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 おれも、シャルと一緒に生きたい、

 そう呟いた声は少しだけ震えていて、嬉しいけれど、愛しいけれど、まだ覚悟が足りなかったんじゃないかな、とも思う。
 そんなに急がなくて良かったんじゃないかな、本人にもそんな自覚がないんじゃないかな、と。
 俺は喜んだらいけないんじゃないかな、と。

 でも少し考えて、違うな、と思った。
 ノエははっきりと「人間になりたい」とは思わなかったのかもしれない。
 でも俺と生きたいと思ったことは事実で、本音なんだと思う。
 何が彼を不安にさせてるか。
 一緒に生きたいと思ったことも、今不安そうに見上げる瞳も、それは全部俺が原因なんだろう。

 俺がそうさせてる。

「嬉しいよ」
「……!」
「ノエがそう思ってくれたこと」
「う、うん……」
「俺とずっと一緒にいてくれるの、」

 そう訊いて、ああだからこれが違うのに、と思ってしまう。
 慌てたように口を開こうとしたノエを止めて、もう一度、やり直し。ノエの言動より先に訂正したい。

「……俺と一緒にいて」

 どうしたって俺が優位に立ってしまう。
 強い魔力、ノエの弱さ、立場。
 か弱い魔王のノエも、人間になったノエも、ひとりでは生きていけなくて、そんなのは誰の目にも明らかで、そんなノエがこんな世界で頼れるのは数人しかいなくて、でもその中から俺を選ぶのだってわかってる。
 迷惑になるかも、きらわれるかも、なんて不安でいっぱいになりながら。それでも俺がいいと。俺に捨てられたら終わりだ、なんて思いながら。
 でも俺だって、他のひとを選ぶノエは許せない。ゆりちゃんでも怜くんでも、ソフィでもサキュバスでも。
 俺だけを見ててほしい、俺だけにその手を伸ばしてほしい。

「俺と一緒に生きて、俺と一緒に死んで」
「……っ、」
「お願い、うんって言って。そしたらノエに、俺の一生もあげる」
「だ、だって」

 嬉しさが滲むかおに、それでもまだ不安は残っている。
 ぼそぼそと、だって、おれ、だって……と零すノエの、かわってしまった目元にキスをした。
 動揺したように漏らした声に笑ってみせる。

「い、いいの、おれ、勝手に……か、かってに、ニンゲン、に、なっちゃって」
「うん」
「めいわく、じゃないの、だって、今までだって、おれ……なんも、出来なくて、してもらってばっかで……でも、でも、もっと、なんも出来なくなる、なんにもなくなっちゃう、な、なんにも……」
「ノエがここにいてくれるなら、魔力も肩書きもなんにもいらないよ、ノエだけ残してくれたら。その……嬉しいよ、一緒に生きられるだけで」
「も、もう、オンナにもなれないよ、勇者、勇者の血も残せないよ」
「ならなくていいって言ったでしょ」

 本音はちょっとくらい見てみたかったけど。色々なノエを知りたかったとは思うけれど。
 でも本当のノエがここにいてくれたらそれだけでいい。
 こどもなんて作れなくたって、元より俺は魔王の死んだ世界で最後の勇者。
 完全に魔王がいなくなって、魔力は更に必要なくなり、いつになるかはわからないがその内存在しなくなるのだろう。
 勇者も、魔法使いもいなくなって、魔族もドラゴンも滅びる。
 別の種族が出来るかもしれない。
 でも今もうそんなことはわからない、作者も想定してないのだから。

「いらない?俺のこと」
「いっ、いる!」
「じゃあ」
「いる、いっしょ、いる、死ぬ、シャルと一緒がいい、ごめんなさい、おれ、死んだのに。おれだけ、お、おればっかりしあわせになっちゃっていいの」
「それはノエのせいじゃないよ」

 お互い祖先がしていたこととはいえ、業は背負っていると思う。
 でも俺もノエも、実行犯ではない。親が、祖先がした結果なだけ。
 そう思えるのは俺が他所から、この物語の外から来たからだ。
 本来であればシャルルもノエのように自分の血を恨んだり反省しないといけないんだろう。
 でも俺はこの物語が作られたものだと知っていて、そういう「設定」だと知っている。
 罪悪感でいっぱいになる程、言っては悪いが、住んでる人間や怜くんのような読者、そして作者のように思い入れがある訳ではない。
 だからこそ赦せる立場にあるんだ。
 あくまでも俺は巻き込まれただけ。でもその世界を赦せる、ノエがいるから。
 シャルルの世界は作られてなかった。ノエという存在がいただけ。
 つまり俺にはノエがいればそれでいい、それで俺の世界は十分で、満たされた世界だった。

「俺が」

 言いかけて、また口を閉じた。
 言葉選びが難しいな、そう思うのは面倒だからではない。
 愛しいから。不安にさせたくないから。
 そんなこと今まで考えたことなかったのに、きっとこの子が俺にとって特別だから。

「……俺と一緒に、しあわせになろうね」

 物語の目指すところはハッピーエンド。
 生きてる間に何度もしあわせを噛み締めて、死ぬ時に君と出会えて良かったと、そう思って死にたい。
 バッドエンドはすきじゃない、作者はそう言ったけれど、俺はハッピーエンドしか許さない。

 魔力の一欠片も感じないノエのあたたかい指先にキスをして、それから涙をためた目元、まだ震えるように、うん、と頷いた唇にキスをした。
 魔力なんてなくたって、俺もノエも溶けてしまうことなんて簡単なのだ。
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