転生したら魔女狩りの世界だった件。嫌なので全力で抗います〜絶望少女と魔王達〜

なないろすらいむ

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五章 文明の魔王編

第11話 お菓子な悪夢

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​「……は?」
 
​ ライラの思考が停止した。
 処刑? 今、なんて言った?
 ご馳走の次が、処刑?
 
​「ちょ、ちょっと待ってよ。冗談、だよね?」
 
​ ライラは引きつった笑みを浮かべて立ち上がろうとした。
 だが、身体が鉛のように重い。
 さっき食べた大量の砂糖菓子が、胃の中で石に変わってしまったかのように、手足の自由を奪っていた。
 
​「冗談じゃないわ」
 
「パパのレシピよ」
 
​ 少女たちが、ニコニコと微笑んだまま、ライラを取り囲む。
 その瞳には、一点の曇りもない純粋な「肯定」だけがあった。
 
​「ねえ、あなた。自分が何をしたか、わかってる?」
 
​「な、なに……。お菓子を食べたことが罪だって言うの? だったら謝るから……」
 
​「ううん、違うわ」
 
​ 金髪の少女が、ライラの顔を覗き込み、残念そうに首を振った。
 
​「あなたの罪はね、『青い絵の具が足りなかったこと』よ」
 
​「……え?」
 
​「そう、あなたは赤いの。真っ赤な失敗作」
 
「パパは空の色が欲しかったのに、あなたは血の色をして産まれてきたの」
 
「だから、雑草なのよ」
 
​ 少女たちは、さもそれが世界の心理であるかのように、楽しげに口ずさむ。
 
​「雑草は抜かないと」
 
「お花畑が汚れちゃうもの」
 
「ハサミでチョキンと切って、土に戻してあげなきゃ」
​ ライラは呆然とした。
 青い絵の具? 雑草?
 意味がわからない。でも、その言葉の裏にある、絶対的な「否定」の響きだけが伝わってくる。
――青い絵の具が足りなかった 
 それだけのことが、この狂った世界では「殺される理由」になるのだ。
 
​「そんなの、おかしい……! 意味がわからない! 勝手なこと言わないで!」
 
​ ライラは叫んだ。
 奴隷として理不尽な扱いには慣れていたつもりだったが、こんな滅茶苦茶な理屈で納得できるはずがない。
 
​「アンタたちのパパが狂ってるだけじゃない! 私は雑草なんかじゃない!」
 
​「いいえ、雑草よ」
 
「パパの期待を裏切った悪い種」
 
「悪い種は、すり潰さないと」
 
​ ガシッ。
​ 金髪の少女が、ライラの手首を掴んだ。
 
「っ!?」
 
​ 冷たい。
 そして、信じられないほど強い力だった。
 ライラがどれだけ暴れても、鋼鉄の万力で締め上げられたように、びくともしない。
 
​「さあ、行きましょう?」
 
「パパのお部屋へ」
 
​「は、離してっ! 離してよ!!」
 
​ ライラは必死に抵抗し、地面のスポンジケーキに踵を立てて踏ん張った。
 
 だが、無駄だった。
 
 他の少女たちも群がり、ライラの腕を、足を、服を掴む。
 
 ズルズル、ズルズル……。
​ アリの群れが獲物を巣穴へ運ぶように、ライラの身体は無慈悲に引きずられていく。
 
​「いやだ……! 行きたくない! 誰か、誰かぁっ!!」
 
​ ライラの絶叫は甘い森に吸い込まれ、誰にも届かない。
 目の前には、可愛らしくも不気味な「お菓子の家」の扉が、黒い口を開けて待っていた。

 ズドンッ!!
 
​ 乱暴に投げ飛ばされ、ライラの身体が硬い床に叩きつけられた。
 
​「うぐっ……!」
 
​ 痛みに顔を歪めて顔を上げると、そこは広いキッチンだった。
 壁はピンク色のタイル、調理器具はピカピカの銀色。
 真ん中には巨大なオーブンと、部屋の隅には人間が一人余裕で入れる大きさの「鳥籠」が置かれている。
 
​「さあ、入って」
 
「材料は冷蔵庫じゃなくて、ここよ」
 
​ 抵抗する間もなかった。
 少女たちに引きずり起こされ、ライラはその鳥籠の中に押し込められた。
 
​ ガチャンッ!
 
