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愛を伝えるにはどうしたら?
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◇◇◇
「いいわよ、それくらい、幾らでも車出してあげる」
連絡をした仁奈さんは酷くご機嫌だった。
助手席には結芽さんも一緒だ。
最初はネットで調べていたんだけど、ぼくが探しているものは女性の方が詳しいのではと思って、でも訊ける相手がふたりしか居なかった。
玲司が学校で居ない日にしましょう、となんとわざわざ有給を取ってくれたという。わざわざ……と恐縮しきりのぼくに、頼られたことが嬉しいの、と笑ってくれた。
お店を紹介してくれて、無事に購入出来て満足していたぼくに、笑ったかおは昔のままね、と言う。
「あの頃は玲司に邪魔されてたからね、私だって凜のこと構ってあげたかったのにぃ」
「……あの、でも」
「あの子末っ子で私たち甘やかしてたからねえ、嬉しかったのよね、更に弟みたいなかわいい子が来て」
「ぼくも嬉しかったです……」
「かわいかったのよね~、もちもちした小さな凜も、独占欲丸出しの玲司も」
「え」
「仁奈さん弟だいすきなの」
「……へえ」
驚いていると、結芽さんが補完するように言葉を添えた。
そうなんだ、弟……玲司さんのこと、だいすきなんだ。仲がいいのは知っていたけど、そうか、そんなに笑顔になるくらい、だいすきなんだな。
「だから嬉しいのよ、だいじな子とかわいい子が番になってくれて。あの子にそういう子が出来て良かった、これでも心配だったのよ、あの子、番どころか結婚すらしなさそうなこと言っていたから」
「……仁奈さん」
「私たちが甘やかしたせいで我儘で頑固でしょ、あの子。でもその分甘やかし方も知ってると思うのよね、下手くそだったらごめんね」
「優しいです、玲司さん」
ミラーに映る仁奈さんは瞳を細めている。そのかおが、妙に玲司さんと被って、ああ、きょうだいだなあと思ってしまった。
姉に育てられたようなものと玲司さんは言っていた。男性と女性の違いはあるけれど、確かに時折見せる表情や空気が似ていて、安心してしまう。こどもの時に優しくしてくれたひとだからというのもあるのだけれど。
そしてそれが結芽さんに向けられるのも安心する。
「喜んでもらえるといいわね、それ」
「ありがとうございます……!」
「いいのよ、また連絡ちょうだい、次はお正月かしらね」
玲司さんが学校から戻る前に済ませないといけない買い物だったから、解散も早い。食事どころかお茶すらする時間もなかった。
お礼も碌に出来やしない、そんなぼくに、お正月になにか美味しいものでも作ってきて、と笑って二人は帰って行った。
お正月。顔見せ程度に実家に行くとは玲司さんから聞いていた。
おじさんや仁奈さんたちには報告や挨拶は済んでいるけど、お兄さんにはまだ挨拶をしていない。
仁奈さんだって久しぶりだったけれど、お兄さんに会うのも久しぶりだ、というか、優しい雰囲気だったことくらいしか覚えてない。
年が離れたお兄さんだったから、仲良く遊ぶんだよ、と声を掛けるくらいで。
話は玲司さんに聞いてるんだ、アルファの女性と結婚していて、男女の双子がいて、多分その子たちもアルファだろうなという、絵にかいたようなエリート一家だ。
兄貴は優しいし、奥さんも穏やかだよ、と玲司さんは言っていた。
そこを疑う気はない。もう大人なんだし、優しいお兄さんが選んだ奥さんだ、きっとぼくを見ても蔑んだりはしないと思う。
心配なのはこどもさんの方。
小さい子って素直で正直だったりするから、否定、されたらちょっとこわいなって。
否定されたって、もう、後には引けないけど。この気持ちが変わることだってないけれど。
◇◇◇
……これでいいのかな?スーツとか、堅い服じゃなくて。
これを着てねと手渡されたのは以前買って貰った普通の服。シャツに少し大きめのカーディガンと細身のパンツ。普段より多分……ちょっと、いや結構値は張ると思うんだけど、誕生日の時のあのスーツよりはまだ少しはまし……ましというのもどうかと思うのだけれど。
外食は、デートのようで嬉しい。
でも少し、罪悪感もある。自分の仕事を放棄しているようで。
玲司さんのしたいようにしてもらうのがいちばんだから、だめとは言わないけど。
ファーストフードも、ファミレスも、ラーメン屋も、カフェもどこもかしこも初めて行ったか遠い記憶しかなくて、どこも嬉しかった。
でも誕生日の時の高級そうなお店は場違いにしか感じなくて、玲司さんに迷惑を掛けたらどうしようって窮屈で、折角の料理のことをあまり覚えてない。軽く教えて貰ったテーブルマナーのことだけで頭がいっぱいだった。
綺麗な夜景も、繊細な盛り付けも、雰囲気のいい音楽も、玲司さんの低い落ち着いた声も、どれも楽しむ余裕なんかなかった。
玲司さんと一緒ならどこだって、そう思うのは事実だけど、慣れないといけないのかもしれないけれど、でもどうにも落ち着かない。
今日もそういうところに行くのかな、と思っていた。
でもこの格好は違うのかな、どうなんだろう、どこに行くか訊いたところで、店名を出されてもぼくはわからないから。
「準備出来た?」
「あっ、はい!」
呼ばれて慌てて部屋を出ると、玲司さんもスーツとかではなく、その、ファッションなんてよくわからないけど、そんなぼくだってわかる、シンプルだけどすっきりとしたシルエットがその、
「かっこいい……」
