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 一度口にしてしまえば、不満だったんだろうな、頭の中で、疑問と愚痴る言葉が止まらない。
 そんな俺とは反対に、凜は何かを言おうとしては声を殺し、口を閉じる。
 俺が訊きたいことも、答えも、聞きたい言葉もなにも言わない。なにも。
 この数日、いい感じになっていたと思う、凜の笑顔だって増えた、俺も楽しかった、なのに、凜の行動がわからないから。
 だから教えて欲しいって、それだけなのに。それだけのつもりだったのに。
 なのに凜は行動の意味を口にしない。
 ……一度口にしてしまえば、言葉が止まらなくなるから。

「何で俺じゃなくて服なの」

 もう一度、確認する。

「なんで安心するの」
「……」
「服なんかより、俺の方が安心するもんじゃないの」

 裾を掴む凜の細い指を取る。
 よく震える手だ。怯えてばかりの手。痩せっぽちの、折れてしまいそうな。

「……俺が嫌なら出て行ってもいいよ」
「い、いやじゃないです……」

 そう答えるのも、もう知ってる。
 俺の指に引っ掛かる程度に凜の指先も動く。ほんの少しの動きだった。

「出て行きたい?」
「……ここにいたい、です」
「じゃあ出て行くか話すかの二択。ほら、何で服なの」
「に、におい、が、安心する……から」
「ん、だから何で俺じゃなくて服なの」
「……」

 黙りこくる凜の顎を掬って、無理に視線を合わせた。
 大きな瞳がまた涙を溜めている。

「凜」
「い、言いたくない」
「そう」
「ごめ、ごめんなさい……」
「別にいいんじゃない」
「え……」
「凜は俺に言いたくないんでしょ、じゃあ終わり」

 凜の指先を離して、一歩下がった。
 信用なんてなかった。
 何もかわってなかった。
 凜はこの家を追い出されるのが嫌だっただけ。
 俺が都合が良かったってだけ。もうそれでいいや。

「きらいになりますか……」
「……」
「きらいになりましたか、」
「……」

 そこで何かを言える子じゃない。
 わかってる筈なのに、救いの言葉なんて出してあげられない。
 だって今の俺はぐるぐると嫌なことばかり考えている。
 きらいになったと言ったら、傷付いたかおを見せてくれるのだろうか。

「言いたくないってことは出て行くってことでしょ」
「……う、」
「話もしたくないし、出て行きたくもないなんて出来ないもんね」
「出て……」

 呼吸が荒くなる。凜の指先に力が入って、お腹の辺りでぎゅうとシャツを掴む。
 それでもまだ凜の涙腺は崩壊しない。
 俺も凜もおかしくなっていて、会話が成立してないのなんてわかってるんだけど、無理にでも話をしなきゃ、多分俺が引き摺ってしまう。

「ちゃんと話をしようってルールを決めたでしょ」
「だって……」
「一緒に住むためのルール、守れないなら無理だよね」
「だっ……だってえ……」

 こんなこと、言ったらきらわれる、やっとそう言う頃にはもう鼻声だった。

「れいじさんにきらわれるのがいちばんいやです……」
「じゃあ話せばいいじゃん」
「言ったらきらわれちゃう……」
「どっちにしてもきらわれちゃうなら話してみた方が良くない?」
「……っ」
「ほら、今のままだと俺、服以下なんだけど」
「だって……お、オメガになっちゃうんだもん……」
「は」
「れいじさんがいやなの、知ってる、のに、あ、あつくなっちゃう、んです」

 漸く凜の頬に涙が伝った。
 幼い表情がぐしゃぐしゃになっていく。
 かわいい、憎たらしい、きれいだ、かわいそう、もっと見たい。そう考える自分がこわい。

「う、嬉しかった、ひさしぶり、に、れいじさんの部屋……前と、違うけど、入れるって、一緒に寝れるなんて、夢みたいだって」
「……」
「……心臓、ばくばくして、他の部屋よりれいじさんのにおいがして、あのままれいじさんの部屋いたら、ヒート来ちゃうって……そうなったら……ひか、引かれちゃうって」
「……別に、そんな」
「れいじさんのにおいが安心、する、するんです、なのに、ぼく、オメガだから……れいじさん、きらいだって、いやだってわかってるのに、きらいなオメガになっちゃう、普通でいたいのにっ……」
「……興奮しちゃったってこと?」

 あの日、俺の部屋の前で頬を紅くして立っていた時に?

「ばれたくなかった、我慢しなきゃって、けど、玲司さん、また言うから、服とどっちにするかって……服だと、その、部屋とか、玲司さんより、服だと、その、丁度よくて、ぎゅうってされたら、こんな感じなのかなって、う、嬉しくて、調子乗っちゃって、だって、れいじさんにはそんなこと、出来ないから、最近、優しくて、ぼく、だからっ……調子乗っちゃって……だから、だから服がよくて、どきどきしちゃうから、れいじさんだと、うれしいのに、安心より、オメガになっちゃうから」

 辿々しくて、滅茶苦茶だった。つっかえつっかえ、同じことを繰り返す、こどもの必死な喋り方。
 それでも凜の言葉だった。
 何も考えずに、ただ声にしただけの、凜のそのままの言葉。
 変に考えられた整った言葉たちではなくて、浮かんだ気持ちをただ口にしただけ。
 だからこそ胸がぎゅうと締め付けられる気持ちだった。

 安心したい、ぎゅうってされたい、でも俺のにおいが強いと強制的にヒートが引き摺りだされるから、それでオメガ嫌いの俺に引かれるのが嫌だから、だから比較的においの弱い服を選んだと。
 それだけの話を、俺に嫌われたくないからと隠して、我慢して、ひとりでどうにかして、なのにまたこうやって泣かされて。
 何してるんだろう、俺も凜も、ふたりして言葉が足りなくて、でもそれは一応考えた結果でもあって、そしてお互いこうやって気付かないと、行動にも出れない。言葉にすれば、たったの数秒、それなのに、口に出来なかった。
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