 鉄格子の扉が閉まり、外から鍵がかけられる。
 
​「だ、出して! ここから出してよ!!」
 
​ ライラは格子を掴んで揺さぶった。
 だが、その檻は頑丈なお菓子――硬いプレッツェルのように見えたが、触った感触は冷たく錆びついた「鉄」そのものだった。
 ライラは青ざめた。ここは、お菓子の家じゃない。
 可愛い見た目でコーティングされた、本物の牢獄だ。
 
​「さて、お料理を始めましょう」
 
「パパが帰ってくるまでに、下ごしらえをしなきゃ」

​ 少女たちが楽しそうにキッチンの周りを動き回り始めた。
 一人が竈門(かまど)に薪をくべ、火をつける。
 ボウッ! と勢いよく炎が上がり、室内温度が一気に上がった。
 
​「メニューは何にする?」
 
「やっぱり、パイがいいわ」
 
「そうね、中身が見えないように包んで焼くの。そうすれば、誰にもバレないもの」
 
​ 少女たちは包丁や麺棒を手に取り、恐ろしい相談を始める。
 
​「皮は剥く? それとも湯剥きにする?」
 
「剥きましょう。この子の皮は茶色くて汚いから、全部剥いで真っ赤なジャムにしなきゃ」
 
​「骨はどうする?」
 
「すり潰して小麦粉に混ぜるの。庭に埋めると、犬が掘り返しちゃうから」
 
​「髪の毛は?」
 
「燃やしましょう。煙突から空に返せば、カラスのご飯になるわ」

「肉はどうするの?」

「ぶつ切りしてバラバラにしちゃいましょう。前の王様みたいにね」
 
​ ライラはガタガタと震えながら、膝を抱えた。
 料理の話じゃない。
 これは、まるで死体の処理方法の話だ。
 
 ​「さあ、オーブンの予熱はバッチリよ」
 
「何度にする?」
 
「一千度。骨まで灰になるように」
 
「うふふ、素敵な焼き加減になりそう」
 
​ 少女の一人が、巨大なフォークを持って檻に近づいてきた。
 その目は、無邪気な狂気に満ちている。
 
​「準備はいい? 美味しい『ジュース』になりましょうね」
 
​「い、いやだ……来ないで……!」
 
​ ライラが後ずさり、背中が冷たい檻に触れた。
 もう逃げ場がない。
 本当に、ここで殺されて、焼かれて、食べられてしまう。
 
​ アーリヤ、ごめん。
 私、約束守れなかった――。
 
​ ライラが絶望に目を閉じた、その時だった。
 
​ ピンポ――――――ン……!
 
​ 間延びした、それでいて重々しいチャイムの音が、家の奥から響き渡った。
 
​「!」
 
​ 少女たちの動きがピタリと止まった。
 フォークを振り上げていた少女も、竈門の番をしていた少女も、一斉に顔を上げる。
 
​「あ!」
 
「お客様だわ!」
 
「パパかしら?」
 
「それとも、新しいお友達?」
 
​ 彼女たちの顔から、サディスティックな殺意が消え、子供らしい好奇心が戻ってくる。
 
​「見に行きましょう!」
 
「お出迎えしなきゃ!」
 
「失礼があったら、パパに叱られちゃう!」
 
​ ドタドタドタッ!
 少女たちは調理を放り出し、我先にとリビングの方へと駆け出して行ってしまった。
 
​ ……シーン。
 
​ キッチンに静寂が戻る。
 残されたのは、パチパチと燃える竈門の音と、檻の中のライラだけ。
 
​「……た、助かった……?」
 
​ ライラは荒い息を吐きながら、へたり込んだ。
 心臓が早鐘を打っている。
 だが、すぐに顔を上げた。
 
​(……違う。助かってない。あの子たちが戻ってくる前に、逃げないと!)
 