「うん、似合ってる、それ」
お互いの言葉がぶつかってしまった。
「いいわよ、それくらい、幾らでも車出してあげる」
連絡をした仁奈さんは酷くご機嫌だった。
助手席には結芽さんも一緒だ。
最初はネットで調べていたんだけど、ぼくが探しているものは女性の方が詳しいのではと思って、でも訊ける相手がふたりしか居なかった。
玲司が学校で居ない日にしましょう、となんとわざわざ有給を取ってくれたという。わざわざ……と恐縮しきりのぼくに、頼られたことが嬉しいの、と笑ってくれた。
お店を紹介してくれて、無事に購入出来て満足していたぼくに、笑ったかおは昔のままね、と言う。
「あの頃は玲司に邪魔されてたからね、私だって凜のこと構ってあげたかったのにぃ」
「……あの、でも」
「あの子末っ子で私たち甘やかしてたからねえ、嬉しかったのよね、更に弟みたいなかわいい子が来て」
「ぼくも嬉しかったです……」
「かわいかったのよね~、もちもちした小さな凜も、独占欲丸出しの玲司も」
「え」
「仁奈さん弟だいすきなの」
「……へえ」
驚いていると、結芽さんが補完するように言葉を添えた。
そうなんだ、弟……玲司さんのこと、だいすきなんだ。仲がいいのは知っていたけど、そうか、そんなに笑顔になるくらい、だいすきなんだな。
「だから嬉しいのよ、だいじな子とかわいい子が番になってくれて。あの子にそういう子が出来て良かった、これでも心配だったのよ、あの子、番どころか結婚すらしなさそうなこと言っていたから」
「……仁奈さん」
「私たちが甘やかしたせいで我儘で頑固でしょ、あの子。でもその分甘やかし方も知ってると思うのよね、下手くそだったらごめんね」
「優しいです、玲司さん」
ミラーに映る仁奈さんは瞳を細めている。そのかおが、妙に玲司さんと被って、ああ、きょうだいだなあと思ってしまった。
姉に育てられたようなものと玲司さんは言っていた。男性と女性の違いはあるけれど、確かに時折見せる表情や空気が似ていて、安心してしまう。こどもの時に優しくしてくれたひとだからというのもあるのだけれど。
そしてそれが結芽さんに向けられるのも安心する。
「喜んでもらえるといいわね、それ」
「ありがとうございます……!」
「いいのよ、また連絡ちょうだい、次はお正月かしらね」
玲司さんが学校から戻る前に済ませないといけない買い物だったから、解散も早い。食事どころかお茶すらする時間もなかった。
お礼も碌に出来やしない、そんなぼくに、お正月になにか美味しいものでも作ってきて、と笑って二人は帰って行った。
お正月。顔見せ程度に実家に行くとは玲司さんから聞いていた。
おじさんや仁奈さんたちには報告や挨拶は済んでいるけど、お兄さんにはまだ挨拶をしていない。
仁奈さんだって久しぶりだったけれど、お兄さんに会うのも久しぶりだ、というか、優しい雰囲気だったことくらいしか覚えてない。
年が離れたお兄さんだったから、仲良く遊ぶんだよ、と声を掛けるくらいで。
話は玲司さんに聞いてるんだ、アルファの女性と結婚していて、男女の双子がいて、多分その子たちもアルファだろうなという、絵にかいたようなエリート一家だ。
兄貴は優しいし、奥さんも穏やかだよ、と玲司さんは言っていた。
そこを疑う気はない。もう大人なんだし、優しいお兄さんが選んだ奥さんだ、きっとぼくを見ても蔑んだりはしないと思う。
心配なのはこどもさんの方。
小さい子って素直で正直だったりするから、否定、されたらちょっとこわいなって。
否定されたって、もう、後には引けないけど。この気持ちが変わることだってないけれど。
◇◇◇
……これでいいのかな?スーツとか、堅い服じゃなくて。
これを着てねと手渡されたのは以前買って貰った普通の服。シャツに少し大きめのカーディガンと細身のパンツ。普段より多分……ちょっと、いや結構値は張ると思うんだけど、誕生日の時のあのスーツよりはまだ少しはまし……ましというのもどうかと思うのだけれど。
外食は、デートのようで嬉しい。
でも少し、罪悪感もある。自分の仕事を放棄しているようで。
玲司さんのしたいようにしてもらうのがいちばんだから、だめとは言わないけど。
ファーストフードも、ファミレスも、ラーメン屋も、カフェもどこもかしこも初めて行ったか遠い記憶しかなくて、どこも嬉しかった。
でも誕生日の時の高級そうなお店は場違いにしか感じなくて、玲司さんに迷惑を掛けたらどうしようって窮屈で、折角の料理のことをあまり覚えてない。軽く教えて貰ったテーブルマナーのことだけで頭がいっぱいだった。
綺麗な夜景も、繊細な盛り付けも、雰囲気のいい音楽も、玲司さんの低い落ち着いた声も、どれも楽しむ余裕なんかなかった。
玲司さんと一緒ならどこだって、そう思うのは事実だけど、慣れないといけないのかもしれないけれど、でもどうにも落ち着かない。
今日もそういうところに行くのかな、と思っていた。
でもこの格好は違うのかな、どうなんだろう、どこに行くか訊いたところで、店名を出されてもぼくはわからないから。
「準備出来た?」
「あっ、はい!」
呼ばれて慌てて部屋を出ると、玲司さんもスーツとかではなく、その、ファッションなんてよくわからないけど、そんなぼくだってわかる、シンプルだけどすっきりとしたシルエットがその、
「かっこいい……」
「うん、似合ってる、それ」
お互いの言葉がぶつかってしまった。
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