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フィオナの怒り(1)
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フィオナの後宮入りの準備はすぐに進められた。
ナスタチアム侯爵は先に知らされていたし、元々結婚準備が進められていたこともあるだろう。
フィオナが嫁いだ際に付いていくメイドは粗方決定していたので、幼い頃から付き従っていたマイアを筆頭に十名が付いていくことになった。
後宮には後宮付きの侍女や女官がいるので異例ではあるが、皇帝が許可した以上異論はどこからもあがらなかった。
フィオナが十五歳になって間もなくフェアルドが即位した。
本来なら立太子が先だがその宣言をする皇帝が既に崩御している為、そこを飛ばしての即位となった。
一部の他国との兼ね合いもあり、皇帝不在の期間が長いのは不味いと一刻も早い即位が望まれたのと、他にもやむにやまれぬ事情があったからだ。
フェアルドの即位と同時に後宮も開かれ、フィオナは即位からひと月後に後宮に入ることとなった。
「足りないものはないかしら?あったらすぐに言うのよ?陛下も手紙に制限はかけないと仰っていたから」
「充分ですわお母様。今は喪中ですし、何も派手なことはせず迎えると仰っていましたし」
皇帝崩御の喪は一年続く。
ささやかな宴くらいなら問題はないが、大規模な夜会や結婚式などは喪が明けてからとなる。
「陛下も申し訳ないと仰っていたが仕方がない……複雑だろうし不安でもあるだろうが、婚約者として長年連れ添って来たあの方なら幸せにしてくださるだろう。しっかりやりなさい」
父親であるナスタチアム侯爵の表情は本当に複雑そうで、フィオナは違和感を覚えた。
母である侯爵夫人も、周囲のメイドや執事たちも同じように複雑な表情を浮かべていて、フィオナは漠然とした不安に襲われた。
「お父さま……?」
「嗚呼なんでもないよフィオナ、私も毎日出仕しているからね。何かあったらすぐに使いをよこしなさい」
「幸せにね」
そう曖昧に笑った両親に違和感を覚えたが、訊く暇はなかった。
多くの使用人たちに見送られ、フィオナは迎えに寄越された馬車に乗り込み、生まれ育った邸を離れた。
迎えに寄越された馬車は内装はとても豪華で快適に整えられていたが、外装は喪中だからだろう、極めて質素に抑えられていた。
フィオナの衣装も正式な婚姻ではない喪中の後宮入りなので、上質だが白一色のドレスに、頭から全身を黒いベールで覆っていた。
皇城に到着した後も正門からでなく、幾つかある門の中でもどちらかと言えば裏門に近い場所にひっそりと馬車は到着し、出迎えの者たちが静かに整列していた。
先頭にフェアルドもおり、やがて侍従の一人が馬車の扉を開いて告げた。
「第三側妃、フィオナ様ご到着でございます」
と。
それを聞いたフィオナは伸ばした指先を反射的に引こうとしたが、エスコートして馬車からおろそうとしたフェアルドの手がそうはさせないとばかりに指先を握り込んでそれを阻止した。
「よく来てくれた、フィオナ姫。部屋へ案内しよう__さあ、こちらへ」
フェアルドは馬車の中へ引っ込みそうになるフィオナの腰に手を回して抱き抱えるようにしておろすと、馬車の扉を閉めさせた。
「陛下!側妃様の案内は私どもが」
おそらく侍女頭か何かなのだろう、並ぶ侍女の中でも貫禄のある夫人が慌てて進み出てきた。
「良い。彼女は特別なのだから私が案内する。フィオナ、彼女がこの西の宮の女官長を務めるセリン夫人だ。他の側付きはおいおい覚えていけばいい。セリン、フィオナのことはフィオナ妃もしくは姫君と呼ぶように言っただろう?側妃という言葉は使うなと」
「あっ……、も申し訳ありません!」
「わかったら道を開けろ、姫君を部屋まで連れていく」
その言葉に待機していた者たちがざっと道を開け、フェアルドに連行されたフィオナがその中を進む。
フィオナに付いてきたはずのお付きたちも粛々とそれに従い、フィオナは目を疑った。
「この回廊沿いには季節の花を植えさせた。ちょっとした散歩の時に気分転換になるだろう」
「反対側には薔薇の庭園がある。ちょうど君の部屋からよく見えるはずだよ」
「あちらには温室もあるんだ。君の部屋からは離れているけれど、遠い国の珍しい植物や果物が」
フィオナがひと言も発しないのに対しフェアルドはよく喋った。
フィオナの顔は怒りに震え、真っ青になっていただろうが重いベールに隠されている今、フィオナの顔は誰にも見えない。
案内されている庭園などフィオナはひとつも見てはおらず、今すぐこの場から走りさりたかったが、フェアルドにしっかり腰と手を取られているせいでできない。
出来たところでこれだけ沢山の御付きがいる上に既に後宮内とあっては無駄だろうが。
何故あれだけ不安を抱えたままむざむざとこの中に足を踏み入れてしまったのか___フィオナは自分の迂闊さを呪った。
「さあ__ここが君の部屋だ」
フェアルドが自ら扉を開け、フィオナを室内に促す。
「お前たちは扉の外に待機するように」
とフィオナの連れて来たメイドと自身の側付きの騎士一名のみを部屋の中へ招き入れ、扉を閉めさせた。