​ ライラは震える足で立ち上がり、檻の扉を確認した。
 鍵は外からかけられている。
 だが、ここは「お菓子の家」だ。
 作りがどこか杜撰で、おもちゃめいている。
 
​「……これなら」
 
​ ライラは自分の髪留め――ザビール家から逃げ出す時にくすねた、細い針金状のピンを外した。
 
 かつて奴隷仲間がやっていたのを真似て、見よう見まねで覚えた解錠術。
 震える指先で、鍵穴にピンを差し込む。
 
​「お願い、開いて……!」
 
​ 背後の竈門からは、処刑の炎が熱気を放っている。
 リビングからは、少女たちの騒ぐ声が聞こえる。
 時間はほとんどない。
 
​ カチッ。
 
​ 小さな、しかし確かな音がした。
 ライラが扉を押すと、錆びついた蝶番が悲鳴を上げ、檻が開いた。
 
​「開いた……!」
 
​ ライラは転がるように檻から飛び出した。
 振り返らない。
 彼女は裸足のまま、キッチンの勝手口と思わしき小さな扉へ向かって駆け出した。

 ライラは裸足のまま、廊下を走った。
 背後のキッチンからは、まだパチパチと薪が爆ぜる音が聞こえる。
 少女たちが戻ってくるまでの時間は、そう長くないはずだ。
 
​「……っ、こっちは駄目!」
 
​ ライラは廊下の角で急ブレーキをかけた。
 リビングの方からは、少女たちの賑やかな話し声が聞こえてくる。
 家の出入り口である玄関はリビングの先だ。あそこを通れば、間違いなく見つかる。
 
​「別の出口……窓! 窓ならあるはず!」
 
​ ライラは踵を返し、リビングとは反対側の、薄暗い廊下へと走った。
 壁紙はチョコレート色で、蝋燭の形をした照明が頼りなく揺れている。
 突き当たりに、明かり取りの窓が見えた。
 
​「あった!」
 
​ ライラは窓に駆け寄った。
 それは、ステンドグラスのように美しい、色のついたキャンディで出来た窓だった。
 外の光を通してキラキラと輝いているが、今のライラにはその美しさも忌々しいだけだ。
 
​「開いて……!」
 
​ ライラは窓枠に手をかけ、力いっぱい押し上げた。
 ――動かない。
 びくともしない。
 
​「嘘でしょ……?」
 
​ 金具を探すが、そもそも金具が存在しなかった。
 窓枠と窓ガラス(飴)が、ドロドロに溶かされた砂糖で完全に接着されている。
 
 まるで、「一度入ったら二度と出られない」と拒絶しているかのようだ。
 
​「うっ、このっ……!」
 
​ ライラは拳で飴のガラスを叩いた。
 ガンッ、と硬い音が響くだけで、ヒビ一つ入らない。
 外の景色は歪んで見え、どれだけ叩いてもこちらの声は届きそうになかった。
 
​「……どうなってるの、この家」
 
​ ライラが絶望に唇を噛んだ、その時だった。
​ ギィィィィィ……バンッ!!
​ リビングの方から、玄関の重い扉が開く音が屋敷中に響き渡った。
 お客さんが入ってきたのだ。
 少女たちの歓声が聞こえる。
 
​「わぁ! いらっしゃい!」
 
「お客様よ!」
 
「ようこそ――」
 
​ だが。
 その歓迎の言葉は、最後まで続かなかった。
 
​「――え?」
 
「……きゃっ!?」
 
「いやっ、来ないで!」
 
「やめてぇぇぇぇぇっ!!」
 
​ 歓声が一瞬にして、引き裂くような悲鳴へと変わった。
 ドタバタと逃げ惑う足音。何かが破壊される音。
 ただ事ではない。
 あのおぞましい少女たちが、恐怖で泣き叫んでいるのだ。
 
​「……な、なに?」
 
​ ライラの背筋が凍りついた。
 パパが帰ってきたんじゃないの?
 あの子たちを怖がらせるような「何か」が入ってきた?
​ 足音が近づいてくる。
 こちらへ逃げてくる少女たちの足音と、それを追う重たい足音が。
 
​(……まずい。ここにいたら巻き込まれる!)
 
