転生したら魔女狩りの世界だった件。嫌なので全力で抗います〜絶望少女と魔王達〜

なないろすらいむ

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五章 文明の魔王編

第12話 交錯する世界

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バンッ!!
​ 静寂に包まれていた書斎の扉が、何者かによって乱暴に押し開かれた。
 日記を読み、戦慄していたルークが反射的に剣に手をかけ、振り返る。
 
​「誰だ!」
 
​ そこに立っていたのは、泥だらけで裸足の少女――ライラだった。
 
​「ライラ!? 君、どうしてここに……その恰好は!」
 
​「はぁ、はぁ……ルーク……さん……?」
 
​ ライラは肩で息をしながら、ルークの顔を見るなり、張り詰めていた糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
 その顔色は死人のように白く、瞳は極限の恐怖で見開かれている。
 
​「よかった……知ってる人だ……」
 
​「おい、しっかりするんだ!」
 
​ ルークは駆け寄り、倒れ込む彼女を抱き留めた。
 華奢なライラの身体は氷のように冷たく、小刻みに震えている。
 
​「あ……ぅ……怖かった……」
 
​「何があったんだ? いや、無理に話さなくていい」
 
​ ルークはライラの背中をさすりながら、彼女の様子を見て悟った。
 ただ事ではない。この屋敷、あるいはこの森で、彼女は「何か」を見て逃げてきたのだ。
​ ルークの視線が、机の上に広げられた日記へと戻る。
 そこには、狂気じみた実験の記録と、「廃棄」という不穏な文字が躍っていた。
 この屋敷は異常だ。そして、外から逃げてきたライラもまた、異常な恐怖に晒されている。
 
​(……やっぱり、僕の予感は当たってたみたいだね)
 
