
 ……そんなの、見られたことはあるし、だけどおれだって見られて嬉しいものではないけど。でも。
 そんな子供じみた独占欲が、嫉妬が、少し心地好い。

「じゃあジルが見てて」
「……飲むの?」
「明日の朝から飲んで一日潰すより、寝る前に飲んで一晩寝て治った方がいいかなって……や、どうせ一日潰したってたいしたことないんだけどさ」
「……意外と合理的」
「失礼な」

 おれだって何も考えず適当に生きてる訳じゃないぞ、行き当たりばったりだけど。

「……においは良いんだよな、甘いジュースみたいな」

 蓋を開けて、まずはかおりのチェックをした。
 香油もいいにおいだったし、かおりには拘ってるのかな。見た目と味にも拘ってほしい。
 キャロルがにがいのいや、と言った時に、甘くしてるわよ、と返してたけど、ただ甘さを足すだけでいい訳ではないんだよなあ……

 えーい、シャノン様の言ってた通り、死にゃしないだろう。
 鼻を摘んで小瓶を傾ける。
 口の中に甘過ぎる程のシロップのような味と、複雑な苦みを感じた。ふつーに不味い。これはキャロルは泣く。おれだって泣きそう。

「くそ不味い」
「……お腹は?大丈夫?」
「痛くはない……うえ、まっず、なんか口直しほしい……」
「ちょっと待って」

 慌てたジルが部屋を飛び出して行く。
 部屋に焼き菓子か何かなかったっけ、と思ってたくらいだったのに、わざわざ厨房まで向かったんだろうか。
 そういうとこだぞ、甘やかし過ぎなところ。

「ん……」

 躰が熱い気がする。
 胸の奥が熱くて、ぐるぐるして、それがどんどん拡がっているような。
 このぐるぐるするようなものがおれの魔力なんだろうか。
 これをコントロールって、どうやってやるんだろう。
 血液が躰の中を巡るように、指先までそれを感じる。

 熱い。

「ユキ」
「……ジル」

 戻ってきたジルが焦ったようにおれを呼ぶ。
 そりゃそうだ、たかが数分でこんななるなんておれだって思わなかった。
 シャノン様は強いとちゃんと教えてくれたけど、舐めてたな、ここまでとは思わなかった。
 でも確かに魔力の動きがわかるのは事実だ。ジルが慌ててもうひとつの小瓶を取り出したけど手で制した。
 まだ大丈夫、まだ。
 どうせならちゃんと体感しておかなきゃ。

「ん、う」
「苦しい?」
「んっ……だいじょぶっ……っは」
「まだ頑張れる?」
「ぅんッ……」

 ジルの優しい声に頷く。
 頭がぼおっとなってきた。
 やばい、もうちょっとしっかりしなきゃ。

「え、と、……手」
「手?」
「う、腕」

 首、心臓、腹、足。
 遥陽が指を指していったところを思い出す。自分のことも護れと言っていた。
 だからそこを意識してみたんだけど。
 幾つか繰り返して、何となく、こんなものかと手応えも感じる。
 手のひらから出すイメージも、掴めてきた。
 躰の中から、このぐるぐるした熱いものを出していく。
 セルジュさんもおれの魔力は多いと言っていた。
 確かに、外に出しても出しても躰の奥からどんどん湧いてくる気がする。あくまでも気がする、だけなんだけど。

「っ、う」
「ユキ、そろそろ終わろう」
「うん……」

 ジルに止められて、口許に運ばれた小瓶の中身をこくりと飲み込む。
 これもまた不味い。

「あ……ジル、血」
「俺のじゃないよ」
「……?」
「躰は大丈夫?」
「……多分」

 不思議と躰の熱がすうっと引いていく。
 暫くジルに凭れていて、そっとハンカチで鼻を押さえられ、漸くジルの指についた血はジルのものではなくおれのものだと気付く。鼻血出ちゃってたみたい。
 魔力を使い過ぎて躰が興奮するってこういうことか。
 魔力と躰の作りでは、魔力の方が勝っちゃうんだな。

「眠れそう?」
「た、多分」
「じゃあ睡眠薬は要らないね?」
「それより、口の中、にがい……」
「じゃあ口開けて」

 大人しく口を開くと、つるりとしたものが入ってくる。
 これが口直しに持ってきてくれたものか。

「……ゼリーだ」
「ユキがすきそうだと思って、アンヌに頼んでたんだ」
「おいしい」
「まだ食べる?」
「食べる」

 まだ口の中は少し苦い、早く、とまた口を開くおれに、嬉しそうに笑ってジルは手を動かす。
 銀のスプーンが夕焼けのような色のゼリーを掬い、口許に運ばれる。
 相変わらず、餌付けが楽しいようだ。
 甘くてさっぱりしたゼリーが口の中の苦みを消していく。
 沁みるような甘みを堪能しながら、凭れたままの背中でジルの体温を感じる。
 病人でもないのに、言い出しっぺはおれなのに、こんなに優しくされるのに慣れてしまっていいんだろうか。甘いのはゼリーだけじゃない。
 あああ、心の中では警鐘が鳴ってるのに、なのにこのあたたかい場所から離れることが出来なかった。
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