107 / 124
7
107
しおりを挟む
……瞳に掛かるくらい長かった前髪が、いや全体が、悠真さんの髪が、短くなっていた。
こんな時に、そんな悠真さんを見て胸がきゅうっとなるなんて、なんておめでたい頭と躰をしてるんだろう。
だって久し振りに会ったんだもん。番だから。まだ。だから心臓が煩くなっちゃうのは仕方ないんだ。
髪、切っちゃったの、と絶対に今言うべきタイミングではなかったことに気付く。間違えた。
悠真さんは困ったように笑って、おれのすぐ目の前にしゃがんだ。
視線が合う。
俺の家、来てくれるの、と訊いた悠真さんに、頷いた。
「じゃあ車の中で話……続き、してもいい?」
「え、あ、う、うん……?」
「千晶くんも来ます?」
「……んーん、かずねくんが自分で出てきたから、着いていかない」
千晶くんは寝室に入るとおれのスマホを持ってきて、それを握らせた。
何かあったらすぐに連絡して、住所は聞いたから、と。
「まっ、待って、たて、立てない、おれ、今……」
「少し待ったら動けるようになる?」
「……むり」
自分で証拠隠滅させない、今すぐ行く!なんて言っておいて。
でもこんなの、仕方ないじゃんか。
発情期で、こんな近くに悠真さんがいて、甘いにおいも充満して、そんなの、腰が抜けたって仕方ない。
「和音がもっと酷くなる前に連れていきたいんだけど……いい?」
「いい、って……」
「俺が連れてく」
そう言って、腕が広げられた。
だっこ。
そんな、こどもみたいな。駐車場までだっこなんて。
いや、でも、だっこ。ぎゅうってされたい。されたい、されたい、腕ん中、入りたい。
ゔ、ゔ、と奥歯を噛み締めて唸りながら考える。
飛び込みたい。
でもまだ悠真さんの真意がわからない。
なんでそんな嘘吐いたの?
そんなの関係ない、どうでもいい、番いないんでしょ、おれだけなんでしょ、じゃあ、その胸に飛び込んだって問題はないよね?誰の迷惑にもなんないよね?
でも、
うじうじぐだぐだ考えて、腕を伸ばしかけたまま動けない。
無理にでも連れてってくれたらいいのに。
おれに選ばせようとするから。
悠真さんのせいに出来ない。
「……和音が嫌なら、」
「いやじゃないっ……やだ、お、おればっかりっ、選ばせない、でっ」
「……でも俺が勝手にするのは」
「悠真さんならいいって言ってんのっ」
少し迷ったように悠真さんの指が動いて、それから膝を着いて、また少し、近付いた。それから薄手のコートを脱いで、おれに掛ける。
よく考えたらおれ、慌ててベッドから出てきたから下は何も履いてない状態、で……
「……!」
慌てて膝を抱えた。今更遅いけど、ふたりの前でなんていう格好をしてるんだ。
でも普段のように動けない躰では、ちょっと待って着替えてくるから、という訳にもいかずにただ隠すことくらいしか出来ない。
というかコート、汚れちゃう、服のように簡単に洗濯出来ないのに。今のおれ、めちゃくちゃ汚いのに。
脱がなきゃ、でも脱いだら恥ずかしい格好に戻ってしまう。
でもそれよりも何よりも、悠真さんの、におい。
たくさんの服ではないけれど、でも大きなコートに包まれるのも嬉しかった。
これ、ほしい。ほしいなあ……
「和音」
「……」
「……触ってもいい?」
「……ん、」
頬に長い指が触れて、その手のひらに擦り寄せてしまう。
「抱き締めても?」
「……うん」
極弱く、ふわりと腕が回った。
……そんな優しくじゃなくて、もっと強く抱き締めてほしい。
「俺の家、連れていっていい?」
「いきたい……」
こんなに近くで、なのにまだ濃くなるのかと驚いた。
甘いにおいで頭がぼおっとする。
なんでもいい、もう、なんでもいいから近くにいたい。
「これ、持ってて」
「……?」
「誰にも連絡取れないように……少しは信用してもらいたいから」
渡されたのは悠真さんのスマホだった。
コートのポケットに、自分のものと一緒に仕舞われる。
片方に纏めて入れるものだから、左側が重たくて肩が落ちる。
その袖に腕を通し、胸元をあわせて、その状態でおれを抱え上げた。
「鍵、お願いしていい?」
「あ、はい……」
千晶くんが頷いたけど、その表情を見ることができなかった。
悠真さんの肩に頭を置いて、その首元から感じるにおいに、もう頭が全然回らなくて。
ちゃんと話聞きたいのに、全てがどうでもよくなってしまって。
こうなるのがこわかったのに、もう本当に、全部どうでもいいの。
悠真さんがいたら、それだけでいい、なんでもいい、嘘でも我慢、するから。
玄関を出ようとする悠真さんの首に腕を回した。
驚いたように少し肩を震わせた悠真さんは、落とさないよ、と優しく言った。
違う。そんなことじゃなくて。
こっちの方がくっつけるから、抱き着いたんだけど。
「かずねくん」
「ん……」
「大丈夫だよ、……ゆっくりしておいで」
「……ウン……」
髪を撫でられて、やっと千晶くんの方を見れた。
……悠真さんを連れてくるなんて、って思ったけど。でもやっぱり千晶くんはいちばん、おれの辛さをわかってくれてたんだと思う。
外は通勤通学ラッシュも落ち着いていて、エレベーターで降りて駐車場まで、誰に会うこともなかった。
この格好は流石にまずいとわかっているけど、着替えたいとも言えなかった。
このコートを脱ぎたくなくて。
こんな時に、そんな悠真さんを見て胸がきゅうっとなるなんて、なんておめでたい頭と躰をしてるんだろう。
だって久し振りに会ったんだもん。番だから。まだ。だから心臓が煩くなっちゃうのは仕方ないんだ。
