【完結】抱き締めてもらうにはどうしたら、

鯖猫ちかこ

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 まさか、とは思う。
 だってそんなの不毛だし、こんな俺を選ぶ訳ないとも思うし。
 いや、でも凜の知り合いなんて、今のところ琉と咲人、姉と結芽くらいしかいない訳で、後は多分いい思い出なんてないだろうし、それで考えると俺がいちばん知っているというだけで、でもそんな、それだけで?
 それだけで俺を選ぶ?

 きらわれたくない、ここにいたい、俺のにおいが安心する、それはただそのままの意味であって。
 番なんていらない、それもそのままの意味で。
 出会ってきた他のひとよりましってだけで、一生、若しくは暫くは、このまま過ごしたいという意味だと思っていた。

 俺のシャツを欲しがったのも、ヒート中に俺の服が入った箪笥に執着していたのも、俺のにおいが安心するのも、俺のことを、そういう対象として見ていたということなんだろうか。

 凜は俺に番になってもらいたいということなんだろうか。


 ◇◇◇

 姉との電話を切った後、俺は何も出来なかった。
 考えたいのに何も考えられなくて、うつらうつら寝てしまう訳でもなくて、ただぼおっとしていて、気がついたら外が暗くなっていて。
 何時だろう、そう思って、すぐに時計なんて確認出来るのに、頭に入ってこなくて。
 着信音が聞こえるまで、何も出来なかった。

 着信は凜からだった。
 出るのに躊躇ってしまい、指先がスマホに届かない。
 今日はそんなに遅くならないと言って出たのに、暗くなっても連絡なしで、帰って来ない俺を心配して掛けてきたのかもしれない。
 暫くコール音が響いて、それから、大丈夫ですかと連絡が来た。

 かわいいと思う。
 弟のようで、でも理由があれば抱けるかなとは思っていた。
 でも番として一生一緒にいられるのか、面倒を見られるのか、本当に裏切らないのか、
 愛しているのか、
 そういうものがわからない。
 血の繋がった家族でさえ愛することに絶対はないのに、俺は凜を愛せるのか、凜は俺を愛せるのか。
 わからない。
 わからない、わからない、わからない。
 番ってなんなんだろう、凜は俺に抱かれたいのか。
 それならなんで俺を選ばなかったのだろう。何故服を選んだんだろう。
 きらわれたくないにしても、俺が、俺の選択肢を出したというのに。

 ……あの時、シャツを欲しがった時、箪笥に執着をしたのも、昨日上着を嬉しそうに抱いて寝ていたのも、俺のもので巣作りでもしたかったのだろうか。
 俺のにおいに安心して、興奮して、俺に、抱かれたいとは思わないのだろうか。

 俺を選べばいいのにと思いながらも俺が誰かと番になることなんて考えられなくて。それもおかしい考えだとわかっていたけれど。


 ◇◇◇

 気が付いたら九時を過ぎていた。
 どうにか家に戻った俺に、大丈夫か確認はするものの、何があったかは訊かない。
 怪我や病気の心配はしても、帰りの遅くなった理由は訊かない。
 深く掘ることが出来ないのだ。俺の機嫌を損ねるのがこわい。
 出された食事をもそもそ食べて、そのまま部屋に戻ろうとすると、凜が謝ってきた。

 急な謝罪に、なんのごめんだ?と考えていると、昨日は上着を借りてごめん、ということだった。
 そんなのはどうでもいい。いや、俺を選ばなかったことにはもやもやしてるけど。服なんて洗えばいい。

「別に……それはいいけど」
「……」
「安心、したの、俺の服」
「……ごめんなさい」
「ごめんじゃわかんないんだけど」
「……はい」

 俯いて、そのまま小さく頷いて、安心しました、と消えるような声。
 安心するなら笑えばいいのに。こわい夢は大丈夫でしたって、笑顔になればいいのに。

「ごめんなさい、玲司さんは……嫌なのに、ぼくばっかり、こんなこと」
「なんで俺は嫌なのに、になるの?」
「……だって、こんなの……お、オメガっぽいとこ、い、いや、ですよね」

 不安そうに自分のシャツの裾をきゅっと掴む。その手は落ち着かないように何度も離しては掴みを繰り返していて、迷子みたいだな、と思った。
 着地点がわからないのだ。俺も凜も。
 言えない。
 お互いに。
 その口を開いてしまえば終わりだと思っているから。

 何か優しいことを、と思うのだけれど、口を開けば問い詰めそうで。
 ゆらゆら揺れる瞳が、俺を捉えないのが不満で。
 はっきりしてほしいのに、はっきりした先に何があるのか俺にはまだわからなくて。

「……今日も俺の服いる?」

 ふる、と凜は細い首を横に振った。
 意地悪だと思う。この状況で頷ける訳がない。
 この子は我慢する、そういう子だとわかっているのに。
 昨夜、俺の服を抱き締めて、あんなに穏やかそうなかおで眠っていた子だと知っているのに。
 優しくしてあげたい、守ってあげたい、俺がお兄ちゃんなんだから。
 泣かせたい、玲司さんがいいって言わせたい、どろどろにしてしまいたい。
 そのおかしい感覚が、ずっとある。

 わかってる筈なのに。
 俺が口にしなきゃ、凜は遠慮するしかないってこと。
 なのに言えない。

 俺、こんなに生きるの下手だったっけ。
 ちゃんと考えられなくて、思っているのと違うことを話してしまう。
 反省してる、反省したいんだけど。

 何で俺と一緒に寝ないの、

 そんなことを口にしてしまった。
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