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さんじゅうよん

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 ◆◆◆

 男なんておっぱいで騙されるわよ、
 あら大きさもだけど形もだいじみたいよ、
 柔らかさもね、

 他の者はあまり寄り付かない魔王の部屋に、何故かサキュバスはよく遊びに来ていた。
 そこで繰り広げられる会話は、ふうん、そうなんだ、と思うこともあれば、理解が出来ないこともあった。
 魔王さまだってその内相手を誑かすことあるでしょうと言われて、そんなことあるか?と思っていたけれど。

 誑かす。
 相手を自分に夢中にさせる。
 サキュバスはそうやって精力を得ていた。でもおれが誑かして、どうなるっていうんだろう。
 おれのことを見てくれるってこと?おれから離れないってこと?魔力をたくさん貰えるとか?

 ニンゲンは不思議だ、死の間際にすら愛を交わす、裏切る、よくわからない。そう気になってはいた。
 いたけれど、愛とは?裏切るとは?好意ってなんだ?どういう想いでどういう考えで?そういうことは全くわからなかった。
 わからなかった。

 この不快感はなんだろう。
 シャルルが誰かに優しくするのがいやだ。
 聖女とやらと仲良くしてるのがいやだ。
 話し掛けてくる女性に優しくするのがいやだ。
 おれには優しくない時だってあるのに。
 おれが女型じゃないから?サキュバスたちが言っていたように、やっぱり男は胸に騙されるのだろうか。

「ノエ」
「……お店、行くの」
「えっ、あ、いや、行かないよ!行かないから!」

 えー、うちで遊ぼうよ、と女性がシャルルの肩に触れようとしたものだから、思わず腕を引いてしまった。
 触んないで。
 触んないで、触んないで、シャルルに触んないで。
 シャルルのこと、誑かさないで。おれにできないこと、しないで。

「ノエ?」
「……」
「大丈夫?お腹すいたね?宿急ごうか」
「……ん、」

 シャルルのかおを見ることが出来なかった。
 どんなかおをしているか見るのがこわかった。
 きっと不思議そうなかおをしてる、おれを心配そうなかおをしている。そう思うけれど、もし迷惑そうなかおをしていたら?
 卵が孵るより先に、おれから離れていってしまったら?

 おれのことをひとりにしてしまったら?

「……」

 初めての馬車は楽しかった。
 けれど遠くに来てしまった。あの森に今のおれの力で戻るのは無理そうだ。
 だから、だから、おれはここでシャルルに置いていかれる訳にはいかない。

 誑かさなきゃ。
 聖女のように、女性のように、サキュバスのように、シャルルをおれに夢中にさせなきゃ。
 おれから離れないように、しなきゃ。


 ◆◆◆

「いや夢中にさせる、とは……」

 鏡に映った自分の真っ平らな胸を見てつい零してしまった。
 彼女達のような豊満な胸はどう見てもない。ぺたりとした貧相な躰だ。
 魔力さえあれば女の姿になることは出来る。けれどおれはあくまでも性別や年齢を弄ることが出来るだけで、ベースは結局自分、女の姿になった時もサキュバスたちのような肉感的な姿になることはなかった。魔王さまは女体化向いてないわね、と言われたこともあった。
 魔力がもたないから魔法も使えないし、そもそも魔力阻害をしてくるシャルルの前では披露出来ない芸当だけど。

 でもそうしたら、おれが戦える武器はこの薄い躰だけだ。
 大きな胸も、形のいい胸も、柔らかさもない。
 同性間で交わることが出来るのも知っているけれど、それが特殊なのも知っている。
 こんな躰で誑かすことなんて……いや、するのだ、どうにか、どうにかして、シャルルをこちらに向かせないといけない。

 ノエは元気にしてる方がかわいいよと言っていた。
 元気に、
 ……元気に。
 元気に誑かすって何それどうやって?

「ノエ~、お風呂上がった?」
「う!」
「う?」
「きっ急にっ、はなし、話し掛けるからびっくりしてっ」

 舌を噛んでしまった。
 だって!タイミングが悪かった!
 扉は開けられなかったけれど、あんなこと考えてる時に急に声を掛けられたらびっくりしてしまう。

「開けるよ」
「ん……」
「ほらもう、寝る前にちゃんと髪、乾かしてね」
「拭く……」
「うん、先に寝てていいからね」

 買ってきたもので食事を済ませて、おれを先に湯浴みさせて、それからシャルルと交代。
 頭の中ではどうやったらシャルルを夢中にさせられるかばかりで、でもいい案はなにひとつ浮かばなかった。

 焦りばかりが募る。早くしなきゃ。
 明日はまた聖女とやらと会うと言っていた。
 取られてしまう。ひとりになってしまう。
 シャルルはだめ。おれだけに優しくしなきゃだめ。おれだけに食事を作って、一緒に寝て、あったかくしてくれなきゃだめ。
 だめ、だめ、だめ、だめだ、シャルルは誰にだって優しく出来る、あったかくしてあげられる。おれだけじゃない。
 だめ、誰もシャルルを取らないで。

「……シャル」
「なあに」
「!」

 思わず呟いてしまったことに返事が返ってきてびく、と躰を揺らしてしまった。
 こんなに早く上がるとは思わなくて、まだ心の準備が出来てない。
 ちらりと横目で卵を見て、躰が当たらない位置にあることを確認して、それから勢いをつけて、見下ろすシャルルに飛びついた。
 湯上りの躰は火照っていてあたたかい。魔力とは別のあたたかさ、体温。
 さあどうにかしろ、おれ。
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