転生したら魔女狩りの世界だった件。嫌なので全力で抗います〜絶望少女と魔王達〜

なないろすらいむ

文字の大きさ
57 / 90
四章 永遠の夜編

第22話 神崎美月

しおりを挟む

白い。
 まぶたの裏を刺すような、暴力的な光ではない。
 それは、どこか懐かしく、春の陽だまりのように優しい白さだった。
 
​「……ん……」
 
​ 遠くで、スズメの鳴き声が聞こえる。
 アスファルトを走る車の走行音。近所の誰かが布団を叩く音。
 鼻をくすぐるのは、血と硝煙の混じった鉄臭さではなく、洗い立てのシーツと柔軟剤の匂い。
​ ミツキは――いや、少女は、重たいまぶたをゆっくりと押し上げた。
 
​「……あれ……私……」
 
​ 視界に映ったのは、見慣れた白い天井と、丸い蛍光灯。
 勉強机には読みかけの雑誌と参考書が積み上げられ、カーテンの隙間からは穏やかな朝の光が差し込んでいる。
 
 そこは、石造りの冷たい神殿でも、魔物が跋扈する異世界でもなかった。
 
​ 彼女はぼんやりとした頭のまま、ベッドから上半身を起こす。
 夢を見ていたような気がする。とても長く、辛く、そして悲しい夢を。
 でも、どんな内容だったのか思い出そうとすると、指の隙間から砂がこぼれ落ちるように記憶が霞んでしまう。
 
​「……学校、行かなきゃ」
 
​ 無意識に口をついて出た言葉。
 少女はベッドを降りると、机の横に放り出されていた通学用の鞄(スクールバッグ)に視線を落とした。
​ 使い込まれて少し擦り切れた紺色のナイロンバッグ。
 その持ち手部分に付けられたネームホルダーには、見慣れた文字が記されていた。
 
​『2年A組 神崎 美月』
 
​ それが、彼女の本当の名前だった。
​ 美月は鞄を持ち上げると、制服のスカートのシワを軽く伸ばし、部屋を出た。
 
 階段を降りると、リビングからはテレビのニュース音声と、コーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる。
 
​「……おはよう」
 
​ リビングに入り、なるべく感情を殺した声で挨拶をする。
 ダイニングテーブルには、完璧なメイクとオフィスカジュアルに身を包んだ母親が座っていた。
 彼女は手元のスマートフォンから視線を外さず、娘の方を見ようともしない。
 
​「あら、遅かったじゃない。パン、焼いてあるわよ」
 
​「……ううん、いらない。お腹空いてないから」
 
​「そう。まあ、別にいいけれど」
 
​ 母親は興味なさげにそう言うと、ようやくスマートフォンを置いて美月の方を見た。
 その視線は、娘の体調を気遣うものではなく、品定めするような冷ややかなものだった。
 
​「……あなた、またそんな暗い顔をして。前髪も長いわよ」
 
​「あ……ごめんなさい、後で切るから」
 
​「はぁ……。ちゃんとして頂戴ね。だらしない娘がいると、私が『教育のなっていない親』だと思われて恥をかくんだから」
 
​ 母親は不満げに溜息をつくと、再びスマートフォンに視線を戻した。
 
​「……行ってきます」
 
​ 美月は背中に投げかけられた言葉に何も返さず、慣れた手つきでローファーを履く。
 そして、逃げるように重い玄関の扉を開け、外の世界へと踏み出した。
 
​ 重たい玄関の扉を閉めると、むっとするような湿った熱気が全身にまとわりついてきた。
 
 まだ朝の七時過ぎだというのに、頭上の太陽は容赦なく白いコンクリートを焼き、視界の奥で陽炎が揺らめいている。
 
​ ミン、ミン、ミン、ミン……。
 
​ 街路樹の方から、耳鳴りのような蝉時雨が降り注いでいた。
 美月はスクールバッグを持ち直し、じっとりと滲む汗を不快に感じながら歩き出す。
​ 整備された歩道には、頭上を覆う電線の影が黒々と落ちている。
 その横を、ワイシャツ姿のサラリーマンや、半袖の制服を着た学生たちが、タオルで顔を拭いながら足早に通り過ぎていく。
 
​ 交差点の信号が赤に変わり、アイドリングを始めた大型トラックの排気ガスが、夏の熱気と混ざり合って鼻をつく。
 
 道端の自動販売機が、ウィーンと低い駆動音を立てながら、冷たい光を放っていた。
​ 正門を抜け、昇降口で上履きに履き替えると、校舎の中は生徒たちの喧騒で満ちていた。
 階段を上がり、2年A組の教室の引き戸をガラリと開ける。
 途端に、効きすぎた冷房の冷気と、クラスメイトたちの笑い声が混ざった空気が流れ出してきた。
 
​「あ! 美月~! おっはよー!」
 
​ 教室に入った瞬間、パンッ、と背中を叩かれるような明るい声が飛んできた。
 机に鞄を置く間もなく駆け寄ってきたのは、緩く巻いた栗色の髪を揺らす少女――**星野陽向(ヒナタ)**だった。
 
