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【序章】世界初の戦

第0話 丘から見渡す風景

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 カーデルト王国の建国以来、一体誰がこの日を想像できたであろうか。
 二人の王と将軍の前には五千を優に超える精鋭たちが陣を敷いている。十一に分かれたそれは、鷲の翼を連想させるように左翼と右翼に長く伸びている。
 右翼にはカーデルトの大隊が、各領主を筆頭とし、左翼には先日盟友となったばかりのメルローザ王国の大隊が各大隊長を筆頭として、それぞれが四角く陣を敷く形で固まってその時を待っている。
 屈強な戦士たちの表情は、いつものようにくだけたそれではなく、その誰もが緊張と強い意志を含んでいる。

 それもそのはず。この二つの王国にとって、いや、この世界にとって、これは歴史上初めての大きな戦いなのだ。

 広い平野を隔てた先には、敵である魔の軍勢、推定一万が、隊列を乱しながらも直線状上に並んでいる。それぞれ大きさも見た目も一貫性がない異形のそれらは、自身を抑えきれない様に酷く興奮し、さながらそこが地獄への入り口のようである。

 戦士たち、とくにカーデルト王国のものたちにとっては、これだけの数の魔の者が行動を共にし、乱れているとはいえ軍として機能しているのを見たことがない。魔物はほとんど徒党を組ぶことがない。それどころか知性や意思疎通ができているのかすら不明である、というのが国の常識であったのだ。彼らにとって眼前に広がる光景は、聞いてはいたものの、悪い夢とでも見まがうものであった。
 一方メルローザの精鋭達にとっては、母国にて魔の者が集団で悪さを働くことはそう珍しくはなかった。各隊長たちはあらゆる手を使って、しばしば敵の根城を突き止め、それを殲滅せんめつしてきた。が、そんな彼らにとってもこの数は経験がなく、せいぜい十から二十程度の魔の者を相手にしてきたにすぎないのだ。

 したがって、この大規模の戦争は両国に経験の差は認められず、まさに“歴史上初の大戦”なのである。屈強な戦士達の表情が硬くなるのは無理もない。

 そんな中、一人、穏やかな表情をしている少年がいる。いや、穏やかというよりもそれは、物珍しい虫を捕まえた子供のような輝きをはなっていた。彼は陣形の中心で、両国の王を背にしていても尚、緊張感よりも好奇心に身を委ねているようであった。
 少年の名はテレス。れっきとしたこの軍の将である。両国の人々の平穏な営みは、やんごとなき理由にて、今まさにこの小さくか細いこの少年に託されているのだ。

 これは、この平凡な少年テレスが、国の命運を握る英雄へと成り上がっていく、そんな物語である。
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