心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

詩海猫(8/29書籍発売)

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フェアルドとディオン 5

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「ナスタチアム侯爵、折り入って話がある」
思えばこの時既に狂い始めていたのだろう、“安全な輪の中でフィオナの心を最優先に“という想いの軸がブレ始めたのだ。

前世での傲慢さが顔を覗かせたとでもいうべきか、そのブレは彼女を愛する周囲の人間全てを巻き込んでしまった。

「どんな方法でも、フィオナを守れるならそれでいい」
そう思っていたはずなのに、過ちに気付いた時は遅かった。
彼女は私の所業を赦さず、ひたすら嫌悪した。

「どうしてだ……?」
長年、婚約者として連れ添った。
共に笑い、でき得る限りの時間を一緒に過ごした。
彼女の両親や側仕えとも懇意で、彼女は俺の求婚に頷いてくれて、思いがけず帝位を継ぐことになってしまったから後宮に側妃として迎えることになってしまったけれどそれは彼女も同意していたはずだ……玩具や人形扱いしたことなどない。



そばにいてくれればいいと思っていた。
俺から見える範囲で笑ったり怒ったりしている姿が見られれば___なのに、後宮に来た日に怒りを露わにして以降、彼女は一切の感情を見せなくなった。
どころか、俯いて顔も見せてくれない。
話しかけても答えてくれない。

「もう、夫婦なのに……」
(落ち着け)
「君の成長を、ずっと待っていたのに」
(前世はそれで失敗したろう、落ち着くんだ。彼女の心身が整うまで待て)
そう言い聞かせるが体がいうことを聞かなかった。
フェアルドは不能でもなければ草食でもない、至って健康な成人男性だったからだ。

フィオナに嫌われたくなくてひたすら抑えてコントロールしてきたものが兄の死、フィオナの拒絶に遭いここにきて決壊した。
強引にフィオナを奪い、懐妊させるという最悪の形で。
フィオナは「嫌い」「嘘つき」と前世のフローリアの最後と同じ言葉しか吐かなくなった。



前世で気付いた時、彼女は既に事切れていた。
酷く冷たい、けれど美しく微笑んでいた亡骸を見て「ああ彼女はもう死ぬことでしか笑えなくなっていたのだな」と気付いた時には既に亡骸に近づくことすらできなかった。
彼女の母親も、母である王妃も俺を許さなかった。

ネリーニ嬢宛ての手紙を見つけた時、せめてと自分の個人資産から渡せるだけのものを一緒に託した。
じきに自分で動かせる資産は全て没収されるだろうから__。

「あのまま記憶さえ戻らないでいてくれたらとも思ったが__、やはり天は俺の罪を見逃してはくれないのだろうな?」

だが、今回は子供は無事産まれた。
前世での想い残しは彼女を死なせてしまったことと、我が子の誕生が叶わなかったこと。
男だったろうか、それとも彼女に似た女の子だったろうか__……キリアンは塔の中で幾度も考えた。

もう一度初めからやり直せるなら、今度こそ間違えない。

そう何度も誓ったはずなのに、結果は自分の我慢が足りず、彼女を傷つけるだけに終わった。
「浅はかなことだ……」
こんなことをしでかして、長年の絆に甘えて、許してもらえると思っていたなんて。
今のフィオナは夫である自分どころか、最愛の家族である両親の手すら取ろうとしない。
「本当に俺は、口先だけだな……」
裏切らないと誓った口で彼女の舌を絡め取り、守ると言った腕で強引に組み敷いた。
腐った性根は一度の転生では浄化されないのだろう。

「今の彼女の、望みはなんだ……?」
皇后として立たせようと思っていたが、今の彼女には迷惑でしかないだろう。
静かに暮らしたいと願うなら叶えよう__ならば子供はこちらに引き取りたいが、それも嫌がるかもしれない。

記憶が戻って俺への憎悪が蘇った今、俺との間にできた子供にもいずれ嫌悪感を抱いてしまうかもしれないが、そうなったとしてもフィオナのせいではない。
「だが、少なくとも今の彼女は子供を守ろうとしている。それだけで充分だ」
「陛下……」
「いずれにせよ、ダイアナ嬢に任せるしかない」
彼女が子供と他国で静かに暮らしたいというなら叶えるし、この世の権力を握りたいというならばそれも叶えて見せよう__この命に換えても。


*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*

*次回、女性ターンに戻ります
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