​ ここには、明確な悪意がある。
 そして今、その悪意の中心にいるのは――。
 
​「……マズい事になった。ライラ」
 
​ ルークは唇を噛んだ。
 この屋敷の主の娘、大切な幼馴染。
 自身の推理通りなら――彼女は自らとんだ怪物の元へと向かっている事になる。
 
​「ライラ、立てるかい?」
 
​「う、うん……」
 
​「すぐに出るよ。セレスティアが危ない」
 
​ ルークの声に宿る切迫した響きに、ライラが顔を上げた。
 
​「ルークさん……?」
 
​「ああ。詳しいことは後だ。でも、一刻も早く彼女と合流して、この場所から引き剥がさないといけない」
 
​ ルークはライラの手を強く握った。
 その隻眼には、先程まで幽霊から逃げ回っていた面影等無く、女騎士としての、そして友としての強い決意が戻っていた。
 
​「行こう。僕が守るから。セレスティアやミツキ達と合流する方法を探すんだ。」

――――――

 ​「……やっぱり、おかしいね」
 
​ 書斎を出たルークは、廊下の真ん中で足を止めた。
 焦燥に駆られるライラとは対照的に、その隻眼は冷静に周囲の空間を観察していた。
 
​「ルークさん? 早く逃げないと……!」
 
​「待って、ライラ。闇雲に走っても、この屋敷からは出られないよ」
 
​ ルークはコツコツと、壁に掛けられた額縁の縁を指でなぞった。指先に埃がつかない。この古びた屋敷において、それはあまりにも不自然だった。
 
​「埃ひとつない。壁の蝋燭は燃え尽きない。窓の外の景色は、さっきから雲ひとつ動いていない」
 
​「え……?」
 
​「ここは『時間』が止まっているんだ。ヴィクラムが作ったのか、ラーヴァナの仕業かは分からないけど、ここは現実の空間じゃない。完璧に管理された『箱庭』だ」
 
​ ルークは歩き出しながら、推論を口にする。
 
​「箱庭である以上、通常の出入り口(玄関)はダミーだ。……でも、完全に閉ざされているわけじゃない」
 
​「どういうこと?」
 
​「『――――失敗作は廃棄する』」
 
​ ルークの視線が、廊下の突き当たりにある巨大な一枚の絵画に注がれた。
 それは、この陰鬱な屋敷には似つかわしくない、美しい「白い花畑」を描いた風景画だった。
 
​「モノを廃棄てるなら、必ず『ゴミ捨て場』への穴が必要になる。……例えば、あんな風にね」
 
​ ルークは絵画の前まで歩み寄ると、その表面に手をかざした。
 
​「ルークさん、それはただの絵じゃ……」
 
​「いいや、違う。……ライラ、目ではなく肌で感じるんだ。この絵の前だけ、微かに『風』が吹いている」
 
​「あ……」
 
​ 言われてみれば、甘い花の香りを乗せた風が、絵の中から流れ込んできている。
 ルークはニヤリと笑った。
 
​「空間接続の術式だね。この絵は、処分した『失敗作』を外へ放り出すためのダストシュート……つまり、唯一の出口だ」
 
​ ルークは躊躇なく、絵画のキャンバスに手を突き入れた。
 ズブ、とまるで水面に手を入れたように、腕が絵の中へと沈んでいく。
 
​「やっぱりね。……行こう、ライラ。この向こうが『ゴミ捨て場』なら、きっと他の迷い人たちもそこにいるはずだ」
 
​「は、はいっ」
 
​ 二人は絵画の枠を跨ぎ、その白い風景の中へと身を投じたのだった。

 ――――――――――


目覚めた時、セレスティアの視界に飛び込んできたのは、見たこともない豪奢な天井だった。
 
​「……ここは、どこ?」
 
​ 彼女は重い身体を起こし、周囲を見回した。
 そこは、石造りの巨大な宮殿の回廊のようだった。だが、アイン・アル・ハヤトのそれとは雰囲気が違う。
 柱には象や孔雀、踊る神々の様な彫刻が隙間なく施され、湿り気を帯びた風が、甘い香のかおりを運んでくる。窓の外には、熱帯の植物が鬱蒼と茂る中庭が見えた。
 
​「ミツキさん……? ルーク……? お父様?」
 
​ 呼びかけても、返事はない。
 セレスティアは不安に駆られ、裸足のまま冷たい石畳を歩き出した。
 広すぎる回廊には人気がなく、自分の足音だけが反響する。壁画に描かれた極彩色の神々が、ギョロリとした目でこちらを見下ろしているようで、彼女は身を縮こまらせた。
 
​「どうして、私だけ……。みんなとはぐれちゃったのかな」
 
​ 宿で眠りについたはずなのに。この不可解な状況に、胸の奥がざわざわと騒ぐ。
 その時だった。
 
​ ――ザザァッ……。
 
​ 廊下の突き当たりにある、巨大な壁画が波打った。
 描かれていたのは、数多の腕を持つ鬼神が、戦車に乗って空を駆ける図だ。その鬼神の足元の絵の具が、まるで水面に落ちたインクのように渦を巻き、盛り上がっていく。
 
​「え……?」
 
​ セレスティアが息を呑んで見つめる中、その色の渦から、一人の男が這い出るようにして姿を現した。
 
​「……っ、セレスティア! 無事だったか!」
 
​「お父様!?」
 
​ 現れたのは、父ヴィクラムだった。
 だが、いつも冷静沈着な父の様子がおかしい。
 呼吸は荒く、衣服はあちこちが破れ、土埃と――何やら鉄錆のような、生臭い臭いが微かに漂っている。
 