「フィー。正装で馬車の移動は疲れたろう、「__触らないでっ!!」」
フィオナは労いの言葉をかけようとしたフェアルドの手を思い切り振り払った。
ナスタチアム侯爵は先に知らされていたし、元々結婚準備が進められていたこともあるだろう。
フィオナが嫁いだ際に付いていくメイドは粗方決定していたので、幼い頃から付き従っていたマイアを筆頭に十名が付いていくことになった。
後宮には後宮付きの侍女や女官がいるので異例ではあるが、皇帝が許可した以上異論はどこからもあがらなかった。
フィオナが十五歳になって間もなくフェアルドが即位した。
本来なら立太子が先だがその宣言をする皇帝が既に崩御している為、そこを飛ばしての即位となった。
一部の他国との兼ね合いもあり、皇帝不在の期間が長いのは不味いと一刻も早い即位が望まれたのと、他にもやむにやまれぬ事情があったからだ。
フェアルドの即位と同時に後宮も開かれ、フィオナは即位からひと月後に後宮に入ることとなった。
「足りないものはないかしら?あったらすぐに言うのよ?陛下も手紙に制限はかけないと仰っていたから」
「充分ですわお母様。今は喪中ですし、何も派手なことはせず迎えると仰っていましたし」
皇帝崩御の喪は一年続く。
ささやかな宴くらいなら問題はないが、大規模な夜会や結婚式などは喪が明けてからとなる。
「陛下も申し訳ないと仰っていたが仕方がない……複雑だろうし不安でもあるだろうが、婚約者として長年連れ添って来たあの方なら幸せにしてくださるだろう。しっかりやりなさい」
父親であるナスタチアム侯爵の表情は本当に複雑そうで、フィオナは違和感を覚えた。
母である侯爵夫人も、周囲のメイドや執事たちも同じように複雑な表情を浮かべていて、フィオナは漠然とした不安に襲われた。
「お父さま……?」
「嗚呼なんでもないよフィオナ、私も毎日出仕しているからね。何かあったらすぐに使いをよこしなさい」
「幸せにね」
そう曖昧に笑った両親に違和感を覚えたが、訊く暇はなかった。
多くの使用人たちに見送られ、フィオナは迎えに寄越された馬車に乗り込み、生まれ育った邸を離れた。
迎えに寄越された馬車は内装はとても豪華で快適に整えられていたが、外装は喪中だからだろう、極めて質素に抑えられていた。
フィオナの衣装も正式な婚姻ではない喪中の後宮入りなので、上質だが白一色のドレスに、頭から全身を黒いベールで覆っていた。
皇城に到着した後も正門からでなく、幾つかある門の中でもどちらかと言えば裏門に近い場所にひっそりと馬車は到着し、出迎えの者たちが静かに整列していた。
先頭にフェアルドもおり、やがて侍従の一人が馬車の扉を開いて告げた。
「第三側妃、フィオナ様ご到着でございます」
と。
それを聞いたフィオナは伸ばした指先を反射的に引こうとしたが、エスコートして馬車からおろそうとしたフェアルドの手がそうはさせないとばかりに指先を握り込んでそれを阻止した。
「よく来てくれた、フィオナ姫。部屋へ案内しよう__さあ、こちらへ」
フェアルドは馬車の中へ引っ込みそうになるフィオナの腰に手を回して抱き抱えるようにしておろすと、馬車の扉を閉めさせた。
「陛下!側妃様の案内は私どもが」
おそらく侍女頭か何かなのだろう、並ぶ侍女の中でも貫禄のある夫人が慌てて進み出てきた。
「良い。彼女は特別なのだから私が案内する。フィオナ、彼女がこの西の宮の女官長を務めるセリン夫人だ。他の側付きはおいおい覚えていけばいい。セリン、フィオナのことはフィオナ妃もしくは姫君と呼ぶように言っただろう?側妃という言葉は使うなと」
「あっ……、も申し訳ありません!」
「わかったら道を開けろ、姫君を部屋まで連れていく」
その言葉に待機していた者たちがざっと道を開け、フェアルドに連行されたフィオナがその中を進む。
フィオナに付いてきたはずのお付きたちも粛々とそれに従い、フィオナは目を疑った。
「この回廊沿いには季節の花を植えさせた。ちょっとした散歩の時に気分転換になるだろう」
「反対側には薔薇の庭園がある。ちょうど君の部屋からよく見えるはずだよ」
「あちらには温室もあるんだ。君の部屋からは離れているけれど、遠い国の珍しい植物や果物が」
フィオナがひと言も発しないのに対しフェアルドはよく喋った。
フィオナの顔は怒りに震え、真っ青になっていただろうが重いベールに隠されている今、フィオナの顔は誰にも見えない。
案内されている庭園などフィオナはひとつも見てはおらず、今すぐこの場から走りさりたかったが、フェアルドにしっかり腰と手を取られているせいでできない。
出来たところでこれだけ沢山の御付きがいる上に既に後宮内とあっては無駄だろうが。
何故あれだけ不安を抱えたままむざむざとこの中に足を踏み入れてしまったのか___フィオナは自分の迂闊さを呪った。
「さあ__ここが君の部屋だ」
フェアルドが自ら扉を開け、フィオナを室内に促す。
「お前たちは扉の外に待機するように」
とフィオナの連れて来たメイドと自身の側付きの騎士一名のみを部屋の中へ招き入れ、扉を閉めさせた。
「フィー。正装で馬車の移動は疲れたろう、「__触らないでっ!!」」
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