上 下
5 / 57
第一章【少年よ冒険者になれ】

4・ヤナギモリ。盗賊VS盗賊?

しおりを挟む
 どういうつもりだろうか。盗賊であの速さならば、当然奇襲を狙ってくるとふんでいた。が、それは未だ木の上から殺気を放ったままこちらを見下ろしてくる。他の二つの紫のモヤモヤに動きはない。テレスが辛うじて思いついたこの状況の説明は、奴らが盗賊の親子で、子供の訓練に付き合わされる。つまりはなぶり殺しにされる、というものだった。積み荷自体も目的かもしれないが、戦闘が真の目的である可能性が出てきたのだ。
 相手に集中しつつ、頭の中を整理していると、短い瞬きをしている間に、子供は姿を消した。速い、あまりにも速い。人間に果たして可能なのかというレベルの速さである。
 しかし、気配自体は殺気を垂れ流しているため、テレスがそれを追うのは容易かった。その赤い殺気は彼の背後に繋がる。その瞬間……

 ――キンッ! ――

 紫のモヤモヤの奇襲を、金属棒ではじき返す。確かに速い。が、軽い。これでは皮膚は裂けても、骨までは届かない程度の攻撃である。しかも、だ。攻撃を仕掛けた当の本人は、自慢の攻撃が防がれたショックなのか、茫然と立ち尽くしている。あまりにも無防備だ。テレスの脳内で、絶望と希望が色濃くなる。絶望は、先ほどの盗賊の親子説がより真実味を増したこと。希望は、相手が戦いの経験値が浅いため、この戦い自体は負けないかもしれない、ということだ。
 これを見逃す手はない。テレスが持つ中で、魔力を貯める時間が少ない魔法を発動させる。ここは森の中だ。木の枝やツルがそこかしこにある。これを利用するのだ。魔法は基本的に、無から生み出すよりもその場にあるものを使う方が手っ取り早い。彼のが生きる場面だ。
 魔力が木の根にいきわたり、盗賊の子供の足を捉え……たかに見えたが、消えてしまった。やはり、速い。
 相変わらず気配はダダ洩れだが、速すぎて脳の処理速度が追い付かない。だが、一瞬殺気が濃くなるのははっきりとわかった。その瞬間、先ほどのお返しとばかりにテレスの足めがけて突っ込んでくる。ギリギリ金属棒でいなすが、作戦を変えたのか、お構いなしに連撃をかましてくる。その一撃一撃は……軽い。あまりにも軽い。だが、速い。わかっていてもかわし切れずに、数か所攻撃を受けてしまう。テレスは痛みこそ特に感じていないが、体の中に異変が起こる。歪な魔力の流れがあるのだ。これは非常にまずい。この魔力は、何かしらの毒をもっていると推測できる。おそらくは神経の動きを鈍らせるもので、これが体中に広がると身動きがとれなくなる。早急に体の中に光の魔力を込めて、浄化しなければ勝機はない。
 連撃自体には攻撃力があまり感じられない。と、いうよりも、全くダメージがないように思える。なんとか相手の連撃をいなしながら、癖を慎重に見破っていく。
 奴は二十連撃程度で一度距離を取って立て直す。芸がないというか、その繰り返しだ。徐々に蝕む毒に苦しみながらも、テレスは冷静に、ここに賭けることにした。凄まじい連撃を紙一重で防ぎながらも、一撃ずつカウントしていく。十八……十九……二十。予想通り敵が一旦引く。ここで密かにためておいた魔力を光に変換する。この魔法自体には一切攻撃力はない――せいぜい温まるくらい――が、相手の視力を一時的に奪うことができる。
 体勢を立て直した敵が、最初の一撃のために大きく振りかぶる。この癖もとっくに確認済だった。その一瞬の隙を狙って相手の顔面に光を解き放つ。瞬間、子供盗賊がパニックになって飛び上がる。当然目が見えていないのだから、あちこちに激突する。しかも、その凄まじい初速のせいか、なかなか激突のスピードがおちない。そして、大きな激突音を放った後、ようやくポトリと地面に落ちた。叫び声や悲鳴を上げなかったことは評価に値するところだが、テレスは先ほどのツルの魔法で彼の身動きを封じた。少々不憫に感じたが、起き上がって直ぐにまた暴れられたらたまったものではない。
 そして、急いで自分の体内に魔力を向ける。厄介な毒だ。連撃を見極めている間に更に数回切られてしまったせいか、毒の種類が増えている。相手に攻撃が当たるたびに異なったバッドステータスを付与するなど、テレスは聞いたこともなかった。
 毒を魔力で解除する場合、二つのやり方がある。一つはその毒が持つ魔法陣を感じ取り、一つ一つ鍵穴を探し、解除していく。これが酷い毒ほど、迷路になるので非常に厄介である。普通、解毒をないわいとしている神官や霊媒師などは、これでは日が暮れてしまうため、もう一つの方法をとる。それは、ただただ強い光魔法をぶつけて消滅させる、これだけだ。強い魔力があれば、これが一番手っ取り早い。が、それは強い魔力がある場合、の話だ。その辺の才能がないテレスは、一つ一つ迷路を制覇していくことで解毒をする。そのスピードは確かな才能を示していた。通常テレス程の魔力の才能ならば、一つを解除するのに五分はかかってしまう。これなら苦い苦い解毒薬を飲んだ方がよほどましだ。が、テレスは一つ二十秒ほどで解いてしまう。これは、魔力の流れを見る力が大いに関係しているが、彼の工夫が人並み外れていることが一番の理由だろう。そして遂には、七つあった毒を全て解除しきってしまった。
 盗賊の子供はまだ目を覚ます気配がない。少しほっとして、体の力を抜いてしまった。
 が、次の瞬間、凍り付く。完全に気配が読めなかった。すでに彼の背後には残っていた二人の内の一人が、立っていた。細身で長身の男。その手に握られたナイフは、テレスの首筋に触れている。これはダメだ。完全に詰んでいる。さして大した荷物は持っていないが、どうしたものか。ともかく、金属の棒から手を放し、反抗する気がないことを示す。

「物分かりが良くて助かる」

 細身の男の低い声が、少年の体に響いた。
しおりを挟む

処理中です...