​「おはよ、ヒナタ」
 
​「もう、遅いよー! 一限目始まっちゃうじゃん。あ、ねえねえ聞いてよ。昨日言ってたあの動画見た?」
 
​ ヒナタは朝からエンジン全開で、美月の机の縁に腰掛けながらスマートフォンを突き出してくる。
 屈託のない笑顔。日焼けした健康的な肌。
 
 彼女の周りだけ、まるで照明が明るくなったかのような陽気さが漂っていた。
 
​「見て見て! この猫の動画、マジでウケるから!」
 
​ ヒナタが突き出してきたスマートフォンの画面の中で、猫が滑って転ぶ映像が流れている。
 ケラケラと無邪気に笑うヒナタの横顔は、眩しいくらいに明るい。
 
​「……ふふ、本当だ。可愛いね」
 
​ 美月はつられて小さく笑みをこぼす。
 けれど、その瞬間に脳裏をよぎったのは、氷のように冷たい母親の声だった。
 
​『いい、美月。あの星野さんとはあまり関わらないでちょうだい』
 
『あの子、髪もスカートも派手だし、成績も良くないんでしょう? あなたの品位まで下がるわ』
 
​ 夕食の席で淡々と言われた言葉が、呪いのように胸に突き刺さる。
 
 母にとって、友人は「娘の価値を高めるための装飾品」でなくてはならない。だから、自由奔放で、成績よりも遊びを優先するヒナタの存在は、母の理想の対極にある「ノイズ」でしかなかった。
 
​(……ごめんなさい、お母さん)
 
​ 美月は胸の奥で小さく謝罪し、そして少しだけ強く、ヒナタの方へと体を向けた。
 
​(でも……私、ヒナタといる時だけは、息ができる気がするの)
 
​ 家という名の牢獄で窒息しそうな美月にとって、ヒナタの飾らない笑顔は、唯一の酸素だった。だから彼女は、母の言いつけに背いてでも、この場所を守りたかった。
 
​「あ、そういえば美月、今日の一限目の課題やった? 私、全然わかんなくてさー」
 
​「……もう。見せてあげるから、次は自分でやってね」
 
​「やった! さすが美月! 愛してるー!」
 
​ ヒナタが抱きついてくる。その体温と少し甘い香水の匂いに、美月は安堵しながら目を細めた。
 
​ 放課後を告げるチャイムが鳴ると同時に、教室は解放感に包まれた。
 
 部活へ急ぐ生徒、廊下で立ち話をするグループ、気だるげに鞄をまとめる者。
 そんな喧騒の中、ヒナタが美月の机の横で弾むように言った。
 
​「ねえ美月、駅前に新しいクレープ屋さんできたんだって! 行こうよ!」
 
​「え、でも……」
 
​ 美月は反射的に腕時計を見る。門限や、塾の時間が頭をよぎる。
 
 けれど、ヒナタのキラキラした瞳と、何より「まだ家に帰りたくない」という自分の本音が、理性を押し流した。
 
​「……うん、行こうか。少しだけなら」
 
​「やった! さっすが美月、話がわかるぅ!」
 
​ ヒナタが嬉しそうに美月の手を引き、二人は教室を飛び出した。

 
​ ***

 
​ 駅前のファストフード店は、同じ制服を着た学生たちで賑わっていた。
 二人は窓際の席に座り、甘ったるいストロベリークレープとポテトを広げている。
 
​「でさー、その先輩がマジでウザくて! 『俺の時代は~』とか語り出すわけ。昭和かよって感じじゃない?」
 
​ ヒナタが口の端にクリームをつけながら、身振り手振りで愚痴をこぼす。
 
 他愛のない話。中身なんて何もない、ただの女子高生の雑談。
 けれど、美月にとっては、その「無意味な時間」こそが何よりの宝物だった。
 
​「ふふっ、大変だねヒナタも」
 
​「笑い事じゃないってばー! あーあ、どっかにイケメンで優しくてお金持ちの王子様落ちてないかなー」
 
​ ヒナタがストローを回しながら、窓の外を眺める。
 窓ガラスの向こうでは、街が茜色に染まり始めていた。
 ビル群のシルエットが黒く浮かび上がり、空の青と夕焼けのオレンジが混ざり合う、一瞬だけの魔法の時間(マジックアワー)。
 
​「……綺麗」
 
​ 美月がぽつりと呟く。
 
​「ん? 夕焼け? ほんとだ、明日も晴れそうだね」
 
​ ヒナタが屈託なく笑う。
 
 美月はその笑顔を見つめ、胸の奥でギュッと何かが締め付けられるのを感じた。
 
​(……帰りたくないな)
 
​ このまま時間が止まってしまえばいい。
 あの冷たい家に帰らず、母親の顔色を伺うこともなく、ただこうしてヒナタと笑い合っていられたら。
 
 それは叶わない願いだと知っていながら、美月は飲みかけのアイスティーのカップを強く握りしめた。
 冷たい結露が、手のひらを濡らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~

枯井戸
ファンタジー
力も強くない、足も速くない、魔法も使えないし、頭も大してよくない、どこにでもいるちょっとオタク趣味の主人公・東雲真緒が白雉国に勇者として転生する。 同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。 仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。 ───────────── ※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。 ※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。 ※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

ハイエルフの幼女に転生しました。

レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは 神様に転生させてもらって新しい世界で たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく 死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。 ゆっくり書いて行きます。 感想も待っています。 はげみになります。

【第2章完結】最強な精霊王に転生しました。のんびりライフを送りたかったのに、問題にばかり巻き込まれるのはなんで?