​「お父様、その恰好……一体何があったんですか?」
 
​ セレスティアが駆け寄ろうとすると、ヴィクラムは強く彼女の肩を抱き寄せた。
 
​「よかった……。お前だけでも無事で、本当によかった……!」
 
​ その腕の力は強く、微かに震えているようにも感じられた。セレスティアは父の胸に顔を埋め、安堵の息を吐いた。
 
​「私も怖かったです。気がついたら、こんな知らない場所に一人きりで……」
 
​「すまない。私がついていながら、あんな奴の介入を許すとは」
 
​「あんな奴……?」
 
​ ヴィクラムは身体を離すと、苦渋に満ちた表情でセレスティアの顔を見つめた。その瞳の奥には、昏い憎悪の炎が渦巻いている。

 ​「ラーヴァナだ。『文明の魔王』ラーヴァナ。奴がお前たちを攫い、ここへ引きずり込んだんだ。……私は必死で後を追い、なんとかここまで辿り着いた」
 
​「魔王、ラーヴァナ……」

 セレスティアはサントーン・カーシャヘルでの戦いを思い返す。
 大きな冠に装飾過多な豪華な衣装、
 ――そして自分そっくりの銅色の瞳。
 
​「セレスティア。お前は、あの魔王の恐ろしさを知らなきゃいけない」
 
​ ヴィクラムは、まるで血を吐くような声で語り始めた。
 
​「奴はかつての魔界戦争で、世界中の美しい姫や貴族の娘を攫い、自らの慰みものにしたという、女好きの卑劣な魔王だ。一度天上神の裁きにより倒された筈だが復活してな………そして、その毒牙は、私たちの家族にも向けられていたんだ」
 
​「え……?」
 
​「実はずっと隠していたが、お前の母さん、アマラも……奴に誘拐されたんだ」
 
​ セレスティアは息を呑んだ。物心ついた時から、母は病死したと聞かされていたのだ。
 
​「そ、そんな……お母様は、気を病んでいて私を抱えて外に飛び出したのでは………?」
 
​「そう思わせるしかなかったんだ。アマラは現在も魔界に囚われ、奴に毎日、筆舌に尽くしがたい凌辱を受けている……!」
 
​ ヴィクラムは拳を握りしめ、壁画の鬼神を睨みつけた。その目には涙さえ浮かんでいるように見える。
 
​「そして、お前もだ、セレスティア。奴はお前が揺りかごの中にいる時に、呪いをかけたんだ」
 
​「の、呪い……ですか?」
 
​「そうだ。お前が持つ『無敵の力』……。あれは神の祝福なんかじゃない。ラーヴァナが、お前を自分と同じ『悪魔』に作り変えるために植え付けた、侵食する呪いなんだ!」
 
​ セレスティアは愕然として自分の手を見つめた。
 炎も、剣も、あらゆる害意を跳ね返す、絶対的な力。それが、自分を悪魔に変えるための呪いだったなんて。
 
​「……嘘。そんな、酷い……」
 
​​「私も信じたくはなかった。だが、お前の力は強まるばかりだ。……思い出してごらん、先日の『終わらない夜』のことを」
 
​「っ……!」
 
​ セレスティアの肩がビクリと跳ねた。
 カラート・シャムスで起きた、太陽が昇らなかった日々。あれは、彼女が恐怖のあまり「太陽なんて昇らなければいい」と祈ってしまったことが引き金だった。
 
​「お前はあの時、世界の理をねじ曲げ、あろうことか太陽さえも止めてしまった。……あれこそが、お前の心が人ではなく、悪魔へと近づいている何よりの証拠なんだ」
 
​「あ……あぁ……」
 
​ セレスティアは青ざめ、ガタガタと震え出した。
 そうだ。自分は、世界をおかしくしてしまった。あれは奇跡などではなく、悪魔の力だったからなのか。
 
​「このままでは、お前は人の心を完全に失い、あのような災厄をまき散らすだけの怪物と化してしまう」
 
​ ヴィクラムは恐怖に凍りつくセレスティアの肩を強く掴み、懇願するように、しかし逃げ場を塞ぐように言った。
 
​「私は、それを止めるためにここへ来たんだ。この地にある遺跡の力を使えば、ラーヴァナを打倒し、アマラを救い出し……そして、お前の呪いを解くことができるかもしれない」
 
​ 父の言葉は、悲痛な響きを帯びていた。
 母を救うため。そして、娘である自分を「悪魔の呪い」から救うために、父は傷つきながら戦っているのだ。
​ セレスティアの心の中で、疑念は氷解し、代わりに熱い使命感が湧き上がった。
 自分は、守られているだけではいけない。
 
​「……わかりました、お父様」
 
​ セレスティアは顔を上げ、強い決意を込めて父を見つめ返した。
 
​「ひ、酷い……酷すぎる。私、協力します、お父様。お母様を助け出すため……そして、この呪われた運命を断ち切るために」
 
​「おお、セレスティア……! ありがとう、お前ならそう言ってくれると信じていたよ」
 
​ ヴィクラムは感動したように娘を強く抱きしめた。
 セレスティアは父の背中に腕を回し、その温もりに安堵した。
 
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