​ ライラは焦って周囲を見回した。
 隠れる場所。どこか、隠れられる場所。
 廊下には家具が少ない。あるのは、壁際に置かれた古びた長持と――。
 
​「あそこ!」
 
​ ライラの目に留まったのは、人間の背丈ほどもある、大きな「振り子時計」だった。
 他のお菓子で出来た家具とは違い立派な黒檀で作られ、重厚な装飾が施されたその時計は、カチ、コチ、と不気味なリズムを刻んでいる。
 
​ ライラは迷わず時計に駆け寄った。
 ガラスの扉を開けると、中は埃っぽく、機械油の臭いがした。
 
​「……っ」
 
​ ライラは息を詰め、狭い時計の中に身体を滑り込ませた。
 巨大な振り子が目の前で揺れている。
 彼女は内側からそっと扉を閉めた。
​ カチリ。
​ 扉が閉まったのとほぼ同時に、廊下の角から少女たちが転がるように逃げてきた。
 
​「ひいいいっ!」
 
「助けてええっ!」
 
「壊れちゃう! 壊されちゃうぅぅぅ!」
 
​ ライラは時計の隙間から、息を殺してその光景を見つめた。
 少女たちの背後。
 薄暗い廊下の向こうから、ゆっくりと「それ」が姿を現そうとしていた。

 カチ、コチ、カチ、コチ……。
 
​ 狭い時計の中で、巨大な振り子が一定のリズムで揺れている。
 ライラは両手で口を強く押さえ、呼吸音すら殺してうずくまっていた。
 埃と油の臭いが鼻につくが、そんなことを気にしている余裕はない。
​ ガラスの扉一枚隔てた向こう側で、「地獄」が始まっていた。
 
​「いやぁぁぁっ! 来ないでぇっ!」
 
「パパ! どうして!? 私いい子にしてたのに!」
 
​ 少女たちの悲鳴が、廊下に反響する。
 それは先ほどまでの「無邪気な狂気」ではない。
 死の恐怖に直面した、ただの子供の泣き叫ぶ声だった。
 
​ バキッ!!
 
 グチャアッ!!
 
​ 鈍い打撃音と、湿った何かが潰れるような音が響く。
 普通の人間が殴られた音ではない。
 乾燥した木材と、腐った果実を同時に踏み潰したような、おぞましい音だ。
 
​「あ……あがっ……!」
 
「パパ……やめ……痛い、痛いよぉ……」
 
​ すぐ目の前。
 時計の扉の隙間から見える床に、一人の少女が這いずってきた。
 さっきライラに「青い絵の具が足りない」と言った、あの金髪の少女だ。
 だが、今の彼女にその面影はない。
 自慢の金髪は引き千切られ、美しいドレスは赤黒い血で染まり、右足があらぬ方向にねじ曲がっている。
 
​「パパぁ……ごめんなさい……」
 
「いい子にするから……壊さないで……」
 
​ 少女は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、見えない「相手」に向かって許しを乞うた。
 あれほど誇らしげに語っていた「優しいパパ」に。
 自分たちを迎えに来てくれるはずの救世主に。
 
​「――ッ!!」
 
​ ライラは恐怖で目を剥いた。
 あの子たちは、あれほどパパを信じていた。パパのためにライラを殺そうとした。
 なのに。
 そのパパ本人が、まるで古くなった玩具を処分するかのように、娘たちを破壊して回っているのだ。
 
​「お願い……パパ……愛して……」
 
​ 少女が震える手を伸ばした、その時。
​ ドスゥッ!!
​ 上から振り下ろされた「何か」が、少女の小さな背中を貫いた。
 
​「が、ぁ……」
 
​ 少女の口から、どす黒い液体がゴボリと吐き出される。
 彼女の瞳から光が消え、伸ばされた手が力なく床に落ちた。
 
​ ズリュ……ズリュ……。
 
​ 死体を引きずる音が遠ざかっていく。
 あとには、血のついた床と、静寂だけが残された。
 
​「…………」
 
​ ライラはガタガタと震え、自分の身体を抱きしめた。
 歯の根が合わない。
 怖い。
 幽霊よりも、魔物よりも怖い。
 
​(……狂ってる。ここは全部、狂ってる……!)
 
