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Side フェアルド(何故、自分じゃない)

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「フィー!」
振り払われた手を再度取ろうとするフェアルドよりフィオナが距離を取る方が早かった。
勢いよく動いたので被っていたベールが滑り落ちたが気にする素振りはない。
軽蔑と嫌悪に染まった瞳に睨まれてフェアルドは真っ青になる。

「フィオナお、妃殿下!」
「姫さま!」
家から付いてきたメイド達も宥めようと声をかけるが、フィオナは全員を避けるように壁際に下がり、半端に落ちかけていたベールを乱暴に脱ぐと、今まさに自分に向かってこようとするフェアルドに投げつけた。
「お嬢様!!」
ここに付いてくるにあたって“フィオナお嬢様“や“フィオナ様“から「妃殿下」もしくは「姫さま」と呼び方を改めさせられている彼女たちも主の暴走に非難の声をあげる。

「良い!!」
それを遮ったのはフェアルドの鋭い声だった。
「非難されるべきなのは私だ、其方達は下がっていてくれ。フィー」
「…………」
ゆっくりとした足取りでフィオナの目の前に来たフェアルドは、膝いて頭を垂れた。
「騙すような真似をしてごめん。フィー、これには理由わけがあるんだ」





時は皇帝崩御の夜まで遡る。
「___何故だっ?!なぜ兄上がっ……!」
フェアルドは珍しく机の上のものを蹴散らして叫ぶ。
兄の病は即死に至るようなものではなかったはずだ。
毒物の鑑定も怠らなかった。
しっかり養生すれば頑健な者なら数日で回復する程度のものだったはずだ。
「殿下も聞いておられたはずです。陛下の病は決して重いものではなかった。ですがそれが治りきらないうちに発熱したためにお体が丈夫でなかった陛下の体力では耐えきれず亡くなったと」
「馬鹿な……!体が丈夫でなかったとはいえ兄上は病弱だったわけではない!老体でもなく若かった……何故?」
「どちらか片方の病であれば問題なかったでしょう。或いは罹るタイミングがずれていれば。間が悪かったとしか言いようがありません」
「……馬鹿な……私ならともかく、兄上が」
「殿下」
「お前も知っているだろう?!俺がどれだけ罪深く浅ましい罪人かっ!引き換え兄上は善人だった、こんな俺を見て弟として可愛がれるほどな!」
「……貴方も弟君としてよく支えておられた」
「違う!俺は皇帝なんて真っ平だっただけだ、だからそれを押し付けて手伝ってただけだ!」
「右腕では足りないほど貢献しておられた。皇帝陛下が不在でも、殿下さえいれば問題ないと誰もが思うほどに」
「違う!俺がたまたま表に出てることが多かっただけだ、俺は兄上と違って丈夫でだから、」
「ええ、兄君は内政を。弟君は外交を主に担い、支え合ってこられた。仲の良いご兄弟でした」
「やめろ!支え合ってたんじゃない、俺が兄上に甘えてたんだ。兄上は優しすぎるから」
「決断力には今ひとつ欠ける方でしたね」
「何故、俺じゃない」
「…………」
「これも罰か?前世で国を滅びに導いた俺への?贖罪のために今度こそまともに統治してみせよとの神の意思か?その為に俺ではなく兄は召されたのか?」
「__その件について、私は何も申し上げることができません」
「俺は疫病神、いや死神だ。兄上もその気に当てられたか」
「ただひとつ言えることは、」
「なんだ?」
「皇帝陛下は病による自然死です。誰のせいでもありません。そして今現在急務なのは」
「わかっている」
フェアルドが皇帝の為に開いた後宮には他国から二人の姫が輿入れしてくることが決まっていた。
一人は東の国トーリアから、一人は南の国ナーリャから一人ずつ。
顔も知らない同士の政略結婚だが、「迂闊に国内から娶るよりは」とフェアルドが纏めた縁だった。
皇帝も「あいわかった」と反対することなく可決され、後宮に他国の姫を迎え入れる準備が整いつつあったタイミングでの、皇帝の急逝。

ランタナ皇国は直ぐに皇帝急死につき縁談の解消を両国に求めたが、帰ってきた返事はどちらも否。
「ならば次期皇帝陛下の側妃として迎えてほしい」と示し合わせたような書状が届いた。
次期皇帝になるのは現状フェアルドしかいない。
だが、フェアルドには婚約者がおり、後宮を開くつもりもない。
国が皇帝の急死により混乱しているうえ、国をあげての歓迎や華やかな式典も喪に服しできない時期なので今回の話は白紙にと請うランタナ皇国に対し、二つの国は強硬だった。

そちらが我が国の姫を後宮にと望んだから決まった縁談なのに。
それに向けて準備をし、故国を離れる決心をした我が国の王女を蔑ろにするつもりか。
いかに大国とはいえ不誠実に過ぎぬか?
と。

ランタナ皇国は大国だが、周辺の幾つかの小国が結託したら面倒なことになる。
普段ランタナ皇国に物申すことのできない小国の王達はチャンスだと思ったのだろう、今まで側妃を娶らなかった皇帝が後宮を開き、側妃を迎えることにした。
現在皇帝の直系は皇帝とその弟ただ一人。
皇帝の子を産むか寵妃に収まればランタナ皇国に食い込むことができる。
おまけに皇弟は二十代半ばの美丈夫で独身だという。
ならばつけいる隙もあると言ったところなのだろう、縁談の解消はならず、姫達はこちらに向かってしまった。

やむなく後宮はフェアルドの即位と同じくして二人の側妃を迎え入れることとなった。
「……っ……、に、」
「は?」
「フィオナに、なんて言えばいい」
「っ、それは__」
フェアルドの唯一の側近であり秘密を知る騎士は、何も言えず口を噤んだ。







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