山咲莉亜
ファンタジー
 ある日、高校二年生だった桜井渚は魔法を扱うことができ、世界最強とされる精霊王に転生した。家族で海に遊びに行ったが遊んでいる最中に溺れた幼い弟を助け、代わりに自分が死んでしまったのだ。  だけど正直、俺は精霊王の立場に興味はない。精霊らしく、のんびり気楽に生きてみせるよ。  趣味の寝ることと読書だけをしてマイペースに生きるつもりだったナギサだが、優しく仲間思いな性格が災いして次々とトラブルに巻き込まれていく。果たしてナギサはそれらを乗り越えていくことができるのか。そして彼の行動原理とは……?  ロマンス、コメディ、シリアス───これは物語が進むにつれて露わになるナギサの闇やトラブルを共に乗り越えていく仲間達の物語。 ※HOT男性ランキング最高6位でした。ありがとうございました! ※完結後、三人称一元視点に変えて全話改稿する予定です。規約を確認してから決めますが、こちらも残したいと思っています。

ヤンデレ女神と征く開拓スローライフ。

山椒
ファンタジー
両親に、友達に、恋人に、嫁に裏切られ続けた男、神室千照は絶望して自ら命を絶った。 すべてが終わるという安堵感であったが次に目覚めた時には女神が目の前にいた。 千照のことをずっと見ていた女神、アマテラスは千照に異世界転生を提案する。 まだ人生に未練があった千照はそれを受け入れ、二度目の人生を送ることになる。 だが千照は知らなかった。千照にはとてつもない才能が秘められていることを。 千照は知らなかった。アマテラスがヤンデレであることを。 千照は知らなかった。彼を裏切らないものはとてつもない人格の持ち主であることを。

異世界転移したら、神の力と無敵の天使軍団を授かったんだが。

猫正宗
ファンタジー
白羽明星は気付けば異世界転移しており、背に純白の六翼を生やした熾天使となっていた。 もともと現世に未練などなかった明星は、大喜びで異世界の大空を飛び回る。 すると遥か空の彼方、誰も到達できないほどの高度に存在する、巨大な空獣に守られた天空城にたどり着く。 主人不在らしきその城に入ると頭の中にダイレクトに声が流れてきた。 ――霊子力パターン、熾天使《セラフ》と認識。天界の座マスター登録します。……ああ、お帰りなさいルシフェル様。お戻りをお待ち申し上げておりました―― 風景が目まぐるしく移り変わる。 天空城に封じられていた七つの天国が解放されていく。 移り変わる景色こそは、 第一天 ヴィロン。 第二天 ラキア。 第三天 シャハクィム。 第四天 ゼブル。 第五天 マオン。 第六天 マコン。 それらはかつて天界を構成していた七つの天国を再現したものだ。 気付けば明星は、玉座に座っていた。 そこは天の最高位。 第七天 アラボト。 そして玉座の前には、明星に絶対の忠誠を誓う超常なる存在《七元徳の守護天使たち》が膝をついていたのだった。 ――これは異世界で神なる権能と無敵の天使軍団を手にした明星が、調子に乗ったエセ強者を相手に無双したり、のんびりスローライフを満喫したりする物語。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

神託が下りまして、今日から神の愛し子です! 最強チート承りました。では、我慢はいたしません!

しののめ あき
ファンタジー
旧題:最強チート承りました。では、我慢はいたしません! 神託が下りまして、今日から神の愛し子です!〜最強チート承りました!では、我慢はいたしません!〜 と、いうタイトルで12月8日にアルファポリス様より書籍発売されます! 3万字程の加筆と修正をさせて頂いております。 ぜひ、読んで頂ければ嬉しいです! ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 非常に申し訳ない… と、言ったのは、立派な白髭の仙人みたいな人だろうか? 色々手違いがあって… と、目を逸らしたのは、そちらのピンク色の髪の女の人だっけ? 代わりにといってはなんだけど… と、眉を下げながら申し訳なさそうな顔をしたのは、手前の黒髪イケメン? 私の周りをぐるっと8人に囲まれて、謝罪を受けている事は分かった。 なんの謝罪だっけ? そして、最後に言われた言葉 どうか、幸せになって(くれ) んん? 弩級最強チート公爵令嬢が爆誕致します。 ※同タイトルの掲載不可との事で、1.2.番外編をまとめる作業をします 完了後、更新開始致しますのでよろしくお願いします

処理中です...