​ あの子たちは唯殺されたんじゃない。
  「失敗作」だったから、ゴミのように片付けられたんだ。
 実の父親の手によって。
 
​ カチ、コチ、カチ、コチ……。
 
​ 無機質な時計の音だけが、惨劇の跡に響き続ける。

 ズズゥ……、ズズゥ……。
 
​ 何か重い袋を引きずるような音と共に、その足音は遠ざかっていった。
 少女たちを破壊し尽くした「パパ」と呼ばれた怪物は、ライラが隠れている時計には見向きもしなかった。
 まるで、最初からそこに誰もいないかのように。
 
​ バタンッ。
 
​ 遠くで扉が閉まる音がして、完全に気配が消えた。
 
​「…………」
 
​ ライラは動けなかった。
 まだ近くにいるかもしれない。出た瞬間に見つかるかもしれない。
 極限の恐怖で身体が強張り、指一本動かせない。
 狭い時計の中で、自分の心臓の音だけがうるさいほど響いている。
 
​ どれくらいの時間が経っただろうか。
 数分か、数時間か。
 
 永遠にも思える静寂の後、ライラはようやく、震える手でガラス扉を押した。
 
​「……お願い。いないで」
 
​ ギィィ……。
 
​ 扉が開く。
 
 ライラは息を詰め、恐る恐る外へと足を踏み出した。
 
​「……え?」
 
​ その瞬間、ライラは肌に走る「寒気」に肩を震わせた。
 
 冷たい。
 
 さっきまでの、竈門の熱気や、まとわりつくような甘い空気がない。
 代わりに頬を撫でたのは、氷のように冷え切った夜風だった。
 
​「ここは……?」
 
​ ライラは呆然と周囲を見渡した。
 血まみれの廊下も、チョコレート色の壁も、可愛い家具も、どこにもない。
 
 そこは、夜の森だった。
 
 鬱蒼と生い茂る木々が、月明かりを遮って黒い影を落としている。
 足元にあるのは、スポンジケーキではなく、湿った土と腐葉土。
 ライラが背中を預けていたのは、立派な振り子時計ではなく、森の中に打ち捨てられた、朽ちかけた古木の虚だった。
 
​「夢……だったの?」
 
​ あのお菓子の家も、継ぎ接ぎの少女たちも。
 全部、悪い夢だったのか。
 ライラがそう思いかけた時、足元の草むらにある「何か」が目に入った。
 
​「……あ」
 
​ ライラは息を呑んだ。
 そこには、地面から突き出すように、「十個」の杭が打たれていた。
 粗末な木の板で作られた、名もなき墓標。
 雨風に晒され、苔むしているが、その数はあのお茶会の少女たちの数とぴったり一致していた。
 
​「……夢じゃ、ない」
 
​ ライラは悟った。
 あの子たちは、ここに埋められていたんだ。
 誰かに殺され、ゴミのように森に捨てられ、誰にも弔われることなく、土の下で眠っている。
 あのお菓子の世界は、そんな彼女たちの無念が見せた「幻影」だったのかもしれない。
 
​「……かわいそうに」
 
​ ライラは胸が苦しくなった。
 あんなに「パパ」を信じていたのに。こんな暗い森に埋められているなんて。
​ ライラは墓標に向かって短く手を合わせると、顔を上げた。
 森の木々の隙間、遠くの方に、ぼんやりとした明かりが見える。
 
​「あれは……」
 
​ 月明かりに照らされて浮かび上がっていたのは、巨大な洋館だった。
 古びているが、かつては栄華を極めたであろう豪奢な建物だ。
 窓から漏れる微かな光が、闇夜の中で唯一の道しるべのように見えた。
 
​「建物だ……。誰か、いるかもしれない」
 
​ あそこに行けば、人がいるかもしれない。
 もしかしたら、はぐれてしまったミツキたちも、あの明かりを目指しているかもしれない。
 この不気味な墓場の森に一人でいるよりは、ずっとマシなはずだ。
 
​「……行かなきゃ」
 
​ ライラは裸足で冷たい土を踏みしめた。
 恐怖で足が竦む。
 さっきの怪物が近くにいるかもしれないと思うと怖かったが、じっとしていても朝は来ない。
 
​「みんな……お願い、いて……!」
 
​ ライラは祈るような気持ちで、闇の中に浮かぶ屋敷へ向かって駆け出した。
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