髪、切っちゃったの、と絶対に今言うべきタイミングではなかったことに気付く。間違えた。
悠真さんは困ったように笑って、おれのすぐ目の前にしゃがんだ。
視線が合う。
俺の家、来てくれるの、と訊いた悠真さんに、頷いた。
「じゃあ車の中で話……続き、してもいい?」
「え、あ、う、うん……?」
「千晶くんも来ます?」
「……んーん、かずねくんが自分で出てきたから、着いていかない」
千晶くんは寝室に入るとおれのスマホを持ってきて、それを握らせた。
何かあったらすぐに連絡して、住所は聞いたから、と。
「まっ、待って、たて、立てない、おれ、今……」
「少し待ったら動けるようになる?」
「……むり」
自分で証拠隠滅させない、今すぐ行く!なんて言っておいて。
でもこんなの、仕方ないじゃんか。
発情期で、こんな近くに悠真さんがいて、甘いにおいも充満して、そんなの、腰が抜けたって仕方ない。
「和音がもっと酷くなる前に連れていきたいんだけど……いい?」
「いい、って……」
「俺が連れてく」
そう言って、腕が広げられた。
だっこ。
そんな、こどもみたいな。駐車場までだっこなんて。
いや、でも、だっこ。ぎゅうってされたい。されたい、されたい、腕ん中、入りたい。
ゔ、ゔ、と奥歯を噛み締めて唸りながら考える。
飛び込みたい。
でもまだ悠真さんの真意がわからない。
なんでそんな嘘吐いたの?
そんなの関係ない、どうでもいい、番いないんでしょ、おれだけなんでしょ、じゃあ、その胸に飛び込んだって問題はないよね?誰の迷惑にもなんないよね?
でも、
うじうじぐだぐだ考えて、腕を伸ばしかけたまま動けない。
無理にでも連れてってくれたらいいのに。
おれに選ばせようとするから。
悠真さんのせいに出来ない。
「……和音が嫌なら、」
「いやじゃないっ……やだ、お、おればっかりっ、選ばせない、でっ」
「……でも俺が勝手にするのは」
「悠真さんならいいって言ってんのっ」
少し迷ったように悠真さんの指が動いて、それから膝を着いて、また少し、近付いた。それから薄手のコートを脱いで、おれに掛ける。
よく考えたらおれ、慌ててベッドから出てきたから下は何も履いてない状態、で……
「……!」
慌てて膝を抱えた。今更遅いけど、ふたりの前でなんていう格好をしてるんだ。
でも普段のように動けない躰では、ちょっと待って着替えてくるから、という訳にもいかずにただ隠すことくらいしか出来ない。
というかコート、汚れちゃう、服のように簡単に洗濯出来ないのに。今のおれ、めちゃくちゃ汚いのに。
脱がなきゃ、でも脱いだら恥ずかしい格好に戻ってしまう。
でもそれよりも何よりも、悠真さんの、におい。
たくさんの服ではないけれど、でも大きなコートに包まれるのも嬉しかった。
これ、ほしい。ほしいなあ……
「和音」
「……」
「……触ってもいい?」
「……ん、」
頬に長い指が触れて、その手のひらに擦り寄せてしまう。
「抱き締めても?」
「……うん」
極弱く、ふわりと腕が回った。
……そんな優しくじゃなくて、もっと強く抱き締めてほしい。
「俺の家、連れていっていい?」
「いきたい……」
こんなに近くで、なのにまだ濃くなるのかと驚いた。
甘いにおいで頭がぼおっとする。
なんでもいい、もう、なんでもいいから近くにいたい。
「これ、持ってて」
「……?」
「誰にも連絡取れないように……少しは信用してもらいたいから」
渡されたのは悠真さんのスマホだった。
コートのポケットに、自分のものと一緒に仕舞われる。
片方に纏めて入れるものだから、左側が重たくて肩が落ちる。
その袖に腕を通し、胸元をあわせて、その状態でおれを抱え上げた。
「鍵、お願いしていい?」
「あ、はい……」
千晶くんが頷いたけど、その表情を見ることができなかった。
悠真さんの肩に頭を置いて、その首元から感じるにおいに、もう頭が全然回らなくて。
ちゃんと話聞きたいのに、全てがどうでもよくなってしまって。
こうなるのがこわかったのに、もう本当に、全部どうでもいいの。
悠真さんがいたら、それだけでいい、なんでもいい、嘘でも我慢、するから。
玄関を出ようとする悠真さんの首に腕を回した。
驚いたように少し肩を震わせた悠真さんは、落とさないよ、と優しく言った。
違う。そんなことじゃなくて。
こっちの方がくっつけるから、抱き着いたんだけど。
「かずねくん」
「ん……」
「大丈夫だよ、……ゆっくりしておいで」
「……ウン……」
髪を撫でられて、やっと千晶くんの方を見れた。
……悠真さんを連れてくるなんて、って思ったけど。でもやっぱり千晶くんはいちばん、おれの辛さをわかってくれてたんだと思う。
外は通勤通学ラッシュも落ち着いていて、エレベーターで降りて駐車場まで、誰に会うこともなかった。
この格好は流石にまずいとわかっているけど、着替えたいとも言えなかった。
このコートを脱ぎたくなくて。
202
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。
オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます
大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。
オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。
地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる